天宮麗花の華麗なる転落劇と世間知らずのお子様が更生する話

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天宮麗花はカフェで緑茶を飲んでいる。ただし、今日はあいにくの雨なのでテラスには出ず、屋内で過ごしていた。
そこに、1人の女性が近づいて来て、腰を下ろし、持っていたコーヒーをテーブルに置いた。
「麗花さん、お待たせしました。お一人ですか?」
コーヒーを置いた栗花落海称は、少し微笑んで向かい側に座っている天宮に訊ねた。
「…わかってるのに訊かないでください。私が一緒に休日を過ごす相手なんて、海称さんだけですよ」
天宮は少し拗ねたような顔で質問に答えた。このような他愛もないやり取りは空席の目立つカフェの一角で行われていた。人見知りの天宮と、難儀な趣味を持っている栗花落は、他の職員たちと少しずらして休暇を貰っていた。
「こんな雨の日には、麗花さんがここに来た頃を思い出しますね。あの時も丁度、梅雨入りの季節でしたから」
栗花落海称は窓の外を眺めながらコーヒーを飲む。それに対して天宮は苦い顔をしている。
「ええ、懐かしいですね。あの頃の私のことは正直思い出したくもないですけれど」
「あら、あれはあれで可愛げがあったと思いますよ?」
「からかうのはやめてください…」
「そういえばいつもの二人はどうしたんですか?」
「51と32はオフィスで複製達を監視しています。これがあれば…」
天宮は懐から財団製の端末を取り出す。標準的な物より一回りほど大きいそれは、天宮専用の特殊なものだ。
「遠隔でも管理できるんですけど、彼女たちが残りたいと言うので仕方なく置いてきました。何故あそこまで頑なに残りたがったんでしょう」
鈍感な天宮は、たまの休みを二人きりで楽しめるように配慮されたと気づくことは無かった。栗花落はそれを察して、心の中で二人に感謝した。
「麗花さん、提案があります。サイト内を回ってみませんか?」
天宮は一瞬ポカンとしていたが、断る理由もないと思い頷いた。
「わかりました。まずは何処に行きましょう」
「そうですね…まずは医務室に行きましょう」





医務室はとても大きく、職員からは病院とも呼ばれている。その前に二人は立っていた。
「麗花さんと私が最初に出会ったのは、此処でしたね」
「ええ、あの時のことはよく覚えています」

██年前

 
 天宮麗花は姉の教育1によって自身をこの世で最も優れた人間であると思い込まされてきた。そして、そうあるように暴力と精神的脅迫によって強要されてきた。彼女は思い込みを現実にするために血のにじむような努力を行ったが、それでも姉の要求する水準を満たすことが出来なかった。その結果、妹に愛想を尽かした姉は彼女の前から姿を消し、戻ってくることは無かった。

そうして残ったのは、長年にわたる暴力と脅迫によって自尊心を無理やりに肥大化させられ、人格を大きく歪められた少女だけだった。子供の泣き声が聞こえるという通報を受けて向かったエージェントによって発見された彼女は、餓死寸前だったため、やむを得ず財団で一時的に保護された。回復した後に財団で行われた身体能力、学力テストでは平均的な成績を越えはしたものの、同年代の神童や天才と言われる人物と比べると明らかに劣るものだった。

その後、記憶処理を施され一般的な孤児院に入れられたものの、その孤児院が原因不明の再構築イベントによって消滅。調査中に唯一の生存者として発見され、再び財団で保護されることとなった。インタビューを行ってもイベントの詳細に関する記憶が無く、周辺への調査の結果、真夏にもかかわらずイブニングドレスを着用し日傘を所持した不審人物がイベント当日の孤児院に進入していたことが判明。当該人物はPoI-1038-JPと指定された。PoI-1038-JPについては現在も調査が継続して行われている。

