総額5,000,000,000,000,000円の借金は、O5評議会にとってはいささかすわりの悪い金額だった。
いや、もしかすると1.000,000,000,000円を過ぎたあたりからは、下っ端職員達までずっとそうだったのかもしれない。彼らはいつの間にか膨れ上がっていた借金と日に日に減ってゆく預金残高に常に怯えていた。
さて、それはそれとして、いまや財団はその役割を果たせていない。金銭的に極めて困窮しているからだ。原初の彫刻はとっくに売約済みだし、がめつい人形は財団の数少ない収入源のひとつとなってしまっている。かつて暴虐の限りを尽くした戦闘狂に至ってはどこかの地下格闘場で生計を建てているらしい。対戦相手が気の毒になってきた。
ガムテープと廃材で何とか塞がれている壁の大穴から蝉どもの大合唱が聞こえてくる。反対側の壁際に置かれたボロっちい扇風機には蜘蛛の巣が張っており、もう長い間動かされていない事を悲しそうに示していた。
「……元金がこれだけで金利はトイチだから、しめて 」
電気すら止められたオフィスに置かれているあちこち破れたソファに座り、差前鼎蔵 かつて財団のエージェントだった男 はカタカタと電卓を叩いた。これまたボロボロのデスクを挟んでAmazonのダンボールで作った椅子に座るのはシェルドン・カッツカツ上席弁護士 兼 会計士 兼 上席研究員 兼 フィールドエージェント 兼 その他諸々。吹き出る汗を拭きながら、彼は差前の次の言葉を固唾を飲んで待っていた。
「 5,000,000,000,000,000円ですね。」
「ちょっと待て。」
思わず声が出た。蝉の声が一段と大きくなったように感じる。アイツらも興奮しているのだろうか?
「5……は?何?5,000,000,000,000,000円?」
「ああ、5,000,000,000,000,000円。びた一文もまけてやる気は無いぞ。」
差前はいつもの汚い口調に戻って非情な宣告を行った。頼むから桁3つくらいまけてくれ。
「いやいやお前、何かの冗談だろ?5,000,000,000,000,000円ってお前……桁が頭悪すぎないか?」
その通りである。窓の外の蝉たちもそうだそうだと言っているぞ。
「お前らが今までどんだけフロント企業を持ってたと思ってるんだよ。そいつらがまとめて無くなって、更には利子まで全部乗せてんだぞ?」
正論である。
「……んじゃ、払えない場合の処分を考えるか。運のいい事に、財団お前らは色んな方面に喧嘩売ってたしな。」
カッツカツはもはや差前の言葉を聞いていなかった。聞けていなかった、の方が正しいか。カッツカツの頭の中はまさに宇宙そのものと言っていいほど混沌としていたからだ。なぜ差前は日本円換算で請求してきたのか、なぜ5,000,000,000,000,000円の計算をその小さな電卓でやっていたのか、なぜ人は生きるのか
カッツカツの様子など気にしない様子で差前はソファから立ち上がった。彼にはまだ何か予定があるのか、ポケットから出したスマートフォンと腕時計とを見比べていた。
そして、
思索は終わり、
そうだ、蝉になろう。
「じゃあこれで、明後日までに今後の事を考えといてくれ。」
差前はいつの間にか話を終えていたらしく、デスクの上の書類をまとめて立ち上がろうとしていた。
「……ミ……」
「……み?」
「ミ’’ー’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ー’’ン’’!」
「は、お前何やっt」
「ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ー’’ン’’!」
差前の言葉を遮るように、大声で啼く。高く広がる青い空いっぱいに響かせるかのように、精一杯に声を張る。
「ミ’’ン’’ミ’’ッ’’……ミ’’ー’’ン’’ミ’’ー’’ン’’ミ’’ー’’ン’’!」
「おい、どうしたんだよ、おい!マジで狂っちまったのか!?」
狂ってなどいない。蝉だ。蝉こそが宇宙の、この世の真理なのだ。地中で永い幼虫時代を過ごし、泡沫の夢のようなほんの一瞬の成虫時代を駆け抜ける。それこそが全てだ。我々は所詮ちっぽけな存在に過ぎない。刹那の間に栄え、刹那の間に滅びる。諸行無常というヤツだ。たとえ5,000,000,000,000,000円の借金を背負っていたとしても、蝉は全てを受け入れてくれる。今ならば鳴蝉博士の気持ちも理解出来る気がする。ああ、夏とは、蝉とは、こんなにも心地よい物だったのか
「ミ’’ー’’ン’’ミ’’ー’’ン’’ミ’’ー’’ン’’!ミ’’ー’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ン’’ミ’’ッ’’」
「……と、止まったのか……?」
耳を塞いでいた差前が恐る恐るこちらに振り返るが
「ミ’’ー’’ン’’ミ’’’’ン’’ミ’’ー’’ン’’!」
セミファイナル。それこそが蝉の本懐。タダで死んでやるつもりなど毛頭ないという強い決意の表れ。
「くそ、何だってんだよ一体。どうしろってんだよ!」
差前がヤケクソのように吐き捨てる。その声に呼応するかのようにカッツカツ蝉は更に声量を上げていった。人類の技術の粋を集めたはずのオフィスはあちこちの壁が崩れ落ち、見る影も無くなってしまっている。
かつての同僚は既に退職し、頼るべき上司も見当たらない。だがそれでも、彼は目の前の取り立て屋の声を掻き消すかのように全力で蝉に成る。
ここは彼の戦場だった。
10日後……
from: シェルドン・カッツカツ
to: 差前鼎蔵
件名: 先日の事について本文: 頼むから忘れてくれ。
from: 差前鼎蔵
to: シェルドン・カッツカツ
件名: re: 先日の事について本文: 10日経ったから全部で5,500,000,000,000,000円になったぞ。
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任意A任意B任意C- portal:6202805 (11 Mar 2020 01:54)
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