ネコチャンについてお話ししましょう(ボツ)

「猫を吸っても?」

受付は福祉部門と保安部門のどちらに連絡を入れるべきか逡巡した。「はい?」結局、彼女は素っ頓狂な声を返すしかできなかった。「あなたは── すみません、もう一度言ってください。何をお吸いになられたいとおっしゃいました?」

マリオンは極めて真剣な眼をして答えた。「猫よ。あなたは猫を知ってる?」受付はミーム部門と内部保安部門へ連絡を入れ、外部刺激に対する反応から引き籠ることに決めた。

それを見たマリオンは数秒ほど悩み込んだ。その後一見茫然としている受付から踵を返し、近くにいた低レベル職員にまた猫のことを尋ねた。ようやく返事があった3人目のひけらかしたがり屋のインテリ職員が猫の学名その他を早口でまくし立てたところで、彼女の表情は安堵、気付き、困惑、思案、絶望の順番に目まぐるしく変化していった。

さて彼女の思考を少し覗いてみると、まず彼女は人類史が大きく書き換えられたのではないかと疑っていた。そして質問の答えが返ってきて猫の存在が未だ人々の記憶に残っていることに安心した。その安堵の後、自らがヤクで決まっている状態なことに気付き── そして絶望した。

マリオンが狂人ムーヴをしている間に内部保安部門は救難信号を受け取っていたが、そのシグナルはO5の命令で軽く握り潰された。哀れな受付の誤解は終ぞ解けることがなかったが、彼女が家に帰って飼い猫を撫でる頃にはマリオンのことを例え覚えようと意識していようとも忘れているだろう。40分後、奥のドアから会議をしていた高位職員たちがぞろぞろと出てくる時にも彼女は呆けていたため、来月のペットフードは数段質の落ちたものを振舞わざるを得なくなるだろうが。

彼らが行ってすぐ、O5専属の保安部隊がマリオンを連れて行った。周囲の人々は彼女がどんな拷問を受けるのか思いを馳せていたが、マリオンはこれがO5との面会のための単なる予防処置であることを知っていた。いや、もしかすると精神状態の検査の部分は平時よりかなり熱の入ったものだったかもしれない。ともかく、マリオンはO5との面会を許可された。

ほぼ下着のみの姿でマリオンは堂々と部屋に入り、ミームウイルスヒュームEVEその他諸々あらゆる種類の検査を受けた衣服含む持ち込み品を受け取った。服を着ている間O5-8やその補佐役は何も言わなかったが、彼らの注意がにゃあにゃあとか弱い鳴き声を立てる持ち込み品のビニール袋の中に注がれているのは袋の中身を推測するより明らかだった。

補佐役はこの最高レベルセキュリティで護られた部屋に動物の毛が落ちるのが2年ぶりであることを確認し ──ケインとの面会以来だ── 目の前の女が数分前の精神鑑定を問題なく終わらせたという事実を疑った。この無駄に黒々とした秘密官僚主義的な部屋を彼は気に入っていたが、その格調を乱す愛らしい声に彼は困惑を隠せなかった。

一方、O5-8は自己の心を律するという難行をやってのけ、マリオンのみに意識を向けた。このような異例の面会ではよくある手順として補佐役は仕方なくマリオンに銃口を向けたが、彼のポケットにもう一丁銃があればこの場にいる第四の生命体に向けられただろう。マリオンは袋の中のもふもふふわふわで超絶キュートなネコチャンを明らかな嫌悪の表情と共に持ち上げ、汚いものを押し付けるように補佐役に投げ渡した。

補佐役はその手に伝わる確かな温かさと純正毛布の何億倍も気持ち良いふかふかの毛に意識を奪われそうになったが、彼が犬派であったことと猫派の次男に対して長男のプライドでネコへのツンを貫き通した幼少期の鮮明な記憶が彼の意識を現実へ引き戻した。尤も、彼は一人っ子であったが。

