人事tale 夜詰管制官&水鐘博士
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その頃の私には、夢や目標といったものが何も無かった。ただ何となく、高校を卒業したら大学へ入り、大学も卒業したら何処かの会社に就職し、身の程に合った相手と結婚して一生を終えるものと思っていた。

別にそれはそれで悪くない。変に危険を冒したり、普通でない暮らしをしたい訳では無いのだから。

今にして思えば、そうやって考える事で自分を守っていたのかもしれない。『私はありふれた、つまらない人間だ』という考えが心の何処かにあって、何とかそれを正当化しようとしていたのだと思う。特別な存在ではないという事が、いやに恐ろしいものに思えたから。

 
 
 
 
     あの日が来るまでは。

***



対象沈黙、これより初期収容に移ります!

 
最初に思い出した感覚は聴覚だった。自分がどこにいるかも、どんな状態かもわからず、周りで誰かが怒鳴る声をただ聴いていた。

 
まずは被害者の救助を優先しろ!とりあえずアイツは簡易現実錨で無効化しておけ!

 
どこか遠くの方で瓦礫が崩れるような音が聞こえ、遅れて甲高い悲鳴が上がる。それと時を同じくして、今度は触覚が蘇ってきた。

 
……ダメです!生存者見つかりません!

 
硬い地面に横たわったまま、周りの声に耳を傾ける。体は重石を載せられているかのようにずしりと重く、呼吸をするのすら一苦労だった。

 
(……まって、嫌、私がまだいる、ここに生きてるから、見つけて、お願い……)

 
体を起こそうとするが、指先すらピクリとも動かない。周囲を忙しなく歩く足音は聞こえるが、瓦礫か何かの下にいるのか誰も見つけてくれそうに無い。
 
 
 
……もう引き揚げるぞ!5班から救援要請が出た!向こうでまた戦闘が発生したらしい!
 
 
 
……引き揚げる、とは。

帰る?助けられるべき人がいるのに?なぜ?
 
 
 
(なんで、なんで誰もみつけてくれないの?)
 

早く気付いて。
 

(なんでだれもいないの?)
 

パチパチと火花の爆ぜる音が聞こえる。また遠くで瓦礫の崩れる音がした。
 

(このままじゃ、わたしも……)
 

最悪の未来を思い浮かべ、ゾッと鳥肌が立つ。
 

「……っ、」
 

やっとの思いで口を開けるが、カラカラの喉からはか細い呼吸音が出るだけでそれが声になる気配は無い。
 

(おねがい、だれか……)
 

視覚はいつまで経っても帰って来ない。見捨てられたという絶望感に包まれ、そのまま瞼の裏側に広がる深い闇の中へと吸い込まれるように沈んでゆく。

ああ、もう助からないのだ。そう思って、意識を手放し   

***



そこまで見てから、ぽかりと目が覚めた。布団がわりに体に掛けていたダウンジャケットを剥がして起き上がり、周囲の寒さに大きなくしゃみをする。寒さを凌ぐために焚いていた火は寝ている内にすっかり消えてしまったらしく、ボロボロになった枯れ木の燃えカスが力なく散らばっていた。

日にちを数え間違えていなければ、今は3月の下旬くらいのはずだ。本当なら、そろそろ桜でも咲いていてもいい頃だが  

「まあ、こんなんじゃ桜なんて真っ先に枯れてるよね……」

呟きながら、昨晩寝床とした洞穴の入り口から一面の銀世界を見渡す。家、道、果ては街灯らしきものまでどこを見ても景色は凍りつき、朝の光を反射してきらきらと輝いていた。

地球の全てが凍りついて、およそ生命と呼べるものの殆どは地上から姿を消した。一体いつからそんな事になってしまったのか、本当の事は誰にも分からないのだろう。ただ一つ確かなのは、財団が敗北したという事実だけだった。

だがそんな状態になっていても人類というものは案外強かで、数少ない生き残り達はそれぞれ地下のような寒さを凌げる所に逃げ込んで細々と生き延びているようだった。そんな状況にも関わらず外に出ているのは、自殺志願者かよっぽどの命知らず位だろう。

まあ、ここにも1人、わざわざ専用のスーツを着てまで外を歩き回ろうとする者がいるのだが。

肩の上で短く切り揃えられた黒髪に寒さですっかり赤くなってしまった耳、そして小さく整った、これまた真っ赤な鼻。一部を除けばこれと言った特徴の無い小柄な女性  夜詰 瞳はそう思って苦笑した。彼女が唯一常人と違う点といえば、彼女には目が4つあるという点だろう。普通の右目と左目の上に1つずつ、あわせてちょうど4個。だからといってそれらが特殊な力を持っているわけでも無く、視野が特別広がる事もない。良い点といえば、同じ身長の人より少しだけ視点が高くなる程度。

