キャンパスに満ちた空

あっ、いらっしゃいませ。
財団……の方ですよね?ああ、やっぱり。少し散らかってるんですが、どうぞお掛けになってください。わざわざこんな遠いところまで来ていただいて、ありがとうございます。依頼人の"蒼天 御空"です。
さて、早速本題に……と、いきたいところなんですが、その前に少し話をしても良いですか?もちろん今回回収してもらう……あなた方の言葉でいうと、異常物品に関係がある話です。
まあ、年寄りの昔話だと思って、聞いてください。ところで……失礼でなければ、お名前をうかがえますか?
──なるほど、わかりました。わざわざありがとうございます。

さて、エージェントさん。──" "を、知っていますか?そう、"蒼き天才"と呼ばれた世界的画家です。彼女は 年に発表された" "初の作品。『空』を皮切りに、世界に名を轟かせました。
写真を嫌い、メディア出演を一切断るミステリアスさ、多くの作品があるにも関わらず、その全てが"青い空"を題材にしているという独特な姿勢。そして何より、わずかに残る写真でもわかる彼女の美しさが、人気の理由でした。
昔からいる……いわゆる評論家というような人たちには、煙たがられていたみたいですけど、20~40代の人たちの間では、彼女は本当に人気の画家でした。構成や、色もほぼ同じのはずなのに、全く飽きない作品たちは、本当の空を写したかのように綺麗です。"青く、深く、美しく。"これは彼女の作品が展示されたときの煽り文ですが、私はこの文が、彼女を──" "という画家を表しているようで、好きでした。
もちろん私も彼女の大ファンです。

さて、またまた質問になってしまうのですが、"蒼天美術館"を知っていますか?あっ、知っていますか。お二人は芸術が好きなんですね。……名前でわかると思いますが、私はあそこの現館長なんです。ええ、はい。" "の作品も展示したことがありますよ。彼女の作品でベストテンに入ると言われた『宙に堕ちて』なんかは、展示できたとき、本当に嬉しかったです。
あ、すいません。また自分語りをしてしまって、でも、もう少し話を聞いてください。
私の父で、"蒼天美術館"の先代館長だった、"蒼天 一空"は、" "の大ファンだったんです。家にいくつも" "の作品が飾ってあって、幼い頃の私は毎日それらの絵を見てました。もしかしたら、今私が" "のファンなのもそのせいなのかも知れませんね。
そんな時です、なんとうちの美術館に憧れの" "が来ることになったんです。もう 年前の話ですがね。理由は……父が" "の作品を多く買っていることもありましたが、今思うと、休養のためだったのかも知れません。有名な話ですが、彼女は病気を患っていました。うちの美術館は空気が綺麗な山の中にあるので。
彼女が、日本に滞在していたのは、夏の二週間ほどですが、その間うちの近くにある宿に泊まっていました。私も父もテンションが上がり、彼女が美術館に来るより先に、宿にいってしまったんですよ。その時にもらったサインが……ほら、そこに飾ってあります。

私と彼女は本当に気が合いました。彼女は……一度しか日本に来たことがなかったのに、すごく日本語が上手で、前に来たとき、今度苦労しないようにと、練習したそうです。本当にすごい人ですよね。" "は。
彼女が日本にいる夏の二週間。私と彼女は色々なことをしました。買い物をしたり、紅茶を入れたり、絵を描くところを見せてもらったり、世界中の" "ファンが知ったら、さぞかし羨ましがるでしょうね。特に嬉しかったのは、愛用の画材を見せてもらったことと、一緒に写真を撮ったことです。世界中を探しても天才画家" "と写真を撮った人物は多くありませんからね。
ちなみに彼女が帰国後描きあげた、『天を仰ぐ蛙』と『されど空の蒼さを知る』は日本の景色を参考にしたそうです。

