著者娘!プリティのコンテスト「“無名の彼女”編」

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プロローグ

 著者学でのタスクを終え帰路に着くあなたの目に、一人の少女の姿が映る。学園の生徒ではない。あなたは彼女の纏う制服が、隣の学校のそれであることを知っていた。彼女は今しがた拾い上げたと思しき金の小箱を、愛おしそうに眺めている。
 あなたはその小箱のことを知っているかもしれないし、まだ知らないかもしれない。いずれにせよ、煌めく八つの角の一つに唇を寄せる彼女の横顔に、遥かな憧れの気持ちを感じとったことは間違いない。
 空に飛び立つそれを見送り、彼女は去っていった。
 
 

第一章:名も無きその人

第一節

 今朝もあなたの著者学での一日が始まった。掲示板にて新しく世に出された作品たちのタイトルにざっと目を通し、気になるものがあれば確認していく。その内の一つのアートワークに、あなたは目を止めた。「アートワーク集」というていで投稿されたそれは絵本のような独特な雰囲気を湛えており、学生たちにもそれなりに受け入れられているようだった。作風に見覚えのなかったあなたは、作者の名前を確認すべく画面をじっと眺める。しかしどうにも、サインの一つすら見つけることができない。

「君はそんなに僕の絵が気に入ったのかな?」

 突然背後からかけられた声に、あなたは振り返る。
 声をかけてきた少女の姿に、あなたは見覚えがあった。風景からぽっかりと切り抜かれたような、風に遊ぶ真っ白な髪。表情を覆い隠す長い前髪からかろうじて垣間見える右目は長いまつ毛に縁取られており、そこに収まる紫の瞳はまどろむような色をしていた。そう、彼女はまさしく小箱の君。纏う制服こそあのときと違い、著者学のそれではあったものの。

A「君、名前は?」
「他人の名前を尋ねる前にまず名乗るのが礼儀ではないのかな。まあ、聞いたって覚えてなんかいないけれど」

B「転入生?」
「そう。アートワークが専門ではないけれど、ご挨拶としてね」

C「いい絵だったから、つい」
「ふふ、ありがとう。君にはどうやら見る目があるね」

 どれほど尋ねても彼女が名乗ることはないが、代わりにあなたは彼女が一本のTaleの下書きを抱えていることを知るだろう。

「さて。投稿の作法については一応目を通したけれど、これからどうしたものでしょうね」

 あなたは彼女の原稿に目を通す。紫色のインクで書かれたそれは、独特な言い回しに満ちた、ごく短い手紙のような形式だった。このままでも作品としては興味深い。けれど、評価が得られるかは微妙なラインだった。
 あなたは彼女に、学内の批評掲示板を活用することを勧める。

「……このままではだめ、かぁ」

 読めない彼女の表情が、一瞬不満げに揺れたのは気のせいだろうか。あなたは彼女に代わり批評受付の手筈を整えてやり、その場を後にした。
 

第二節

 次の日、あなたは批評掲示板の前で首を捻る彼女を見つける。彼女ごしに掲示板を覗いてみると、先の原稿に丁寧な批評のコメントがついていることがわかった。

「主人公の掘り下げが足りない、か。うーむ」

 彼女曰く、主人公の掘り下げは蛇足に感じ削り切った部分らしい。批評との感覚の乖離が悩みの原因なようだ。

A「自分も主人公のことがもっと知りたい」
「……それが第一読者としてのご要望かい」

B「改稿したって元の原稿が消えるわけじゃないよ」
「うん….それもそうだね、ありがとう」

C「このコメント出してくれた人が誰か、もしかして知らない?」
「それが一体今の僕になんの関係があるんだい」

 コメントと原稿をしばらく交互に見つめていた彼女は、ようやく顔を上げた。

「確かに、このままじゃ少し味気ないかな」

 彼女は初めての改稿に取り掛かった。
 

第三節

 何度目かの改稿を経て、彼女の原稿は完成した。

「うん、満足いく出来だ。これがどれほど受け入れられるかは分からないけどね」

 改稿を渋っていた彼女だが、他の著者娘たちとの意見交換が思いのほか楽しかったらしい。前髪越しの表情は、つやつやとした良い笑顔だった。あなたは原稿の最終確認を終え、彼女の背を押す。