そんな彼を尻目にO5-8は口を開く。「それで話とは?私が受けたのは面会の要請だけで、あらゆる協議内容は"セキュリティ上の理由"から現地で話すように言わ──」

──にゃあ。

「言われている。君のようないち研究員が私を呼び出すならば、なんにせよ給料が払われることはもうないと思ってもらった方がいいだろう。何でもないことで私を呼び出した報いに生涯無給で財団に隷」

──にゃうぅ…

「属するか、或いは金のことなど考える余裕がなくなるほどに世界の終わりが迫っているかだ。どういう理由で私を呼び出したんだ?さあ、答えたまえ。」

マリオンはこれから行うべき手順と会話に何十回も備えてきたが、O5の厳格なる詰問と補佐役の腕から聞こえる天使の聖言の温度差で風邪を引きそうな心地だった。もし返答であろうとくしゃみであろうと笑いであろうとマリオンの口から音が発せられたならば、彼女の眉間には正確に円状の穴が空いていただろう。ついでにネコチャンの鼓膜も破れる。それが手順だ。何があろうとO5を呼びつけた際の面会はプロファイル照会から始まる。それがルールだ。規則のミスを修正するチャンスはなく、1度の間違いで即座に職務から解放される。

数秒の沈黙の間、そろそろ形容詞も出尽くしたがとにかくかわいい鳴き声のみが部屋にこだまする。この猫は少し鳴きすぎではなかろうか?その場にいる誰もがそう思った。

「名前、年齢、家庭、所属部門。」10秒して、O5は前置きなしに質問を投げかけた。

「マリオン・ホイーラー、50歳、夫と3歳の息子、共生収容中のアノマリー ──そして昨日まではそれに加えて1匹の猫、反ミーム部門。」彼女は答えた。

「よし。どうせ向こうで諸々の検査は受けているんだ、こちらで長々と聞くのも無意味だろう。キャット・イン・ザ・ルームの状態を長々と放置しておくわけにもいくまい、迅速に説明が欲しいんだが。要件は?」O5の雰囲気が少し変わったような気がしたが、彼女の鍛えられた脳はそれを取るに足らない事柄だと判断した。

「先日、財団の観測機が『誤動作』を起こした事件はご存知でしょうか?」答えを知りながら彼女は答える。

「ああ。そっちの方面には明るくないが、要約程度なら覚えている; CKクラスシナリオ検出器、スクラントン現実錨、カント計数器、異世界サイト記録、財団が保有する世界再構築観測機器が一斉にレッドシグナルを発信したにもかかわらず、この世界は何一つとして変わっていない。現在ファイブ、シックス、ナインが調査に当たっているが、君たちのところに来ている情報と大した違いはないだろう。 ──原因が分かったのか?」O5は顔をしかめた。彼は反ミーム部門の長だったが、大々的な調査の命令は未だ下していない。

「えぇ。あの事件以前から反ミーム部門のいくつかの下部組織は全く新しい反ミームのパラダイムを模索していました。一々部門長であるあなたの耳に入れる必要もない本当に小さな集団での研究でしたが、それでも私たちは成し遂げました。」マリオンは手元から資料を取り出し、O5にそれを渡した。その過程で、彼はマリオンが補佐役を無視するように、或いは見ないように努めていることに気付いた。自らが認知されない存在だと思っているオブジェクトを捕獲するという彼女の職務のことを考えると、無視というにはあからさますぎる。彼の顔立ちが悪いわけでもないし、マリオンは銃口を職務の一環として向けられた程度で機嫌を悪くする人間ではない。そもそも彼らは ──覚えているかどうかは別として── 今までに数回顔を合わせている。

即ち、彼女が見たくないのは彼の今までと違う一要素だ。その要素とは何か?一目瞭然、彼の手で大人しくしながらやかましくメチャ可愛く鳴いている猫だろう。別に彼女は猫が嫌いではないはずだ。待て、ストップ、思い出せ。マリオンはこう言った; "そして昨日まではそれに加えて1匹の猫"。当然ながらこの言葉をそのまま受け取れば彼女は今猫を飼ってはいない。導き出せる結論としては、その猫が何らかの原因で死んだか、或いは──

