Tale 『日本生類創研 第2次認識生物部』

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ドラゴンの背に乗り私は大空を飛ぶ。




思えば、昔から妄想癖のある人間だった。

小さいころ、母が読んでくれた絵本には、身の回りにはいない生物が描かれていた。空を飛ぶ馬、頭に角が生えた馬、そしてなによりも、空を飛び、世界を焼き尽くすドラゴン。私はこの生物たちにいつか逢うことを夢見て子供時代を過ごしたように思う。私が「ドラゴンに乗ってみたい!」というと母はいつだって「いつかきっと乗れるよ」と言ってくれた。

いつしか、空を飛ぶ馬はペガサスという神話上の生物であることを、頭に角が生えた馬はユニコーンと言い実在しないことを、ドラゴンは空想上の生物であることを知った。空想上の生物は、「ファンタジー」や「神話」「民話」とよばれる物語のなかにいくつも描かれていることを知り、それらを読み漁った。

小学生が中学生になり、中学生が高校生になる。普通の人間なら、友人と遊びに行ったり恋人を創ったり、そうやって空想の世界から離脱していくのだと思う。「なんだお前、まだバカみてぇなファンタジー小説なんか読んでんのかよ?」なんて言われて、へへへ、と愛想笑いをする私は、それでもドラゴンはカッコいいと思っていたし、できることならいつか乗りたいとやっぱり願っていたのだった。

せめて空想の世界でドラゴンに逢うために、あらゆる手段を尽くした。絵は上達しなかった。小説はとてもじゃないが読めたものではなかった。私にはそちら方面の才能はないようだった。

そうやって、諦めと憧れを持ち続けた私は、せめて現実に存在する生物と関わる何かがしたいと思い、生物学を大学で学ぶことにした。あまり勉強が苦にならないタイプだったおかげか、日本では最高クラスの大学で生物学を学ぶことができた。しかし、いくら最高クラスの大学とはいえ、学部生の私にできることなんて大したことではなかったし、やらせてもらえることといったら、精々ネズミをいじくりまわして殺したり、殺さなかったりすることだった。

大学4年のある日、指導教官がおかしなことを言い出した
「ある種の生物には現実改変能力を付与できるはずだ。これをテーマに研究方針を改めたい」
現実改変能力?ついにおかしくなったか?そう思ったが、あまりに非現実的な単語を真顔でいう教授をみて、心臓が少しだけ跳ねた気がした。翌日、教授は精神を病み、急遽療養することになったということ、新しい教官の下で研究は続行されることが伝えられた。今思えば、あれはSCP財団あたりが手をまわしたのだろう。その当時はそんなことはわからなかったが、「現実改変能力」という単語がどうしても気になった私は、新しい教官が来るまでの間、こっそりと、指導教官が昨日書いていたテキストデータをコピーして、自分のパソコンに保存しておいた。

「日本生類創研」

テキストの中には見知らぬ組織の名前がくり返し記載してあった。指導教官が言っていた「現実改変能力」なるものが存在することを知った。人知を越えた技術を持って、超常の生物を創り上げようとするのがこの組織だということがわかった。

希望が生まれた気がした。

ここなら、もしかしたら空想世界を生きる生物を再現できるのかもしれない、ペガサスに、ユニコーンに、ドラゴンに逢えるのかも知れない。私は、日本生類創研に入所するために進学することに決めた。修士号をとって、それから日本生類創研に入ろう。2年の辛抱だ。これが、私と日本生類創研の出会いだった。

2年たち、私は生物学で修士号を取った。その間に日本生類創研とコンタクトを取っていた。驚いたことに、この研究所は日本でもかなり大きな規模をもち、我々の大学からも、それなりの人数が入所しているらしい。そんな縁からか、それとも私の熱意か、無いと思うが頭脳を認められたか、望み通り、日本生類創研に入ることができたのだった。