「では、本投稿と洒落込もうか。僕の物語がどこまで飛べるか、見ていてね」

 意気揚々とした彼女の姿を見送った一日後、あなたの耳はけたたましい足音を捉えることになる。

「編集者くん!!なんだいこれは!?!?」

 叫びながら飛び込んでくる彼女の姿に、あなたの思考は一巡する。DVに傷ついた?嫌なコメントでもついたのか?まさか初めての削除通知?取り乱したような彼女を落ち着かせるべく見つめ直すと、彼女の手に小さなメダルが握られていることに、あなたは気が付いた。

「さっき急に呼び出されて、これを渡されて、周りの著者娘たちもなんだかやたらと話しかけてきて、僕は何をやらかした?これは一体なんなんだ!?」

 ──著者学には、作品にて一定の成績を残した学生に「実績バッジ」を付与するというルールがある。著者娘たちの中には、その数や種類を競っているものも少なくない。そして彼女の手に握られていたのは、校章と同じデザインをした金色のメダル、即ち。

A「うおぉおおおおおおっ本物の金メダルだぁ!!!!」

B「君のTaleが評価されたってことだよ、おめでとう!」

 不安げに揺らいでいた彼女の表情が、満面の笑顔に塗り替えられた。
 

第四節

 初投稿にまつわるあれこれも収まり、彼女も大分落ち着いてきた頃。あなたは彼女に、一本のTaleを読ませることにした。

「なんだいこれ、昔話?」

 それは現在のTaleの中での最高評価をキープしているギャグTaleだった。かたや、詩のような物語を紡ぐ新人著者娘。かたや、最高評価のギャグTale。作風としては当然合うはずもなかったが、それは計算され尽くした“笑いどころ”が光る、技巧派Taleでもあったのだ。

「ふふふ、ギャグはことさら好きなわけではないけれど、これはすごいな。最高評価というのも納得できるクオリティだ」

 学ぶところもあるかもしれないとそれをまじまじ読み込む彼女に、あなたは「著者の名前を見てみるように」と告げる。

「著者?僕はあまり書き手について詳しくは…………え?」

 流石の彼女にもその名前には見覚えがある──そこに刻まれていたのは、彼女の下書きにコメントをつけた著者娘の名だったのだから。
 先程からの澄まし顔のままかけていた椅子から転げ落ちそうになる彼女を、あなたはとっさに支えることになる。

「もしかして、僕はとんでもない幸運に見舞われたのか……?」

 彼女はTaleというジャンルの面白さと批評文化の奥深さを学び、あなたは普段はクールに振る舞っている彼女が案外愉快なやつだということを知った。二人の日常が築かれていく。

第二章:焦がれとあこがれ

第一節

 著者学は何年かに一度の新人支援大規模コンテスト、「ルーキーコンテスト」に盛り上がっている。初投稿の成功を保って晴れて彼女の担当編集者として認められたあなたは、まごうことなき新人たる彼女にその話を持っていく。
 だが、彼女の返事は気のないものだった。

「出ない。興味ない」

 やる気がないなら無理に囃すこともないだろう。あなたは彼女のあくびに見送られ、ルーキーコンの観戦に向かった。
 新人ばかりとはいえさすが著者学の生徒たち、あらゆる部門が名作揃いだ。上位を占める作品の面白さはもちろん、評価こそ奮わないものの独創性に満ちた作品たちも興味深い。あなたはその内の何本かを見繕い、担当著者娘たる彼女の元に持っていった。

「読まない」

 彼女の声色は冷たかった。

A「読まず嫌いは良くないぞ」
「うるさいな、今は気分じゃないだけだよ。読まないったらよーまーなーい」
 彼女の目元が赤らんでいるような気がしたが、気のせいだろうか?

