平穏なる日々よ
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『まもなく 3番線に 零時ちょうど発 関空快速 京橋行きが参ります__』

新今宮駅のホームには、もうあまり人がいない。

エリア-8129での所定の業務を完了した俺は、これから大阪まで移動して寝台特急に乗り込み、東京へ戻る予定だ。

「やれやれ…」

ため息が零れる。

エリア-8129には、まもなくSCP-████-JPに指定されている大型実体が運び込まれる。その下準備のためにわざわざ東京から呼び出されたわけだが。

「名古屋とか京都とか、もっと近くにいる職員じゃダメだったのかよ」

つい愚痴が口から飛び出す。本当なら今日は、月に一度の休みの日だったはずなのだ。次の休みが一月後と思うと、いくら仕事にやり甲斐を感じていても少し心にくるものがある。

もちろん、俺が呼び出されたのには理由がある。現在SCP-████-JPが収容されている緊急収容サイト-81E4のセキュリティ部門長官として、エリア-8129のセキュリティシステムを監修するためだ。


大阪までの15分弱、俺は電車に揺られながら、自分の境遇を嘆いてみることにした。せめてもの慰めになれば、と思ってのことだが、客観的に見ればなんとも虚しい話だ。

プリチャード学院大学を出て、財団へ入るまでは良かった。だが、何年か経って東関東エリアのセキュリティ部門役員に任命されたのと前後して、俺がRAISA-JP理事官の息子だということが知れ渡り、俺の周りでは親の七光りで現職に就いたのではという噂が囁かれるようになった。間の悪いことに、親父は噂が流れ始めてからまもなく関東エリアのサイトを束ねる統括管理官の一人に選出されたので、噂はますます加速した。仕事をする上での空気感は悪くなる一方だった。

実のところ俺は、あまりパッとしない職員なのだろう。なぜ自分が日本全体でも85人しかいない広域エリアセキュリティ部門役員を、ましてや更に責任重大な緊急収容サイトのセキュリティ部門長官なぞやっているのか、俺自身よくわかっていない。確かに、俺は自分の仕事には誇りを持って取り組んでいたつもりだがそれだけだ。俺が周りと比べて突出して優れた何かを持っているようには思えないし、正直なところ文字通りの意味で身に余る光栄を受けている感じが否めない。


大阪に着いたので、一旦ここで思考を切ってホームを移動。


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大阪駅の11番線に入線した赤とベージュの寝台列車を前にして、大学時代にいわゆる"乗り鉄"として休暇の度に全国あちこちの鉄道に乗りに行った頃を思い出し、少し心が高揚した。疲れ切った今の俺の心でも、それを感じるくらいの余力はあったらしい。

せめて交通費をふんだくってやろうと、寝台は最上級の個室を予約してあった。サイトの財務部係員に嫌そうな(あるいは呆れたような、憐れむような)顔をされたが知ったこっちゃない。振替なしの休日出勤なんだから、これくらいはあってもいいだろう。実は新幹線や飛行機を使ったほうが金がかかるのだが、スケジュール的にその手段はとれなかった。

そそくさと個室に入り鍵をかける。列車は滑るように大阪駅を出ていく。時刻は既に0時半を回り、車内アナウンスは流れない。

東京に着くのは7時頃だったはずなので、シャワー券を使ってシャワーを浴びるなりして、さっさと眠らなければならない。が、なんだかそんな気分にならなかった。過去のことを考えたせいで、心の底にしまい込んでいた記憶の蓋が外れてしまったらしい。


「長官ってなんで長官になったんですか?」

当時副長官だった、3つ年下の女性職員_弓手という名だった_のこの質問を、俺は今でもはっきり覚えている。サイト-81E4セキュリティ部門長官に着任した、その日のことだ。表情からしてただの興味本位だったのだろうし、彼女に俺を非難しようという意識はなかったのだろうが、俺はこの時半ば絶望した。せっかく新しい仕事と環境を与えられて、心機一転やっていこうと思っていたのに、もう例の噂が流れてきたのかと。この頃はまだそんなことはなかったのだと後から知ったが、既に元の職場であれこれ詮索されていた俺は完全に疑心暗鬼に陥っていた。

「……聞かないでくれ」

自分で思っていたより威圧的な声が出て、彼女がビクリと肩を震わせた。

「……失礼しました。では本日の_」

硬い表情で事務的な口調に変えた彼女は、それきり業務連絡以外で俺に近寄らなくなった。もっともな反応だ。

弓手が職を辞したのはその1ヶ月ほど後、今から約7ヶ月前だった。彼女は一般研究員に戻ったのだと聞かされ、後任の副長官を人事課の係員に紹介された。その後任の男は初めから俺をよく思っていないのが丸わかりで、俺の日常は一層気詰まりなものになった。今日のこの大阪行きのような遠方への出張も、本来なら副長官クラスを派遣するのが通例なのだが、彼はなんだかんだと理由をつけて俺に仕事を押し付けた。俺のタスクを増やして、ボロが出るのを今か今かと待ち構えているのだと思われる。


最近、考えることがある。

俺の仕事は、俺でなければできないことか?