入ってみれば、日本生類創研は想像以上の場所だった。私を縛るものはなにもなく、試料や金銭の枯渇は存在せず、あらゆる実験器具、あらゆる実験試薬、あらゆる実験動物が用意されていた。オリエンテーションではペガサス、ユニコーン、翼の生えたヒト、その他色々な生物をみることができた。私が幼い時から夢に見ていた存在が、確かにそこにいたのだった。この環境なら、もっと沢山の生物と逢えるはずだ。そう確信した。だから、「教授」と呼ばれるリーダーの下で、日々つまらない作業を繰り返すだけの日々であっても耐えることができたはずだった。


もう入所してから3年が経過する。最近では、入所した当時の情熱は消えかかっていた。作業がつまらないことも、「教授」が色々うるさいことも原因の1つだが、一番大きな要因は、私が想像していた生物は実は「存在していない」ことだった。

そもそも、想像上の生物は、現実に存在する物理法則を飛び越える特性を持つものである。ペガサスのような構造ではどうやっても馬は空を飛ぶことができないし、人型を取るならばダイダラボッチのような巨人は体を維持できない。バジリスクのように、目を見ただけで死ぬ・石化するなんてことは、どう考えても現在の物理法則ではほとんどありえないのだ。そして、「それを成す」からこそ想像上の生物は特異であり、現実に存在しないのであり、何より、私が心を奪われるのだ。

それが、どうだろう。オリエンテーションの時に見たユニコーンは角質の異常を引き起こした馬でしかなく、ペガサスは無理やり鳥の翼を生やした馬だった。見た目は近いが、全く異なる生物だ。処女にしか体を触らせないと言われているユニコーンは、研究所内でも屈指の男遊び好きの職員に毛並みを整えて貰って喜んでいる。ペガサスは草を食べて寝ているばかりだ。これでは、形ばかり似せた「偽物」としかいえない。形を似せるだけなら、こんな異常生物学に頼らなくてもいいのだ。私が望んだのは、想像上の生物が「そのまま」出現することだった。そして、それがここならば可能だと、そう思っていたのだ。

超越的な技術を駆使しても、「本物」のペガサスにもユニコーンにも、もちろんドラゴンにだって、逢うことができないのか。
はっきりとした悪意をもって、無気力は私の心を侵略していった。

「キミが今仁くんかな?ちょっと今いいかな?手が空いていれば、ちょっと私の研究室に来て欲しいんだが」
ある日、研究所のビッグネームに声を掛けられた。久能尚志。ヒト研のリーダーであり、当研究所が開所した時から居るとまでいわれる長老である。そんな彼に声を掛けられるということは、とてもいいことが起きるか、とても悪いことが起きるか、どちらかだ。頭の中で何か不祥事があったかを考える。この前の打ち上げの時にヒト研の人に悪酔いして絡んだのが悪かったのだろうか。いや、あれぐらいで久能さんが叱りに来るか?いや、記憶にないだけで失礼なことをしたか?「教授」経由か?頭の中を悪い想像が巡る。
それが顔に出ていたのだろうか、久能さんは「そんなに緊張しなくていい。ちょっと聞きたいことがあるだけだから」と、少し笑って言ったのだった