B「どうして?何か嫌なことでもあった?」
「……そういうわけじゃないけれど」
 彼女の手に丸め潰された紙切れがあることを、あなたは見逃さなかった。

「こういう空気は好きじゃない、みんな急に騒ぎ出してさ。煩いったらありゃしない」

 彼女は気まぐれすぎるきらいがあることを、あなたは最近知りつつあった。様子を覗くことすらせずに悪しざまに言う彼女に不満を覚えつつも、あなたはかまわず一人きりで祭りを楽しむことにした。
 

第二節

 ルーキーコンテストの喧騒も遠くなった頃、あなたはひとりの著者娘に出会う。かなり背が高く、かつ作風も本人の雰囲気も独特な彼女のことは、あなたも一方的に知ってはいた。が、今日になって初めて話しかけることになったのは、彼女の大きな手の中に、見覚えのある小箱が収まっていたからだ。

「“衛星キス”をご存知ですか?」

 その人は少女らしからぬ落ち着いた声で、2MeterScale──2M娘と名乗った。

「私もあなたは知っていますよ。あの人の担当編集者でしょう、一緒にいるのをよく見かける」

 しっかり編集者として認識されているのは誇らしいことだ。しかし、彼女もあなたの担当著者娘のことを知っているとは。金の小箱のことがあるとはいえ、あなたがあなたの著者娘から2M娘の話をされた覚えはない。

「意外でしょうか。私はあの人のことを転入前から存じていますが……あぁ、あなたも“氷の彼”についての話に巻き込まれているのでは?それともお二人は同好の士、というやつですか」

 あなたは首を捻る。2M娘はさも意外そうな声色で、裏腹に良い笑顔で……「なるほど」、とだけ口にした。
 

第三節

「今なんて言いました!!!???」

 2M娘の言葉が腑に落ちないまま学園を歩くあなたの耳に、聞き慣れた声の聞き慣れない色が流れ込む。音源に目をやれば案の定、そこには彼女の姿があった。揉め事だろうか?相対する著者娘は、目の前の彼女の勢いに戸惑っているように見えなくもない。

A止めに入る
 担当著者娘がひとさまに迷惑をかけているなら、止めに入るのが担当編集者たるあなたの役目だ。あなたが彼女の肩を掴む直前、向き合う二人の顔が綻んだ。

B傍観する
 担当著者娘がひとさまに迷惑をかけているなら、止めに入るのが担当編集者たるあなたの役目だ。けれどあなたは、二人の様子をしばらく遠くで眺めることにした。彼女に、新しい友だちができる予感がしたからだ。

「すごい!……あの、ぜひ、これから仲良くしていきたいです」

「ふふ。こちらこそ」

 Taga49、たが娘という著者娘の名を、あなたは知っていた。だが娘もまた彼女と同じく今季の新人であり、学内の新聞では二人の作品が並んで掲載されていたのだ。

「彼女、なかなか面白いことを考えててね。それに絵も良い、見てごらん、これ!」

 彼女がこんなにはしゃいでる姿を見るのは久しぶりかもしれないし、初めてかもしれない。
 それにしても……

A「随分入れ込んでるキャラクターがいるようだね」

B「“氷山”って、なんのこと?」

「…………僕は彼では書かないからね!!」

 書けとも言ってないのだが。あなたは困惑したかもしれないし、彼女の様子にニヤついていたかもしれない。なんにせよ、彼女はあなたに真新しい原稿を押し付けて高らかに語った。

