供物部門

「おーいおいおいそこの君、大丈夫かい?」

超常 そこはかとなく

大江 文は大層暇であった。「暇なときに」と持ち歩いていた本は存在を忘れられて他の荷物に押しつぶされていたし、覚えていたにせよこの極寒の夕暮れで読む気にはなれなかった。だからこのどこにでもありそうな市街地をブラついていたところ、公園の水飲み場に青年が倒れていた。何やら面白そうなので声をかけた。身長は155から160といったところだろうか、彼女が子供相手のような口調で話しかけたのも無理もない。とはいえ、彼女は誰にでもこんな感じの態度だったし、明らかに面倒臭そうなことでも面白いなら首を突っ込む人間だった。

それに、たとえ彼女でなくともその男は起こして話を聞いてみたくなるほどの謎を纏っていた。

まず、今は真冬だ。外を歩く誰もが突風に突き刺されることを恐れて毛皮の鎧を着こんでいる。それだのに、この青年は如何にも薄そうな、皮膚を公衆から隠す以上の役割をしていないような半袖と半ズボンを履いている。どんなにアグレッシブな虫捕り少年だってこんな服装で極寒の世界へ出ようとすれば親に止められるだろう。

第二に、見るからにサイケデリックな黒の匂いしかしない問題として、露出している男の腕には乱暴な注射痕が残っていた。どうみてもコロナワクチンでないことは確かだし、おおよそ善性の効果を期待して刺された針痕には見えない。

そんな事実は歯牙にもかけず、大江は男を揺さぶり起こす。肩を揺らすついでに首で脈をとったが、低体温症なのは間違いなくとも命の危険はないようだ。

「あー….えー…..んぅ…」

寝ぼけているのか喃語のような声しか出していないが、少しずつ意識は戻っている。継続して体を揺らし、身体を侵食する寒さに譲歩する心地でコートを脱いで男にかける。

「あぁ….ん?あれ?あなたは…」

「やぁこんにちは、ボクは大江 文。通りがかりのただの女で、倒れていた君が心配で声をかけた。更に言えば今の君はあまりに脈が低い、おそらく低体温症だ。四の五の言えるくらいの時間はあるだろうが善は急げだ、分かったらひとまずそのコートをきちんと羽織って屋内に行こう。何、さっき近くに騒がしい居酒屋があるのを見かけた。」


寒風吹き頻く冬のコンクリートを、服を脱いで3枚になった女と服を着て2枚になった男が歩く。男はまだ錯乱しているようで、「家」だの「母さん」だの走馬灯に良く合いそうな言葉をしきりに呟いていた。だが、大江は彼を見殺しにする気はない。彼が何者であるかは ──ある意味では予想はついていたが── 彼を助けてから考えればいい。彼が足抜けした殺し屋であろうともうどうしようもないヤク中であろうと財団職員であろうと、彼女の視界内で死にに行くのを許す理由になりはしない。一回り大きいコートになんとか腕を通そうとする間に2人は店へ着く。

「つーわけでモトの野郎が…」
「だからお前らはなってねぇんだ、Googleのスプレッドシートなんか使うんじゃねぇ、まともな社会人なら…」
「『飛んで火にいる夏の虫』って言葉を言う機会は今しかない!って思って私は笑いを抑えながら言ってやったわけですよ…」

温かさ、というにはすこしうるさく混沌としていたが、人々が所狭しと中にいて、暖房は程よく効いており、あらゆる点で先ほどの公園とは対極を成している。チラリと掛け時計を見やる。問題ない、彼を介抱してからすり足で行ったって帰りには間に合う。

「おでんでも食べなさい、きっと身体のガワから芯まで温まるぜ。」
具材一式揃ったおでんとそれと同じ値段のビールを頼みながら大江は言う。

「すまない、ありがとう…私…私?にここまでしてくれて…」
彼の喋り方には奇妙な詰まりがあった。初対面で緊張しているからとは思えない、何か文字通り「自分」に自信がない、自己の実在を疑うように。そこでまず彼女は、

「君、ホムンクルスかい?」

素っ頓狂な質問を投げかけた。

「はい?」

そして、対する彼の疑問は疑問は返答と捉えられた。「成程、じゃあ記憶喪失かい。名前は思い出せる?年齢は?」突飛な二値論理から正答を確信し、彼女は矢継ぎ早に質問する。

