このページの批評は終了しました。
目覚めて最初に見た光景は、夢のような星空でした。
私たちは、終末を告げる花。じき終わりを迎えるあらゆる生命の慰めになるのが仕事です。今回はあのお星様が、全てを終わりに誘うのかしら?人も、鳥も、魚たちも、みんな空ばかり見つめるものですから、私たちに気づいてくれません。せめて香りだけでも届けたくて、めいっぱい背伸びした、そのときでした。
あんなに光っていた空が、急に真っ暗になりました。瞬きしたまま目を開けるのを忘れたのね。最初はそう思ったけれど、さっきまで優しく私たちを撫でていた風の音までしないことにも気がつきました。どうやら時間が止まってしまったようです。犬も、猫も、鼠たちも、空を見上げてぽっかり口を開けたまま、じっと固まって動きません。
不思議だわ、あんまり綺麗な空だから、ずっと眺めていられるように、誰かが魔法をかけたのかしら。首を傾げているとふいに、ざく、ざく、ざく、と、遠くから音が聞こえてきました。私たちは、枝葉を伸ばして向かいます。
たどり着いた先にいたのは、人間の女の子でした。床に這いつくばったまま、何か硬いものを持った右手を、何度も何度も振り下ろしています。私たちは耳を澄ませました。
「何が忠誠だ、何が世界のためだよ、命令に従わなかった人間がどうなった、みんな死んでったじゃないか。だから言うこと聞いてたら今度は捨て駒かよ、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな」
彼女の口から溢れるのは、ぐしゃぐしゃの涙声ばかりでした。よく目をこらすと、彼女が縋りついている地面には、もう一人の人間が転がっていました。手を振り下ろすたび彼女の顔は汚れて、それを涙が流していきます。私たちは、思わず葉を伸ばしました。私の体が雫に濡れます。
「何これ……花?」
懐中電灯が私たちを照らし出し、彼女は初めて私たちに気がつきました。私たちは体を震わせます。私たちの香りがあなたの悲しみを、少しでも和らげますように。
「綺麗……」
からんと音を立てて、彼女の右手から何かが落ちました。私たちの根に触れたそれは、ナイフでした。伸ばされた手が、私たちの花弁に触れます。とてもとても冷たい指先でした。
女の子はまた泣き出します。私たちが香りで頬を拭うと、彼女は何度か深呼吸をし、私たちに自分のことを話してくれました。
自分が「財団」で働いていること。
「財団」は、世界を守る組織であること。
あの星は、世界が病に包まれる前兆であったこと。
病から人々を守るため、魔法の時計で時を止めたこと。
その魔法の代償が、自分の命であったこと。
嗚咽に何度も言葉を詰まらせながら、ゆっくり、少しずつ、苦しみを洗い流すように、彼女は語ります。私たちには相槌が打てません。代わりに懸命に雫を受け止め、香りを放ち、手のひらを握り返しました。怖かったね。悲しかったね。もう誰も恨まなくていいんだよ。大丈夫、大丈夫……
私たちの気持ちが伝わったのか、話し終わる頃にはすっかり、彼女は微笑んでいました。時が止まった世界でなら、どんな失敗を犯しても、怖い人に叱られることがないと気づいたようです。彼女は再びナイフを拾い上げます。私たちが葉で拭っておいた切先は、すっかり綺麗になっていました。
「あなたは、あの星の仲間なの?それなら私は、あなたのことを一本残らず摘み取らなくちゃいけないの」
私たちには星が何者かわかりません。時が止まったはずの世界でどうして、私たちが彼女の話を聞いていられるのか、その理由も皆目見当がつかないのです。わかるのは、この世界の運命だけ。
彼女は自分の袖で涙を拭って、私たちを見下ろします。とっても優しい笑顔です。
「あのね。いいこと、いや怖いことかな……一つ思いついたの。聞いてくれる?」
私たちが彼女の話し相手になれるなら、こんなに嬉しいことはありません。私たちは、静かに耳をそばだてました。
彼女が歩きます。私たちが枝葉を伸ばします。彼女が歩きます。私たちが枝葉を伸ばします。
彼女と私たちでなら、このまま地球の果てまで歩いていけそうです。それほど彼女の足取りは軽やかでした。
彼女がナイフを掲げます。切り取られた塊を、私たちで受け止めます。彼女が再び歩きます。見つけて、立ち止まって、ナイフを掲げます。私たちは受け止めます。
人類全ての安楽死。それが彼女のアイディアでした。あの星がもたらす滅びを、自分一人で本当に防げるか、わからない。もしかしたら財団は、ほんの少しの可能性に賭けて、時を止める選択をしたのかもしれない。どうせ防げないと言うのなら、病で苦しんで死ぬよりも、時間が止まった一瞬のうちに、それと気づかず死んでいた方がずっといい。最初聞いたときは驚いたけれど、彼女はとても前向きでした。私たちには止める方法も、止める理由もありません。
彼女はせっせと働きながら、私たちに話してくれました。みんなみんな、自分たちの暮らしを守りたかっただけなんだと。
