俺は今、白亜紀にいる。
と言っても、別に恐竜に詳しいわけでもないから、その時代で合っているのかも分からない。ただ一つ言えるのは、東京が 眼下に広がる大都会が、かつてのそれでは無くなっているという事だけだ。
「どう?すごいでしょ?」
自分のすぐ隣で同じように街を眺めている彼女が、笑いながら得意げに言った。こちらを向いた拍子に、明るい茶色をしたショートの髪先がわざとらしく揺れる。
「あっちも、こっちも、全部私たちでやったんだよ?」
興奮が抑えきれない、とでもいう様に身振り手振りが大きくなる。だがしかし、のびのびと動いたところでその動きを不審に思う人も、ぶつかりそうになる人もいない。普段なら人でごった返しているであろう東京スカイツリーの展望デッキには、今は制服姿の2人しかいないからだ。
「……先輩。」
「なに?」
「この景色を見せてくれて、ありがとうございます。」
一瞬キョトンとして、
「やだ、そんな急にかしこまんないでよ。」
パタパタと手を振って答えた。それは少し呆れているようで、少し嬉しそうでもあった。
すいません、と苦笑して、再び地上に目をやる。少し遠い所から、風に乗って咆哮らしきものが聞こえてきた。
やけに短い梅雨が明けて、いつもより遅れてセミが鳴き始めた、高一の夏。日本の首都、俺の産まれた場所
東京は、恐竜達の闊歩する土地になっていた。
***
アイテム番号: SCP-██-JP
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-███-JP-A郡及び新たなSCP-███-JPイベントは8月9日午後6時46分以降確認されていません。しかし、現在もSCP-███-JP-Bが発見されていないため、Keter指定は継続されます。
説明: SCP-███-JPは20██年の8月4日から8月9日にかけて東京都区部1の全域(以下、対象地域とする)にてタイプ・グリーン現実歪曲者である██ ██氏(以下、SCP-███-JP-Bとする)によって引き起こされた異常現象です。この期間中、対象地域は高さおよそ634mの雲に似た不明な物質によって囲まれ、陸路及び海路での侵入は不可能でした。
SCP-███-JPの発生時、対象地域内部の地表から上空約634m地点まで極めて濃い霧が発生しました。これはおよそ30分間持続し、消滅時にSCP-███-JP-Aに指定される異常物品を多数生成しました。
SCP-███-JP-Aは三畳紀初期から白亜紀末期にかけて存在した様々な種類の生物の姿を象った、雲と似た物質で構成された異常物品郡です。SCP-███-JP-Aはそれぞれが自律した行動を取り、他種のSCP-███-JP-Aの捕食行動を行うなど活発に活動しました。SCP-XXX-JP-AはSCP-███-JP-Bが発生させたものと考えられ、SCP-███-JP-Bの無力化に伴って全てが消失しました。
以下、SCP-███-JPに関する記録です。
映像記録███-JP-1
日付: 20██年8月4日
撮影地域: 東京都中央区
補筆: 民間の監視カメラによる映像。
[ログ開始]
[09:23:04] SCP-███-JP発生。
[09:53:10] 霧が晴れ、カメラがSCP-███-JP-Aの姿を捉える。外見的特徴よりトリケラトプス(Triceratops)がモデルと思われる。以下、SCP-███-JP-A-1とする。
[09:53:24] SCP-███-JP-A-1の後方より別種のSCP-███-JP-Aが接近する。外見的特徴よりティラノサウルス(Tyrannosaurus)がモデルと思われる。以下、SCP-███-JP-A-2とする。
[09:53:50] SCP-███-JP-A-1がSCP-███-JP-A-2の接近を察知する。SCP-███-JP-A-1はSCP-███-JP-A-2へと向き直って角を構え、応戦しようとしている様に見える。
[09:54:18] SCP-███-JP-A-2が吼える。それとほぼ同時にSCP-███-JP-A-2はSCP-███-JP-A-1へと突進する。
[09:54:24] SCP-███-JP-A-1とSCP-███-JP-A-2が接触。戦闘を開始。
[09:54:50] SCP-███-JP-A-1の角がSCP-███-JP-A-2に刺さり、SCP-███-JP-A-2が身をよじる。その際にSCP-███-JP-A-2の尻尾と思われる部分が振り回され、監視カメラ背後の壁を崩す。以後、監視カメラの映像は直下の地面のみ写す。
およそ10分間、地響きとSCP-███-JP-A-1、-2の咆哮のみ記録される。
[10:05:10] SCP-███-JP-A-1のものと思われる鳴き声の後、重い物が倒れる様な音が記録される。
以後十数分間、粘性のある水音とSCP-███-JP-A-2のものと思われる息遣いのみ記録される。
[ログ終了]
SCP-███-JPによって発生した霧は非異常性のものですが、それを即座に全て収容するのは不可能であり、一時的にLV-Zero"捲られたベール"シナリオが発生しました。
SCP-███-JP-A郡の発生を受け、財団は即座に機動部隊を対象地域へ派遣しました。また、世界オカルト連合もほぼ同時期に行動を開始しており、異常現象の規模の大きさを考慮し一時的な協力体制を形成、共同でSCP-███-JP-A郡の無力化を試みました。
音声記録███-JP-1
日付: 20██年8月4日
探索部隊: 臨時構成部隊███-JP-3(回収部隊い-3 "白足猫"、機動部隊に-8 "地域猫"、6421排撃班 ''エボニー''の合同部隊)
探索地域: 東京都江東区
部隊長: コードネーム・アルファ(機動部隊に-8 ''地域猫''隊長)
付記: 今回の作戦におけるコードネームは全て臨時のものであり、それぞれの平時の所属部隊とは関連していない事に留意してください。
[ログ開始]
アルファ: 録音開始。えー、これより臨時構成部隊███-JP-3の行動を開始する。我々の目標はSCP-███-JPの調査及び民間人の保護、財団施設への誘導だ。現在地は東京都江東区。今のところは遠くにそれらしき影が見えるだけで、付近にSCP-███-JP-Aの反応はない。
以後数十分間、部隊員による報告が続く。重要度が低いため省略。
デルタ: ……ええ、ですから……っ!
