冠城と飯沼のTale

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 結局のところ、冠城かぶらぎ先軌まきは何も覚えていなかったのだ。
 自分が世界オカルト連合所属、排撃班"ハウンドドッグ"副班長"サウィング"であったこと。世界を守るために誇りを持って戦っていたこと。
 自らの手で粛正した妹は、現実歪曲能力者だったこと。
 人類のために敵を殺し、守るべき妹を守れなかったこと。
 
 職を降り、全ての処理が終わったとき、彼───もしくは彼女───の手元に残された記憶は3つだった。

 「私はかつて世界オカルト連合に所属していた」
 「私は敵を排除し、検死を行っていた」
 「私は妹を殺した」

 それで十分だった。十二分だった。記憶を残すことは、自分自身が望んだことだったから。
 そして、世界オカルト連合にいたという記憶を残すということは、今後もヴェールの外側から出られないということだったが、別に構わなかった。

 すでに何物でもなくなったその人間にとって、光の中の世界は眩しすぎたから。
 


 

 こんにちは。
 ごく自然な笑顔を貼り付けた男に定型の挨拶を返し、さてどうしようかと脳裏で思案を巡らせた。
 
「お疲れさまです」
「そちらこそ。もしもお時間あれば、少し雑談しませんか」
「雑談しないかと話を持ちかける人、あなたが初めてです」
「俺以外に喋る人もそこまでいないのに?」

 ざくり。図星というナイフが冠城の脆い部分───それを人は自尊心とか名付けていた───に突き刺さる。いい返事も見つからず、ただ曖昧な笑顔を返して、冠城は数分前に買ったコンポタの缶に口をつけた。

 それなりに空調の整った財団サイトは、改めてあたたかいものを買わなくても外の冷え込みを忘れ十分快適に過ごせる。だが、こういうのは気持ちの問題だと冠城は自分に説いた。舌先で飲み口を軽くなぞり、少しだけ缶を傾ける。
 熱い液体が咥内を満たし、喉を滑り落ちる。その瞬間、ざらりとした感触を舌の上に認めた。
 あっ火傷したと気づいた時にはもう遅く、拭いきれない違和感が咥内に触れた舌の上をなぞる。

「っつ」
「大丈夫ですか」
「軽い火傷です、大丈夫」

 お気になさらずと軽く言葉を継いで、湯気をあげる飲み口を軽く吹いた。もういちどずず、と中身を啜ると、舌の上にしなびたコーンが乗る。先程は熱さのせいでろくに感じられなかった、とろりとした舌触りとほんのり甘ったるい味。
 咀嚼もそこそこにスープと一緒に飲み込んで、冠城は缶をテーブルの上に置いた。
 
 小さく漏れたため息を聞き取ったのか、目の前の男が僅かに眉尻を下げる。
 
「最近上の空なことが多いですね。何かありましたか」
 
 最近、という言葉を使えるほど頻繁に会っているわけでもない。
 
「特筆すべきようなことは何も。思い至ることといえば……そうですね、最近は検死の仕事が立て込んでいて、ろくに休めていないとかでしょうか」
「それは大変ですね。財団の検死官は不足しがちとか聞いていましたが、替えのきかないものでもありますから。なるべく休んでくださいね。手遅れになる前に」

 そう笑う言葉に自嘲めいたものを感じて、冠城は落ち着かなく缶に指先を触れさせた。座った椅子のひんやりとしたつめたさが肌を刺してくるように思える。
 
 そういえば、と言えば聞こえが悪いが、今の話し相手はエージェントだった。
 実際そう取っ替え引っ替えできる役職でもないのだろうが、冠城は現場職の内情をよく知らない上、彼らにかける上手い言葉を持っていない。継ぐべき言葉を見失い、所在なく視線を彷徨わせた冠城に、相手は特に気を悪くした風もなくにっこりと笑った。
 
「購買部でアイマスク売り始めたそうですよ。試しに使ってみては」
「なんでも売りますね……」
「品揃えがいい分には全然構いませんよ、俺は」

 「飲み物買ってきますね」相手が席を立ち、自販機へ向かう。
 
 人の少ない、中途半端な時間を冠城が選んだせいもあってか、サイトの談話室には2人しかいなかった。
 戻ってきた相手の手には、あたたかいココアの缶が握られている。いただきますという小さな呟きのあと、タブが開くかちっという音がした。
 
「サイトの値段に慣れてたので、この間定価の自販機見てちょっとびっくりしました。こんなに高かったっけって」
「ああ、少しわかります。それにしたって、最近微妙に値上がりしてませんか?」
「そんな気がしますよね。前120円で買えたはずのコーヒー、今は140円払わないと買えないんですよ」
「それは大変だ」
 
 「雑談」と彼が言った通りの、とりとめなく中身のない話を続けながら、冠城は内心で相手から目を逸らした。
 どうしてこんなことに、と信じてもいない神を睨み天を仰ぐ。
 

 ひとつ前の夏に「はじめまして」の挨拶をしてからというもの、相手は事あるごとに自分に話しかけ、隣に座ってきた。
 特段嫌というわけではないが、かといって好ましいわけでもない。ただ言いようのない違和感が脳裏を這い、首筋から背をじっとりと覆っていく。

  検死官とかいう立場上、そして元敵対組織の手先であったという境遇上、どうしたって普通の職員と仲良くなるなんてことはできなかった。別に冠城の方から避けているわけはないが、周囲の忌避と警戒、それに僅かばかりの好奇が入り混じった視線に好んで晒される気は毛頭ない。
 元から積極的に人間関係を作っていこうという性格ではなかった。自分の隣に置かれた何人かと、仕事で関わる限られた人間たち。それ以上を自分から広げようとはあまり思わない。交友の狭さが職務に支障をきたすならば喜んで人と関わりに行くが、今のところそんな様子もなかった。
 生きた人間が何人か。たくさん置かれている死体と、積まれた書類。踏み出すための明日と、欠乏感が拭えない今までの記憶。冠城にとってはそれが自分の、自分の世界の全てだ。

 だが、外側から踏み込まれることは想定していなかった。
 手の中の安寧は守りたいと願うが、その手を取られる前提はない。決して無遠慮ではなく、むしろ丁寧に靴を脱いで上がられたような状態で踏み込まれ、戸惑っているうちに1歩、深くへ。
 
 確実に作り上げてきたはずの世界は、少しの衝撃で途端に脆くなる。

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