氷我記tale・夜と満月(仮題)

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『皆さんおはようございます、夜詰よづめです!7月23日火曜日、天気は曇り、始業時間となりました!』

できるだけ元気に、快活に聞こえるよう声を張る。日夜異常と闘い、世界の''普通''を守る人々が少しでも明るい気持ちで朝を迎えられるように喋る。

それが私  夜詰 瞳の仕事だ。普段の通信管制官としての仕事の合間に、一般的な業務連絡や秘匿性の低い内容のアナウンスやたまにはラジオ番組の真似事のような事をする。''合間''とは言ったが仕事内容のほとんどがそんな物なので、財団職員というよりもこのサイト付きのアナウンサーのような気さえしてくる。

『それでは、財団占星部門による''絶対当たる!と言うより当てに行く!星座占い''です。今日の11位はおとめ座、10位はしし座、9位はみずがめ座、8位は……』

こうして原稿を読み上げていて思うのは、財団の''日常''は私が思っていたよりもずっと緩やかな物だという事だ。もちろん危険な任務や実験が日々行われているのは知っている。それでも、皆がそれぞれに自分のやるべき事を自分にできる範囲で行い、互いに励ましい、助け合っている。およそ''普通''とは言えないような人の多い中で、こうして大きなトラブルも無く過ごせているのは奇跡のようなものだ。

『……今朝の連絡は以上です。それでは皆さん、良い一日を!』

最後まで読み終え、深く息を吸う。今日も1つ、大事な仕事を終わらせられた。傍から見たらきっと大したことは無いのかもしれない。だがそれでも私に出来る事はこれで、実際かなり向いている方だとも思っている。

「……さて、次のお仕事しますか!」

大きく伸びをして体をほぐすと、伸ばした腕が足早に後ろを通り過ぎる上司に当たりそうになってしまった。慌てて引っ込めて謝ろうとしたが、余程急いでいるのか気にも留めずにそのままどこかへ歩いていってしまった。最近、心做しか上司達の動きが慌ただしい。少し不思議に思ったが、この組織に秘密は付き物だ。そもそも、あまり知り過ぎても良い事は無いと聞かされている。

「あー……すいませんでしたー!」

歩き去る背中に少し大きめの声で謝罪の言葉を投げ、デスクの上のお茶を1口飲む。喉を潤し、今日の予定を確認すると、特に重要な仕事は無いという事が分かった。決して平和な職務とは言いきれないが、それでもこの日々を、この''日常''を、私はなによりも大切に思っていた。



それが起こったのはいつ頃だったのだろうか。

上司達の動きが慌ただしくなってきたのが去年の夏頃で、私たちのようなクリアランスレベルの低い職員達にも詳細が知らされたのは晩夏を少し過ぎた頃だっただろうか。

 
''真っ白な花々が地球全土を覆い、このまま行けばこの星は氷河期に突入する。''

 
たかが花ごときで地球の危機が訪れるわけが無い。その話を最初に聞いた時はそう思おうとしたが、日が経つにつれてその言葉が段々と現実味を帯びてきているのが分かった。普段は人の出入りがそこまで激しくない管制室が人で溢れるようになり、収容しているオブジェクトのほとんどがAnomalousクラスのはずのこのサイトに新人研修でしか見た事の無いような幹部の人達を数多く見かけるようになった。

この間まではのんびり屋だと思っていた上司が凄まじい勢いで書類を書き上げ、今までは不真面目だったエージェントが更に多くの報告を届けてくる。財団で働き始めてから、初めて見る光景だった。



「はぁぁぁぁ…………」

サイトに併設されている職員寮、その自室で私は深く溜め息をついた。服装は昼間来ていたシワだらけのスーツのままで、疲れに身を任せてベッドへ倒れ込む。ここ最近急激に忙しくなってろくに休む時間すら取れておらず、気を抜いたらそのまま眠れそうな気すらした。

「……寝れない。」

だが、横になっても体の怠さを余計に意識するようになるだけでなかなか眠気はやってこなかった。頭の中で出処の知れない漠然とした不安が渦巻いていて、目が冴えてしまったのだ。仕方なく体を起こしてベッドから立ち上がったところで、どこかで「良い睡眠のためには少し体を動かすのがいい」と聞いたのを思い出した。

