力無き者は策を練る

  鞍馬より天狗、鞍馬より天狗、目標への退避勧告は封殺された』

『鞍馬一番了解。一番より天狗各位、戦闘準備。三番、四番は迎撃に向かえ』

『三番了解』

『四番了解』

 一番機から下された指令に従い、翼を翻し編隊を離脱。鏡に一瞬目をやり、四番機が追随している事を確認すると、翼を軽く振り増槽を投下。そのまま増速する。

  初めての交戦が友軍とはな」

 自嘲気味に呟いた。間に合わなかった後継機。その初の戦場は、友軍同士の戦闘だった。

 やがて見えた黒粒状の目標は次第に大きくなり、やがてその全貌を捉えられるまでになった。こちらへ向かってくるのは単発単座機の3機編隊。先程まで流れて来ていた地上部隊からの情報通り、帝国陸軍四式戦の3機編隊だ。
 一見すれば何の変哲もない編隊だが、終戦も近いと噂されるこの時期、燃料に余裕があるはずもない状態で、空襲警報も出ていないこの空域を飛んでいる時点で警戒度は跳ね上がる。そして眼鏡を通して見る事でその疑いは確信に変わる。

「"異常"……やはり調査局か」

 迫りくる戦闘機の尾翼と主翼に、恐らく通常では視えない塗料で塗装されていると思われる"異常"の2文字。つまりそれは眼前の編隊が純然たる陸軍の戦闘機隊ではなく、調査局の指揮下にあるという事を示す。その標的は恐らく自身の護衛対象。
 本来であれば、この場合、上司からは即座の撤退を命ぜられる。海軍の一組織であるだけの自身達よりも、陸海軍の上の立場にある政府の超常機関である調査局の方が上位の指揮系統に当たり、彼らの行動が帝國の利益に結び付く可能性があるためである。
 しかし今回ばかりは違った。そもそも対超常課は帝國の利益の為に動いているわけではなく、そして調査局もまた帝國の為というよりは自己の為に動いている。故に遠慮は不要。後始末は判官会が負うと聞いている。

「初の実戦が、味方というのはいまいち気が進まないが……」

 しかしこの機体は上司がわざわざ今回の任務用に空技廠に掛け合って回収した機体である。命令は下り、装備も一級品、であるならば任務達成の為に死力を尽くすのが軍人の仕事。
 気合を入れなおし、スロットルを開いた。

 一九四五年七月、終戦まであと一月となった夏。誰も予想だにしなかっただろう戦闘が生起した。

 攻めかかるは帝国陸軍大東亜決戦機、中島キ84、四式戦闘機。

 迎え撃つは帝國海軍試作艦上戦闘機、三菱A7M2、試製烈風。

 帝國本土上空で、翼に日の丸を描かれた戦闘機同士が激突した。










 一九四四年。

  儀式は、失敗に終わったか。そして"佐渡"も喪失と」

 西に傾き始めた日光が差し込む課長室。藤井中佐の報告に対し表情を変える事なく、彼の目の前の上官  竹本大佐は頷いた。

「申し訳ございません」

「今回生起した全ての出来事について、貴官の責任を問うつもりはない。そもそも貴官は決して超常の専門家ではないのだから。蒐集院の連中が理由が分からないのならそれが時代の潮流だったという事なのだろう。貴官は確かに命令を遂行した。その点については一点の曇りもない」

「しかし……」

「そもそもの責任を問うなら、こうなる可能性も考えられたにも関わらず貴官及び陸戦隊を向かわせた私が問われるべきだ。いくら大本営の命令とはいえ、こと超常の面においてのみ、我々は有名無実化してはいるがそれなりの権限を有するのだからな」

「……失敗する可能性が考えられたと?」

「推論に推論を重ねただけだ。ただ、儀式の目的があまりにも漠然としていた上に対象範囲が大八嶋でどうにか出来る程度ではないように思われた。不発に終わるか失敗に終わるかまでは分からなかった。あるいは私が大八嶋の力を見くびっている可能性さえあった故に何も言えなかったが」