アルファ: どうした?
デルタ: 静かに。……あそこ、見えますか?
イータ: ああ、アイツですね。前方11時方向、およそ……5、600メートル程でしょうか。ちょうど建物が遮蔽になっていて、まだこちらには気付いて無さそうですが……どうしますか?
ベータ: いや、念の為離れておき[破砕音]
アルファ: おい、どうし[破砕音]
短いノイズ。
雄叫び。SCP-███-JP-Aのものと思われる。
イータ: 隊長!?こいつ、いつの間に後ろに!?
およそ5分間、断続的な銃声と破砕音が続く。時折悲鳴が混ざる。
デルタ(推測): ……イータ、逃……
以後およそ10分間、走る足音と荒い呼吸音のみ記録される。
[ログ終了]
各部隊の初回探査における損害報告(抜粋)
部隊名 | 損害状況 |
臨時構成部隊███-JP-1 | 軽傷2名、行方不明1名(部隊総数10名) |
臨時構成部隊███-JP-2 | 死亡1名、重傷1名、軽傷6名、(部隊総数11名) |
臨時構成部隊███-JP-3 | 死亡6名、意識不明1名、重傷1名、軽傷1名、行方不明1名(部隊総数10名) |
・
・
・
***
「この度は、ご愁傷さまでした。」
「はい。本日はご参列いただきありがとうございます。」
定型の挨拶を聞き、それに礼を言う。今日一日だけで、何回このやり取りを行っただろうか。いつの間にか慣れてしまって、傍から見ると無感情のようにも見えてしまうかもしれない。
高校一年生の春、俺は両親を喪った。旅行に行こうと高速道路を走っている時に逆走車両と盛大にぶつかって、後部座席にいた僕だけが生き残った……らしい。らしい、というのは、事故前後の記憶がすっぽりと抜け落ちていて、何が起こったのか全く覚えていないからだ。医者曰く、精神的にも肉体的にも強い衝撃を受けた時にはよくある事らしい。
そのせいだろうか。まだ、両親が死んだという実感が無い。棺を開ければそこにいるのはただの人形で、実際の両親は家で待っている。そんな気さえした。
「……以上で告別式を終わります。皆様、本日はありがとうございました……」
参列者が焼香を上げ終わり、棺が火葬場まで運ばれていく。僧侶と参列者たちに礼を言い、軽食を出す。ちょうどその頃職員に呼ばれて、点火スイッチを押すか否かを聞かれた。
「ええ、僕が押します。」
短く答え、スイッチの前に案内される。押せば、炉に火がついて、棺が燃える。至極単純な仕組みだ。そして、ゆっくりとボタンを押して
耐えきれなくなって、外へ出た。
「……なんで。」
トイレに行くと言って火葬場を抜け出し、表の道路脇に座り込む。
「なんで、俺だけ……」
なんで事故に遭わなければいけなかったのか。なんで自分だけ生き残ったのか。なんで思い出せないのか。
頭の中をどうしようもない疑問ばかりが駆け巡り、縋るように空を見上げた。5月の空は抜けるように青く、澄んでいた。青い空に火葬場の煙突から煙が立ち上り、やがて雲に解けるように消えていく。
それを見ながら、人が死んだらどこへ行くのかをぼんやりと考えていた。
***
SCP-███-JP及びSCP-███-JP-A郡発生初期の分布状況から、SCP-███-JPイベントの原因となるもの(SCP-███-JP-Bとする)が東京スカイツリー2に存在することが推測されました。現在、SCP-███-JP-B無力化に向けた作戦が進行中です 作戦は終了しました。
***
その先輩と出会ったのは、やけに短い梅雨が明けた7月の上旬だった。
その頃の俺は、思いを重ねられるジトジトした梅雨の長雨がすぐに終わってしまって、暖かな日々が続くのに耐えられず毎日近所の公園で無気力にブランコに座っているのが日課となっていた。少子化の波はこの辺りまで来ているようで、幸いにも公園を利用する人は他にほとんどいなかった。
ただひとりを除いては。
「君、毎日ここにいるけど飽きないの?」
後ろから不意打ちのように声をかけられ、驚いて振り返る。
目の前にいたのは、明るい茶髪の同年代くらいの女性だった。
「……すいません、誰か知り合いと勘違いしてるんじゃないでしょうか。」