保護された天宮は異常存在への関与が疑われたため、プリチャード学園へ入学させることで保護と監視を継続することになった。在学中はトップとはいかないもののそれなりの成績をキープし続け卒業。
その後はすぐに財団に雇用され、研究員補助として働き始めた。しかし、長年の"教育"によって植え付けられた自尊心と歪んでしまった人格は完全に戻ることは無く、周囲の人物からの評判は良くなかった。そんな折に、収容違反インシデントが発生した。

天宮はそのインシデント中に収容違反していたオブジェクトの異常性に曝露した結果、見た目、性格の異なる、能力は全く変わらない大量の複製が生まれることになった。


3年前

 目を覚ますと、そこは真っ白な部屋で、ベッドに寝かされていた。起き上がろうとするが、体が動かない。何度か動こうと試みたが上手くいかず、諦めることにした。
ふと横を見ると、何やらカルテのようなものを書いている白衣の女がいたので声を掛けた。
「あんた、誰?」
「目が覚めましたか、私は栗花落海称。あなたの担当医です」
「そう、なんで私様は動けないわけ?」
「あなたの四肢は酷く損傷しているため、無暗に動かすと治療に支障が出ます。そのため拘束を施しています」
非常に不愉快だが、仕方ない。
「どれくらいで職場復帰できるのかしら?」
「リハビリ期間を考慮しても2,3か月あれば可能でしょう」
「そう、わかったわ。用が済んだからさっさと出て行って頂戴」
女に背を向け寝転がろうとしたが、うまくいかない。そうだった、固定されているんだった。これが後何日も続くのか…腹立たしいことだ。
「ああ、それと。彼女たちにも後で会うことになるでしょう」
私は医者の言葉を無視し、そのまま眠りについた。


プライドの高い彼女は、アレ・・をきっと嫌うでしょう。そうなれば私にとって好都合だ。アレは私にとって非常に興味深い、是非とも中身を確かめてみたい。おまけに、研究として倫理委員会に咎められる恐れ無く開くことが出来る…彼女とアレらは感覚を共有しているのかしら?興味が尽きないわね


入院期間中に誰も見舞いに来なかったのは、私より程度の低いやつらだ、私の抜けた穴を埋めるの必死で、行きたくても来れなかったんだろう。大目に見てあげることにしよう、私は寛大なのだから。

退院後すぐにでも自分のオフィスに戻る予定が、ソファーと幾つかの調度品の置いてある部屋に通されると、そこで説明を受けるように指示された。どうも逃げられそうにないので中身を聞かずに適当に相槌を打っておくことにした。1,2時間後、ようやく自由に動けるようになったのでオフィスへと小走りで向かう。
ところが、オフィスに到着して早々に驚愕することになった。そこには見知らぬ女が山ほどいたのだから。
「ちょっと!あなた達は何者?どうして私様のオフィスにいるのかしら」
すると、女たちの中から2人が代表するかのように答えた。
「私たちは天宮博士の複製です。わたくしは管理番号51番。よろしくお願いします」
「あんた、私にちょっと似てるわね!51番の言う通り!私たちは全員あんたのコピーよ!もしかして説明を聞かなかったの?」
意味が解らない。保安要員を呼ぼうか。などと考えていたが、そういえば先ほどの説明でそんなことを言っていた気がする、聞き流さずにしっかりと聞いておくべきだったか。
デスクの上に何やら数枚の書類と1冊の本、財団製の端末が置かれているのが目に入った。書類を手に取って読んでみる。

書類の内容は、要約するとこうだった。

直近に起きた収容違反インシデントの際、実験の被験者だったDクラス職員(D-898)がオブジェクトを所持したまま逃走。逃走中にサイト内を移送中だった2つのAnomalousアイテムを強奪する事案が発生した。このような事態に発展した要因として、当時収容違反していたSCP-███-JPがミーム汚染を引き起こす能力を持っていたこと、D-898がミーマチックエフェクトに耐性を持っていたこと、Anomalousアイテムの警護に当たっていた保安要員がミーム汚染の影響で無力化されていた等がある。
天宮博士はD-898によって行われた暴行の被害者であり、使われたオブジェクトは傷つけられたものの複製を発生させるナイフである。
本来ならば、複製を生成する際には被験者に大きな傷を負わせる必要があり、そのため1,2体の複製が生成された時点で被験者は死亡するが、D-898は元外科医であり殺さずに傷を与えることに卓越した技術を有していた。また、同時に収容違反していた治癒能力のあるAnomalousアイテム(後述)を用いたため、結果として四桁規模の複製が生まれることになった。
現在以下のAnomalousアイテムが未回収状態である。