「しかし現実は想定通りに終わった、そういう事ですか?」

「大本営が企図したのは戦況の改善。しかしながら未だ戦場は、大八洲この国の外だ。大八嶋は、この国を鎮める物であり、この国にしか作用を及ぼさない」

 あるいは戦場が日本まで来ていれば成功した上で一定の効果は見込めたかもしれぬ、と竹本は続けた。

「しかし、戦場は最も近いところで比島であり、儀式は未知の理由により失敗した。故に私はこの件において貴官含め代表団の責任を問うつもりは一切ない。むしろ、個人的には感謝すらしているのだよ、藤井中佐」

「感謝、とは一体」

「"佐渡"をこれ以上なく良い時機に、これ以上なく良い状況で喪失してくれたことについてだ。儀式失敗の混乱の最中に喪失、となっては海軍省からも大本営からも追及はされまい。儀式を命じたのは他でもない彼らだからな、面子が邪魔するだろう」

 藤井は、後半部分は理解できた。大本営自身が命じた儀式が失敗し莫大な被害が生じ、そして大八嶋は散逸した。それも参加者の中では随一の知識を持つ蒐集院ですら原因が分からない。当然、触らぬ神に祟りなしとばかりに超常技術を遠のけてきた軍中枢に分かるはずもない。対超常課とは、海軍における唯一の超常技術部門。そこに"佐渡"喪失の責任を被せるにはそれ相応の理由が要る。それが分からないのならば彼らは儀式の失敗そのものを無かった事にする方を選ぶだろう。
 しかし前半部分が分からない。それではまるで。

「大佐は、大八嶋の喪失を望んでいたと、仰るのですか?」

「喪失を望んでいた、と言うと語弊がある。正しく言うならば、大八嶋が軍の管轄を抜け出す事を望んでいた、と言うべきか」

「なぜか、お聞かせ願っても?」

「理由は二つ。まず一つは、我々はこの国、ひいては天皇陛下を外敵から御護りするための対外組織であり、国内の安寧と繁栄を願う為の物品である大八嶋とは担うべき役割が異なるという事が挙げられる。少なくとも、土地神の依代であるならば、我々海軍には無縁の物だ」

 帝國海軍は外征型の外洋海軍である。いや、現状では『だった』と言うべきかもしれないが。
 ワシントン軍縮条約において、日本が課せられた制限は対英米六割。逆に言えば英国米国と比較して六割程度の能力を有する海軍がある事になる。その規模は少なくとも地域海軍乃至沿岸海軍の規模ではない。
 その力は、かの行進曲にも歌われている通り、『御国の四方を護り』『仇為す国を攻め』るための力であり、対超常課もその為の研究開発機関である。国内の安寧と繁栄を願う大八嶋と役割も目的も被らないとは言えないが、少なくとも蒐集院という最適な組織が国内にある以上、竹本には海軍が大八嶋を保有する意義を見出せなかった。

「そしてもう一つ。軍の上層部が畏れ多くも天皇陛下の御許を脱し、暴走状態にある事だ。戦争続行あるいは勝利の為ならば何をやってもおかしくはない。あまり考えたくはないが、壬申の乱の事例を考えればおおよそ分かるだろう。国内においてのみ強大な力を振るえる異常物品が、軍の手元に多くある事はあまり望ましいとは言えない」

「……はい。確かに、理解しました」

「近江の改修を含め、我々に打てる手は既にいくつか打った。明日の会議の趨勢によってはさらに打つ手が増える。本来は暴走させないのが最善策だが……黒島第二部長の提案を見る限りでは一年は遅かったな」