答えながら、彼女の来ている服が自分の通っている ここのところ登校していないが 高校の制服である事に気がついた。
「間違えてないよ?君に言ったの。」
「えっと……もしかして、昔に会った事があったりしますか?だとしたらごめんなさい、ちょっと覚えてないです。」
できる限り常識的に答えたが、
「私も君と会った事ないよ。お互い初対面どうしだね。」
ヤバい奴に捕まった。さて、どうやって逃げるか。
そう考えていると、
「君、暇ならちょっと手伝ってくれない?」
出し抜けに問われ、少し面食らいながら言を返す。
「手伝うって……何をですか?内容も分かんないのに答えられませんよ。」
「ああ、確かにそれはそうだね。」
ふふ、といたずらっぽく笑い、彼女は答えた。
「 東京をぶっ壊すの。」
「どうしたの?そんな馬鹿みたいな顔して。」
「い、いえ……ってか、初対面の人に馬鹿って……」
あまりに突拍子もない事を聞かされ、少しの間理解が追いつかなかった。
「えっと、その。東京っていうのは、日本の東京ですか?」
「そこ以外にあるの?」
「ぶっ壊す、っていうのは……?」
「そのまんまだよ。全部壊しちゃうの。」
頭がクラクラしてきた。電波系、とでも言えばいいのだろうか。最初のヤバさを常に超え続けている。
「……じゃあ、僕はもう帰りますので。すいません、東京を壊すのは他の人に頼ってください。」
こういうタイプの人には関わらないのが一番だ。ブランコから立ち上がり、そそくさと逃げようとした、その時。
「……へえ、ご両親が亡くなったんだ。それは辛かったね。」
逃げる背中を掴むように声をかけられた。
「……なんで、貴方がそれを知ってるんですか。」
「さあ、何でだろうね?」
当ててごらん、とでも言いたげに答える。
「……どうせ誰か 大方近所の人とかに聞いたんでしょう?ふざけるのも大概にしてください。」
「違うよ?私は本当に知ってるの。例えば、そうだね。」
彼女はブランコを囲む柵に腰をかけ、こちらの目をじっと見つめた。そして、
「……竜原 真也たつはら しんや 、16歳。東京都足立区出身。今年の5月、ゴールデンウィークに小旅行へ行く途中、高速道路を逆走する車両と正面からぶつかって両親は死去。だけど君は無事で、そして事故の記憶が一切無い。とりあえずはこんなとこかな。」
なんで、それを知っている?
つらつらと、まるで原稿を読み上げるかのように言い、もっと言えるけどどうする?と首を傾げる。
「……誰から聞いたんですか。」
「だから、そういうんじゃないって。ま、別に信じないならそれでもいいよ。その代わり、事故の真相は一生知れないだろうけどね。」
「……真相?」
「そ。あの事故は、本当は何だったのか。知りたいでしょ?」
誘うように彼女は言う。
くだらない。そう言ってしまえばおしまいだ。なのに、なぜか
「……分かりました。やりますよ。その代わり、あなたの知ってる事は全部、ちゃんと教えてもらいますよ。」
まだ、彼女の言ったことを信じきってはいない。
それでも、そこにはそれに縋りたいと思わせる何かがあった。
「そうそう、自己紹介がまだだったね。私は浜木 木綿はまき こわた。この春で高校二年生になったばっかり。」
よろしくね、と手が差し伸べられる。
「こちらこそ。竜原で……いや、知ってるんでしたよね。」
その手を握る。思っていたよりも小さく、力を入れればそのまま砕けてしまいそうな手だった。
高校一年生の、いつもより涼しい7月。思想犯せんぱいと追従者おれの、短い夏が始まった。
***
SCP Foundation
ユカタン計画
Project Yucatan
責任者: 日本支部理事''獅子'
前書: SCP-███-JPイベントの解決及びSCP-███-JP-B無力化のために複数人の財団職員によって計画が立案されました。
日付: 20██年8月9日計画内容: 計画は主に3つのフェーズ
A: ダイアログ
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