1.先端部分の温度が100℃で固定され、その部分で接触した対象に不完全な治癒能力を発揮するコテ

2.着用者に反ミーム効果を付与するが、長期間の着用により肉体が変異してしまうローブ

上記Anomalousアイテムは未回収状態であるものの脅威度を考慮しサイトは通常業務を再開する。捜索部隊によるAnomalousアイテムとD-898の捜索は引き続き行われる。

また、天宮博士の付近からはD-898の死体、実験に使用していたオブジェクト(ナイフ)、天宮博士の複製が発見された。
複製は天宮博士と同等の能力を有し、財団に対しても忠実であり、複製であるということを除けば異常性が確認できないため職員として雇用する。ただし、一度に雇用する数には制限を設け、雇用していない個体は冷凍睡眠装置によって保管する。
天宮博士の業務は主に複製の管理、稼働状況の把握に変更され、追って通知があるまで通常の研究業務からは外れること。管理業務についての詳細は、同梱されている管理端末、及び端末の説明書を参照すること。

暫くの間、空いた口がふさがらなかった。私が、財団で最も優秀な研究者になり、尊敬されるべきはずの私が、こんな奴らの為に研究業務から外れなければならないなんて、そんなことは、認められなかった。
「お判りいただけましたか?天宮博士」
「それじゃ!これからよろしくね!ああちなみに、私は管理番号32番だから」
…まだいたのか、私の栄光を邪魔する屑ども、まあいい。取りあえずは、収容違反が起きる前に研究中だったオブジェクトの実験を再開しなければ。
「32,51とかいうの!今すぐ収容違反前に私様が研究していたオブジェクトの報告書を寄こしなさい!それが済んだら他の奴らも連れてここから出て行ってDクラス宿舎に行って二度と戻ってくるな!」
「失礼ですが、天宮博士、そのオブジェクトでしたら既に異常性の把握が完了し、これ以上の実験の必要無しとされております」
「あんたが入院してる間に、あんたが抱えてた研究プロジェクト、ぜーんぶ他の同期の奴らが持ってったみたいよ!」
「なんですって!?私が動けない間に、そんな勝手な事を!許せない、今すぐとっ捕まえて謝罪させてやる!」
私は部屋を飛び出し、同僚のオフィスに向かったのだが、たどり着くことは無かった。
通路で、実験の帰りだろうか?保安要員に連れられてあるくDクラス職員のオレンジ色のつなぎを見た瞬間に、それ以上前に進むことが出来なくなった。
 蘇る記憶、私に馬乗りになり、足を潰し、手を潰し、腕を切り刻み笑うオレンジ色のつなぎの男、どれだけ悲鳴を上げても、誰も助けには来てくれない、痛い、やめて、お願い、誰か、助けて…。
「大丈夫ですか?すごい汗ですよ?」
気が付けば、通路の壁に寄りかかってしまっていた。私に声を掛けてきたのは、入院中に担当医だった女だ。確か、栗花落とか言っていた気がする。
「ッ…大丈夫よ、これくらい、私様をッ、誰だと思って…」
凄まじい吐き気がこみ上げる。苦しい。
「トイレに行きましょうか、背中をさすってあげましょう」
余りの苦しさに、屈辱ながらも、私はそいつに支えられながらトイレに行き、吐いた。
漸く落ち着いたころ、栗花落が話しかけてきた。
「何故あれほどまでに苦しんでいたのですか?何か悪いもので食べましたか?」
「ち、違うわよ!ちょっと…調子が悪かっただけなんだから。構わないでくれる?私様は急いでるの」
すると、彼女は何かに気づいたようだった。
「その口調…ああ、この前退院した天宮さんですか。どうです?彼女たちは、どれも貴方の複製なのに、個性があって面白いでしょう?」
ちっとも面白くない、そう答える気力も湧かなかった。
「ところで相談なんですが、彼女たち、私に少し分けてくれませんか?」
どういうことだろう、意識がハッキリとせず、内容を理解できない。
「あれだけ沢山いるのですから、少しくらい私的利用したとしても、上の方々は見逃してくれると思いますよ」
つまりは、あいつらを持って行ってくれるということか。
「わかったわ。何体欲しいか言いなさい。それと、そもそもこの取引は私様に何の利益があるのかしら」
女は微笑みながら答える。
「取りあえずは、1体下さればそれで構いません。貴方への利益ですか。そうですね、話し相手になって差し上げますよ」
今度はこちらが笑う番だった。話し相手?下らない。私に話しかけてもらいたいやつらなど山ほどいるのだ。だが、邪魔者を引き取ってくれるというのはそれだけでありがたい話だ。
「わかったわ、適当に見繕って…ああ、あんた医者でしょ?なんか薬とか持ってないわけ?それで眠らせれば尚やりやすいと思うけど」
「その必要はありません。私の助手として派遣していただければ、後は如何様にでも出来ますから」
「そう。取引成立ね、私様に感謝しなさい!」
「ありがとうございます」


