蛇と焚書のカルテット: 第六頁 - 反撃と邂逅
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『生きてるのか? 二人は通信不能状態と聞いていたんだが。』
「奇しくも全員の生存が確認できています。全員虫の息ですが……」
『了解した。安全位置に移動させた後応急措置を行ってくれ。応援は?』
「衛生小隊一個回してください。流石に三人いっぺんに面倒見るのは無理があります。」
『了解した。……初陣早々こんな面倒ごとに巻き込んでしまってすまない。今は人命救助最優先で行動してくれ、サウィング。おこぼれや乱入はこっちで片付ける。』
「了解。そちらもお気をつけて、ヴァイトマン班長。」

倒壊した巨大な本棚に首から下を押し潰されたまま気絶している評価班員の傷痕めがけ、サウィング──6350排撃班所属衛生兵──は水色の止血剤を擦り込んだ。

訓練通りに動く自分の指先をやけに冷めた目つきで眺めるのは、彼女なりの失敗防止策のようなものらしい。あくまで遠目に、あまり緊張しすぎないように、ただひたすら静かに、肉体に刻み込まれた応急手当手順を敢行する。すべては戦場での人命救助において常に求められる“最速”の作業を為すために。

(──しかし凄まじいな。ただのネイルハンマーの一撃でこの傷。少なくともこの人は廃業確定かな……)

衛生小隊のドタバタとした到着を横目に局所的に壊滅した図書館を一望。強烈な初任務の記憶を噛み締めながら、サウィングは本棚の除去作業へと移行する。

現実味の無い赤が手のひらの中で徐々に乾いてゆく感覚が、うっすらと両腕に反響していた。

「──“レンジ”だな。 隣のは“ラムダ”か?」
「……だったら何だ。」
「今から殺すんだよ。」

野毛坂のド真ん中。深夜24時。チェロケースを右手にぶら下げ、街路灯の直下にその姿を現したマガタは、詰め襟タイプの学生服ブラック・スーツを翻し、倒れ伏したレンジに対して更なる追撃を開始する。

ケースに仕込まれたグレネードランチャーから射出される特殊弾頭。銃口を離れた直後に十字型に展開するソレは、空気抵抗による大幅な減速を受けながらも確実に飛翔し──

「──レンジ!」

──マガタの前に立ち塞がる、硬質化したラムダの体を勢い良く吹き飛ばした。本来は暴徒鎮圧用の非殺傷兵器として用いられるこの弾頭も、時と場合によってはバケモノ退治にも一躍買ってくれるらしい。

着地したラムダは即座にレンジの元へと駆け寄り、防御態勢を立て直す。よほど手慣れているのか、彼女の視線は銃口でもなくバイザーの内側でもなく、マガタの全身を常に捉えていた。次の攻撃は必ず見切られるという確証の持てない不安感すら、この二人の前では異様な現実味を帯びてしまう。

「無事か?」
「私は大丈夫! なんだけど……あの弾丸あまり食らいたくない。私の体が浮いた。」
「中々厄介だな。ちなみに俺はもう左腕の感覚が無い。」
「逃げる?」
「コイツを戦闘不能にしてからだ。」

冗談のような大怪我の報告を淡々と済ませたレンジは、その大怪我が嘘であるかの如くするりと立ち上がり、右腕でネイルハンマーを握り締めた。ラムダもまた相棒の左隣で古めのピーカブースタイルに構え直している。一つの評価班を壊滅させた挙げ句こちらの奇襲をまともに食らったというのに、まだ元気一杯といった風体だ。やはりこの二人は強い。前班長を格闘戦一つで殺害したというのも納得はできる。

それでも、こちらが絶対に勝てないと決まったわけではない。少なくともマガタはただのマガタではない、ヤシオリのマガタなのだから。

「──頼んだぜ、キョウ。」
『了解。』

──刹那、泥を勢い良く貫くような音と共に、ラムダの頭部は黒色の飛沫と共に宙を舞った。

「狙撃成功。そいつはルルに任せておけ。」
「でかしたッ! 俺はコイツを、畳む!」

自らのすぐ横を掠めた弾丸がラムダの無力化に成功するや否や、マガタは走り出し、反射的に一歩後退しながらも相方の死に愕然としているレンジをフルスイングで殴り飛ばした。ネイルハンマーはこの一撃で手放される。距離を詰めながら更に腹を蹴り上げ、倒れつつも若干浮きあがった頭部に向けて更に踵を落とす。アスファルトの地面に人体が叩きつけられる音が鈍く響いた。追撃は止まない。

