インシデント:アマツカミ

GoIと対峙する全ての局面において、財団は無敵のジョーカーとなる。


 

 

序に代えて -1988年 5月

「毒も転じて薬となる。なかなかうまい方法だろう。」

 自らが設立させた施設をゆったりと歩き回りながら、天陽てんよう管理官は満足げに笑った。
 

 群馬県吾妻郡、中之条町。紀祀山と呼ばれた山の一帯に、「SCP財団日本支部関東地域総合拠点施設」───通称"エリア-81JH"は建っている。
 天陽が提言し建築されたその場所は、増え続ける要注意団体から産出されたオブジェクトを研究し、解明した異常を財団の役に立てるための施設だった。

 対要注意団体特化設備、前線基地───天陽は思考を巡らし、楽しげに目を眇める。悪に強ければ善にも強いのだ。頑なに敵と決めつけるのは馬鹿の思考で、下手を打って中を崩されるのは愚か者の所業。出る芽は確実に摘みながら、利用できるものはどこまでも利用させてもらわなければいけない。
 

 機嫌の良さげな天陽の横で、白衣の男が咳払いをした。
 

「天陽───管理官。本来ならば完成おめでとうと素直に喜びを分かち合いたいところだが、中身の当てはついているのか?最前線基地に投入する人材なのだから、よほど慎重に選ばないといけないぞ。」
「心配するな柳爾りゅうじ。入れる職員は既に決まっている。私が丁寧に選んだ精鋭だ、よい働きをしてくれるだろう。───それから、今は私とお前2人しかいないのだから、下の名前で呼んでいい。役職名もいらん。」
「そうだな……京四朗きょうしろう。人の当てがあるなら問題ないんだ。」
 

 ひと気のない施設の中で、2人分の靴音が響く。
 オブジェクトの確保や研究をする職員も、研究対象となるオブジェクトも、早ければ明日には届く手筈だった。がらんどうの内部を見られるのは今日が最後だ。

 柳爾と呼ばれた男───音丸おとまる博士が、絶え間なく続く天陽の説明を聞く。音丸が驚嘆の声を上げるたび、天陽は愉快そうに頷いた。
 自分を財団に引き入れた友人にここを見せられたことに、財団に貢献する自分の力を見せられたことに、天陽は十二分に満足していた。
 

「そうだろうそうだろう。頭の固い上層部を説得するには骨が折れたが、理事をうまいこと丸め込むことができてな。こうして完成まで漕ぎ付けられたこと、嬉しく思う。」
「ああ、おめでとう。心から称賛を送ろう。お前を財団に引き入れてよかった。」
 
 そう言って笑った音丸に、天陽も邪気のない笑い声を返した。
 

登場人物紹介

 

第1幕 GoIと甘味は職の花

2019年 6月12日

 我が物顔でのさばっていた5月病もすっかりなりを潜め、代わりにやってきたぬるい風と湿気が、露出の増えてきた肌を撫でた。
 天気予報の温度・湿度は日々上昇傾向。店に並ぶ衣食品もだんだんと涼やかなものに変わり、草木は陽光を浴びて青々と枝葉を茂らせる。
 夏の気配がだんだんと近づいてくる。そんな6月の話。
 
 
 
 道の駅から少し山奥へ入っていったところに、「甘味処 応治菓子」はある。
 本店は大阪だが、つい最近群馬にもやってきた。名物「応治もなか」をはじめとした良質な甘味を揃えたこの店は、高級志向ながら決して買えぬ値段ではない。地元の名産や施策をうまく利用しながら、順調にリピーターを増やしている。
 
 入れ替わり立ち代わり絶え間ない客足の中で、異様な───だが決して存在感のない───否、意図的に存在感を消した3人組が、奥の席に座っていた。
 
「ワタシ、期間限定"紫陽花のヨウカン"ひとつと3色団子。あと抹茶。」
「俺は抹茶セットのA。菓子はくずきり。」
「もなかの粒あんとぜんざい、白玉増量。それに抹茶入り玄米茶。」
「かしこまりました〜」
 