かつて『財団』と呼ばれる組織にいた頃から、彼女は自身のこの目について良くは思っていなかった。初対面の人には気味悪がられ、見知った顔でも稀に表情がこわばる。その一つ一つがいやに胸に刺さってしまうため、前髪を伸ばしたりして上の目を隠し、出来るだけ「普通」で有るようにしていた。


「さて、この先にまっすぐ行けばもうすぐ見えてくるはずなんだけど……」

民家を出て数時間。耐寒性のスーツを着て、ざくざくと氷を踏みながら歩く。今までの世界ならこんな事は出来なかっただろう。この目が普通の人々にバレてはいけない為、夜詰は勤務していた収容サイトから外へと出ることは許されていなかったからだ。

現在目指しているのは最寄りの収容施設、サイト-81██。日本支部の中でも比較的大規模な施設であったそこならば、まだ生存者がいるかもしれない。もっとも、生存者を見つけてどうするのか、と聞かれたら答えられないのだが。地球が凍りつき、ここから逃げ出すことすらできないというのなら何をやっても無駄ではないのか。

「いやいや、何考えてんだ私。弱気になるな」

ふとよぎった考えを頭を振って追い出す。自分一人で根が張ったようにじっとしているよりも、誰かと一緒に動き回っていれば、現状に対する何らかの解決法が見つかるかもしれない。そもそも、財団は人智を超えた反則級の物品を大量に持っているのだ。それらを使えば何とかなるのでは、と楽観的に考える。

「にしても、随分遠いなぁ……」

目指す施設はまだ影すら見えない。やはり歩いて向かうというのは無謀だったか、と数週間前の勤務地から飛び出した自分を恨む。後ろに長く続く自分の足跡を見ながら、そこらの廃材で即席のスキー板でも作ってみるかと考えてみる。

「でもまあ、そんな器用じゃ無いんだよな、私。」

はあ、とため息をついて前を向き直ると、その4つの目が遠くどこまでも広がる銀世界の中に異質なものを捉えた。雪と氷に紛れて良く見えないが、もしかしてあれは  

「……人?」

***



   視界を埋める白はもはや日常の一部であり、今更『その下にあったもの』に対して何の感情も抱く事はない。

真っ白な世界に溶け込みそうな白衣に良く目立つ、長く暗い色の茶髪をしたその女性  水鐘 朱里は1人で歩いていた。長い間歩き通したせいで息は荒く、ろくな食事を摂れていないのかその頬はげっそりと痩けていた。

「あっ……」

不意に足がもつれ、どさり、と鈍い音を立てて地面に倒れ込む。両手をついて立ち上がろうとしたが、疲労と痛みで力が入らず、再び地面へと身を投げる。

「は、はは……」

もう一歩も歩けない。ごろんと横に転がって仰向けになる。

嫌になるくらいの青色が視界を埋め、端に映る太陽に目を細める。

「ま、この辺か。」

呟いて力を抜く。息を吐く毎に、二酸化炭素とは違う何かが口から抜けていくような感覚に襲われた。

最期に見る景色がこの青空というのも悪くは無い。

目を閉じて、そろそろ死ぬのかと思った、その時。
 
 
 
「えー……これ、死体なのかなぁ……」

***



「えー……これ、死体なのかなぁ……」

地面に横たわる人物を見下ろしながら呟く。これまでに凍りついた建物などは山ほど見てきたが、まだ凍っていない、
死体となると数える程しか見ていない。

「」

''いかなる高温・低温によっても生命機能が損なわれない''

***


 
 
……こっち、こっちです!生存者発見しました!この瓦礫の下です!

 
 
にわかに周囲が騒がしくなり、沢山の人の気配が集まってきた。頭の上でガラガラと瓦礫をどかす音がし、少しずつ体に感じる重みが減ってゆく。

 
いる、確かにいます!

手が奥に見えたぞ!もっと増援来い、早く!
 

その声を聞き、なけなしの気力を振り絞って腕を瓦礫の外へ向けて差し出す。外には届いていないが、それでも何もしないよりかは幾らかマシだろう。

 
あと少し、あと少しです!

頑張れ、もうすぐだからな!

 
相変わらず視覚は戻らないが、段々と瓦礫の外へと体が近付いてゆくのを感じる。そして   
 
 
 
「待たせたな、嬢ちゃん。もう大丈夫だからな。」
 
 
 
誰かのこえが、私のこころに触れた。




 


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