研究室につくと、まぁまぁ座っていなさいと言われ、コーヒーを出して貰った。
「前、若手を研究室に連れて来た時には、コーヒーと間違えてココアを淹れてしまったが、最近はちゃんと淹れられるようになったんだよ」
冗談なのか本当なのか、いまいち分かりにくい話に、はぁ、とだけ返す。久能さんも一口コーヒーを飲み、話を切り出した。
「さて、わざわざ来てもらったのは、キミに興味があるからだ。この前のパーティの時に、キミは随分ユニコーンについて語っていたね。ウチで今造っているユニコーンは偽物だ!なんて言っていたが、どの辺が偽物だと思ったのかな?」
やっぱりそうだった。あの日はどうにも悪酔いしてしまって余計なことをしゃべってしまっていたのだった。酒と口は災いの素だ。
「大変申し訳ございません。あの時は少々酔っておりまして、不適切な言動だったと」
「違う違う。別に謝って欲しいわけじゃない。」
久能さんは即座に否定する。ということは、偽物だと罵った後にもっとマズいことを言ってしまっていたのだろうか。あぁ、あまり記憶にない。
「そうじゃなくて、あのユニコーンは結構、道楽好きの金持ちに売れるのだよ。一応「リアリティのあるユニコーン」という名目で販売しているからね。もっと改良して、よりリアルにしていく必要がある、と思ってね」
一瞬混乱する。何故ヒト研の久能さんがそんなことを気にするのか?意図が全くつかめなかったが、とりあえずは問いに答えなくてはならない。
「そういうことでしたら、その、ユニコーンは通常、角に水を浄化し、解毒する能力があるといいます。特に解毒能力は強いものとされ、現実にも毒味のためにユニコーンの角を用いた記録があります。実際はイッカクの角だったとのことですが。それから、病気を治す効果があるとも信じられていました。そういう特殊な能力は、あのユニコーンには当然ないので、見た目だけ借りた偽物、と考えたわけです。いや、しかしそれでもやはり失言だったと思います」
久能さんの表情は変わりがなかった。数秒の沈黙。そして
「他に知っていることは?この際ユニコーンだけでなくてもいい。ココで扱っている、伝説の生物を再現したシリーズ、あれについてはどうだね?」
まさかそんな話を聞かれるとは思っていなかったが、有難いことに幼い時から積み重ねた知識があるので、聞かれる生物について答えていった。気が付けば、コーヒーが冷めてしまうくらいの時間、話をしていた。


「キミは空想上の生物について詳しいようだね」
「いえ、趣味で知っているようなことばかりで」
「だが、熱意がある。今のキミの顔は大分イキイキしていたよ。そこで、だ」
久能さんはサビついている、古い鍵を白衣のポケットから取り出した。
「キミの興味を引くものがここにあるかもしれない。時間を見つけて、行ってみるといい」
そういって、鍵を渡してきた。
「場所は、事務棟の向こう側、経理や広報、総務の部屋の更に奥の奥。今では倉庫になっている場所だ。妙に大きい南京錠が掛けられた部屋がある。そこに行ってみるといい。但し、内緒でおねがいするよ」
ユニコーンがなぜそんな秘密の部屋の話に繋がる?そしてなぜヒト研の久能さんが私にこんな助言をしてくれる?
「あ、ありがとうございます。ですが、その、部署も違うし研究分野も違う、ヒラの私になぜこのようなことをしてくださるのですか?ましてや上司は「教授」ですよ。主流派ではない私にこんなことをする意味をつかめません」
久能さんは、少し寂しそうな顔をして答えた。
「ココには、キミのような人材が少ないからだよ。皆、最初は熱意に溢れて入ってくる。数年経つと、無気力になるか、変な方向に思い切りが良くなる。ココはなまじ環境がよい分、本当に追及したいことをやらなくても、とてつもない研究成果を生み出せてしまう。だから、熱意が失われていくわけだ。でも、ユニコーンについて熱く語るキミは、まだどこかに熱意を持っていると私はみた。そして、そういう若手を支援するのが、年寄りの役目でもあるからな」

翌日、私は残業するといって研究室に残り、人気が無くなったころ合いを見計らって、例の部屋に行ってみた。本当に奥まったところにあり、掛けられた南京錠の錆び方からは、かなり長い間放置されていた部屋であることが伺われた。

ガチャン

扉を開くと、カビ臭いにおいがした。中は資料室のようだ。今や骨董品と化した実験器具が埃まみれで放置されている。棚が2,3あり、その中にはファイルが幾つか並んでいる。一番奥には、本当に骨董品店にでも置いてありそうな桐の箪笥と、カバーが掛けられたキャンバスがあった。モノはあまりなさそうだ。とりあえず、棚の一番手前にあったファイルを手にとる。