 ひとりは、赤いチャイナドレスを纏った美女。露出は多いが決して下品な印象は受けず、上の方で結えられた黒髪は光が当たると赤みがかった茶色に見えた。

 もうひとりは、銀髪にサングラスをしている。女とは対照的に肌の露出は極端に少なく、濃い色のパーカーに対し真っ白な肌が異様なまでの対比となっていた。

 最後のひとりは、黒いコートに黒いサングラスをかけた長身の男。紅い裏地のコートを捲れば、彼が日本刀と2丁の銃を携えていることがわかるだろう。そんなことをする者は、男の記憶の中でひとりもいなかったが。
 

 注文を取り終え、応治菓子の店員の制服───黒地に赤と金のラインが入ったエプロン───を纏った店員が笑顔で1礼する。
 その背が裏に消えたのを確認してから、エージェント・ゆるさんは相席した2人に顔を近づけた。
 
「それで、ココに来た目的は本当に茶シバくだけアルか?別にそれだけでもワタシは一向に構わねーアルが。」
「それだけだったら有給使って俺だけで行く」
「大抵のことなら応神いらがみサンだけで解決できそうな気するネ。いつもの面倒事アルか。」
「そうだ。まあ、いつものと言えばいつものだな。」
 
 エージェント・応神が隣の席に目を向ける。
 応神の視線に気づいた人影が、お冷から口を離した。
 
「『エージェント・太郎たろう。今回の仕事面倒ごとにはこいつが必要らしい。俺はあんまり得意じゃねえんだが、まあ悪い奴ではないんだ。少しの間だけの共同任務だが、俺からもよろしく頼む。』───太郎白子しらこです。よろしく、許さん。」
「勝手に思考トレースするな。声を真似るな。ちょっと驚いた。」
「太郎センセとは仕事で何度か会ったことがあるヨ。エンパス?だったアルか?が使えるんだったネ。」
「先生なんて大層なものじゃないですけどね〜。一応補足しとくと、俺が使えるのは"芸術的想像力エンパス"。相手への共感と振る舞いの想像が高精度でできるんです。思考トレースって言わないでください、なんかちょっとダサいから。」

 太郎が声と思考を自分のものに戻して言う。応神が小さくため息をついた横で、許さんが興味深そうに太郎を見た。

「ワタシの昔の知人にも似たようなのが使える奴がいたアル。声真似まではできなかったアルが。」
「声帯模写は俺の特技です。まあ上手くできない人もいますが。アイランズさんとか……。」
 
 はあ、とため息をついた太郎が、ふと思い至ったように許さんを見る。
 
「ところで、その知り合いって人、どうなったんですか」
「あー、どうだったアルかな……ワタシも会ったのは何回かアル、よく覚えてねーアルが……ええと、ああ」

 許さんが思い出したように手を打ち、太郎が軽く身を乗り出したとき、注文のときと同じ店員の声が降ってきた。
 


 
 応治菓子。
 大阪・京都・東京を中心に店を構え、通を唸らせる高級品から若い人向けに憩いを届ける流行の品まで広くを揃える人気の和菓子屋は、その実財団フロント企業のひとつに数えられていた。
 
 烏の意匠がプリントされたコースターを持ち上げ、許さんが楽しげに声を上げる。
 
「かわいいカラスアルね!」
「応治菓子のマーク、烏ですもんね。ねっ応神さん。」
「俺を見るな」

 さっと目を逸らした応神が、運ばれてきたぜんざいに手を付ける。

 粒が混ざった小豆の中に、真っ白くつるりとした白玉が入っている。白玉は大きくもちもち。丁寧に煮られた小豆は、掬うととろりと零れ落ちた。
 応治菓子名物のもなかは、皮はさくりとシンプルな味で、かじると甘い餡が舌を撫ぜる。粒あんこしあんに加え、季節や店に合わせて作られた餡はこだわりの逸品だ。

 玄米茶をひと口飲む。菓子の味でも潰れない、しっかりとした味。喉を滑り落ち、じんわりと体を温める。
 
「うまいな」
「おいしいですね」
「うまいアル」
 
 許さんの前に置かれているのは、紫陽花の意匠を凝らした四角い羊羹だ。
 小倉あんが使われた羊羹の上に紫陽花をイメージした色付きの寒天が載せられ、1番上には小さな葉が乗せられている。透明感のある紫色と、皿の乳白色が見た目にも美しい。

