"それ"は酷く不気味で奇妙な物だった。
サイト81MHの清潔な机の上に置かれた牛の生首。生気こそ無いが瞳には鈍い光が宿り、首からは鮮血が流れている。大きく見開き膨れた眼はまるで深海魚だ。
「……先輩…本当にこれを保管しておくんですか?」
トレンチコートを着こんだ体格の良い男。エージェント神牙は後ろで見ている白衣の女性、肋野博士に聞いた。
「仕方ないだろう神牙。『腐らない牛の生首』ってことでコイツは収容しなきゃいけないんだ。KeterだろうがAnomalousだろうが異常は異常。これが私たちの仕事だろ?」
「それはわかってますけど…これは…少しキツいです。」
神牙はなるべく"それ"を視界に入れないよう目を背ける。鼻につく血の臭いが目の前のものを現実だと教えてくれた。
不快。命を何だと思ってると怒られそうだが、目の前の物はただそれに尽きる。
神牙が振り向くと肋野博士も同じ心境であろうことが伺えた。
「ちゃっちゃと終わらせよう。こんな物ずっと見ていたくない。」
わかりました。とだけ短く答え、神牙は肋野博士と一緒に作業をする。
今彼らが行っているのはオブジェクトの簡易調査だ。収容したオブジェクトに万が一発覚していない異常性があったら危険なので、どんなものも必ず一度は行うことになっている。
と、言っても新たな異常が発覚するのはせいぜい年に数回だ。
この平和なご時世において、オブジェクトクラスの格上げなど滅多にない。
牛の生首を念入りに調べるのはこれが最初で最後かもしれないな…。
神牙はふとそんなことを考える。
眼球や口内。首の断面を調べていく。
刺激を与えてみたり、何かしらの動作をしたり、一定の時間をおいたり。
はっきり言ってツマラナイ作業だ。
「んんん?…なんだこれ?」
神牙がもう退屈してきた頃、肋野が声をあげた。
「どうしたんですか先輩。何か見つけました?」
「いやな…この牛のうなじの所。何か紋章?みたいなのが彫られてるなと。」
「ちょっと見せてください。」
カメラを持ち肋野に駆け寄る神牙。
「なあ神牙…どう思うよコレ。専門じゃねーんだわ。」
「いや…これはオレにもわかりません。六芒星……ですかね?」
「そんな感じってのはわかるけど…とりあえず写真とって終わるか。」
「はい。」
二人は軽く写真をとると、その部屋を後にした。
牛は相も変わらず虚無を見つめてるが……神牙は一瞬、その瞳が赤黒く光ったように見えた。
カタカタッ。カタッ。
夜の闇の中にキーボードを打つ音だけが溶けて行く。この時間まで仕事をしている職員はごく僅かだ。
「電子機器は苦手なんだが……」
今週の報告書をパソコンでまとめていたエージェント神牙はおもむろにそう呟いた。時刻は午後8時過ぎ。
手元にあるコップを覗くと、そこで初めて緑茶が無くなっていたことに気づく。
おかわりが欲しいな…なんてぼんやりと考えるが、緑茶を入れるには部屋を出て給湯室に行かないといけない。
たしか途中の廊下には、昼頃に調べた「牛の首」の部屋がある。
「はっきり言ってすごく行きたくない…が、」
エージェント神牙は一つため息をつき立ち上がった。
カツ…カツ…カツ…
冷たいサイト81MHの廊下をエージェント神牙は歩いている。そこにはただひたすら静寂があり、耳に入る音は自身の足音ぐらいだ。
だが、そこに明らかな異音が混じる。『──、~~─、─~─。』遠くて良く聞こえないが神牙にはそれが何かわかった。
「昔話?」
そして、神牙にはそれがどこから聞こえているかも、よくわかっていた。確かに、確かにその音は、その物語は「牛の首」の部屋から聞こえていたのだ。
心臓の鼓動が早くなるのがわかる。だが、確かめなければいけない。エージェントととして、財団職員として。
神牙は再び歩きだし、その部屋へと向かった。
音が近くなっていく。より鮮明になっていく。
「あの牛は…確かに死んでいた。」
神牙は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
簡単な認証をし、収容室の扉を開く。
清潔な部屋に置かれた白い机には、不気味な牛の生首が置かれている。
ここまでは、昼間と何ら変わらない。では、何が違うのか?
死んだ牛が口元を動かし喋っていた。
神牙は正直すぐに逃げ出したかった。しかし目の前の恐怖よりも──
エージェントとしての財団職員としての使命が勝った。
「……記録しなくては。財団職員として。」神牙は覚悟を決め、牛の酷く聞き取りずらい物語に耳を傾ける。
『昔むか~或─という村─に─
ある─男─働~飢饉が─~人は─
─神に─~い─困り~神─贄を─
~足りな─か~肉─池~切り─
─血が─鮮~~人を─食─牛─
皮を─首が~生皮~切り落──
罪悪か─あ~しかたな─許し─
─包丁が~─人食─~肉は─
~酷い─神─彼らを─~それ
以来─~この─~物語─し~
─曰く─の話は─~にて─
「牛の首」と名─けら─た。』
「え……あっ。」
牛の瞳に確かな光が宿る。
牛の黒々とした瞳がぐりんと動き、牛のデロリと垂れ下がる舌はピクピクと痙攣している。
エージェント神牙は、ゆっくりと牛の生首が、こちらを向くのを見た。
今は夜である。
「おーい。神牙~どこだー?」
肋野博士はいつの間にか居なくなった後輩を探していた。
神牙には廊下で収容室の方に行くのを見たきりあっていない。おおざっぱな彼女といえど不安になるのは自然だろう。
「神牙…大丈夫だと思うが……万が一があるからな。」
ここはサイト81MH。平和な今の世において、数少ない危険な異常を収容する場所だ。
時刻は午後8時30分。白く冷たい廊下で、人の声は聞こえない。
「ここは……?」
エージェント神牙は血の臭いが立ち込める、廃村で目を覚ました。頭がズキズキと痛む。
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任意A任意B任意C- portal:6286008 (07 Apr 2020 06:11)
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