彼女は自分の複製がお気に召さなかったらしい。予想通りだ。しかし、Dクラスを見た途端に頭を押さえ壁に寄りかかったのは何故だろう。彼女に暴行を加えたDクラスではないというのに、過剰な反応だ。もしかするとトラウマになっているのかもしれない。


 その後、何ヵ月か経ったが、上層部から追って通知がくることは無かった。
そもそも私がオブジェクトの研究が不可能な状態だということもあった。Dクラスが視界に入る度に例の記憶がフラッシュバックし、まともではいられない。カウンセラーにも相談しようと思ったが、私のプライドはそれを許さない。記憶処理で忘れようともしたが、申請を行っても許可が下りない。
 サイトに復帰してから気付いたのだが、かなりの人数が私に対して冷ややかな態度を取っている。
同期の職員はほぼ全員、私の部下だった何人かの研究員、論破してやった上司の1人。記憶処理の許可が下りないのもどうやら彼らの差し金のようだ。
抗議しようと文書を提出したが、それすら握りつぶされたようで問いただしても知らん顔をされてしまった。
 ちょっとした嫌がらせもあった、調理場からナイフが紛失した際に、何の根拠もなく私を犯人に仕立て上げようという動きがあった。
極めつけだったのは、私のオフィスの前にDクラスが数人居座っていた時だ。複製に問い質させたところ、職員に此処にいろ、と命じられたのだという。
そして、その直後に起きたあることが、決定的な一撃となった。