ひとまず生きているのか死んでいるのか解らない液体金属生命体から距離をとるべく、マガタはレンジを、髪の毛を鷲掴みにしながら肩に担ぎ上げ、全速力で坂を駆け下り始めた。スポーツ用自転車のそれと全く変わらない速度で緩やかな坂を突っ走り、勢い良く手頃な街路灯へと敵を投げ飛ばす。轟音と金属音の後、ひしゃげた支柱に寄りかかりながら立ち上がるレンジの側頭部を更に蹴り落とし、流血を確認した直後には特殊弾頭が残り一発になるまで全身を隈無く銃撃する。

抵抗、反撃はない。ここでケリを付ける。
マガタの拳は唸りを上げ、必中の軌道を加速する。

「……並みの人間やブルーならとっくに死んでんだけどな。本当に何モンだお前。」

──三分。約三分間は休む間もなく殴り、蹴り続けた。うっかり死なれると後々困るため拳銃の使用は控えていたが、それでも殺すつもりで殴り続けた。ホワイト・スーツを装備せずとも生身の人間程度なら余裕で殴り殺せる自らの肉体をそれなりに信用しているつもりだった。それでもレンジの息の根は止まらなかったらしい。彼が保有する特殊能力はVERITASの無力化ただ一つのみだというのに。

もはや“異常”と形容せざるを得ないタフネスさだ。未だ失われていない鋭い眼光。殺意。コイツがもしGOCエージェントだったらさぞかし活躍できていただろうにと、マガタは漠然とした不安感に包まれながらも少しばかりの想像に浸っていた。

一方的な暴力を加え続けたせいか若干朦朧としていた意識を取り戻し、目下に転がる肉塊をつま先で小突く。やはりその息は止まっていない。うっかりすると噛みつかれそうだ。

「……」
「虫の息んとこ悪いがとどめを刺すのは俺じゃねえ。そして今じゃねえ。これに関しちゃ適任がいるからな。……後は頼んだぜ、ナギ。」

ゴトリ、という靴の音。暗闇の中からその姿を現した復讐者、ナギの左手は、一つのチェロケースを携えていた。

ケースの中からスラリと引き抜かれた二本の黒い刃をトンファーのように握りながら、黒いロングコートに身を包んだナギはレンジに歩み寄った。レンジはマガタに踏みつけられながらも首を起こし、ナギを睨み付ける。

「初めまして、だな。クソ野郎。地獄の底から這い上がって来たぞ。」
「…………双刃ダブルブレード……?」
「お前の相方は既に始末した。耐内圧保存ポットの中に封じ込めた。二度と脱出することはできない。次はお前だ。」

レンジとはある意味もっとも近く、そしてまったく異なる人殺しの眼。光源を持たない筈の眼孔に確かに存在する鈍く冷たい光が、同じ様にその光を絶やさない男を睨み付ける。

二匹の獣は暗闇の中で邂逅を果たした。

マガタはゆっくりとその脚を退け、二人に背を向ける。

「作戦の都合上そうせざるを得なかったわけだが、すまんな。美味しいとこ貰っちまって。」
「気にするな。むしろこの役はお前が担うべきだった。」
「……後は頼んだぜ。班長。」

清々しい、しかし何か寂しそうな足音で去り行くマガタに背中を預け、ナギは若干欠け始めていた月を眺めた。都会の住宅街らしい空。月以外の星は殆ど見えないこの世界の片隅で、あの人は死んだ。この戦いが終わったら今まで流せなかった涙を少しでも消費できる気がして、心は少々の軽さを取り戻していた。

喉元に切っ先を向け、敗者への尋問を開始する。

「評価班とやり合ってた時は随分と楽しそうだったじゃないか。別の班の衛生兵が唸っていたぞ。『全員廃業確定』ってな。」
「……生きてるのか、アイツら。」
「殺し損ねたの間違いだろ。一人は車椅子生活も確定とのことだ。派手にやってくれたな。」
「……そうか。」

[加筆]

ドスッ、という鈍い音の数秒後、ナギの背中に鈍い痛みが駆け巡った

「……何で動けるんだ。」

──鮮血。ナギの背中から零れ落ちるそれは、瞬く間にアスファルトを黒く染める。

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