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飯沼結城が目覚めると、何時も視界の真ん中には朱色オレンジ腕輪リストバンドがあった。何時、何処で、何故、どうやって手に入れたか分からない代物。5w1hの内4つの項目が抜け落ちている。自分の中にある虚無を刺激するそれを、何故か飯沼は悪く思っていなかった。

数回のノック。恐らく上官が呼びに来たのだろう。

「飯沼、時間だ。荷物を纏めろ」
「はぁ……い。四宮さん」

欠伸混じりに返事を返し、身体を起こす。するとほぼ同じタイミングでドアノブが捻られ、上官が入ってきた。何だか死んだ知人に街で出くわしたような、変な顔をしている。

「飯沼……俺は四宮じゃなく郷木だが」
「あれ、そうでしたっけ?」

飯沼はうーんと背を伸ばし、長い人差し指を宙でくるくると弄んだ。何かを思い出そうとしている時の、飯沼の癖だ。そのまま一秒ほど頭の横で指を廻していたが、やがて面倒になったようで、「そうですね」とだけ言い、洗面所へ向かった。

上官は相変わらず変な顔で飯沼を見詰めていたが、「遅れるなよ」と短く言って自分の持ち場に戻る。

大正155年。6月12日の朝はこうして始まった。


「ではここに署名をしてもらえば、晴れて君は《蒐集総院》──即ち、《天皇総帥直属秘匿機関帝国蒐集総院》の一員だ」

差し出された薄灰色の紙に、無味無臭な文字が浮く。万年筆を滑らせて、飯沼は自身の名を書き記した。特徴がなく、個性を排除したような筆記だ。こんなものが己の証明になるのかと、飯沼は心の中で嘲った。全く、なんて笑えない。

──飯沼結城

「けっこう。後のことは担当の者が説明してくれるはずだ。後は……身体検査ぐらいか。見たところ悪そうなところもないし──」

男の声が遠ざかっていく。嗚呼、くそ。またこれか。

飯沼はここのところある症状に悩まされていた。強烈な頭痛。そしてそれに付随する、酩酊に似た目眩。例えるなら、そう、二日酔いといったところだ。勿論こんな大事な日の前日に、酒を身体に入れたりしない。見に覚えのない不調に苦々しさを感じながら、飯沼は日々を過ごしていた。

それだけではない。悪夢もよく見る。床も天井も壁も全部真っ白な部屋に閉じ込められて、何時間も尋問されるという夢だ。その他にも、迷宮の如き廃工場。さんざめく港町。逃れられない納涼祭。エトセトラエトセトラ……

酷いものだ。何故悪夢というのはこんなにもバラエティに富んでいるのだろう。そのせいか最近よく魘されているようで、飯沼が目覚めると、彼は何時も天に手を伸ばしていた。

何かを掴もうとしている様に。
溺れまいと藻掻いている様に。

空虚な宙を掻き廻している。

「大丈夫かね?」

ハッと飯沼の意識が現実に呼び戻される。どうやらまた夢に囚われていたようだ。飯沼は直ぐに完璧な表情かたちの笑顔を造る。汗はかいていないだろうか? 目はちゃんと開けられている? 眉の角度は? 口元に厭らしさはないか?

「……大丈夫そうだね。心配したよ」
「ハハハ。すいません。少し寝不足なだけです」
「そうか。正式な業務は明日からだから、今日はよく眠るといい」

どうやら上手く出来たようだ。
飯沼は「ありがとうございます」と言い、手を膝においた。ほんの少しだけ背筋を伸ばし、視線を調整する。
細かい動作で説得力が増すのは物語も現実も同じである。そして飯沼結城にとって現実ものがたり物語げんじつの類義語である。

「ではまた。詳しいことは君の担当に聞いてくれ。歳も近いし、きっと良い相棒タッグになるだろう」
「ちなみに名前を聞いていいですか?」

飯沼が最後の質問をすると、男は「ふむ……」と少し考えた動作をした後、態とらしく手を打った。

「彼は確か──桂木」

酷い頭痛が飯沼を襲う。掌に血が滲むほど固く拳を握りしめるが、正直立っているのがやっとのことだった。今すぐ自室に帰って泥のように眠りたい。全てを忘れてしまいたい。

「桂木宗真といったね。勤勉な好青年だよ」


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