「え、えぇ?いや、ウン…そうだ。何も思い出せない。名前も、年齢….は….成人はしているはずだ。酒を飲んだ記憶ならある。だが…信じてくれ、本当なんだ、誰と飲んだのかが思い出せない。ジョッキがあって、六だか七角形のグラスがあって、舌に来る刺激も自然に湧き出る高揚感も覚えてる。酒に弱かったしな。それなのに、その席の向かいに誰が居たのかいつなのかどこなのかそこが本当に全く誓って断片たりとも思い出せないんだ。そもそも向かいに誰か居たのかも疑問だが….ともかく本当に何も──」

「分かった分かった、落ち着けって。」

彼女の表情の移り変わりを見るに、「成人している」という言葉が大江を今日一番驚かせたと想像するのは妥当だ。言葉遣いには大人びたものがあったが、「大人びた少年」と「背の低い大人」を見分ける方法は彼女も知らなかった。無論、どっちかだったからといって連れ込んでどうこうなどというような魂胆を持っているわけではなかったから、彼女の気絶不審者保護作戦にルート分岐も綻びも起きたわけではなかったが。

「いやだってよ?俺が拭けって言ったらあいつ逆に吐きやがるわけですよ。老害じゃないけど、俺がアイツくらいの頃は…」
「だって互換性がどうのって全く!もしできるならお前らに弾かせたいくらいだぞ?まぁ、今回は私がやんなきゃなんないが…」
「いやいや、全くこっちとしても獲るつもりはなかったんですよ?だって見失ったと思って探してたら、気が付くと業火の中にいるんです、そりゃあ笑いますよ…」

丁度良い喧騒は電話口へ話す彼女から現実へ漏れ出る声もかき消してくれるだろう。そんなわけでまずは連絡だ。彼を保護するには彼女は絶好の団体がある。いや、 保護Protectと言うと少し語弊があるが、要するに完全に安全なところに匿うってことだ。名前はライフラフト。本業は異世界出身者の生命線だ、この世界の人物が1人増えたところでなんの問題もないし、どころか運が良ければ記憶喪失者の出自くらい簡単に分かるかもしれない。

問題があるとすれば、彼がこちらの世界の住民だったかどうかだ。この分岐路には線路が3つ敷かれていた。まず、彼が全く異常も三本矢印の誘拐組織も国連のイルミナティ共も露知らず単なる薬物中毒者か、誘拐されて薬も打たれた状態でギャングから命からがら逃げていた少年─ 間違えた男性の場合。この痕を放置して彼を警察に持っていくほど国家権力を盲信してはいないが、だからと言ってそう易々とヴェールのこちらに引き入れるわけにはいかない。もしそうなら、有村組の末端も末端、異常の存在も知らないような処に預けて様子を見るのが安全だ。幸いにもあのヤクザとは仕事柄仲が良く、そして個人的にも本部長の令嬢とも知り合いであった。多少の特権をちらつかせれば事情を聞かず ─とは言っても、大江自身も彼の事情などちっとも知らないのだが─ 匿ってくれるだろう。

第二に、彼が記憶喪失かつ異常な世界の人間だった場合。この場合はライフラフト一択だ。万一この世界の人間だからと断られたとて、大江には一人で彼の元の場所を見つけ出す程度の自信はあった。問題は第三だ。

彼がスパイだったなら。友好そうに見えたり興味を沸かせずにはいられない輩を敵組織に投げ込みスパイをさせる。この場合最もタチが悪いのは財団のスパイだ。彼らには怪しい経歴も、異常な能力も、一切の害意さえ存在しない。ただ道端で連れ去られた一般人が、深層心理に定期連絡だけを埋め込まれた状態で目を引く疑似餌と共に放たれる。

大江文は考える。もしスパイなら、連れてきた時点でアウトだ。だが故郷には、恋昏崎には精神測定能力者サイコメトリストがいたはずだが、安易に呼び出せるほど仲がいいわけでもない。「[[include :scp-jp-sandbox2:inc:jstyles]]
「おーいおいおいそこの君、大丈夫かい?」

