バックファイア

ああはなりたくないものです

率直過ぎる感想は心の内に押しとどめられた。湿気を吸って重さを増した黒の帽子とコートに身を包んだ女性が、解剖台に横たえられた骸をガラス越しに見つめている。虹色の瞳孔は、折れ曲がり弾け飛んだ元の部位が判然としない肉塊を映していた。唯一身元が分かりそうなIDカードは固まった体液がこびり付いており洗浄には暫く掛かりそうだった。

天宮麗花は同僚の死体を見るといつも気分が悪くなる。これは彼女が人並の情動を備えている証左ではない──長く財団で働いていると普通の人間が持ち合わせている感情は麻痺してしまう。彼女のため息はただでさえ潤沢とは言い難い財団の人的資源を憂慮して吐き出されていた。もっとも哀悼の精神が微塵もないわけではないようで、親しかった相手の墓参りに行く程度の人情は残っているらしい。逆に言えば、彼女が許容出来る業務時間の損失はその程度が限度という事でもある。

同僚の葬式にすら顔を出せない程忙しい彼女がのんびりと解剖を眺めているのは、予定より早く片付いた用事のついでに数少ない友人に顔を見せるためだった。医療部門の監察医である栗花落海祢は職員の死体を持ち去る悪癖があり、とっくの昔に解雇されていてもおかしくない人物である。それでも財団が彼女を雇用しているのは、栗花落が遺体保存技術の発展に寄与したところが大きい。それだけではなく、彼女の提案した改訂案を元に改修されたマニュアルの配布後、遺体回収作業の安全性が格段に向上したと評判だった。

「もう少し節度さえあれば今頃は医療部門の高位職員すら夢では無かったでしょう」以前、天宮は友人が能力に見合わない地位へ押し込められているのを残念がったことがある。それに対し栗花落は「私には現場の方があっていますし、趣味も続けたいですから」と笑顔で言ってのけた。あどけなさの残る顔立ちで微笑を浮かべる友人を見ながら、仕事はオマケで重要なのは趣味の方ではないかと、当時の天宮はそんな疑問を抱いたが答えを追及する事は終ぞなかった。

解剖の様子を眺めていた天宮に、栗花落の助手である若い男が声を掛ける。

「あの、すみません。天宮博士でいらっしゃいますか?」
「はい、私が天宮ですが。どうかしましたか?」
「先程IDカードの洗浄が完了したのですが……その、少し確認して頂いてもよろしいですか」

何処か引っ掛かる男の態度に違和感を覚えはしたものの、断る理由も無いので了承する。手袋をはめようとした天宮は男が持つ医療用フリーザーバッグに気付き手を止めた。透明な袋ごとカードを受け取った彼女は、中へ目を向けた途端に眉をひそめる。本来であれば、そこには解剖中の職員の氏名が記されているはずだった。

天宮麗花

分厚い壁を隔てているにも関わらず、処置室の冷気が流れてきたかのような悪寒に彼女は身震いした。


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