なるほど、確かに俺はサイトセキュリティの責任者として様々な権限と情報を与えられている。だが言ってしまえば、それは広域エリアセキュリティ部門役員に与えられたそれを上回るものではない。つまり、俺以外の84人_東関東エリアに限れば俺以外の4人_の役員たちでも今の俺の仕事は代行できる。


滅茶苦茶な思考回路を停止させたのは、ふと目に止まったスマホだった。自前のものではなく財団からの支給品で、職員間の連絡は基本的にこちらを使うよう指示されているが、俺宛てに業務連絡以外のメッセージが最後に入ったのはずいぶん前のこと。そのスマホに、一件のメール着信通知が出ていた。着信はおよそ5時間前、まだ仕事をしていた頃だ。ずっと気付いていなかった。

"You got a mail by WYunde@@foundation.scp.jp"

弓手からのメール。

to: KShishikura@@foundation.scp.jp
from: WYunde@@foundation.scp.jp

宍倉長官、お久しぶりです。
元副長官の弓手わかばです。
私事ですが、一つご報告があります。

この度、第一子を無事出産いたしました。
本当は副長官として最後まで長官をお支えしたかったのですが、医務課の方に辞任したほうが私もお腹の子も安全だと言われてしまい、妊娠3ヶ月になったあの日に辞任届を提出することとなっておりました。

財団の女性職員は慣習的に妊娠したことを医務課職員以外に伝えないらしい_という話をどこかで流れ聞いたのを思い出す。余計な配慮や遠慮を周りにさせないためだとか。

長官はあまり個人間でのコミュニケーションを好まれない方だと思い、辞任するまで必要な時以外はあえて会話しようとは考えませんでしたが、この機会にそのあたりのお話をきちんとしておくべきかと思いご連絡させていただきました。

初めに、着任初日にいきなり不躾な質問をしてしまったことを改めてお詫びします。
何か会話の種が欲しくてのことでしたが、不用意に長官の機嫌を損ねてしまったかもしれません。

正直に申し上げるなら、あのときの長官は怖かったです。25の小娘がすくみ上がるほどには。ですが、辞任して別の研究サイトへ移ったあと、最近になって81E4勤務の知り合いから"噂"とやらを聞き、なんとなく察しが付きました。私の問いは、長官の機嫌を損ねたという以上に、長官の神経を逆撫でしてしまっていたのかもしれません。

ひとつ私から明確にしておきたいのは、私はその噂が事実無根だと理解しているということです。こう言ってはなんですが、もしお父上のコネクションを使っておられるなら、もっと上の、かつもっと安全で実入りの良い役職がありますので。ついでに言うなら、長官のお父上、つまりRAISA-JPの宍倉理事官とは面識があるというのもあります。次期RAISA-JP管理官筆頭候補と謳われるあの宍倉亮二理事官が、自分の息子のためとはいえ権力を盾に規律違反をゴリ押すような方でないというのは存じ上げています。

話が変わりますが、長官には感謝の言葉もお伝えできていませんので、この場をお借りしお礼を言わせてください。
着任初日の一件以降、私はしばらく長官と直接顔を合わせていなかったため、今更どんな顔でお会いすべきかわからず、辞任届は長官の秘書の方にお預けしたと記憶しています。
今もあまり変わっていないことではありますが、当時の財団ではある種のマタハラとでも申せましょうか、「病気じゃないんだからもうしばらくは仕事してくれ」という意味合いで辞任や辞職が却下されるというケースがあるらしいと聞き、

苛立っていたのが、嘘のように収まった。

"自分の仕事に意味があるのか"なんて、考えるまでもなかった。意味は十分にある。どんなに無意味に見えようとも、俺の仕事はこの平穏な世界を保つことに役立っている。もちろん俺だけじゃない。すべての財団職員の、いやすべての人々の日々の暮らしは、それそのものが世界を保ち、回し続ける営みに他ならない。

心に空いた穴の中に、それを埋める答えが猛スピードで突っ込んできたような気分だった。"腑に落ちる"ならぬ"腑に急落"とでも言えるだろうか?とガラにもなくギャグのようなことを考えて、俺は自分が猛烈に疲れていることを遅まきながら自覚し、淡く苦笑した。

まもなく列車は浜松で運転停車するはずだ。もう3時間半ほどで東京に着いてしまうから、仮眠に毛が生えた程度の休息になりそうだが、徹夜するよりはマシだろう。9時から幕張のサイトで臨時会議が開かれることだし、可能な限りしっかり体と頭を休めなくては。

ベッドに身を横たえると、大阪を出たときとは打って変わってすんなりと眠気が訪れた。疲弊した心が回復したということだろうか、ここ最近では覚えがないほど心地いい睡魔だ。

ゆっくりと意識を拡散させる俺を乗せて、列車は陽が昇る方へと走り続けた。




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執筆者: Shishiza man
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最終更新: 08 Nov 2022 02:43
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