「黒島第二部長の提案に絡めて本課に開発令は来なかったのですか?」

「来たが不可能だとして送り返した。アレを実用化したからと言って勝てる見込みがあるわけではない。その上、我々が出来ることなどたかが知れている」

「……なるほど、距離を取られていたのが逆に好都合でしたか」

「そうだ  報告ご苦労、今日はもう帰って構わない」

「は、失礼します」

 扉が閉まり、足音が廊下を遠ざかっていく。ため息をつき、机の上に放り出された書類を手に取った。今回の儀式の報告書だ。被った損害は大嶋"佐渡"の喪失、特務陸戦隊分隊の全滅。
 小さいとは言えない損害。特に護衛に付けていた陸戦隊の全滅は対超常課にとってそこそこ痛い。彼らは対超常課において唯一対人戦闘に特化した人員である。元々対超常課に配属される人員の出身は何らかの理由で超常の世界を離れた家であるため、その多くが超常の術そのものを断絶させている場合が多い。今陸戦隊を構成しているのはごく最近超常を離れた家か、逆に対超常課設立時から人員を輩出し対人戦闘の必要性を理解している家の出身者である。
 したがって人員の補充は非常に困難だ。少なくとも今次大戦中は無理だろう。

「……いや、考える必要も無いか?」

 そこまで考えて結論が口から漏れ出た。今次大戦は、恐らく日本の敗北に終わる。それも遠い未来の話ではない。長くて二年、短くて一年の間に、終戦が来るだろう。その場合軍がどうなるか、など前大戦の独逸を思い返せば考えるまでもない。
 良くて規模が縮小、確率が高いのは解体。特に海軍は主に米国から恨みを買っている以上、生半可な処分では済まされないだろう。蒐集院から漏れ聞く話では、連合国側にも2つほど超常機関が付いているらしく、対超常課も解体される可能性が高い。となれば補充など考える必要もない。

 何とも損な時期に課長になってしまったものだと、竹本は自嘲した。開戦の決定とほぼ同時に課長着任の辞令が下り、敗戦によって退く。例えばこれが戦前着任ならばあるいは何かを変える事が出来たかもしれず、逆に戦時中でもただの平課員であれば目の前の仕事に集中していれば全てが終わっていただろう。

「ままならない物だな……分かってる、最善は尽くそう。そうでなくては貴方方に申し訳が立たない」

 このまま全て諦め流される事も、敗色濃厚なこの戦況を中途勝手に抜け出す事も選択肢として存在する。このまま今の場所で立ち回り続ける事よりはよほど容易だ。事実、集めた情報の限りでは特医にはその傾向が見られる者も居るという。
 しかし対超常課はそれを選ぶわけにはいかない。現況がどれだけ絶望的であっても、全てを擲って陛下の為、国民の為に抗い続けなくてはならない。先達はその為に身命さえも賭してこの惑星を発った。ならばその系譜を継ぐものとして、最後まで責任を果たさなくてはならない。





 翌日。艦政本部対超常課の保有する会議室に、外地へ出ている者を除き、各部門の長たる佐官が集合していた。毎月行われている定例会議であるが、今日は通常の内容に加え先日の儀式についての報告もある事から、外地に出ている者以外全員が集合していた。
 
「全員揃ったか。では始めよう。まずは先日行われたオノゴロ島での儀式の結果報告からだ。藤井中佐」

「は。全員がおおよその結果は把握していると思われますが、担当責任者として改めて報告を行います。結論から申し上げますが、儀式は失敗に終わりました。儀式に参加した全組織から、儀式に使用した大八嶋群の喪失を含めた損害を被っているとの報告が挙げられています。本課の損害は、儀式担当班の護衛として随伴した特務陸戦第一分隊の全滅、及び大嶋"佐渡"の喪失、です。特務陸戦第一分隊に関しましては、遺体の確認及び装備の回収は全て完了しております。
 儀式失敗の原因については、現在も蒐集院が主体となって調査を進めていますがそれについての連絡は蒐集院からは入っておりませんので、現時点においては不明です。原因が判明次第、連絡が行われる予定となっています。報告は以上です。何か、質問などはございますか?」

「では一つ。陸戦隊への人員補充、及び"佐渡"の再捜索についてはどうなさるつもりですか?」

「特務陸戦隊については現行の第四分隊を除いて番号を一つ繰り上げる。人員の補充は可能であるならば行いたいが、分隊を編成できるほどの余剰人員はあるか?」

「いえ」

「では人員の増員が行われ次第、第三分隊を改めて編成する事とする。また"佐渡"の再捜索については行わない。特務陸戦隊が三個分隊まで減ってしまった以上、我々での捜索には無理がある」

