幕開けた世界のでの自己隠匿

サラエボの銃声のように、歴史の分岐点はしばしば劇的な行為によって引き起こされる。しかし、そうでないことの方が圧倒的に多いのだ。蝶の羽ばたき、電車の遅延、数百万人に及ぶ戦死者の統計が1増えただけであったとしても、それが後々重大な影響を及ぼすことだってある。事実、彼の死もそういった事柄の一つだろう。

1998年7月12日バーソロミュー・ヒューズ博士はポーランドを訪れていた。隠されたオブジェクト、雑草、ともかく財団に敵対的かつ存在が不明瞭なオブジェクトの調査のためだ。彼は隠されたオブジェクトの調査が反ミーム部門に委託された理由をサッパリ知らなかったが、それを聞くメリットがまったくないことは既に経験で知っていた。彼が隠されたオブジェクトについてどれほど突き止めていたのか、或いは一切突き止めていなかったのか、それは今となっては分からないが、大して気にする必要もないだろう。隠されたオブジェクトに関して少しでも言えることがあるとすれば、2007年になってから解析部門がそれらしき団体の情報を得て、最早今の財団には脅威ではないと判断した程度だ。さて、話をヒューズ博士に戻そう。

ヒューズ博士はクラクフのヒルトンホテル、俗に「六つ星」と呼ばれるさほど快適でもない財団職員用の秘匿部屋に苛立ちを感じていた。見栄えが悪い、寝心地が悪い、そして電波環境も最悪だ。床に何本も空の記憶補強薬が乱雑に転がっている光景はヤク厨を連想させるが、実際同じようなものだろう。反ミーム部門職員たるもの常に警戒を解くことはなかったが、隠されたオブジェクトの平々凡々で抑揚のない方法で行われる調査は彼を最高効率から引き剥がしていた。

ルメールへの連絡は未だ繋がらない。ベッドへ倒れこみ、息を吸い、瞬きをして、既にどうしようもないほど荒れた胃へ栄養ドリンクを流し込み、目を瞑り、アルミホイルについて考え、もう1本クラスWを脈へ乱暴に打ち込み、携帯電話を再度見返したところで、ここが財団施設だということを思い出した。明日の最先端を走るような技術を持つ秘密組織が、わざわざ人の神経に触れるほどの電波暗室を建てるか?最悪の事態を想定することには慣れている。ルメールは生きているか?私はルメールを知っているか?アウグスト・ルメール、フランス出身、反ミーム部門レベル2研究員、構造美の感性はナシ、音楽センスは無駄に高い、半年前にフランスと国境を共有している国を2つしか答えられず恥をかいていた。

脳のシグナルはオール・グリーンだが、忌々しいことに私は今クラスWを摂取したばかりだ。世界中で彼を覚えているのは私だけだという可能性さえあり得る。サイト-41への番号は脳に記憶させていない、文字通り脊髄反射で打てるようになっている。1コール、2コール。3コール目との狭間で、この地下室に何かが響いた気がした。3コール。憎悪、嫌悪、忌避、赤。脳が情報を処理する前に電話を打ち止め、携帯を投げ捨てる。フレデリック・フランソワ・ショパン、ポーランド出身の作曲家だ。無機質なコール音は明らかにその旋律を奏でていた。4コール。キャンセルしたはずだ。「美しい」という造られたに違いない純粋無垢な感情を棄却する。直観と経験から言って、これは反ミームではなかった。そして、彼を対象とするものでもなかった。即ち?答えは明白だ。ホテル、クラクフ、ポーランド、ヨーロッパ、ユーラシア、世界中、ともかく超規模な異常が発生している。ベッドから飛び起きようとしたところで、全身の筋肉が命令を聞かなくなった。疲労か恐怖か、クラスWが変なところに作用したのかもしれない。或いは、隠されたオブジェクトが彼の運動の権限を奪い取ったのかもしれない。断言できることは、この時点で彼がどう足搔いていようと、ヒューズ博士とヒルトンホテルは地下50mまで跡形もなく吹き飛ばされたということだ。

更に彼の亡骸を無意味にしたことが2つある。1つ、アウグスト・ルメールは事実部門内に巣食う怪物に捕食され、上手くいかない1通りの対処法を書き遺した後に自身を含むあらゆる存在から忘却され死亡したこと。2つ、23年前、彼が若造とも呼ばれないほどの新人だった頃、オセアニアにおける第二次世界大戦での反ミーム兵器の調査中にそうとも知らずまさに彼らが探していたオブジェクトが彼の咽頭を通過していたということ。それゆえ、反ミーム部門が彼らの死を気付くのには長い時間を要すことになる。

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