すいません。話が長くなってしまって。久しぶりのお客様ですから。つい……。
さて、そろそろ話の核心に迫るのですが、お二人は" "が死去したニュースは見ましたか?知っているが、見ていない?なるほど、財団の方は忙しいですからね。
あれはちょうど の夏。彼女が三度めの日本旅行を終えた一週間後でした。夏の旅行で久しぶりにあえて、舞い上がっていたのでしょうね。私ももう少し、彼女の体調の変化に気づくべきでした。昔会ったときと同じように、幸せな二週間をすごし、日本を出発する日。彼女は私に何かを言いかけて、──止めたんです。その代わり、私に「今度とある物を送る。これは誰にも言っていない事だから、秘密にしてほしい。」そう言いました。有名人というのは本当に大変ですね。
そのとある物というのが──そこにある絵です。布は、まだとらないでくださいね。
これが私の元に送られてきたのは、彼女が死んだ……というニュースがちょうど世界中に放送された日でした。少々皮肉なことに、私の誕生日でもあります。
もちろん、私は嘆き悲しみました。いえ、私だけではなく、世界中の" "ファンは同じ心境だったでしょう。でも、彼らと私が違うのはこの絵が有るか、無いか、でしょうか。
絵には一枚のメッセージカードが付けられていました。カードには、もう自分が長くないこと、誕生日プレゼントととして、この絵を送ること、そして、この絵は私のためだけに書いたものであり、世間には一切公表していないことが綴られていました。それに……この絵が、人生最後の……同時に最高の物であることも。
メッセージカードの最後に綴られた、「無二の友人"蒼天 御空"様へ」という文字を見たとき、私は泣き崩れました。あの時は、大切な絵を見る余裕さえなかったですね。

結局、受けとってから一週間もたって、私は贈り物の封を解きました。
それは……一枚の大きな絵でした。キャンパスにはまるで幻想を切り取ったかのような碧が満ち、特殊な岩絵具が使われた厚塗りは、光が当たる度に、まるで生きているかのように輝きます。いえ、もしかしたらその絵は本当に生きていたのかも知れません。そう強く思うほど、絵は"呼吸"していたのです。
目が眩むような輝きと透明感に、私は思わず座り込んでしまいました。『空』の素朴な青とも、『天を仰ぐ蛙』の極彩色とも、まだ、語っていませんが、私が" "の作品で二番目に好きな、『1998年、清秋』とも違う本物の芸術。美しさがそこにありました。
タイトルは絵の裏側にあり、そこには間違いなく彼女の字で、『御空』と彫られていました。
私はもう一度泣きました。

異変に気づいたのは、初めて絵を見てから、三日後です。
本当に良い天気で、「こんな良い天気の日はなかなかない。散歩に行こう」と、散歩に出かけたんです。夏の暑い日でした。
私は昔から、青空が好きだったので、その日もいつものように空を見上げたんです。そこでアレッ?と、思ったんです。青く透き通って、吸い込まれそうなほど深い空。その空がやけに"物足りなく"感じたんです。確かに、確かに綺麗な良い青空でしたが、足りないというか、拍子抜けというか、なんとも空っぽに見えたんです。言うなれば、「ソラ」ではなく「カラ」という感じで。
その違和感はしばらく続きました。

私は……『御空』を他の誰にも見せませんでした。
この美しさを独り占めしたいという欲もありましたが、他の人に見せるのはやめた方がよい気がしたのです。ですから、私自身も、普段はキャンパスに布をかけ──そう、ちょうどそんな感じに、置いていたんです。見るのも、疲れた時だけにしていました。間隔を開けないと、絵に吸い込まれそうで。いえ、この言葉の意味も、冗談ではないとわかってきましたよね。

先ほど「空が物足りなく見えた」と、言いましたよね。その理由にも私は気づきました。
簡単に言うと、あの絵……『御空』が美しすぎたんです。──意味がわかりませんか?あの絵は、ほかの" "作品と同様に、空を描いたものです。彼女の作品は……本当にどれも素晴らしいんですが、それでも彼女が晩年のインタビューで言ったように、"本物の美しい空を越えることはなかった"んです。実際……彼女はそれを悔しく思ったりはしていませんでしたし、むしろ──自然を人の手で越えることはできない。彼女は度々そう言っていました。
そろそろ理由がわかりましたか?あの絵は……『御空』は、本物の、自然の空をはるかに越える美しさを持っていたんです。いや、持ってしまったの方が、正しいかもしれません。

