希釈される正義

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質量パーセント濃度1.0%の塩化ナトリウム水溶液を作っている。

先日、降格処分を受けセキュリティクリアランスレベルが3から2になった。
あの3つの理念のために。

あのオブジェクトは私の同僚、師匠とも呼べる人たちの命を爪を一振りするだけで奪った。
あれは母体を破壊しなければ増え続け、いつか最悪の事態になる。
それこそ私の仲間だけでなくこの世界を殺してしまうほどの。
だから私は経験を積んだ。
予測や私のセキュリティクリアランスレベルで手に入る範囲の研究結果から収容する意味がないこと、そして破壊するべきであることを示した。

理念に沿っていない。
サイト管理官のその一言で私以外の皆は我に返った、いや催眠術にかかったように手のひらを返し。
「理念を忘れたのか」「収容のための犠牲は無駄だったのか」「破壊されたときに何が起こるのか分かるのか」
そんな怒号が飛び反論しようとした時にはもう別の怒号が飛んでくる。
「静粛に」という言葉が発された次の瞬間には私のスピーチは終わったことになって、私が存在させようとしたものは存在を薄められて元から何もなかったようにされた。
私の降格処分だけがその結果として残った。

塩化ナトリウムをビーカーに入れる音だけがこの部屋に響く。

誰もがこの雰囲気という名の溶媒に溶かされ自分の感情を他者から見えなくしていく。
そのせいで誰がいなくなろうと気づけない。
失われた命の尊さに、価値に、独自性に。
そして明日には元から何もなかったように日常が展開される。
誰かが死んだという事実だけが残って。

ガラス棒がビーカーにぶつかり、からんからんと音を立てる。

こんな単純作業は機械でも出来る。
なら何故こんなことを任されているか。その答えは明確である。
私は様々な収容案を提出し実験を成功に導きオブジェクトの性質を報告書にまとめることで昇進をしてきた。
ならそのように功績を残させなければ昇進できないだろうという考えなんだろう。
そもそも私はあのサイト管理官とは意見が対立することが多々ありお互い非常に嫌っていた。
だからこそ今回のスピーチは私を失墜させるチャンスでしかなかった。
そんなことは十分理解していた。だけど私は自分なりの正義を突き通そうとした。
筋の通ったこのスピーチを作るために実験をして根拠を探し、嫌いだった報告書の作成も板についてやっと自分で何度読み返してもこれが自分のベストであると胸を張って言えるような原稿を15年かけて作ったのだ。
逆に言えば私にはそれしかなかった。そして今、無駄になった。

そんな私を横目に談話している二人の職員が見えた。
ガラス棒をバットに置くと軌跡が脳内で蘇る。

泣きながら笑った。
こうなれば私が選ぶ道は二つに一つ。
何歳だったか時々分からなくなる。年を取り老いてしまった。
思い出そうとしても元から何もなかったように思い出せない。空虚で無駄な時間の使い方をしてしまった。
さてここで回想は終わりだ。

無機質な通路を早歩きである方向へと一直線に向かう。
二人の職員は突然のことで驚いたが、またすぐに先程と同じように会話をする。

この人生は何もなかった。
ただ同僚や師匠が隣にいればもっと面白かったんじゃないか。
もっと私は積極的にオブジェクトへの実験を提案すれば良かったんじゃないか。
そんな仮定や後悔、空想ばかりの話は終わりだ。
一人であろうと十人であろうと私がすることは変わらない。決めたんだ。

蓋が開き、中身が見えた。そこにオブジェクトが存在した。
私には溶媒は消えたようにしか見えない。
もうこの蓋がされたビーカーには”何か”と私しかいない。

終止符を打つために15年使ったが無駄だったのか?
そんなことはない。それは覚悟を決めるための準備時間だった。
その覚悟を決めるのにこの一言で十分だった。
「死ね」

空っぽなビーカーに壊れた音が響き渡る。


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