「これが僕の最新作だ、君が編集者ならやるべきことは一つでしょう!さぁ突っ立ってないで行った行った!」

 その原稿は、透き通るような青色のインクで綴られていた。
 

第四節

 新たな原稿の批評募集を開始してからはや数日、彼女の原稿にコメントは一向につかない。気にしていない風を装ってはいるが、彼女は明らかに苛立っていた。

「別に。これがそれだけ詰まらないってことだろ、仕方ないさ」

 実際のところ彼女の原稿は、卑下するほどの出来ではなかった。けれど初めてのTaleで大勢の批評を受けた彼女にとって、コメント欄がここまで静かというのは相当に心細い展開だろう。

「……帰る。批評はもう少し待ってみる」

 そこから、さらに数日後。

「だ、誰もそんなことは思ってませんよ」

「ならどうして誰にも見向きもされない?よぉくわかった、あんな原稿、全部、全部……!」

 以前とは異なる不穏な空気に、あなたは割って入ることになる。
 あなたの存在に気づいた彼女は、吐こうとした言葉を咄嗟に飲み込み走り去る。実際に見ることは叶わなかったが、その表情が悲痛に満ちていたことは想像に難くない。見知らぬ著者娘と廊下に二人残されたあなたは……

A彼女を追いかける
 あなたは猫のような目の著者娘に一言謝り、とっくに姿の見えなくなった彼女を追う。何度となく廊下を走り抜け、階段を上り下りし、あなたはようやく、裏庭で彼女の姿を見つける。

「誰も、僕のことを見ちゃいない」

 振り向くことなく、彼女は言う。

「多少評価されたからって調子に乗ったのが間違いだったんだ。僕なんてどうせこの程度。そうだろ?」

 ぼそぼそと、庭の花々に言い聞かせるように彼女は言葉を続けていく。

「そろそろ君も僕に飽きた頃だろ?契約解消してあげるからさっさと他の著者娘を見つけるがいいさ。君ほど慈悲深い編集者ならすぐ新しい子が見つかるとも。あぁさっきの子、ゆーき娘なんてどうだい?穏やかで、才能があって、みんなの人気者。ほら、わかったらもう行けよ、さっさとここから消えてくれ」

 あなたは、彼女の様子を意外に思うかもしれない。はたまた妥当に感じたろうか。なんにせよ、あなたは引き下がらなかった。「そんな言葉を口にするな」と、あなたは告げた。気弱な言葉は聞きたくなかった。彼女の言葉は美しい世界を紡ぐために使われるべきだと、あなたは信じていたのだから。どれほど彼女が自分から逃げようと、あなたは彼女から目を逸らさなかった。正義感からか憐憫からかは分からない。ただ一つ確かなことは、あなたは彼女のいじけた態度に、無性に腹が立っていたのだ。

「……もういい」

 あなたの言葉が届いたかは分からないが、彼女は落ち着き払った様子で、再び去っていった。

B見知らぬ著者娘に謝る
「いえ、どうぞお気になさらないでください」

 その著者娘はukwhatn、ゆーき娘と名乗った。確か、彼女の新しい原稿はゆーき娘の構文によって完成させられたものだ。原稿をめぐり彼女と揉めたと説明してくれたが、十中八九彼女が八つ当たりをしただけだろう。その気遣いに、あなたはもう一度謝罪した。

「批評なんて私にはできないです。うぅん、でも……」

 ゆーき娘は、心底から彼女を心配していてくれたようだ。あなたに原稿の感想を伝えるべく、辿々しくも言葉を紡ぐ。あなたはじっくりと、それに耳を傾けていた。
 そうして話し終えたゆーき娘に、あなたはちょっとした許可をとる。ゆーき娘は、快く了承した。

 翌日。あなたは何枚かの紙片を携え、彼女を探していた。教室の隅で淀んだ雰囲気を放つ彼女はすぐに見つかることだろう。彼女はあなたの姿を見て、露骨に罰の悪そうな顔をした。とはいえ流石に反省したようで、目線を明後日の方向に飛ばされる程度で、あなたは受け入れられた。
 気まずげに口をぱくぱくさせる彼女に、あなたは紙片を突きつける。

