ここは図書館“天ノ川”

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 司書は困り果てていた。同時に呆れ果ててもいた。ある図書館利用客に纏わる話である。
 悩みの種たるその男は、たびたび図書館に現れた。しかし自ら本を選ぶことはなく、また勧められた本を読むこともなく、窓際の席を定位置とし、ただ目を瞑りそこに在ることを良しとした。
 ここは図書館“天ノ川”、本と戯れるための清流である。しかし司書の悩みはそこには無かった。ここを訪れる者の中で最も多いのは本を読む者だが、本を読まない者もまた、二番目に多かったのだから。ならば何故、男は司書を困らせたのか?主には、他の利用客たちの言葉が原因であった。
 「すてきな御人形ですね。司書さんのご趣味ですか?」
 男の姿を見とめた者から、たびたび訊かれたことである。
 たしかに男は美しかった。見目がかたちがというのではない。ただそこに在る男の姿は、ただそこに在る絵画の価値と、よくよく重なるようだった。換気のためにと男の真後ろに位置する窓を開け放ったときなどはとくに、カーテンに覆われた輪郭が陽光に薄ら遊ばされなどするもので、司書自身ですらそのさまを、面白く感じていたのである。
 しかし奴ばかりが他の利用客の視線を集めるのは、天ノ川の主人にとっては面白くない。なぜ客どもは本のことは尋ねない。ここには百年前の天金本だって、薔薇の香りの画集だってある。本日七人目となる“人形”めあての客を睨めつけながら、司書は思った。なんたってここは天ノ川、本と戯れるための清流である。

 「きみ、きみ、どうして何も読まないんだい」
 司書は問うた。つまらない言葉を返せば箒でもって掃き出してやろう、そんなことを密かに考えながら。
 「何も読んでいない、そういう風に見えますか」
 ゆったりとした男の物言いは、司書の戦意を確かに削いだ。
 「ああ見えるとも。君の手元には一冊の本もない」
 「紙束を捲ることが読書でしょうか」
 「本がなければ読書はできない」
 「本の本質とは質量ですか」
 「質量を感情に変換することが本質だとも」
 「ならば、私は確かに読んでいる」
 何を──言いかけた司書の鼓膜を、幽かな声が揺すぶった。

 きれい。
 たのしい。
 こわい。
 かなしい。
 やさしい。
 さみしい。
 くるしい。
 せつない。

 ひとの、他人の、こころ、こころ、こころの音が──

 「“読書”はたしかに、楽しいですね」
 つるりと光った灰色の目に、司書は閉口した。

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執筆者: EveningRose
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最終更新: 12 Dec 2021 00:01
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