水那守 紗羅の払暁

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午前4時、煌々と輝く明かりで星も見えないような夜の街に構えるホテルの1室で私はテレビを見つめている。AC1でも快適に過ごせるとネットで評判の良いそこは、なるほど確かに私のような存在に配慮した造りになっていて、従業員の接客態度も行き届いていた。予約時点で異常性や身体的特徴を入力しておけば、それに合わせたフロアを1階層分用意しておいてくれるのだから驚きである。ACに配慮したサービスが行われている施設は少なくないとはいえ、ここまで至れり尽くせりなのは珍しい。

そんな素晴らしいホテルのベッドで上半身を起こした私は、隣でスヤスヤと穏やかに眠っている金髪の美女を見つめる。彼女──マリは高校の同級生で、私のたった1人の親友でもある。現在プライベートで付き合いがあるのは彼女だけと言っても過言ではない。私の交遊関係は貧弱という言葉すら生温い有り様なのだ。

学生時代、私に友達と呼べる者は殆どいなかった。これは私が虐められていたとかAFC差別だとかそういうものではない。同級生のACやAFCは結構な数だったし、下半身が蛇であることや、全身の肌、鱗、髪が真っ白な事、眼だけがルビーのように紅い事は少しだけ関係があったかもしれないが、それだけで友人が1人も出来ないなんてことはありえない。ただ単純に私が他人との会話を苦手としていて、それを隠す気もなかったからだ。話しかけてきた相手全員に無愛想な態度を取っているような奴は孤立して当然である。最も、昔から孤立に慣れていた私にとってその状況は大した苦痛では無かった。

マリはそんな私にもずっと声を掛け続けてくれた素晴らしい人格者である。どれだけ嫌そうな態度を取り続けても一向に諦める様子の無い彼女にとうとう根負けした私は、一度理由を聞いてみた。「何故そんなにも私に構うのか」と。夕陽に照らされがら彼女は微笑んで答えた。

「謎を解き明かしたいから」

返答を聞いた私は心底驚き、呆れ返った。てっきり同情か、言いはしないだろうが憐れみからだろうと思っていたら、単なる好奇心だったなんて。しかし、逆にその重たく無さ、湿っぽく無さが私には合っていたのかもしれない。彼女と話す時だけは少し態度を改めるようになっていった。思えば、この時突き放せば良かったのだ。

マリは謎の後ろに隠された真実を暴くのが好きだったけれど、それを広めようとはしなかった。そんな彼女が探偵という職業を選んだのは当然かもしれない。好奇心旺盛で、かといって功名心や報道精神とは無縁の彼女が天職に付けたことを知って私は喜んだ。その一方、私は大学でも学びたい分野が特に見つからず、そのまま「ACに手厚いサポートをしてくれる企業」に就職した。社会人になってからも人付き合いが苦手なのは変わらず、そのまま学生の時と同じように社内で孤立する。学生の時と違うのは、私が孤立に耐えられなくなっていたことだ。就職した私たちは自然と疎遠になり、心はゆっくりと削り取られていった。実のところ、疎遠になったと思っていたのは私だけなのかもしれない。彼女は「困ったことがあればいつでも相談してね」と言ってくれていたのに、つまらない意地を張ったのは私の方なのだから。

「やっほー紗羅ちゃん元気ー?今度のお休み空いてる?空いてたら2人でお出掛けしたいなー」

メッセージを確認してから返答まで2秒も掛からなかったと思う。休みの予定なんて化粧品や服、食材の購入と通院以外入っていなかった。そんなものよりマリに会う方が遥かに重要だ。

久しぶりに会った彼女はこれまで扱ってきた事件の話を山ほど聞かせてくれた。自分の事を話さなくて済むのはありがたかったが、彼女が出会い、関係を築いてきた人々の話を聞くたびに胸が痛んだ。私にとっては彼女だけが唯一の友人なのに、彼女には多くの知り合いが出来ている。自らを支える命綱が余りにも頼りなく細いことに気付いてしまった私は、その場で気を失った。

目覚めた私の視界に入ってきたのは見知らぬ天井で、嗅ぎなれた薬品の匂いが病院であることを知らせた。私が起きたことに気付いたマリは凄い勢いで問い詰めてきたが、答えたくなさそうな態度をすると「場所を変える」と言い出した。そのまま彼女に連れてこられたのがこのホテルで、今日は2人でここに泊まる予定だったらしい。

