ラストマッチ、あるいは言葉なき弔辞
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男が床に伏せている。
かつてチャンピオンとして世界に名を轟かせた男だ。

彼がそれと出会ったのは幼少の頃のテレビの中でだった。当時のチャンピオンとチャレンジャーの戦いは全世界に放送され、熾烈を極めていた。
チャレンジャーの猛攻をチャンピオンは凌ぎ、反撃によって確実にダメージを受けていた。誰が見てもチャンピオンの勝利は確実だった。
チャンピオンの強烈なカウンターによりついに勝敗が決したと思われた次の瞬間、チャレンジャーの逆転の一手が決まる。突然の事に動揺したチャンピオンは意地を見せたものの、最後は圧倒的有利をとったチャレンジャーが辛くも勝利した。
彼はその勝負を食い入るように見つめていた。チャンピオンとして最後の瞬間まで戦い抜き、不利な状況でもギリギリまで追い詰めたチャンピオンに心酔し、印象やこれまでの傾向まで計算に入れ、一瞬にして試合の展開を変えたチャレンジャーに惚れ込んだ。

それから彼は競技について学び始めた。彼の家は裕福ではなかったが、打ち込む彼を見て応援してくれた。
一ヶ月後、男はアマチュアの大会に出るようになった。初めての大会は相手の油断によって勝利を掴んだ。二度目の大会は相手の弱点をつく事で幸運にも勝利を掴んだ。三度目の大会からは実力によって勝利を掴むようになった。
溢れ出る才能によりあらゆる大会で勝利を掴む彼にスカウトが来るのは時間の問題であった。

プロ入りしてから変更を受けたルールにもすぐに順応し、ライバルとの研鑽によって彼はさらに実力を上げた。プロ入り後4年、彼はテレビの中にいたチャンピオンの前に居た。相手の戦術は似通いながらもかつてより磨き上げられ、チャンピオンに相応しい佇まいだった。二人の戦いは熾烈なものであり、初めての敗北が彼の脳裏を過った。
勝利への決め手は先代チャンピオンへのリスペクトとして用いた戦法だった。それまでひたすらに攻勢で戦い続けた彼が突然守りを固めだすと、かつて経験したにも関わらず突然の事に対応しきれず粘り勝ちを許してしまった。奇しくも先代チャンピオンと同じ結果となった。

チャンプとなった彼の戦いは常にチャレンジャーに先手を譲り、それに完璧に対応しきり勝利を掴んだ。その鮮やかな脱出劇とも言える戦いは見るものを魅了した。
多くの人の見本であれとその勝利や立場をわきまえつつも誇示する事は決して無い精神性は称賛を浴びた。
たった一件の熱愛報道以外一切のスキャンダルを見せない姿勢は多くの人の応援と注目を集めた。
戦績は常勝無敗を誇り、彼が負けるときは死ぬ時だとまで言われた。

支援してくれた家族は天寿を全うした所を見送った。
自ら育てた弟子は体調が優れない自分の代わりに戦っている。
共に高めあったライバルは引退し、家族に囲まれて逝った。
選手育成に力を注いだ先代は多くの弟子に見守られて逝った。
自分を常に支えてくれた愛する妻は、昨年見送った。

チャンプは孤独になった。

先日、以前協力した財団とかいう組織からビデオ撮影の許可を求められた。独りで死にゆく人間を見守るオブジェクトの情報収集という事らしく、調査書と共にカメラを渡された。
孤独に努力した人間への労いは煙草の1本と侘しい物だと苦笑したが、毎日カメラを持ち歩くようにして行動した。

今日もカメラを動かしながら床につこうと思った時、ソレは現れた。
黒いスーツ姿の中年男性、受け取った資料と一致したその姿に驚きは少なく、迎えを受け入れる気を起こしたが、同時に最期の望みを思い出させた。

「煙草はやらないんだ、それより遺言とでも思って聞いてくれないか?」
ゆっくりと体を起こす。鉛のように重かった体だが不思議と体の痛みは無かった。

「俺は最後まで負ける事は無かった、でもアイツは言ってたんだ、敗北の味ってのも悪くはないってさ。」
立ち上がって、しばらく使っていない椅子に腰を下ろす。

「アンタのことは少しは聞いてる、孤独な奴を見送ってくれるらしいな。」
弟子に譲るはずだった紙束に手を伸ばす。人外を相手にした時も最後まで応えてくれた、共に死線を潜った相棒。

「俺を置いてっちまうような薄情な奴らと違って見送ってくれるアンタに俺からの遺品だ。」
スーツの男は煙草を取り出した後に、胸ポケットに手を入れた。

「チャンピオンの称号、貰ってはくれないか?」
チャンピオンはかつての相棒を構える。対するスーツの男はこれも仕事の一環と何も言わずに準備を終える。

「デュエル!」

もう使われる事は無いと思われたバーチャルシュミレーター1が見慣れた自宅をもう現実で立つことは無いであろう、幾度となく勝利を重ねてきたあのスタジアムへと塗り替えていく。

腕にはファウンデーションディスク2が現れ思考を死を覚悟した老人からチャレンジャーに全力を尽くすチャンピオンの物へと切り替える。闇討ちであろうと人外であろうと王座を狙った挑戦として扱ってきた経験により身についたものだ。

FDが最初に示した自分の名前を見て、チャンピオンはニヤリと笑う。

「俺のターン!」

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