「日本生類創研 認識生物部第1次中間報告書」

認識生物部?聞いたことが無い部署だ。何らかの理由で統廃合されたからこのように放置されているのだろう。報告書を開いてみる。

「認識生物部は、人間がこれまでの歴史上で想像してきた生物種を現実世界に作り出すことを目的として設置された部門である。最終的な目的は、「神」と呼ばれる存在を現実世界に作り出し、それらを解剖し、ヒトに余るその力を解析することで、日本生類創研の掲げる「進化を真の意味で後押しする」という目的を達成することである」

この文章を読んだ瞬間、全身に一気に血が回り出したかのような熱さを感じた。
想像上の生物種を現実世界に作り出す?そんなことを私以外に考えている人がいたのか!?認識生物部はそれを実現しようとしていたのか!?なんということだ!

ここに、私が求めて来たものの答えが、少なくともヒントがあるかもしれない。そう思うと緊張して手が震える。ページをめくる。そこには、様々な理論と実験の過程、成果が記載してあった。次々ページをめくる。見たことのない理論、考えたこともなかった手法が大量に記載されていた。目が離せない。
読み進めていると急に苦しくなってきた。何かマズいものにでも触れたかと思ったが、集中して読んでいたせいで呼吸するのを忘れていただけだったと気が付いた。酸素を取り込み、また読み始める。ページをめくる。ページをめくる。苦しい。酸素を取り込む。この間でさえ惜しい。ページをめくる。めくる。めくる。めくる。めくる。めくる…

気が付けば第1次中間報告書を読み終わっていた。あわてて時間を確認すると、もう夜中だった。これはもう家には帰れないと思い、部屋をでて、仮眠することにした。
ソファに座り、目を閉じる。中間報告書の内容を反芻しながら、徐々に眠りに落ちていく。

夢をみた。子供の頃の夢と同じ。私はドラゴンに跨り空を飛んでいた。
いつぶりだろう。この夢をみるのは。


それからの私は、時間を見つけては例の部屋に通い、「認識生物部」についての情報と、そこで行われていた研究成果を調べていった。分かったことは、「認識生物部」では、これまで人間が想像してきた生物を生み出すための研究を行っていたこと、いくつかの理論は開発され、実験が進められていたこと、技術の進歩が理論に追い付かず、保留された研究が大量にあること、中間報告書は第12次まで作成されていたこと、「朱雀計画」と呼ばれる計画を実行することになっていたが、それの実行の後、全ての研究が打ち切られ、凍結されたということだった。

「認識生物部」では、大きく分けて2つの系統の研究が行われていたようだ。1つ目は、ヒトが想像している生物を形にするための研究。もう1つは、その想像の「根源」ともいえるモノを明らかにしていく研究だ。

ヒトが想像している生物を形にする方は、ある程度具体的な形になっていたようだ。報告書に記載があったものだと、ヒトの意識に直接アプローチし、取り出してきた記憶情報を基に生物を構成する研究だった。
例えば、「体長10mのアナコンダ」を想像したとしよう。その時想像したイメージを取り出し、タンパク質の塊に注入することで、そのアナコンダを生み出す、といった具合だ。イメージに体の構造を適合させるための理論は、第10次中間報告書の段階である程度形になっており、あとはそれを実現させるための具体的な手法の開発と精度の向上が求められていた。そして、今現在、この理論に応用できそうな技術は開発されている。「認識生物部」が凍結されている間に、我々の技術力は進化したのだ。

そして、もう1つ。想像の「根源」を探る試みでは、ある仮説が建てられていたようだ。それは、「意識階層レベル仮説」と名付けられていたもので、簡単に言えばヒトの意識は意識→無意識→集合的無意識、のような階層構造になっており、下の階層に行けば行くほど、ヒトという種族が持つ根源的なイメージを有する、という仮説だ。
これが正しいとするならば、例えば集合的無意識にある「不死」というイメージそのものを取り出し、生物を形にする研究の成果と組み合わせれば、「不死の生物」を創ることができると予想されていた。こちらはそれほど具体的な形にはなっておらず、停滞気味だったようだ。

