検体提供

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 天宮麗花は憂鬱だった。今日は彼女の業務の中でも最も負担の多いものの一つをこなさなければならない日だったからだ。修復不可能な損害を負った複製個体のデータを未起動の複製個体へと引き継ぎ、起動させる。彼女自身にしか許可されていない任務でもある。
 残りの管理業務を51番と32番1に任せ、どの財団サイトからも隔離された複製の保管されている半自動化された冷凍睡眠施設へと1人車を走らせた彼女は、何処にでもあるような薄汚れたコンクリートの外壁の倉庫へと近づく。扉を開け、電気も付けずに倉庫の中央まで進む、1分程待つと、機械音声が倉庫に響く。
「虚ろな人形は何を想う?」「何も、そこに役目あれど意思無き傀儡に過ぎず」
床が開き、段々と光が付いていき、隠された階段が露になる。地下にある冷凍睡眠施設への階段を、仄暗く頼りない灯に照らされながら降りていく。聞こえるのはコツン、コツンという足音だけだ。

冷凍睡眠施設の管制室へとたどり着いた天宮は、コントロールパネルを操作し、修復不可能な損害を負った複製個体──112番──を記憶抽出室へと移動させた。今回の個体は単純な物理的衝撃によって破壊されたらしく、胴体が完全に破砕されていた。記憶抽出処理が行われる前に、部屋の壁程の大きさのモニターに個体の状態が表示される。

ミーム汚染: 無し

異常微生物: 無し

異常ウィルス: 無し

認識災害: 無し

精神影響: 無し

生命反応: 無し

記憶状態: 移植可能

それを確認した天宮はコントロールパネルを操作し、モニターに別のウィンドウを表示させる。そこに写っているのは、冷凍睡眠ポッドの内部で休眠状態になっている複製個体だった。そのポッドに先端部がソケットになっている管状のアーム数本が近付いていき、ポッド本体の穴に挿入された。
その間に、記憶抽出室では112番の頭部に何本ものロボットアームが近付き、処理を行っている。天宮はなるべくそれを目に入れないようにしていた。初めて興味本意で見たときに、二度と見るものかと誓ったからである。

記憶抽出処理が終了し、管を通してポッド内部の複製の頭部に、オレンジ色の液体が流れ込む。その様子を見守りながら、天宮は部屋に備え付けられたドリンクバーからコップに注いだ緑茶を飲んでいた。
記憶引き継ぎ処理が終了したことを告げる音が管制室に響く。その音を聴いた天宮は、冷凍睡眠を終了させ、ポッド内部に覚醒用ガスを充満させるよう操作を行った。

ポッド内部に青白い覚醒用ガスが流れ込み、複製が目を開ける。本来なら複製を起動させる際は覚醒室にポッドを移動させることになっているが、記憶引き継ぎの場合は手順の短縮が認められていた。
起動した複製を迎えに行くか、それとも音声案内で誘導しようか考えていると、複製がポッドから出てきて叫び声を挙げた。
「もう、もう嫌…後何回死ぬの!?耐えられない!」
天宮はおもわず頭を抱え、大きくため息をついた。このような個体がでないように定期的に記憶処理が行われているが、近頃はこういった事態がたびたび起きている。何度も引継ぎを行った個体には、記憶処理の効果が減衰するのではないかというのが彼女の予想である。
天宮はしばらく頭を捻り、さてどうしたものかと考えていたが、あることを思い付いた。マイクの音量をあげ、複製個体に語り掛ける。
「あー、聞こえますかー?こちら天宮麗花。貴方をもう二度と苦しまなくて済むようにしてあげます」
思ったよりも音量が大きかったのか、複製個体は耳を抑えている。
「ほ、本当に!?いえ、信じられない。私を騙す気なんだ!そう言われて何回も死んだのよ!殺されたの!化け物に引き裂かれて、体が溶けて混ざって、何回も!」
複製の話の内容は、天宮にとって驚きだった。なぜなら、複製は最低でも一般的な研究員と同等のクリアランスレベルを有しているはずだからだ。だが話の内容が本当だとすれば、112番の扱いは明らかにDクラスと同様かそれ以下だった。死亡前の使用者を洗い出して倫理委員会に通報しなければと天宮は考えたが、その前に目の前の壊れた人形を片付けなければならない。
「本当です。貴方を知り合いの医者に紹介してあげましょう。そこで顔も声も変えてもらい、記憶処理を受けて一般社会で暮らせるように手配します。私にはその権限がありますから」
複製はまだ半信半疑なようで、ポッドのある部屋のスピーカーを睨みつけている。
「ここでずーっと暮らすつもりですか?私はその部屋に催眠ガスを流して貴方が昏倒した後に、連れていくこともできるんですよ?そうせずにわざわざ声を掛けている意味を考えたらどうでしょうか?」
それを聞いた複製はしばらく逡巡していたが、最終的には天宮の提案を呑んだ。
「それでは貴方をお世話してくれる方に連絡するのでしばらくお待ちください。いいですね?」
天宮は、そういってマイクを切り、ある人物の元へ連絡を始めた。数回のコールの後、応答があった。
「麗花さん。どうしました?こんな時間に」
「栗花落さんに良いお知らせがあります。"検体"が手に入りました」
「まあ…!状態はどうですか?」
「起きたばかりです。新品同然ですね」
「精神が擦り切れてしまいましたか、お疲れ様です」
「受け入れてもらえますか?」
「もちろん、喜んで。シナリオはいつもので良いですか?」
「はい、知り合いの医者でお願いします。それでは3時間後に」
「わかりました、お待ちしていますね」
通話を終えた天宮は複製を誘導し、倉庫から出ると車に乗せ、サイト-81██に向けて走らせ始めた。壊れた人形は、その原因を調べるために使われる。


「博士、栗花落医師から連絡が入りました。例の個体は問題なく課題をクリアしたようです」
長身の女性が財団標準端末を白衣のポケットにしまいながら天宮に告げた。
「そうですか、それはよかったです。イレギュラーが発生した場合の運用テストも完了ですね」
「お疲れ様!それにしても、何よ、あの合言葉は。もうちょっとセンスある奴に出来なかったわけ?」
天宮より一回り背の低い女性がコーヒーをデスクに置いた。
「別にいいんですよ。二度と使いもしない合言葉なんてあんなもので。私に名づけの能力はありません」
天宮は椅子の前にある操作盤から手を放し、伸びをした。モニターには冷凍睡眠施設内の景色と内部のモニターの様子が映し出されていた。現在は内部モニターの電源がシャットダウンされたため、それを映すウィンドウには何も映っていない。
「あー、疲れました…自分が直接出向かなくても引継ぎが出来るようにこうしてテストしているのに、それを監視して何かが起きたときにはこちらから操作するというのは、なんともややこしいですね」
コーヒーを飲みながらぼやく天宮、そこには深い安堵の色が浮かんでいた。
「ちょっとくらい我慢しなさいよ!あんたが言い出したことでしょうが、イチイチあの保管場所まで行くのがめんどくさいって!」
「それはそうですが…」
「まあまあ、次のテストで監視付きの実地運用試験は終わりですから、ね?」
長身の女性が背の低い女性を宥める。
「そうですか。次のテスト項目は何でしたっけ?」
「何らかの要因で自身が複製個体の一体であると告げられた場合の反応のテストです」


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