私の誕生日、1つしかプレゼントは贈られなかった。これは別に良かった。周りの態度から予想が着くからだ。最悪だったのは、贈られたプレゼントだ。
私がいない間にデスクに置かれたらしく、包装を破って開け、中から出てきたものを見た私は倒れこんだ。
それはDクラス用のオレンジのつなぎだった。幸い少しは慣れていたのと、Dクラスそのものでなかった為吐きはしなかったが、私の中で大切な何かが崩れていくのがわかった。
 その日から私は変わってしまった。自分に自信が無くなった。誰もが自分を憎んでいることを知り、恐怖でオフィスから出ることが出来なくなった。
そもそも、自分が特別な存在だということは思い込みなのだ。
私がいなくても、複製達が仕事をこなしたため、何も咎められることはなかったが、それが逆に心を抉った。私が欠けたところで、こいつらがいれば財団の業務は滞りなく進むということに気づいてしまった。
 最早私は自殺すら考え始めていた。Dクラスにトラウマがあり、まともに働けない職員なんぞ必要無いとしか思えなかった。
そんな時に私に手を差しのべてくれた人がいた。
 ある日、私のオフィスのドアをノックする音がした。誰かがDクラスでも寄越したのかと思い、毛布を被り複製に出るよう命じた。
「こんにちは、天宮博士はいらっしゃいますか?」
その声は、栗花落医師のものだった。
「すいません、天宮博士は現在お疲れのようでして」
51番が対応しているようだ。
「いえ、私は貴方々には用はありません。天宮博士、いらっしゃいますね?入りますよ」
ツカツカとこちらに近付いてくるのがわかる。
何で放っておいてくれないんだろう。
どうせ嫌がらせにでも来たのでしょう?
被っていた毛布が剥ぎ取られ、後ろから抱き締められた。
起きていることを理解するのに少しかかった。
理解して、顔が熱くなるのを感じた。
「何をなさってるんですか?栗花落さん、やめてくださいよ、そんなこと…」
何故だか、目から熱いものが流れ落ちる。
そういえば、誰かに抱き締めてもらったことなど、無かった気がする。
母も父も私を抱き締めてくれることは無かった。
そもそも物心着いたときには両親は死んでいた。
温もりのある手が、頭を撫でる。
「大丈夫ですよ。怖いものはありません。さあ、疲れたでしょう」
何故ここまでしてくれるのだろう。私と彼女にそこまで深い繋がりはあっただろうか?
そんな考えは、溢れでる涙と嗚咽によって押し流された。
 結局、自分の心情を全て吐き出してしまった。彼女はその間何も言わずに私の話を聞いてくれた。ひとしきり吐き出すと、疲れて眠ってしまった。
 目を覚ますと彼女はおらず、デスクに箱が置いてあった。開けてみると、刺繍の入ったハンカチが入っていた。メッセージカード付きだった。
「泣きたくなったらいつでも泣いていいんです」
それを見た私はまた泣いてしまった。


彼女に対する嫌がらせを利用して私の利益にするはずが、真摯に話を聞いてしまった。本当ならすぐにでも交渉を始める予定だったのに。
それにしても、なぜ自分はあんなことをしてしまったのだろう。彼女は自身の研究を進めるために利用するだけの相手だったはずだ。それなのに、なぜ彼女が悲しんでいるところを見て思わず抱きしめてしまったのだろう。
もしかして、私は彼女にそれ以上の何かを感じているのだろうか?


その日から、数日おきに栗花落医師は私のオフィスを訪れるようになった。基本的には複製に関する取引の話だったが、たまに私の身の上話を聞いてくれたりもした。理由が気になって訪ねると、彼女はこう答えた。
「あら、忘れていたのですか?複製をくれるなら、話し相手になって上げると伝えましたよ」
そういえば、以前そんな話をした気がした。


彼女と話してみて分かったが、虚勢を張っていない時の彼女はいたって真面目で優しい様子をしている。恐らくはこれが本来の性格なのだろう。常にピリピリとした態度を続けていたのは幼少期の両親の他界に起因するようだ。
…どうして私はこんなことを続けているのだろうか。私の目的は研究材料の調達だったはずだ。それなのに、最近では交渉の時間より彼女自身の生い立ちを聞く時間の方が増えているではないか。


 栗花落医師と話を続ける内に、私は自分のこれまでの行いを省みるようになった。
そうすると、どれだけ自分が身勝手な言動をしていたか、どれだけ自分が自信過剰だったかを思いだし、恥ずかしくて堪らなかった。
私は、態度を改めなければならない。そして、謝らなければならない。私は、これまでに虐げ、理不尽な態度をとってきた人達に、一人一人謝って回った。
彼らは、大抵バツの悪そうな顔をしていた。話を聞くと、彼らも私に行ったことがやり過ぎだと思ってはいたが、私が態度を変えないから、歯止めが利かず、止めどきを見つけられなかったのだという。
 栗花落医師は、それに付き合ってくれた。彼女がいなければ、私は彼らと話す勇気は湧かなかっただろう。
そして、私はサイト職員達と和解することができた。その結果、記憶処理も受けられるようになったが、私は戒めとして、記憶処理を受けないことを決断した。
今でもDクラスを見ると気分が悪くはなるが、今、私の周りには人がいる。そう考えると、フラッシュバックを抑えられた。