──事実に気がついてから、私は世界中の空を見ました。……一応言っときますが、大半は写真ですよ。オーストラリアのグレートヘブンビーチ。パラオのロックアイランド。スペインにあるアンダルシアのヒマワリ畑に英国スコットランドのペントランド・ヒルズ・リージョナル・パーク。アメリカ一大名所のイエローストーン公園にボリビアのウユニ塩湖。世界中の様々な空を見ましたが、そのどれもが私の心を震わすことはありませんでした。私にとってもはや空とは、あの絵の"元となった物"でしかないのです。そんなのは……あまりにも悲しい。

ほかの人に絵を見せようと思ったこともあります。もしかしたら、私だけの心の病気なのかも……と。父はすでに他界しているので、最初に見せたのは、古い友人と家の支配人でした。
彼らがどうなったか?……概ね私と同じ感想を抱きましたが、違うところがありました。それは、恐怖を抱いたのです。あの絵に。
元々……友人は深海恐怖症と、宇宙恐怖症だったので、しかたないかも知れませんが、特に何か持っている……というわけでもない支配人が、恐怖を抱くのはどういうことなのか?
……理由はすぐにわかりました。死んだんですよ。絵を見せた二人が。
友人は嗤う太陽と雲に食われる幻覚を見ながら、心臓が止まり、支配人は……「ただ青く」──そう一言だけ書いてある手紙を遺し、自殺しました。それ以来、人に『御空』を見せたことはありません。

さて、もうわかるかと思いますが、今回回収してもらう異常物品というのは、あの絵……『御空』です。見たら死ぬ絵。というのはよく聞きますけど、まさかこんな形で体験するとは思いませんでした。
なぜ大事そうな絵を財団にわたすのか?ですか……実はですね、私はもう長くないんです。いえ、気を使わなくても、結構です。少し前に行きつけの医師に言われたんですよ。もって、一ヶ月。早くて……二週間と。
まさかそんな漫画みたいなセリフ自分が聞くとは思いませんでした。長く生きるといろいろありますね。

見ての通り、私は独り身ですから。絵に熱中するあまり、おいていかれてしまいました。
"蒼天美術館"は……同じ美術関係の友人に売りました。自宅の絵や美術品も、全て。残っているのは『御空』だけです。
財団の方々は、1998年の事件以前もずっと異常を収容していたんでしょう?ならせめて、絵にも最低限の扱いをしてくれるかな……と。そう思ったんです。
それにあの絵……『御空』は、展示できませんからね。誰かが人目につかぬよう、管理しなくては。
それと……手続きについていくつか質問したいんですが。

──はい。──はい。なるほど、わかりました。明日、簡単な手続きをすればいいんですね?──はい。わかりました。
二人のエージェントさん。……この絵は……おそらく売却すれば、数億はくだらないでしょう。何せ、あの" "の未発表作品。それも人生最高の作品ですからね。世界中のファンは喉から手が出るほど欲しいでしょう。
でも、エージェントさん。誰にも渡さないでくださいよ。誰かに見せたり、検査をするのは構いません。たまには出さないと、絵が寂しがりますからね。それでも……財団から持ち出し、売ったらするのはやめてください。何かの都合で財団の管理が難しくなったら、その机に置いてある……そうたぶんそれであってます。そのメモにあるところで絵を燃やしてください。これだけは、守っていただかないと。

他には何かあるか?……特には無いですね。手続きは明日すればいいんですよね。──はい。わかりました。
強いて……言うとすれば、もう一度『御空』を見たいですね。いや、見るのは簡単なんですけど……最近病気が悪化していて、目が──もう正常に見えないんです。
何を見るにも黒白灰色に見えて……私は嫌ではないんですが、やっぱりあの鮮やかな色を二度と見れないとなると……寂しいですね。でも……悲しくはありません。もう二度と見えなくても、あの鮮やかな「アオ」は私の心にしっかりと焼き付いています。"青く、深く、美しく。"

──今日は、年寄りの長話に付き合っていただいて、本当にありがとうございました。帰りは……たしかここを出てしばらく歩いたところで、タクシーかバスが拾えます。その、財団サイトまでは遠いのでしょう?ぜひ、利用してください。本日はどうも、ありがとうございました。

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