……散歩にでも行くかな。

そう思い、部屋のドアをそっと開けた。ひんやりとした廊下の空気を浴び、1度くしゃみをする。この寮の廊下は非常時に備えて夜でも煌々と電気が灯っている。

昼間はもっと沢山人のいるその廊下は、かなり遠くまで続くはずなのにその端がはっきりと見え、ほんの少し歩けば往復できそうな程短く思えた。

それが何故か酷く不快で、出来るだけ意識しないようにして足早に通り過ぎた。



さて、どこへ行こうか。

そんな事を考えながらどこを目指すでも無くふらふらと歩き、気付けばいつの間にか中庭へと出ていた。室内と比べると少し暗く、今更ながら今が深夜ということを思い出した。

「……おっ、瞳ちゃんか?こんな時間にどうした?」
斎嘉さん!こんばんは!眠れないので散歩でもと思いまして。」

声のした方を見ると、エージェント・斎嘉ときよみが中庭のベンチに座って缶コーヒーを啜っていた。断りをいれてから隣へ座り、軽く尋ねる。

「斎嘉さんも散歩ですか?」
「ああ、そんなとこだ。ここからだと月が良く見えるんでね。」

ほら、と斎嘉が指さした先には、まるで夜空に錐で穴を開けたかのような見事な満月が浮かんでいた。

「わっ……すっごい綺麗ですね、お月様。まん丸で、中のうさぎもはっきり見えますよ。」
「そうだろ?俺のお気に入りなんだよ、ここ。」

そう言うと、彼は再び月を見上げた。コーヒーはもう飲み終えてしまったのか、手持ち無沙汰にゆらゆらと空き缶を揺らしていた。

月明かりが、電灯の少ない中庭を照らしている。

「……あの、」

ぽつりと声をかける。

「どうした?」
「斎嘉さんは、怖くないですか?不安じゃないんですか?いきなり氷河期がどうだの、人類が滅びるだの言われて……」

夜の静かな雰囲気のせいだろうか、自分でも意識しないうちにぽろりとそんな事を聞いてしまっていた。言い終わってから斎嘉の驚いたような顔に気付き、慌てて言葉を続ける。

「きゅ、急にこんなの言われても困っちゃいますよね!私何言っちゃってるんでしょうね、忘れてください!」
「……いや、俺だって怖いさ。」

その答えに少し驚いた。エージェント・斎嘉といえばいつも真面目で頼り甲斐がある、皆の兄貴分のような存在だと思っていたからだ。多少酒にだらしない所はあるが、彼が怖がるなどあまり想像出来なかった。

「そもそも、そんな不安は誰だっていっつも持ってるさ。こんな世界で暮らしてたら何時どんな所で終わりが来るかも分かりゃしないからな。」

斎嘉は少し言いよどみ、そしてゆっくりと続けた。

「でもな、だからといってただ怖がってるだけって訳にもいかないだろ?怖くたって、強がって平気なフリしてやれるだけをやるしか無いんだよ。俺らがこうして働く事で、誰かが平和に暮らせてるんだから。」

なら、せめてその最期の時が来るまでは精一杯強がってたいじゃねえか。

そう言うと斎嘉は少し笑い、空の缶コーヒーを持って立ち上がった。

「ま、そんな事言ってもだ。こんだけ安全管理のされてるサイト内で死ぬなんてオブジェクトの実験に参加してる奴らぐらいだと思うけどな。……ところで、瞳ちゃんはなんでそんな事聞いたんだ?キャラに合わないって言うか、意外だ。」

問われて、そういえば何故だろうと考える。

「……分かりません。ただ、財団の皆ならこんなの屁でも無いって、こんなの危機でも何でもないって思うんですけど、毎日夜になるとつい考えちゃうんです。もしも、って。もしも上手くいかなかったら、もしも全て失敗しちゃったらどうなるんだろう、って。」

もしも。

所詮は仮定の話ではあるのだが、1度考え出すと止まらなくなってしまう。もしも全て消え去ってしまったら。他人にこんな事を言えるはずも無く、 どうしようも無い不安が頭の中をぐるぐると回り続ける。

「……まあ、あれだ。不安になっちまうってのも分かる。それにお前の事だ、自分が場を盛り上げなきゃとでも思って無理に明るく振舞おうとしてるんだろ?」

図星を突かれて肩がビクリと跳ねる。その様子を見て、斎嘉はやれやれと言ったふうに首を振った。

「何だっていいが、とにかく無理はすんな。……どうしても耐えられないってなったら、ここに来い。大体はここにいるから、愚痴でも何でも幾らでも吐き出していけ。」

そう言うと斎嘉は、ぐしゃぐしゃっと私の頭を撫でてからどこかへ歩いて行ってしまった。

再び1人になり、夜空の月を見上げる。世界の終わりなんて関係無いとでも言うように、それは静かに輝いていた。



その通達が出たのはいつ頃だっただろう。どうやらこの世界は、私たちの奮闘も虚しく終わる事が確定したらしい。上層部からの最後の司令は、貴重な文化財を地下のシェルターに保護する事だった。私たちのサイトでは保護を割り当てられた物品の数が少なく、一連の作業はすぐに終わった。他の多くの職員達は家族や恋人など大切な人の元へと帰っていったが、私のような家族も恋人もいない数人の職員はこの施設に残り、ここで新たな生活を始めた。