私はとうとう自身の研究を深めるよりも、彼女が周囲と打ち解けられるように根回しをすることに注力してしまっていた。そして、それが叶ったことで喜ぶ彼女の笑顔を見て…とても心地よい感覚に満たされている。
私はいつの間にか彼女に惹かれてしまっていたようだ。


 変わったのは複製たちも一緒だった。以前は、彼女たちの内で私の指示をきちんと聞くのは、51番と32番だけだったため、私の指示は彼女たちを介して実行されていた。
今では、私の変化に応じるように、全ての複製が私の指示を聞くようになった。
その結果、私は彼女たちの管理を円滑に進められるようになり、自分の仕事に誇りを持つようになった。
サイトの皆を助けているという思いは、私に強い達成感をもたらした。また、顔を会わせる度にお礼を言われるようにもなった。
「天宮博士!この前派遣してくれた子、すっごい役に立ちました。ありがとうございます!」
「遊戯室で人数が足りなかったが、博士の複製がいたお陰で頭数がそろったぜ、ありがとうよ」
「彼女たちの指摘のお陰で、オブジェクトの隠れた異常性に気付けたよ。感謝する」
それらの声は私の心を満たし、体を動かす原動力となった。


この刑務所兼研究所じみた場所から脱出しようとしたが、ヘンテコなバイザーを付けたやつが出入り口を見張っている…。どうやらそいつらには俺の姿が見えているようで、近づいたら仲間を呼んで追いかけてきやがった。厄介な。体をバラシて小さな隙間に隠れなければとっくに捕まっていただろう。あのコテを持ってきてよかった。折角自分の複製の死体をあの女の傍に置いてきたのに、やつらは俺を探し続けてるようだ。
まあ、どっちにしろここから出るのはあの女をバラシてからだ。今度はおかしなナイフなんて使わずに、普通の物でヤろう、あの時は遊びすぎて邪魔者が現れたが、今度こそあの女をバラシて殺してやる。俺は何かを途中で放り出すのは嫌いなんだ。それにしても、あの女の顔!強がっているくせに恐怖を隠せずに涙を必死でこらえて、とうとう堪え切れずに泣き叫んで助けを呼ぶ、あの表情がタマラナイ!今までで最高の獲物だ!