 太郎が頼んだのは、きび砂糖に漬けられた黒蜜きな粉のくずきり。ガラスの器にくずきりが盛られ、その上に贅沢に黒蜜きな粉がかけられている。中身も外見も涼やかだ。
 
 しばらく3人でもくもくと菓子を食べ進める。
 皿の中の菓子が半分ほど消えたころ、店員が笑顔でやってきた。
 
「追加のご注文は?」
 
 応神が、店員が差し出したメニューを受け取る。しばらくパラパラとめくったあと、ぱたりとメニューを閉じ「いや、もう結構だ」と言った。
 「気遣いは受け取った」「失礼しました。こちら伝票になります。」「ああ」店員がメニューを受け取る。
 

 その瞬間、店員の体がぐしゃりと崩れ落ちた
 

 「!?」瞬間的に許さんが警戒態勢に入る。
 緊急事態とも言うべき事象だが、しかし周りの客も店員も何事もないように過ごすままだった。

 崩れた体は焦げ落ちた炭のように黒く染まっていき、ざらりと集まっていく。異様な気配に許さんは目を眇めた。
 知っているが、知らない霊気。
 
「これアルか。ワタシを誘った目的。」
「店の中で大立ち回りする訳にもいかねえんだ。お前がなんか適当によろしく頼む。」
「雑すぎネ!───いやまあ、横からごちゃごちゃ言われるよかマシアル。」
 
 集まった黒いものはざらざらと集まり、形を為していく。それが真っ赤に燃える目を持ったカラスであると認めた瞬間、許さんの手刀がその首に叩き落ちた。
 喉が潰れたような音を出して、カラスの首が落ちる。その首は体を求めてのたうったが、繋がるべき体は既に空に霧散していた。

「財団仙拳!再生防止のまじない付きアル」
「よくやった許さん。下手人の気配は覚えたか?」
「店全体に流れてる気配と混じり合っててよくわかんなかったアルが、よくないモノってのはわかったネ!」
「それでいい。───ったく、あいつら真似事だけはうまいんだ。」
 
 応神が立ち上がり、床に落ちた紙を拾い上げる。
 折り紙を開くと、ボールペンで何か不思議な文様のようなものが書かれている。それを覗き込んだ許さんが、合点の入った顔で頷いた。
 
「店の中の霊気を利用して術を展開───いや、術ですらねえアルな、これ。」
 
 人の手によってしっちゃかめっちゃか弄られた神秘。呟いた許さんに、応神が同意の意を込めてため息をついた。その横で、太郎が涼しい顔で抹茶を飲む。

「応治菓子は応神家の息がかかってますからね。悪意を持った術は使えないよう仕掛けでもしてあるんでしょう?で、今回はその霊気を利用されて、これが展開した、と。」
「応神宗家の眷属は嘴細鴉ハシボソガラス。人からカラスに転じた理由もおそらくそれだろうな。メニューを返すときにちと小細工をしたが、上手く引っかかった。」
「応神サンと太郎センセはコレを送ったところに心当たりがあるアルか」
 
 理解はすれども飲み込めていない顔の許さんに、応神と太郎は顔を見合わせたあと、同時に頷いた。
 
「もちろん。財団の方もわかってる。」
「だから俺が呼ばれたんですよ」
 


 

 真っ黒いコーヒーに真っ白い角砂糖がドボドボと沈んでいくのを、飯尾めしお博士はによによと眺めていた。

「ねーつづちゃん。ちょっと入れすぎじゃない?砂糖。」
「は?貴方に私の嗜好をとやかく言われる筋合いはありませんが」
「成人病は大変だって、つづちゃん」
「余計なお世話です。というか、その『つづちゃん』という呼び方を即刻やめてください。私のことは『国木田くにきだ博士』もしくは『国木田さん』と呼んでください。」
「国木田都築つづきだから、つづちゃん。かわいくない?なんなら俺のこともメッシーって言っていいよ。」
「あんまりふざけると部屋から叩き出しますよ、飯尾博士
「…」

 笑顔のまま黙り込んだ飯尾に、国木田は露骨にため息をつく。

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