「何これ……手紙?」

 それは、彼女の下書きに寄せられた批評コメントだった。

第三章:冬は遠い

第一節

 ゆーき娘の批評コメントで気力を持ち直した彼女は、ようやく二作目の投稿まで漕ぎ着けた。構文協力と批評への感謝、それに無礼への謝罪を兼ねて二人で揃って頭を下げに行ったときのゆーき娘は、自分たちを快く許すどころか、むしろ新作が無事投稿されたことを喜んでくれすらした。多くの生徒が「ukwhatnの下僕」を自称したがる理由も分かるというものだ。
 新作の評判もまずまずであり、彼女はその文体を以って「美麗なTaleを紡ぐ新人著者娘」としての認知を強固にしつつある。あなたはあなたの担当著者娘の賛辞を目敏く見つけるたび、律儀に彼女に伝えていった。

「ふぅん、そうかい」

 彼女のつれない返事を、あなたは意外に思ったかもしれない。というのも、彼女の執筆作業を間近で見続けてきたあなたは、彼女が文章の美しさに対してかける情熱は相当なものだと十二分に理解させられていた。実際、ちょっとした言い回しが気に食わずに原稿を投げ出そうとする彼女のことを、あなたは何度となく宥めてきている。

「何って、僕の作品が美しいのは当然だもの。そうでしょう?」

 まだヘソを曲げているのかとも思ったが、彼女の感情はやたらと目に出る。一時期の荒れようが嘘のように、その色は凪いでいた。
 まぁ、大きな問題を起こしさえしないのであれば、何であろうと構わない。あなたは改めてイベントスケジュールに目を通す。今季三つ目となる大型コンテストの開催が、すぐそばまで迫っていた。
 

第二節

 ルーキーコン、嘘コンに続く公式大会、チームコンテスト。著者娘同士がチームを組んで記事を出し合い、タグ化を目指すコンテストだ。既に多くの著者娘が参加を表明しており、その中にはたが娘や、最近懇意にしているDr_Kudo──くど娘、そして彼女がやたらと入れ込んでいるnotyetDr──のと娘の名も見受けられる。
 彼女に参加の意思はなくとも、仲の良い著者娘が出場するのだ、観客席でも十分楽しめることだろう、と思ったが……いささか見通しが甘かった。

「ボクはチーム会議があるので、これで!」

「あ……来た、見た、幻視えた!!私書きます、帰ります!!」

 彼女は、チームコンで忙しい友人たちに振られまくっていた。

「……ふーん。別にいいよ、みんなの邪魔がしたいわけじゃないもの」

 頬を膨らませながら言われても、説得力は皆無である。それほどまでに退屈なら……

A「何か書いたら?」
「別に……今はいい。物語が降りてこないもの」

 物語が降りる。書きたいものができたとき、彼女がよく使う表現である。一口に著者娘と言っても、創作者の数だけ創作スタイルが存在するのは自明の理だ。脳内でキャラクターを組み上げてそれらが動くままを書き留めるもの、テーマを見つけそれに合わせて要素を拾い上げるもの、書きたいひとつのシーンを目指しひたすら文字を重ねるもの……そして彼女は、自分の書きたい物語そのものを、一種の生き物のように捉えていた。「Taleが“テール”と呼ばれるのは、掴むべき“しっぽ”があるからと思ってた」という言葉は、彼女なりの冗談というわけではないのだろう。(ときおり「物語は甘いものを好むから!」とパンケーキ屋を目の前にあなたの財布を狙うのは、もしかしたら冗談かもしれない。)
 書けないのなら無理することはないとあなたは告げる。が、彼女の指にペンを握っていた証拠たるライトブラウンの染みがあるのを見逃すはずもない。気まぐれな物語の妖精へのせめてもの差し入れとして、あなたは彼女とクレープ屋のワゴン前に並んだ。