「天宮博士、どうですか?最近の具合は」
カフェテラスで、栗花落医師はコーヒーをテーブルに置いていた。
「とても順調です。複製たちは補助としてとても優秀なようで、色々な所から派遣を頼まれます」
私は、向かい側に座り、笑顔で答える。
「いえいえ、違いますよ。博士、博士自身のことです」
「私、ですか。とても調子がイイです。自分の仕事に、やりがいを感じるようになりました」
「そうですか、それは良かったです」
暫くの間2人の間に沈黙が漂っていた。
私は彼女に聞かねばならないと思っていたことを聞いてみることにした。
「あの、栗花落さん。1つ聞いてもよろしいですか?」
「なんでしょう」
「私は、栗花落さんにとても感謝しています。今の私は栗花落さんがあってこそです。しかし、何故ここまで私によくしてくださったのか、わからないんです。教えていただけませんか?」
彼女はそれを聞いて微笑む。
「知りたいですか?後悔するかもしれませんよ?」
私はゴクリと息を呑む。一瞬迷ったが、やはり気になった。
「…お願いします。教えてください」
そう言うと、私は彼女をジッと見つめ、何が来ても耐えられるように覚悟を終えた。
彼女は少し間を置いて、話始めた。
「実のところ、最初は貴方のことなどどうでも良かったんですよ。私にとって興味を引いたのは、貴方の複製です。彼女たちを手に入れるために貴方に近付きました」
「貴方が苛められていることも知っていました。しかし、その段階では特に手を出す必要もないと思い、放っておきました。そして、彼らが貴方の誕生日にDクラスのつなぎを贈ったと聞き、そろそろだと思いましたよ。貴方が顔を出さなくなってから頃合いを見計らい、慰めにいきました。その時ですかね、調子が狂ったのは。最初は軽く慰めてすぐに取り引きの話をしようと思っていたはずが、貴方があまりにも思い詰めていた様子だったので、思わず抱き締めてしまいました。それから、貴方の身の上話を聞いていく内に自分でも気づかないうちに惹かれていたんだと思います。貴方が周りとの関係を改善できるように、長期休暇を取って事前に話を通しておいたりしました。そんなことをしている内に気が付いたら、貴方に恋しちゃったのかもしれません、お付き合いしていただけますか?麗花さん」
 話終えた彼女は、またコーヒーを口に運んでいる。私の方はと言えば、あまりの驚きに口が塞がらなかった。
最初は、えっと、計算で、だけど途中から本気で同情してくれて、それで、今は私に恋してる!??
頭が真っ白になり、呆然としてしまった。心臓が通常の3割り増しで脈打っているのがわかる。何か返さなければならないのに、言葉が出てこない。
しかし、私も彼女に好意を抱いてることは間違いない。ならば、答えは1つだ。
「あ、あの、私も栗花落さんのことが…」
 その時だった。警報が鳴り響き、あらゆる音を掻き消した。
「SCP-███-JP、SCP-███-JP、SCP-███-JPの収容違反が発生しました!職員は緊急時のガイドラインに従い、冷静に行動してください」
その音であの時の記憶が蘇り、私を蝕むが、意識をしっかりと保ち耐えることができた。栗花落さんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫ですか?麗花さん」
「大丈夫です。あの時とは、何もかも違いますよ」
彼女はホッとした様子で、思考を現在起きている事態に向け始めた。
「天宮さん、貴方は複製達の指揮権を収容スペシャリストに預け、サイトから退避してください」
確かに、収容違反したオブジェクトの確保に私は役立たずだろう。
「栗花落さんは、どうするのですか?」
「私は残ります、残って、負傷者の手当てをしなければなりません。確保作戦では確実に負傷者が出るでしょう」
彼女の言うことは正しい。しかし、私は彼女を残して退避することに躊躇した。
「あ、あの、私も残ります!なにか手伝えることが」
「いいえ、はっきり言って足手まといです」
彼女はそこから声を抑え、2人にだけ聞こえるように続けて囁いた。
「貴方に傷付いて欲しくないんです」
「わかり、ました。でも、絶対に死なないでください!」
彼女は笑みを浮かべていた。
「大丈夫です。これが終わったら、さっきの答え、聞かせてくださいね?」
そういって、彼女は行ってしまった。私は確保チームのリーダーである収容スペシャリストに複製達の指揮権を移譲し、サイトから脱出した。










