悔悟

あの日のことを、俺は永遠に忘れられないだろう。

それでいい。

俺は、あれを忘れることは許されない。

俺にできる唯一の贖罪を、自ら捨ててはならない。


「さて、ここにいる諸君は、皆少なからぬ年月を訓練に費やしてきたことだろうと思う。そこで、この30人の中から6人を、エージェント任務の実地研修に参加させることにした」

エージェント育成科の第██期生を全員集めて、指導教官はそう言った。

「教官、その選考基準は…?」

一人がそう問うと、わずかにざわついていた部屋は一瞬で再び静寂に包まれる。

「昨日実施した総合試験の上位6名のみ。一切の例外は認められないとのことだ」

昨日の総合試験、上位6人…

「今から6人の名前を読み上げる。3人ずつのチームを組んでもらう事になってるから、まず上位チーム。池内いけうち
「はいっ!」
烏丸からすま
「はい」
北添きたぞえ
「はい!」

「この3人が上位チームだ。リーダーは池内でいいな?詳細は後で連絡するが、お前たちはエージェント・浮舟のチームに同行することになる。じゃ、今呼んだ3人は明後日の午前10時に、サイト-81██にて集合。前泊許可が出たから、明日のうちに荷物まとめて移動しろ」
「了解!」

「続いて下位チーム」

脳裏に、今朝受け取った試験の結果表が浮かぶ。
確か俺の順位は……

高原たかはら
「はいッ!」
望月もちづき
「はい!」
烏賀陽うがや

…6位だったはずだ。

「はい」

「リーダーは高原。お前たちは明々後日、エージェント・米宮のチームに同行する。当日午前…」

「教官!今回ばかりは黙っていられません!なぜそんな人間もどきを」
「黙れ家口!そういうセリフはせめて上位10人に入れるようになってから言うんだな」
「しかし!」
「もう十分だろう!そろそろ口を開くべき時を見極められるようになれ」

案の定厄介なことになってしまった。正直なところ、実績が残せるのはありがたいが、こんな面倒事とセットになるのでは少々複雑な気分にさせられる。

「すまん、邪魔が入ったな。当日の午前8時に、サイト-8107に集合するように。こっちも前泊許可がおりたから、明後日中には到着しておくように」
「了解しましたッ!」

「では、一同解散」

 *      *      * 

食堂で昼食を摂っている間も、俺はいつになく冷たい視線を受け止め続けなければならなかった。
主に試験の結果を見てうなだれていた連中からの視線なので、気にするだけ無駄と割り切ったほうがいいんだろうが、煩わしいことこの上ない。
せめてもの救いは、同班になる2人がまあまあ俺に好意的に接してくれるという一点だけだろう。

せっかく与えられたこのチャンス、絶対に逃すわけにはいかない。
"スサノオ"計画のために集められた人員が他にどれほどいるのかわからないが、俺を雇用しておくメリットが無いと判断されてしまえば、また味気ない生活に逆戻りだ。
…いや、それで済めばまだいい方だ。財団職員でなくなるのなら、俺は社会に戻されるのではなく、一生財団で独房暮らしになるのが関の山だろう。

なんせ俺は、

「よう、人間もどき烏賀陽

「……なんだ」

「いいや?ただ単純に、どんな手を使って研修に参加させてもらったのか気になっただけさ」

「白々しい。お前が聞きたい答えは事実として存在しない」

「ほう?でも残念、証拠はどこにもないんだなあ。"ペンジアス因果並列検出器1"ってやつは、ここには無い。そうだろ?……収容対象さん?」

……財団にとっての収容対象、現実改変者なのだから。

「財団がそんなザルなわけあるか。俺たちに知らされてない検出装置が設置されてると考えるのが妥当だろうに」

"ペンジアス因果並列検出器"。俺も実物を見せられたことは無いが、財団に雇用された頃に話だけは聞いた。
もっとも、俺はもうそれのお世話になる事はないだろう。

「現実改変能力はもう使えません。仮に使おうと考えた場合、あなたの頭にインプラントしたものが作動することになります」
財団への所属が決まってすぐに受けさせられた手術の後に、博士の一人に言われたことだ。何を埋め込まれて、実際に何が起こるものなのかがわからない以上、俺はおとなしく改変能力を封じるしかなかった。
もっとも、いきなりわけのわからん組織に拉致されて、「あなたは実はその気になれば世界を意のままにいじくり回せる能力者でした」なんて言われても全く実感がわかなかったし、そもそもどうやってその能力を発現させるのかすら知らなかった当時の俺は、そんな脅し文句を言われなくとも改変などしなかったように思うが。
まあ、財団としては、俺が現実改変を起こさないという点において確実性が欲しかったんだろう。

「ふうん…。まあいい、せいぜい世界を騙し続けて生きていくことだね」

家口は、話しかけてきた時と同じように、唐突に去っていった。

 *      *      * 

翌々日、午後。

「烏賀陽、荷物これで全部だな?」

「ああ。というか高原、荷物多すぎねえか?」

「荷をまとめんのがヘタクソでよ…。これでも何とか小さく収めた方だ。収納のテク、今度教えてくれよ」

「構わねえけど、そもそもお前の場合はまとめ方より荷選びから教えたほうがいいような…」

今回の研修班長になる高原は、俺が不正な手段で今の地位を手にしているとは考えていないタイプだ。
エージェント候補生として訓練が始まった初日に、たまたまペアで行動するよう言われたのが俺たちの最初の出会いだったわけだが、彼は持ち前の人懐っこさと洞察力で、俺の本質が悪ではないと見抜いたらしかった。

それは、もう一人の班員望   月も同じことだ。

「高原、烏賀陽、お待たせ。ごめん、遅くなっちゃった」

「揃ったな。よし、乗ってくれ」

高原が運転する車に乗って、俺たちは横浜の郊外にあるサイト-8107へ向かう。

「おい望月、いつになく静かだな?緊張してんのか?」

高原あんたじゃあるまいし。いつかはソロで行動するんだから、この程度で緊張なんてするもんですか。…車酔いしただけよ」

「もう酔ったのかよ…。助手席交代するか?」

「…ありがと、烏賀陽」

 *      *      * 

到着してすぐ、俺たちは研修の指導官になってくれる正規エージェントに挨拶に行った。

「失礼します!」

「こんにちは。今回の研修生は君たちだね?」

エージェント・米宮は、爽やかな笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

「はい!よろしくお願いします!」

「よし。俺は今回のチームリーダーの米宮だ。よろしく。今日は明日に備えてしっかり休んでくれ」

「研修の監督を引き受けてくださって、ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことじゃないよ。それに、こっちにはその…、烏賀陽くんのことをよく思ってないエージェントもいるし、ちょっと居心地が悪いかもしれないけど、ごめんね」

やはり、そういうものか。

「ある意味、それがエージェントとして正しい反応でしょう。私は気にしませんし、その上で受け入れてくださったことを改めて感謝します」

「そう言ってくれると、こっちも気が楽だ。あ、烏賀陽くんは、後でラボに寄って行ってくれ。結城博士が君を呼んでた」

「あの人が…?分かりました」

 *      *      * 

「いらっしゃい烏賀陽くん。久しぶりね」

「……あの時はそんな口調じゃなかったように思いますが?」


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執筆者: Shishiza man
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最終更新: 03 Jul 2020 14:21
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