どちらの手法も、理論も、私が望んできたことを実現するために大いに役立つものであることは間違いない。報告書を読みながら、現在の技術水準に当てはめてどのようなことができるかを考えて行った。

私の、空想上の生物に対する情熱が、息を吹き返してくるのを感じた。


この秘密の部屋に通うようになってどれくらい経ったろうか。それほど資料も報告書も多くないので、あらかた部屋の中にあるものは見付くしまった。桐の箪笥を除いては。
何となく怖くて、この箪笥には触れないでおいたが、これ以外は全て見たという状況であれば、箪笥の中身もみてみなくてはならないだろう。思い切って開けることにした。

開けてみれば、なんのことはなかった。「日本生類研究所」というプレート、「凍霧天」とサインの入った「Homo nipponia japonica」という存在しない生物種の名前が記載してあるプレート、「御真影」というんだったか?昭和天皇の写真、そしてこれらに比べればかなり新しい時代の紙が2枚あっただけだった。

最初の3つの品はまったく意味がわからないが、紙には「朱雀計画の概要」と記載があった。「朱雀計画」は、「認識生物部」崩壊のきっかけになった、「根源」の方に関係がある計画だったはずだ。

とりあえず、1枚目をみてみる。

「蒐集院の残党を尋問した結果、我々が創立以来、もしくはそれ以前から受け継いでいる例の「絵がかれた紅い小鳥」について興味深いことがわかった。現状、あの「小鳥」は、キャンバスに描いてある絵を見ると、そこから飛び出すように見えるだけの存在である。だが、残党曰く、本質はヒトの意識を飛び回る荒ぶる神、「朱雀」であるとのことだ。かなり昔に蒐集院が調伏して弱体化して封印し、さらに言霊によるロックを掛けたために、現在では本来の力は発揮できていないが、ロックを解除することである程度力を取り戻すことが予測されているそうだ。

どうやら、「認識生物部」を崩壊と凍結に追い込んだ「朱雀計画」の大まかな計画はこのようなものらしい。この他には特になにも書いていないので、2枚目を読むことにした。

「この文書を読んでいるということは、例の朱雀について非常に良くないことが起こったのだろう。手遅れなのかもしれない。それで、凍結、いや、封印されたこの部の資料から対抗策を練ろうとしているのだろう。残念だが、直接朱雀に関係する物品と情報は完全に廃棄したので残っていない。申し訳ない。こうしなくては、我々とていつ喰われるか分かったものではなかったのだ。まぁ、今まさに私が喰われようとしているところをみれば、それは無駄だったようだが。
貴方たちの現状を知るすべは無いが、朱雀が我々の意識に潜み、ヒトを喰らう存在だということは分かっているだろう。アレに対抗するには、我々が使う生物学的アプローチではなく、呪術的アプローチが有効かも知れない。それも既に試したなら、私からいうことは何もない。諦めるか、最後まであがいてくれ。

いや、「完全に廃棄した」は嘘だな。ギリギリ影響はなさそうだから、我々の「朱雀計画」のアウトラインだけは残しておいた。これは、あの朱雀が本当に小さい存在だったころの記録だ。これを使って、どうにか朱雀を抑え込んでくれ。どうなっているかは分からないが、もし手遅れだとしても、手遅れなりの打開策も発見できるだろう。

そして、いつか朱雀を完全に理解し、拘束し、その神秘を解明してくれ。朱雀には、我々の想像や意識といった分野に、より深く切り込むための神秘が間違いなく隠されている。ヒトの、我々の技術力は、いつか朱雀を凌駕出来るはずだ。そうでなくては、喰われた仲間が浮かばれない。今貴方たちを襲っている深刻な状況を脱したら、反転攻勢を掛けてくれ。