サイトからは次々に職員が退避していた。最初の内はそれほど驚きはしなかったが、次第にその数が増えるに連れ、不安は肥大化した。
退避してきた職員の一人に内部の様子を尋ねる。
「あ、あの、中の様子はどうなっていますか?」
「ほとんどのオブジェクトは確保できたんだが、残ってるやつが曲者でな。Dクラスがそのオブジェクトを好き放題に使ってるせいで、確保にかなり手間取ってるらしい。それと、サイトの自動消化装置が故障してて、火事が起きてやがる」
それを聞いて、胸がざわつく、栗花落さんは、大丈夫だろうか。
その時だった。全身に傷を負った研究員らしき男が息も絶え絶えにサイトから飛び出してきたのは。
「大丈夫ですか!?」
「はあ…はあ…僕は平気です、けど、栗花落医師が!」
心臓が跳ね上がる。
「どうしたの?栗花落さんに何が起きたのよ!?」
思わず口調も荒くなり、研究員に突っかかってしまった。
「栗花落さんが突き飛ばしてくれたお陰で僕は逃げられたんですが、そのせいで彼女が瓦礫の下敷きに!」
もはや、迷っている暇は無い。決断は済ませた。あとは行動に移すだけだ。私は研究員から栗花落さんの正確な居場所を聞き出し、そこへ向かった。
はたして、そこには足が瓦礫の下敷きになっている栗花落医師が居た。
「大丈夫ですか!?今助けます!」
「なんで、戻ってきたの、私のことはいいから、早く逃げて」
「出来ません!栗花落さんは、私の命の恩人です。今度は、私が助ける番です!」
必死に力を込め持ち上げようとするが、コンクリートと鉄筋の塊はびくともしない。
それでも私は諦めることが出来なかった。
「よう、お嬢ちゃん。大変みたいだなあ」
後ろから、何かを脱ぎ捨てる音と共に私がこの世で一番聞きたくない声が聞こえた。
それは、あの日、私をズタズタに引き裂いた、あの男の声だった。未だに逃げ延びていたことに驚いた、そして、トラウマが蘇る。
ダメだ!ここで意識を失ったら!栗花落さんが傷つけられてしまう!それを許すわけにはいかない。
「おいおい、俺の顔を忘れちまったのか?もっと怖がってくれていいんだぜ?」
男はナイフを弄びつつゆっくりと近づいてくる。
「お前を気にしている暇は無いの。私の大切な人を助けなければいけないんだから」
「面白いこと言うな、お前、じゃあその大切なお友だちとやらを先に切り刻んでやるよ」
そう言うと、男は一気に駆け出し、こちらに向かってきた。私は、それが役に立たないとわかっていたが、彼女に覆い被さり守ろうとした。
しかし、いつまでたっても背中にナイフが突き刺さる感触はない。
振り替えると、男は私の複製達によって拘束されていた。
「やっと隙を見せたわね!反ミームで認識されないからって、油断しすぎよ!あんたが残した痕跡から何処にいるかは大体予想がついたわ!」
男は4,5人の複製に組みつかれ、暫くもがいていた。しかし、不意に身動きを取らなくなったかと思うと男の肉体は膨らみ始め、複製達を振り落とした。そこに現れたのは巨大な蠢く肉の塊だった。
「カス共が、俺を邪魔するんじゃない」
もはや人間の姿からはかけ離れた男だった怪物は、ゆっくりと私と栗花落の方へと向かってくる。しかし、それがたどり着く前に何発もの弾丸が巨体を貫いた。弾丸を浴びてからすぐには怪物は笑い声を上げ余裕を崩さなかったが、数秒後には体が徐々に溶け始め、それに驚きを隠せないようだった。そして、怪物は怨嗟の声を上げながら崩れ去った。
何が起きたのか理解できていない私達の元に、紋様の印された大型のライフルらしきものを持ったエージェントと51がやって来た。
「どうにか間に合ったようで、本当に良かったです。エージェントを連れてくるのに時間が掛かってしまいました」
「こちらエージェント██、オブジェクトの影響によって変異したDクラスの終了を完了。また、捜索中のAnomalousアイテムを発見、確保に成功した」
私は安堵しそうになったが、サイトに戻ってきた理由を忘れてはいなかった。
その後、複製達とエージェントの協力によって、栗花落さんを救出。サイトから脱出した。隔壁によって火災は特定の区画に封じられており、サイト全体に被害が及ぶことはなく大規模収容違反発生は免れた。

それから数週間後、私と栗花落医師はサイト内の病院に居た。
「やれやれ、まさか私がここのお世話になるとは思いませんでしたよ」
幸いにも、彼女の怪我は大事には至らず、早ければ1か月程で退院できるとのことだった。
私は、彼女に伝えなければならないことがある。何時までも迷っていても仕方がない。伝えよう。
「あの、栗花落さん」
「麗花さん。どうしましたか?」
「私、私も栗花落さん、いえ、海称のことが好きです!私と付き合ってください!」



彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら答えた。
「ありがとう。私も同じです。よろしくお願いしますね」


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シリーズ-Other所属

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世界観用語-Other登場

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  1. portal:5875210 (22 Nov 2019 06:43)
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