O5が彼女の考察を続けながらもそれと並行して資料を読み進めていることを確認し、マリオンは言葉を継ぐ。「あなたもご存じながら、この世には反ミームという特性を持つSCPが存在します。これらの観念は拡散することができず、ほとんどの場合その特性は『私たちの注意を極端に逸らす』という言葉で表せます。例えそのオブジェクトが眼前にあろうとも脳はそれに気づかず、結果として私たちの思考にはその場所は周囲の風景と整合性の取れた『それっぽい』景色として写し出されます。」O5は頷いた。それらのオブジェクトを収容することこそが反ミーム部門の目的だ。

「しかし、別の形で私たちの目を逃れるオブジェクトも存在します。私が知っているものでさえ、誤伝達部門、法務部門、ミーム部門はそれぞれ異なる奇妙な異常性を──」

「前置きはいい。君たちは、反ミーム部門は何を発見した?」

「…はい。資料にもありますが、私たちはこれを認識影響特性と仮称しています。これはミームとは異なる原理で私たちの認知を改変します。しかしながら、これを認知できなくなるわけではありません。代わりに、私たちはそれを誤解します。人間の脳は視界に入る事物に付与される識別子を可能な限り少なくしようと努力していますが、この特性を持つオブジェクトはそれを巧みに悪用します。無数のリンゴの中に1つトマトが置いてあれば、幾人かはそのトマトをもリンゴだと見做すでしょう。大雑把な例えですが、これを極端にしたものと考えれば結構です。」O5-8は理解した。きわめて単純な概念だ、今までこの発想がなかったとは考えづらい。

「つまり、件の世界再構築が行われるまでそのアイデアは提言されていたが、そのようなオブジェクトは存在していなかった。しかし、あの日を境に至る所にそれが発見できるようになった。」マリオンは頷いた。

「フム。我々はPara-Archiveという並行世界の財団との連絡手段を有している。あの現実波の揺れは近隣数百の世界にまで及んでいるが、どこの世界も全くその被害を観測できていない。つまり君たちは明後日の方向へ研究を進めているか、或いは全並行世界のトップランナーというわけだ。」O5の表情が揺らぐことはなかったが、声色には確かな称賛がこもっていた。

マリオンは続ける。「そうなりますね。この改変の影響を受けたのは、」

少しばかりの子どもっぽさを覗かせ、O5が発言を遮る。「全世界のあらゆるネコ。そうだろう?」O5は補佐役の腕の中に目を向けた。せっかく最先端のスクリーニングを受けたネコなのだから吸うか撫でるかできないだろうかと悩んでいたが、それも不可能に終わりそうだ。

「ご明察です。これを。」マリオンは"Ω"と印字された薬を手渡した。半年前に死んだイレブンは財団薬剤にギリシャ文字を使うことに頑なに反対していたな、と思い返しながら、O5はそれを受け取る。「既に財団の認可はある薬剤だな。副作用は?」

「頭痛、感覚過敏、効果切れ後の軽いうつ状態など多岐に渡りますが、まずは吐き気をこらえるべきでしょう。」些か意味深な言い方だったが時間惜しさに彼は瓶を空け、注射器を取り出し、静脈へ注入した。常用しているクラスWよりも強い圧力で脳の血管が悲鳴を上げているのが感じられる。だが、痛みには慣れていた。顔を上げ、先ほどまで黒く愛らしい柔らか毛玉だった存在に目を向ける。瞬間、マリオンの言った言葉の意味を理解した。