もうそろそろ、私も喰われそうだ。紅い荒野というイメージが頭から離れない。

じゃあ最後に、一つだけ完全に私的なことを書き残して置こう。私がこの認識生物部を立ち上げた理由だ。
科学の発展を説明するときに「巨人の肩に乗り巨人より遠くを見る」というのがあるだろう。先行研究を下地としながら研究を進めるということの比喩。

あれをな、本当にやってみたかったんだよ。そう、巨人の肩に乗ってみたかったんだ。きっと壮快だろうな、なんて思って、でもどうしても実現したくなってしまってな。
馬鹿みたいだろう。でもこれが本当なんだ。こんな馬鹿みたいなことをきっかけにして一つの部署を立ち上げ、そして壊滅しようとしているのだから、世の中何がどうなるかわからんものだな。

この文書と無害な報告書、それと受け継がれてきたキャンバス。これらが貴方たちにとっての巨人の肩になれることを望むよ。それでは、頑張ってくれ

目を横にやると、埃をかぶったキャンバスがみえた。恐る恐る、キャンバスに掛けられている布を取る。それをみた瞬間、「どこまでも広がる紅い荒野」というイメージが想起された。そしてキャンバスには鳥など描かれておらず、紅い文字で

「ひいろのとりよ ついにたちぬ」

とだけ書かれていた

この日も夢を見た。いつも通りドラゴンに跨り、紅い空を飛び回る夢だった。


「認識生物部」の部屋にある資料をほぼすべて見終わり、キャンバスをみたあの日から、私は、それまで以上に、この部を再興させたいという思いを強く持つようになった。失われた「認識生物部」の理論。そして「朱雀計画」。これを使えば「本物」のユニコーンを、ペガサスを、ドラゴンを生み出せるかもしれない。そんな思いは日に日に強くなっていった。
そのためには、どうにかして「認識生物部」の必要性・有用性を知らしめる必要がある。私一人がこそこそと研究を進めた所で進展はないだろう。やはり力と資金がなによりも必要なのだ。

そのために私は、博打を打つことにした。

「今仁くん、久しぶりだね。こんな夜遅くに私の研究室に来るということは、相当な事情があるようだ。まぁ、入ってくれ」
「失礼します」
「コーヒーでも淹れよう。そこに座って待っていてくれ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、今は一刻も早くお話したいことがあります。お聞きいただけないでしょうか」
「キミの事だ。例の部屋関係のことだろう?長丁場になりそうだから、まぁ飲み物ぐらいは必要だろう。急いては事を仕損じるよ」
久能さんはそういって、結局コーヒーを淹れてくれた。
「さて、それで、キミは認識生物部をどうしたい?」
「再興したいです」
「それは無理だろう。何十年も前の研究だ。しかも、もう分かっていると思うが、不慮の事故により凍結されたから、もはや部の存在を知っている人も殆どいない。その有用性もわからない。そんな部をどうやって再興するというのだね?」
「有用性を周知します」
「どうやって?研究員が一人で頑張っても、現実的には難しいだろう」
「そこで、久能さんにお願いをしに来ました。私をヒト研に入れてほしいのです」
久能さんは、ちょっと困ったような顔になった。
「こっちに来たとて、私が直接口添えをすることは流石に無理だよ」
「いえ、私は久能さんから口添えして貰うために直談判に来たわけではありません」
コネでどうにかしようなどとは思わない。そんな甘い考えで私の夢は実現しないはずだ。
「5年ください。5年で私は年間最優秀研究賞をとります。その実績をもって「認識生物部」の再興を提言します」
久能さんは黙ったままこちらを見ている。私がどれだけ本気なのかを図っているようにも、馬鹿なことを言っているヒラ研究員を憐れんでいるようにも見えた。
「キミは、自分がどれだけ無茶なことを言っているか、理解しているかね?引き抜きだけなら大丈夫だろう。たまにあることだ。だが、5年で年間最優秀研究賞を獲るというのは難しいんではないかな。私だってそれなりにここに居るが、フェニックス計画まではそんなもの獲れたことはないんだよ」
確かに久能さんのいうことは最もだ。かなりの部門、かなりの人数の研究者がいるこの日本生類創研で、当たり前だが1年に1つの研究にしか贈られない年間最優秀研究賞を獲るのは本当に難しいことだ。後輩や同僚だけではなく、それこそ久能さんや「教授」のような実力も実績もある超一流の研究者と同じフィールドで闘う必要がある。それを、ヒラのなんの実績もない研究員が獲るのは、無謀どころか一種の現実逃避でさえある。
「承知の上です。出来る出来ないではないんです。やるんです。やらなきゃいけない。「認識生物部」を再興するためには、必要な実績なんです」