B「何か描いたら?」
「む。そういえば、しばらく何も描いてないな……」

 新しい絵の題材を探し始める彼女。ふらりと歩くその背を追えば、趣ある和風建築──後に“幻覚作業旅館”と呼ばれるその場所へと行き着いた。入り口には、襷掛けをし箒を持った少女がひとり。

「よくお越しくださいました!二人もチームコンの応援かな?」

 若女将shionome4ono、シオ娘に連れられて、あなたたちは亀の間の前に立つ。

「体がしまえるから亀の間、です!コンテストも佳境だからね〜、みんな頑張ってるよ」

 なかば冷やかしでやってきたとはとても言いだせない雰囲気だ。が、彼女は遠慮なく襖を引く。作業中と思しき著者娘たちの視線を浴びながらも悪びれることなく一歩を踏み込む彼女に続き、あなたも亀の間の鴨居をくぐる。並ぶPCに充電スペース、持ち寄られたと見える茶や菓子類、原稿が湿気らない絶妙な空調、そして皆の作業音──眼前に立ち現れたその部屋は、創作者の天国というべき一室だった。

「いらっしゃーい」

「君だぁれ?新しい編集者さん?」

「こんなとこまでおれのファンが乗り込んできたか。しかし残念!サインはやらねーぞ」

 初めての客人に思い思いに声をかけつつも、一人として手を止める様子のない少女たち。さすがは著者娘といったところだ、皆が執筆にかける情熱がよくわかる。そして部屋の片隅には、一際爆速でタイプ音を響かせ合う見慣れた二人組がいた。

「先程ぶりですね!お二人とも、こちらへどうぞ」

 画面から顔を上げあなたたちを呼ぶくど娘。血の気が引きすぎて顔色が緑がかってすら見えるたが娘の横に、二つの座布団を並べてくれた。

「たが娘さん、頑張っているでしょう。ボクももちろんお手伝いしているんですよ!こう、編集者さんのことを真似たりしながら……」

 言いながら、オレンジ色の空のマグカップにやかんの麦茶を補充するくど娘。湯気がおさまるのを待ってから、だが娘の傍に置いてやる。なるほど確かに、きめ細やかな良いサポートだ。いち編集者として、あなたは素直に感心する。

「ところで、お二人は何をしにこちらへ?もしや新作の執筆ですか?」

 図々しくも修羅場への居座りを決め込んだ彼女だが、くど娘の真っ直ぐな問いにはいささか居心地の悪さを覚えたようだ。脇腹を肘で小突かれながら、あなたはことの経緯を説明する。

「絵の題材探し、ですか。詰まるところ、これは布教のチャンスでは?」

 彼女の代わりにあなたは頷く。でしたら、と目を伏せ思案するくど娘。力尽きデスクに突っ伏すチームメイトに視線をやってから、ひとつ頷いた。

「独断と偏見ですが、こちらをどうぞ。きっとお気に召しますから!」

 その翌日。彼女のアトリエには山焼け色の火取虫が咲いた。
 

第三節

 「編集者くん、僕はおかしくなったのかな?」

 出し抜けな言葉に、あなたは首を傾げた。
 見れば、彼女の手には一冊の本が握られている。表題は「納涼祭」。チームコンテストにて「産地直送幻覚畑」……たが娘とくど娘、そして実力派ホラー著者として知られるPear_QU──なし娘により投稿された、大勢の人事の活躍するTaleシリーズだ。ホラーは嫌だと逃げ出しかけた彼女だったが、たが娘の期待の視線とくど娘の自信に満ちた表情、そして納涼祭を読んだ人々の賑わいにまんまと釣られて読み進めていた、その矢先だった。
 なし娘の呪詛に当てられたのだろうか?微かに震える指先から渡されたそのページに、あなたは視線を落とす。