「紗羅、何があったの?もしかして、会社で嫌がらせされてるとか?」

ACに対するハラスメント行為は完全に根絶されたわけでは無かった。目に見えて分かりやすい悪意によるものは消え去ったものの、意識差などが原因の難しい問題が残っているらしい。しかし、ACに手厚い事を標榜しているだけあって私の勤め先はACには・・・・優しい企業だった。残念なことに、私の抱えている問題はACであることとは何の関係も無かった。

必死になって誤魔化した。「体調が悪かっただけ」「お医者さんに聞いたよ。体は健康そのものだって」「ちょっと……揶揄いたくて」「紗羅ちゃんはそういう冗談大嫌いだったの覚えてるよ」「……変わったのよ、色々とね」「そうやって誤魔化すところはちっとも変わってないみたいだけど?」「マリ……」

無駄だった。当たり前である。マリは探偵であり、しかも私の事を両親よりも遥かに深くまで理解しているのだから。そんな彼女に隠し事など出来ようはずもない。それでも、私は彼女に伝えたくなかった。マリ以外に友人を作れず、疎遠になっていたことで心が壊れかけているなんて。彼女を心配させたくない想いでどうにか自白を踏みとどまっていた。そうやっていなければすぐにでも泣きだして彼女の胸に飛び込んでしまいそうだったから。

マリの聡明な頭脳はあっという間に私の掛けたヴェールを取り去った。昔と何も変わらない、私の隠したいことを彼女は全て暴いてしまう。それでも、何もかも知った後ですら傍に居てくれた事で、私は間違いなく救われたのだ。

「どうして、こんなになるまで相談してくれなかったの……?私が信頼できなかった?」

「違う、違うの。私みたいなのが貴女に迷惑を掛けることに耐えられなくて」

「迷惑なんかじゃない!大事なヒトが困ってたら助けるのは当たり前なの!だから、お願い」

泣いた、恥も外聞も無く。大の大人が幼子のように、マリの膝に身体を預け泣きわめいてしまった。その間ずっと彼女は頭を優しくなでてくれた。母がまだ優しかった頃を思い出し、涙の止め方を忘れてしまう。

冷たさと汚れを風呂で洗い流し、2人ともパジャマに着替えた──私はマリの物を着せてもらったのだが、冷静に考えるとかなり恥ずかしい。ベッドで横になると、マリは私より幾分か小さな体で私の頭を抱えた。心地よい安堵に包まれながら意識は微睡みに沈む。

万雷の拍手が意識を現在に引き戻した。画面の向こう側では種族・性別・信仰の異なる人々が同じように互いを尊重している。人間とACがハグをしているのは当時としては非常に珍しい光景だったのだろう。そのような様子を見ていると、胸の内に奇妙な感覚が生じていた。なんだかとてもむず痒い。

「もうそろそろよ!」

感覚の正体を掴む前に大声で意識を持っていかれてしまう。ベッドから降りたマリは駆け足で窓際に向かうと、カーテンを開け放った。彼女がまだ寝ているものだと思っていた私は驚いたものの、声につられて彼女の方に顔を向ける。覆いの取り払われた窓から眩しいほどの陽射しが差し込んできた。陽光に照らされたマリの金髪が煌びやかな光沢を放ち、私は女神を見ているのではないかと錯覚する。それほどに彼女は美しかった。

「キレイ……」

美しさに見惚れて間抜けな顔をしている事は自分でも分かっていたが、表情を気にするより1秒でも長くマリの美貌を眼に収めておきたかった。このような機会、人生にそう何度も訪れるものでは無いのだから。

「ねぇ、もし良かったらさ。私の事務所に来ない?」

マリの申し出は非常に魅力的だった。彼女は私の事をよく解っている。同僚たちと顔を合わせずに済むような立場で働けるのだろう。辛いことがあったらいつでも泣きつけるのだろう。そうやって、その後の人生をずっと彼女に支えてもらいながら、私のペースで歩いて行ける。それでいいのではないか?これまでの人生、辛いことだらけだったのだから、これからは良い思いをしてもいいのではないか──本当にそうか?

蕩け切っていた思考が急激に冴えわたる。このままマリに身を委ねることは本当に正しい選択なのか?彼女に悪意は無いだろう、破滅させたいならただ放っておくだけでいい。彼女は私のためを思って提案してくれているはずだ。しかし、それを受け入れるという事は私の人格が消え去ってマリにお世話される赤ん坊が1つ生まれる事を意味する。私が成りたいものはそんなものなのか?胸に渦巻くむず痒さはさっきよりも増していた。