超常 そこはかとなく

大江 文は大層暇であった。「暇なときに」と持ち歩いていた本は存在を忘れられて他の荷物に押しつぶされていたし、覚えていたにせよこの極寒の夕暮れで読む気にはなれなかった。だからこのどこにでもありそうな市街地をブラついていたところ、公園の水飲み場に青年が倒れていた。何やら面白そうなので声をかけた。身長は155から160といったところだろうか、彼女が子供相手のような口調で話しかけたのも無理もない。とはいえ、彼女は誰にでもこんな感じの態度だったし、明らかに面倒臭そうなことでも面白いなら首を突っ込む人間だった。

それに、たとえ彼女でなくともその男は起こして話を聞いてみたくなるほどの謎を纏っていた。

まず、今は真冬だ。外を歩く誰もが突風に突き刺されることを恐れて毛皮の鎧を着こんでいる。それだのに、この青年は如何にも薄そうな、皮膚を公衆から隠す以上の役割をしていないような半袖と半ズボンを履いている。どんなにアグレッシブな虫捕り少年だってこんな服装で極寒の世界へ出ようとすれば親に止められるだろう。

第二に、見るからにサイケデリックな黒の匂いしかしない問題として、露出している男の腕には乱暴な注射痕が残っていた。どうみてもコロナワクチンでないことは確かだし、おおよそ善性の効果を期待して刺された針痕には見えない。

そんな事実は歯牙にもかけず、大江は男を揺さぶり起こす。肩を揺らすついでに首で脈をとったが、低体温症なのは間違いなくとも命の危険はないようだ。

「あー….えー…..んぅ…」

寝ぼけているのか喃語のような声しか出していないが、少しずつ意識は戻っている。継続して体を揺らし、身体を侵食する寒さに譲歩する心地でコートを脱いで男にかける。

「あぁ….ん?あれ?あなたは…」

「やぁこんにちは、ボクは大江 文。通りがかりのただの女で、倒れていた君が心配で声をかけた。更に言えば今の君はあまりに脈が低い、おそらく低体温症だ。四の五の言えるくらいの時間はあるだろうが善は急げだ、分かったらひとまずそのコートをきちんと羽織って屋内に行こう。何、さっき近くに騒がしい居酒屋があるのを見かけた。」


寒風吹き頻く冬のコンクリートを、服を脱いで3枚になった女と服を着て2枚になった男が歩く。男はまだ錯乱しているようで、「家」だの「母さん」だの走馬灯に良く合いそうな言葉をしきりに呟いていた。だが、大江は彼を見殺しにする気はない。彼が何者であるかは ──ある意味では予想はついていたが── 彼を助けてから考えればいい。彼が足抜けした殺し屋であろうともうどうしようもないヤク中であろうと財団職員であろうと、彼女の視界内で死にに行くのを許す理由になりはしない。一回り大きいコートになんとか腕を通そうとする間に2人は店へ着く。

「つーわけでモトの野郎が…」
「だからお前らはなってねぇんだ、Googleのスプレッドシートなんか使うんじゃねぇ、まともな社会人なら…」
「『飛んで火にいる夏の虫』って言葉を言う機会は今しかない!って思って私は笑いを抑えながら言ってやったわけですよ…」

温かさ、というにはすこしうるさく混沌としていたが、人々が所狭しと中にいて、暖房は程よく効いており、あらゆる点で先ほどの公園とは対極を成している。チラリと掛け時計を見やる。問題ない、彼を介抱してからすり足で行ったって帰りには間に合う。

「おでんでも食べなさい、きっと身体のガワから芯まで温まるぜ。」
具材一式揃ったおでんとそれと同じ値段のビールを頼みながら大江は言う。

「すまない、ありがとう…私…私?にここまでしてくれて…」
彼の喋り方には奇妙な詰まりがあった。初対面で緊張しているからとは思えない、何か文字通り「自分」に自信がない、自己の実在を疑うように。そこでまず彼女は、

「君、ホムンクルスかい?」

素っ頓狂な質問を投げかけた。

「はい?」

そして、対する彼の疑問は疑問は返答と捉えられた。「成程、じゃあ記憶喪失かい。名前は思い出せる?年齢は?」突飛な二値論理から正答を確信し、彼女は矢継ぎ早に質問する。