ダニ。ダニ、ダニ、ダニ、ダニ、ダニ。眼鏡を外せばその輪郭は辛うじてネコに見えただろうが、O5-8は胃から込み上げてくるものを抑えるのに全神経を集中させていた。不運なことに、彼の聡明な脳みそはマリオンとの会話と今目の前にある事実から人生の遡った記憶全てに「ネコ=ダニ」を代入することに成功してしまった。彼も人間だ、猫と戯れたことはあるし、まして彼の子ども時代には1匹の猫と屋根を共にしていた時代があった。撫でた、キスした、抱き着いた、吸った、顔をうずめた。ダニに。マリオンの飼い猫は死んだのではない。最早彼女にとって、それはネコではなくなった。単純な結論だ。O5はどうにか暴れ回る消化器系を飼いならし顔を上げ、マリオンはまだ落ち着いたとは程遠い監督者に無慈悲にも質問を投げかけた。

「これが私たちの発見した全てです。以上に論理や理由を求めてはならないというのは財団職員の鉄則ですが、それを承知の上であなたに問わせてもらいます。このような置換が発生した原因、或いは理由に心当たりはありますか?」

「ひと….1つ、反ミーム部門に言い伝えがある。」O5は息絶え絶えに返答した。

「私は反ミーム部門長だが、この部門を創設したのは私ではない。その人物は忘れ去られている。噂かジョークか真実かさえ見当がつかないが、もしも真実ならば創設者含むあまたの反ミーム研究者がその毒牙にかかっている。『反ミーム研究に敵対的かつ致死的な妨害者が存在する』と。この言い伝えを真実とみなす根拠として、反ミーム学はその有用性にもかかわらず極めて少数の団体でしか研究が行われていない。そして反ミーム研究者を持たない機関の中には米国軍やGOCなどの世界最大規模の軍事力を持つ機関が含まれている。」

「この極めて深刻な事態に標的があるとすれば、それは明らかに反ミーム研究機関だろう。君が理由を求めるなら、我々の生み出す技術を事あるごとに職員ごと踏み潰して我々による収容から逃れようとする『逃亡者』の存在を提言してもいい。証拠には弱いが疑念を持つ根拠としては強すぎるほどのものを提示できる。」

マリオンはしばらく考え込んだ。そして出した結論は、その解決策と共に考えるならば、極めて不快で神経を震えさせるアイデアだった。「人間を害するためにその愛玩動物を改変するというのは極めて非効率的です。つまり、これはネコそのものを、ネコの持つ反ミーム研究に利すかその逃亡者を害せる能力を標的にした改変だったと考えるのが妥当です。そしてわざわざネコをこのような不快な姿に改変したということは、逆説的には未だその能力は使用可能ということでしょう。しかしながら、最早私たちがこの汚物に対して絶対に行いたくない行為によってその能力は行使できると考えられます。私たちにとって絶対に行いたくないこととは何でしょうか?」

マリオンは期待せず答えを待った。監督者は答えを知っていたが、声には出せなかった。

結局、彼女は自分で答えることとなった。「私たちが今まで行っていたこと。視認する、接触する、手を差し伸べて舐められる、吸う。これらの継続によって私たちはこの反ミーム戦争に勝利できると確信しています。無論、クラスΩ知覚免疫薬の投与を進めながら。」1つ語り忘れていたことがある。O5もマリオンもかなりの愛猫家だった。そこからのショック、先日の事件のストレス、世界を護る職務という重圧、記憶補強薬の継続投与、その他諸々の理由により、2人の理性は限界を迎えていた。故に、この地獄の底へ一直線のアクセルを踏むような支離滅裂な提案が深く吟味されることはなく、反ミーム部門長の権限においてこの決定は下された。即ち、
・反ミーム部門職員は継続的にクラスΩ知覚免疫薬を摂取し、それによって異常を発見するよう努める。
・その状態で財団が捕獲した「普通の」ネコ(後にSCP-2472-JPに指定)との交流を行う。反ミーム保護トリガーがの万全を期すため、
あまりにもダニ吸いは苦痛なので色々試行錯誤する 幻覚剤とか蜂蜜つけて吸うとか

反ミーム部門内に紛れてた3125の活性化した1側面は蜜蜂共に関わるなのハチミツを吸って死んだ

反ミーム部門は無意味に猫吸いを続けて皆免疫不全やストレスで早死していって部門はすぐ人員不足で解体された

反ミーム部門は存在しない。

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