「は、了解いたしました  しかし大本営はそれで納得するのでしょうか。今回の件によって軍の所有する大嶋は共に喪失された事になります。次の儀式を行う事を考えれば少なくとも今回喪失した大八嶋の回収は催促される可能性が高いと思われますが」

「ああ、それについても考えがある。金本少佐、第一資料を配布してくれ」

「はっ」

  これは開戦前、総力戦研究所において行われた机上演習についての資料だ。九十九機関から借用したものになる」

 対米開戦前、一九四一年七月から八月にかけ、文官、武官、民間人からなる総力戦研究所の研究生らによって、日米戦争の展開予測が行われた。これは軍事、外交、経済のあらゆる面における具体的な事項について各種データを基に分析された物であった。
 その結果は『緒戦においては勝利もあるが、その後推移するであろう長期戦に、日本の国力は耐え切れず、敗北は避けられない』という物であり、当時の政府には到底受け入れられない物であった。そのためか、当時の陸相であった東條はこれを『机上の空論である』と一蹴していた。

「当時、この結論は一蹴された。だが現時点における戦況を見る限り、彼らの想定は極めて精度の高い予測である事が確認できる。であるならば、この戦争が我々の敗北で終わる事もまた明らかだろう。大八嶋でさえもこの戦況を覆すには足らない以上、我々に打つ手は無い」

「っし、しかし! 必死必殺の思念を以てすれば……」

「大八嶋でさえどうにかならなかったことがたかだか人の思念程度でどうにかなると? 中佐、その理論は我々が最も唱えてはならない類の戯言だ。超常の術を扱うのであれば自身に出来る事の範囲を弁えろ」

「……失礼しました」

「話が逸れた。元に戻すが、この予測を基にするならば、この戦争は最短で1年後、最長でも2年後、こちら側の敗北という形で終わる可能性が高い。本課の予測でもほぼ同じような結果が出ている。そして追加の情報がある。これから追加で配布する資料は本部から降りてきた研究の1つだ。予め言っておくがこの研究は現時点においては未だ軍機である。この件についての話はこの会議室内のみとし、この部屋からの文書の持ち出しも禁ずる。金本少佐、第二資料を」

「はい」

  この資料は火薬廠から配布された独逸における論文を基にした兵器開発計画の予備研究の報告書だ。理論的な部分は今は読み飛ばしてくれて構わない。問題はその結果だ。これは我々の扱う技術、つまり超常技術を用いずに、通常の科学技術のみで作られたものである事に留意されたい」

 配られた資料は、現時点においては未だ火薬廠の村井勉少佐が個人で作成した資料に過ぎず、正式な計画ではない。

「これは独逸における論文を基にしているが、その論文の題名は『米国における超爆薬』だ。つまり米国は既に、この類の兵器の開発に着手している可能性が極めて高いと考えられる。最悪の場合、既に開発が終了している可能性もある」

 その言葉に、一瞬会議室が騒がしくなった。

  しかし未だ前線においてそのような兵器の報告が上がっておりませんが」

「この兵器を実用化した場合、その威力は恐らく街を1つ消し飛ばす程度であると考えられる。よってこの兵器は兵ではなく、都市や国を滅ぼすための兵器であると推察される。よって、ただ投入する時期、あるいは場所を見計らっている可能性がある。仮定の話だが、これが帝都に投下されてみろ、指揮系統が……否、最悪の場合皇居に被害が及ぶ」

「そ、れは  

  質問、よろしいでしょうか」

 佐官達の絶句を切り裂くように、1人が手を挙げた。

「許可する」

「これらの資料は明らかに、例え大佐であっても、あるいはいくら我々が対超常課であったとしても、我々の閲覧許可を取れる資料ではないように思えるのですが」

「その通りだ。私が今諸君に提供しているのは私の独断に過ぎない」

「我々に何をさせたいのか、お聞かせ願えませんか」

「」

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執筆者: curio-clarion
文字数: 6872
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批評コメント: 2

最終更新: 20 Aug 2020 02:28
最終コメント: 28 Jun 2020 10:46 by curio-clarion

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