「え、えぇ?いや、ウン…そうだ。何も思い出せない。名前も、年齢….は….成人はしているはずだ。酒を飲んだ記憶ならある。だが…信じてくれ、本当なんだ、誰と飲んだのかが思い出せない。ジョッキがあって、六だか七角形のグラスがあって、舌に来る刺激も自然に湧き出る高揚感も覚えてる。酒に弱かったしな。それなのに、その席の向かいに誰が居たのかいつなのかどこなのかそこが本当に全く誓って断片たりとも思い出せないんだ。そもそも向かいに誰か居たのかも疑問だが….ともかく本当に何も──」

「分かった分かった、落ち着けって。」

彼女の表情の移り変わりを見るに、「成人している」という言葉が大江を今日一番驚かせたと想像するのは妥当だ。言葉遣いには大人びたものがあったが、「大人びた少年」と「背の低い大人」を見分ける方法は彼女も知らなかった。無論、どっちかだったからといって連れ込んでどうこうなどというような魂胆を持っているわけではなかったから、彼女の気絶不審者保護作戦にルート分岐も綻びも起きたわけではなかったが。

「いやだってよ?俺が拭けって言ったらあいつ逆に吐きやがるわけですよ。老害じゃないけど、俺がアイツくらいの頃は…」
「だって互換性がどうのって全く!もしできるならお前らに弾かせたいくらいだぞ?まぁ、今回は私がやんなきゃなんないが…」
「いやいや、全くこっちとしても獲るつもりはなかったんですよ?だって見失ったと思って探してたら、気が付くと業火の中にいるんです、そりゃあ笑いますよ…」

丁度良い喧騒は電話口へ話す彼女から現実へ漏れ出る声もかき消してくれるだろう。そんなわけでまずは連絡だ。彼を保護するには彼女は絶好の団体がある。いや、 保護Protectと言うと少し語弊があるが、要するに完全に安全なところに匿うってことだ。名前はライフラフト。本業は異世界出身者の生命線だ、この世界の人物が1人増えたところでなんの問題もないし、どころか運が良ければ記憶喪失者の出自くらい簡単に分かるかもしれない。

問題があるとすれば、彼がこちらの世界の住民だったかどうかだ。この分岐路には線路が3つ敷かれていた。まず、彼が全く異常も三本矢印の誘拐組織も国連のイルミナティ共も露知らず単なる薬物中毒者か、誘拐されて薬も打たれた状態でギャングから命からがら逃げていた少年─ 間違えた男性の場合。この痕を放置して彼を警察に持っていくほど国家権力を盲信してはいないが、だからと言ってそう易々とヴェールのこちらに引き入れるわけにはいかない。もしそうなら、有村組の末端も末端、異常の存在も知らないような処に預けて様子を見るのが安全だ。幸いにもあのヤクザとは仕事柄仲が良く、そして個人的にも本部長の令嬢とも知り合いであった。多少の特権をちらつかせれば事情を聞かず ─とは言っても、大江自身も彼の事情などちっとも知らないのだが─ 匿ってくれるだろう。

第二に、彼が記憶喪失かつ異常な世界の人間だった場合。この場合はライフラフト一択だ。万一この世界の人間だからと断られたとて、大江には一人で彼の元の場所を見つけ出す程度の自信はあった。問題は第三だ。

彼がスパイだったなら。友好そうに見えたり興味を沸かせずにはいられない輩を敵組織に投げ込みスパイをさせる。この場合最もタチが悪いのは財団のスパイだ。彼らには怪しい経歴も、異常な能力も、一切の害意さえ存在しない。ただ道端で連れ去られた一般人が、深層心理に定期連絡だけを埋め込まれた状態で目を引く疑似餌と共に放たれる。

大江文は考える。もしスパイなら、連れてきた時点でアウトだ。だが故郷には、恋昏崎には{{精神測定能力者^^サイコメトリスト^^}}がいたはずだが、安易に呼び出せるほど仲がいいわけでもない。そもそも深層への埋め込みを感知できるのか?

そう考えているうちにも、外野の喧騒は一向に止むことなく、目の前にいる少年は大人とは思えない無垢そうな、無垢すぎて怪しくさえ見えてくる瞳を不思議そうに彼女へ注ぐ。


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