長い沈黙が部屋を支配した。どれくらいたったのだろうか。久能さんは口を開いた。
「キミは、なぜそこまで「認識生物部」に固執する?確かにキミは空想上の生物に興味があった。私はたまたま「認識生物部」の所在を知っていた。だからキミにそれを伝えた。正直なことを言えば、ここまでキミがのめりこむとは思っていなかったんだよ。だから、「認識生物部」を再興する意味を教えてくれないか」
「はい。「認識生物部」は最終的に「神」を再現するつもりでした。この計画が進行すれば、我々の研究にとっても非常に有用であり」
「違う違う。そんな報告書に書くようなことじゃない。キミの本心だ。ヒト研に来て、5年で年間最優秀研究賞を獲る。現状を考えれば無謀としか言いようのない計画だ。それをそうまで言わせる、キミの熱量の根源を知りたいんだ」
私は何を言うべきか迷った。勿論、学術的にどのような意味があるか、研究の進展にとってどう有用であるかを説明する段取りは整えてあった。だが、ここで問われていることはそうしたことではない。私の根源。私がどうしても「認識生物部」を再興したい理由…なんでこんなにも空想上の生物を再現することに心惹かれるのか…

「ドラゴンです。私はドラゴンの背に乗って空を飛んでみたい。今のトカゲの改良種なんかじゃない。本物のドラゴンに。悪の象徴、炎を吐き世界を壊す暴虐の生物。その背中に乗って空を飛ぶ。子供のころからの夢だったんです。たった1回でもいい。この夢を叶えたいんです。それが、それだけが私の目的です」

一瞬間があったあと、久能さんは、少なくとも私がみた久能さんの表情の中で最高の笑顔で笑った。
「ドラゴンの背中に乗りたい、か。なかなかいい夢じゃないか。その一心だけでここまで来たのか。やっぱりキミの熱意は本物だったみたいだな。わかった。「教授」には話を付けておこう。その代わり、ドラゴンが完成したら私も載せてくれよ。キミの夢が実現するところ私に見せてくれ」
「勿論ですとも。特等席をご用意しますよ」


私がヒト科へうつって6年目になった。ヒト科では、「家庭用アダム」の技術を一部応用して、神格存在と言われる、いわゆる「神」を素材として新たな生物を開発することにした。「家庭用アダム」では、特定の神格の子孫しか創造できないが、より応用力を高め、ヒトの身に「神」の力を宿らせることにした。この「神格存在とヒトの混合種開発計画」は、世界最古の神話にあやかり、ギルガメシュ計画と呼ばれた。そして、昨年度の年間最優秀研究賞はこの計画に贈られることになった。チームリーダーは今仁想人。つまり、私だ。

私は約束通り、年間最優秀研究賞を獲ったのだ。
この実績が認められて、私が書いた企画書は、想像以上にすんなり認められた。
そして、4月1日付で私は新たな部署に異動する。今度は主任となり、大分出世することになった。

まだ正式発足前ではあるが、すでに準備されている新しい研究室に入る。最新の機材、清潔な環境。そして、桐の箪笥とキャンバス。
私は入り口に掲げてあるプレートを見上げる。
「日本生類創研 第2次認識生物部」

ここからが本番だ。

ドラゴンの背に乗り私は紅い大空へ飛びたつ。


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