「──“あの子”がいる」

 第二幕中盤、或るエージェントが初めて挑む射的のシーン。登場人物一覧としてまとめられた資料を見れば確かに、彼女の初めてのTaleが参考として括られていた。

「驚いた。名前もない、個性もない、あの話っきりのキャラクターだったのに。あの子がこんなにいきいきしてる。それにこのシーン、この言葉……」

 紫の目がついと細まる。

「とても、きれいだ」

 初めての相棒たる“あの子”のことを、彼女は実際気に入っていた。けれど名付けは頑なに拒む。名は鎖だと、キャラクターが自分の与えた名に縛られるのは気の毒だと呟いたいつかの横顔を、あなたは覚えている。彼女には参照性を無闇に下げるそのこだわりが我儘だという自覚もあった。だからこそ、“あの子”が誰の目にも留まらずとも受け入れてきたのだ。だからこそ、“あの子”の存在が誰かに届いたその事実が、たまらなく嬉しかったのだ。
 自ら飛び込んだわけではなくとも、確かに彼女は、祭りの舞台に立っていた。
 

第四節

 盛況のうちにチームコンが幕を閉じ、その興奮も冷めやらぬころ。今期を締め括る最後のコンテストの開催が発表された。その名も、「財団職員 The Identity」──IDコンと呼ばれるそれは、既存記事の登場人物を主人公としたTaleのみが参加資格を持つ、キャラクター主体のコンテストだ。要項を持ち彼女の元を訪ねるも、返事は当然「興味ない」。チームコンでの経験が刺激になるかと思ったが、いささか見通しが甘かったようだ。

「チームコンでもあんなに書いてたのに、たが娘さんはIDコンにも出るんだってさ。すごいバイタリティだね、あの子」

 遠くを見つめるようにして、彼女がつぶやく。
 少し前から、彼女は放課後“幻覚作業旅館”という著者娘たちの溜まり場へと立ち寄るのが日課となっていた……“作業”もないのに。今日も今日とて何人か分のシュークリーム(当然、あなたの奢りである)を携えて、彼女は足を旅館へ向ける。
 いつものように襖を引くと、いつもと違った種類の賑わいで、亀の間は満たされていた。

「ほんとに!?若女将もついにデビューなの!?」

「シオ娘さん、お手伝いは惜しみませんよ!」

「だれだれ?誰のお話書くの?教えて教えて!」

「そうは言ってもまだ決まったわけじゃないってば!しーずーかーにっ!」

 著者娘の群れの真ん中で、襷掛けの若女将、シオ娘がもみくちゃにされていた。

「シオ娘さん、どうしたの?」

 人垣の一番外側にいた著者娘に、彼女が声をかける。

「超、超超重大発表ですよ!なんと我らが若女将が、」

 ──IDコンに、出るそうです!

 2020年最後の祭りが、今始まろうとしている。
 
 

最終章:きみにさよならを

 
 ずっと、ずっと、歩いてきた。
 ずっと、ずっと、向き合ってきた。
 ずっと、ずっと、愛してきた。
 そのつもりだった。
 そのつもりでいただけだった。

 迷っているのか、迷ったままでいたいのか。
 僕一人ではとっくに、答えが出せなくなっている。

 さよならの日は近い。
 

第一節

「うわーんっTaleなんも分からんーーーっ」

「シオちゃんがんばれ〜、その調子その調子」

 今日も旅館では、シオ娘の悲鳴と彼女への声援が交互に響く。
 シオ娘は著者学に入学して日はあるものの、まだ著者として作品を投稿したことはなかった。もとより上質な作品が集まる学園だ、書くことではなく読むことを目的に入学するものもそれなりに多い。シオ娘も当初「読み専」を自称していたが、どのような心境の変化か、現在は今まで世話を焼いてきた著者娘たちと並んで原稿にかじりついている。
 このような形でまとめ役を失った旅館だが、創作者の天国としての環境は万事整えられたままだ。他の編集者と連携して運営体制を整えた経験は、あなたにとっても大変勉強になったことだろう。紙を引っ掻くペンの重苦しい音が絶えることはない。