私を殴ったお母さんも。私を犯したお父さんも。
嘘つきだって罵ってきた友だちも、きつく当たってきた先生も、家出した先のお兄さんも、汚れ仕事ばかり押し付けてきた同僚も、叱るばかりで何も教えてくれなかった先輩も、見て見ぬ振りの上司も。
みんな、自分が大切だったんだよね。私が馬鹿だから、私が不細工だから、私がダメ人間だからって助けてくれなかったわけじゃない。助ける暇もお金もなくて、明日も生きなきゃいけなくて、みんながみんな可哀想で、他人に構う暇なんてないの。みんなみんな苦しいよね。私が助けてあげなくちゃ、と。
彼女はあたりを見回して、人の姿を見つけます。ゆっくりそこまで歩み寄ると、ナイフで首をひと断ちします。私たちが首を受け取って、花弁で包み優しく撫でます。彼女がまた歩いて行くので、枝葉を伸ばして見守ります。彼女は首をひと断ちします。私たちが包みます。
大丈夫。大丈夫。今から生きなくていいんだよ。
大丈夫。大丈夫。私は誰も恨んでいないよ。
大丈夫、大丈夫。私が助けてあげるから。
全ての仕事を終えるのに、どれほどかかるかわかりません。それでも不安はありません。私たちが、彼女についているのです。終末を告げる私たちが。
地球最後の一瞬は、まだ始まったばかり。
付与予定タグ: jp tale ジャムコン2023 極夜灯 _イベント3
ページコンソール
批評ステータス
カテゴリ
SCP-JP本投稿の際にscpタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。
本投稿の際にgoi-formatタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。
本投稿の際にtaleタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。
翻訳作品の下書きが該当します。
他のカテゴリタグのいずれにも当て嵌まらない下書きが該当します。
言語
EnglishРусский한국어中文FrançaisPolskiEspañolภาษาไทยDeutschItalianoУкраїнськаPortuguêsČesky繁體中文Việtその他日→外国語翻訳日本支部の記事を他言語版サイトに翻訳投稿する場合の下書きが該当します。
コンテンツマーカー
ジョーク本投稿の際にジョークタグを付与する下書きが該当します。
本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。
本投稿済みの下書きが該当します。
イベント参加予定の下書きが該当します。
フィーチャー
短編構文を除き数千字以下の短編・掌編の下書きが該当します。
短編にも長編にも満たない中編の下書きが該当します。
構文を除き数万字以上の長編の下書きが該当します。
特定の事前知識を求めない下書きが該当します。
SCPやGoIFなどのフォーマットが一定の記事種でフォーマットを崩している下書きが該当します。
シリーズ-JP所属
JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。
JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。
JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。
JPではないGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。
ジャンル
アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C-
- _
注意: 批評して欲しいポイントやスポイラー、改稿内容についてはコメントではなく下書き本文に直接書き入れて下さい。初めての下書きであっても投稿報告は不要です。批評内容に対する返答以外で自身の下書きにコメントしないようお願いします。
- portal:6222512 (14 Mar 2020 05:56)
極夜灯とリリーの提言を組み合わせてベリーバッドエンドを描くという発想が良いと思いました。ただ、人によってはリリーの花も極夜灯の影響下では一切行動も思考もできないのでは?という矛盾感を抱くと思います。
花視点ではなく、彼女の独白にした方が自然だとは思います。
ご批評ありがとうございます。
最初は職員の一人称で書いていたのですが、延々自己憐憫が続くターンが出てくる上、情報量のコントロールが上手くいかなかったため没になりました。
別所でも批評はいただいたのですが、いずれも私の力不足により反映できそうにないので、この記事は没とすることにしました。
わざわざご批評いただいたのに申し訳ございません、重ね重ね御礼申し上げます。