人気の無い管制室にて、録音装置を立ち上げて声を吹き込む。できるだけ元気に、快活に聞こえるよう声を張る。これを見つけた誰かが、私たちがいたという事に気付けるように。

『皆さんおはようございます、夜詰です!11月14日土曜日、天気は雪、始業時間です!今日も頑張って生き延びましょう!』

この収容サイトに閉じこもってから何ヶ月が経ったか。発電設備がギリギリで生き残っていたため、私たちは僅かな食料を少ない仲間達と分けあいながら何とか生き延びる事が出来ていた。

私は相も変わらず、朝の放送を続けている。これをやらなければ自分のいる意味が無くなってしまいそうな気がするし、いつも通りの事を続けるのが皆の士気の向上に繋がると思ったからだ。

   だが。

『今朝、██博士が亡くなっているのが発見されました。……ご冥福を、お祈りします。』

こんな生活を長く続け、精神を病んでしまった者も数多くいた。そして  

『……これで、このサイトの生き残りは私だけとなりました。私は……』

最近まで生き残っていたのは、私を含めて3人だけだった。エージェント・斎嘉は数日前に外へ生存者を探しに行ったきり帰ってこず、██博士は今朝首を吊っているのを見つけた。

『……私は、外へ出ようと思います。』

何も自殺しようと言うのではない。外へ出て、誰か生存者を探すつもりだ。幸いにも周辺の財団施設を示す地図は持っている。録音中を示す赤いランプに向けて言葉を続ける。

『でも、私には十分な装備がありません。一応、かつて収容作業で使われていたパワードスーツは見つけられましたが、これがきちんと働いてくれるかは私にも分かりません。』

斎嘉はこれと同じ物を着て外へ出て、とうとう帰ることは無かった。外へ出て生きていられる確証など何処にも無い。しばらく言い淀み、そしてゆっくりと、覚悟を決めるかのように言う。

『それでも、私はただ怖がってるだけって訳にはいかないんです。怖くたって、平気なフリして強がって、やれるだけをやるしか無いんです。』

いつかの月夜に言われた言葉を思い出す。誰よりも尊敬していた、今はもう会えない者との思い出として。

『なら、せめて最後の時までは強がってたいじゃないですか。全部諦めてしまうよりも、精一杯足掻いてから終わってやりたいじゃないですか。』

もしも、もしも全て失敗してしまったとしても。
心の拠り所も、帰るべき場所も、何もかも無くなってしまったとしても。

『これを見つけた誰かは、絶対に生きる事を、足掻く事を諦めないでください。そして、出来ればここにも1人  夜詰 瞳という、諦めの悪い女がいたって事を忘れないでください。』

そこまで言うと録音装置を切り、パワードスーツを置いてある部屋へと急ぐ。1人でも着られるようになっているそれは、まるでこういった事態を想定しているかのようだった。



「……よし、行きますか。」

全ての準備を終えた頃には、日はだいぶ傾き夕暮れ時になってしまっていた。だが、朝だろうが夜だろうが寒いのには変わり無い、そう思って大股に歩き出す。サイト入口の大きな扉は拍子抜けなくらいにあっさりと開いた。外に出ようとした途端、猛烈な寒さが体を襲う。だがそれでも、パワードスーツのおかげで凍え死ぬ程ではなくなっている。

遠く彼方の地平線まで、見渡す限り何処までも銀色の地面が広がっている。滅亡そのもののようなその景色はいつか見た廊下の白とは違い、いくら見ていても不快には思えなかった。

最初に向かう方向は、最寄り施設のある南。氷を踏む音も心地良いものだが、徒歩でずっと移動という訳にもいかないだろう。スノーモービルとまでは言わずとも、スキー板のような物でも見つけられたら良いのだが。

 
 
無言のまま、永遠に続くかのような白の上を進む。
 
 
 
 
いつの間にか夕日も沈み、空はすでに藍から黒へとその色を変えている。
 
 
 
 
 
 
人気の無い夜の雪原。頭上には、昔と何も変わらない金色の瞳のような満月がぽっかりと浮かんでいた。

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