思い出せ、私が倒れたのはどうしてだ?──マリには大勢の知り合いがいるのに私が頼れるのは彼女だけだったからだ。彼女に見切りを付けられたら私は孤独に苛まれ発狂するだろう。
今の私が取るべき行動は、彼女の申し出を受け入れて赤ん坊になることか?──違う。私はマリとの関係を維持したい。でも、一方的に世話されるだけなんて御免だ。そんな関係は親友とは言えない。
では私は今から何をするべきか?──知り合いを増やすべきだ。マリと同じくらい、いいえ更に多くの人々と知り合いになれば、初めて彼女と対等に付き合えるようになる。

マリは沢山の結びつきを得て人生をしっかりと歩んでいる。それに引き替え私はどうだろう。マリだけが唯一の心の支えであり、他者との交流を意固地になって拒んで、挙句の果てには永遠に親友のお世話になるところだった。そうなったら本当に終わってしまう、私の歩んできたこれまでの人生も、叶えられたかもしれない可能性の未来も、生まれていたかもしれない他者との関係も、すべて否定することになってしまう。そんなことになりたくはない。

だから、返答は決まっている。


惚けた顔でこちらを見つめる親友に呆れ返る。私の事しか目に入っていないのでしょう。朝日に照らされる純白の肢体がどれほど美しいのかも彼女は分かっていないに違いありません。あの日、教室で夕日に照らされる白蛇の精を見た時に、私の心は狂わされてしまいました。どうしようもなく不器用で、両親も頼れず、臆病で寂しがりなあなたは愛おしい。何よりも素晴らしいのは、ほんのちょっとだけ持っている可愛らしいプライド、それを今から溶かしてあげましょう。

「ねぇ、もし良かったらさ。私の事務所に来ない?」

新卒直後は2人分の生活費を稼ぐことが難しかったという理由であなたを手放しましたが、あれは大きな間違いでした。今は収入も社会的地位も申し分ありません。他人の心の内を暴く事は昔から大得意でしたが、そのせいでとてもつまらなかったのを思い出します──人々の語る愛の不純さには辟易しました。でもあなたは違う。誰からも愛されず、誰をも愛していない真っ白なアナタを見た時に思ってしまったのです。"この白を私だけの色に染められたらどれほど心地よいか"と。

「ゴメンね、ありがたいんだけど、今はいい」

即座に帰って来るものと予測していた返答が、実際に帰ってきたのは5分も後でした。その内容も予想とは真逆の代物で、私の優秀な頭脳は大いに混乱をきたしていました。あと一歩で、10年以上掛けて作った私だけの赤ちゃんが生まれるはずだったのに。私だけが愛でられる、他の誰にも愛を向けられることのない存在が。

「どうして?部下たちと会うのが怖いの?なら大丈夫よ。彼等とは会わなくても良い構造の部屋があるの。あなたはそこで……」

昨日の出来事を経て成長した?違う。そんな急激に人は変わらないはず。いや、まさか、そんなことは。

「ううん、違うの。私、今までずっと自分の殻に閉じ籠ってた。1人で何もかも抱え込んで。お母さんやお父さんが……ああだったから、それは仕方なかったのかもしれない。だけど演説を見て気付いたの。世の中はあんな人たちだけじゃなくて、優しい人も一杯いるはずだって。なんだか、一皮剥けたみたい」

『脱皮』したとでもいうの?確かに今までの事件でそういう例を見なかったわけじゃない。けど、こんな土壇場で起きるなんて……!

「だから頑張ってみる!マリに頼らなくても生きていけるように。マリと同じ立場で本当の親友としてやっていくために」

この場は退くしかないか……これ以上は怪しまれる。気取られることなく紗羅を手に入れるには、あくまでも「信頼のおける親友」という立ち位置をこちらから崩してはいけません。立場を変える時は彼女の方からでなければ駄目なのです。そうでなければ彼女は正気に戻ってしまう。

「解った。あなたがそこまで言うならその意思を尊重する。だけど、辛くなったらいつでも相談してね?私、待ってるから」

「うん!ありがとう。出来るだけ頑張るけど、どうしても無理な時はお世話になっちゃうと思う。これからもよろしくね!」

我が親友はどうやら夜明けの光を見つけたようです。残念ですが、こうなってしまった以上は別のやり方で手にいれるしかないでしょう。今回は失敗しましたが、次こそは必ず。

「もちろん、こちらからもよろしくね」

アナタを私のモノにして見せる。


名前の由来

水那守 紗羅(みなかみ さら) - 白蛇は水神として祀られている地域がある。また、弁財天の使いとして祀られている場合もあり、弁財天と同一視されるサラスヴァティーにも由来する。

真理(マリ) - 名は体を表す。名字は決めていない。

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  1. portal:5875210 (22 Nov 2019 06:43)
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