「もーつかれた!おなかすいたよう!」

「編集者さーん、おやつにしてもいいですか?」

「わあっ、これ駅前に新しくできたお店のワッフルだ!ほんとに食べていいの?」

「お茶にする?それともコーヒー?」

 お菓子を前に目を輝かせるその表情は、彼女たち著者娘もまだまだ幼い女の子なのだという事実を、あなたに思い出させた。

「あのキャラぜんぜん心折れてくれないんですよ……話が進まない」

「一撃で仕留めようとしちゃだめですよ、じっくりじっくり」

「蓄積ダメージ狙っていくのがいいと思う」

「なるほど参考にします」

 茶請けの会話は可愛くないが。
 個人的な用事を思い出したあなたは、やけに重い話を軽やかに語る彼女の笑顔を横目に、旅館を後にした。
 


 
 編集者くんを見送って、他の著者娘の姿もまばらになったころ。僕はまだ、シオちゃんの執筆作業を眺め続けていた。なんもわからん!と叫ぶたびにお話を聞いて、誤字を見つければ指摘して、頑張ったなら褒めてあげる。そうしているとなんだか、僕もシオちゃんの物語を一緒に作ってるような気がして、あのとき僕を見つけてくれたukitさんや、憧れのnotyetDrさん、それに編集者くんと同じところに立てたみたいで、なんとなく、気が紛れた。

「はい紅茶。すごくいい感じに淹れられたよ、ほら」

「うぅ……ありがと……」

 カップに口をつけてはあちちと離すシオちゃんの横顔は、察しが悪いとよく叱られる僕の目にも明らかに疲れ切って見えた。

「みんなどうやって書いてるんだろ。あたしもうなんにも分からない、何にも見えないよ……」

 あったかいものを飲んだからか、それとももっと別の理由か。シオちゃんが鼻を啜る。僕の心に、もやもやが渦巻いた。

「シオちゃんは、どうしてお話を書いてるの?」

 猫みたいな目が、窓からの薄い光を反射する。

「向き合うのが辛いなら、書かなくたっていいんだよ」

 僕は心配していた。だって、シオちゃんはつらそうだったから。身を削ってまで書かなきゃいけない理由なんて、プロじゃない僕らにはひとつもない。友だちがつらい思いをしているのが、僕には悲しかった……たぶん。
 シオちゃんは、僕を見つめたまま黙っている。怒らせてしまっただろうか。袖で目元を拭うシオちゃんにかける言葉を、必死に探す。

「あたし、この子たちが好きだから」

 僕が謝るより先に、シオちゃんが口を開いた。

「もっともっといろんな人に、この子たちのことを知ってほしい。とってもカッコいいんだよって、とってもすてきなんだよって、一人でもいいから多くの人に、この子たちのこと応援しててほしいんだ。そりゃ、書くのはちょっと……つらいけどさ」

 いつもは、頭の中を渦巻きまくってうるさいくらいの言葉たちが、遠くから僕を見下ろしている。どうしてだろう?舌先が鉛みたいに重い。

「ありがと、あたしもうちょっと頑張ってみるね」

 シオちゃんのクマまみれの笑顔は、とてもカッコ良かった。

 友だちもいない、編集者くんもいない、一人っきりの帰り道なんていつぶりだろう。雲越しの月が虹色の輪をうっすら纏うので、なんだかとっても目が痛む。
 好きだから。知られたいから。書きたいから。そんな風に感じたことって、僕にはあったっけ?
 大好きな人たちが、ひどく遠くに感じられて。

「もしもし編集者くん。いま、少し大丈夫?」

 無性に声が聞きたくなって。

「見せたいものがあるんだけどね」

 ──遠くに行ってしまったのなら、僕もそちらへ行けば良い。

「IDコンの原稿なんだ」
 

第二節

 自室にてIDコンの出場要件と睨めっこしていたあなたは、彼女からの着信に飛び上がった。

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