と死体と幽霊たち

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批評していただきたい点
・登場人事に関する情報がなくとも楽しめたか
・余りにも読みにくいと感じた箇所があったか
・嫌な気分になったか

以上3点になります。よろしくお願いします。


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サイト-81██/天宮博士のオフィス

面倒事を押しつけられたな、と感じた。

「いくら怪訝な顔をしてもダメですよ。エージェント・甘味屋、貴方どうせ暇なんでしょう」

紛れもない事実であり反論の余地はなかった。2m近い体を後ろにしならせて天を仰ぎ見る。外気温は28℃を超えていたが、高性能な空調設備が整った上級職員用オフィスは快適そのものだった。

「他のやつじゃダメか?暇なのは私だけじゃないはずだ」

高級感漂う黒革の椅子に座る女は首を左右に振ると、艶やかな黒髪がそれに合わせて揺れ動いた。

「他に候補がいれば貴方を呼び出したりしませんよ。ワタシや他の部下は現在とある事件の後処理で忙しく動くことが出来ません」

上を向いたまま大きな溜め息を吐く。こんな態度を取れるのは身内である天宮の前だけであると甘味屋は心得ていた。だからこそ、こいつの前では遠慮しないと決めている。

「それもそうだな……私もあんたと顔を合わせるのは遠慮したかったね」

甘味屋は目の前の女が嫌いだった──自分と似た顔でいつも睨み付けてくるから。

天宮は目の前の男が嫌いだった──自分の従順さをこれっぽっちも受け継がなかったから。

「それで、どんな貧乏クジを引かされるんだ?早いところ教えてくれ」

「サイト-81NNで発生した事案の調査を引き継いでもらいます。ある程度まで報告書の下書きを書いておいたので参考にするといいでしょう」

SCiPNET/未詳事案調査報告書(下書き)

発生場所: サイト-81NN

発生期間: 2029/06/09 16:05~7日後 11:21

被害規模: サイト全体/死亡1名 消息不明321名

関連アノマリー: URA1-5502

説明: URA-5502は異常な煙を発生させる発煙筒です。消火されなかった場合半永久的に煙を発生させ続けます。水による消火に耐性を持つため、薬品を用いた消火方法が推奨されています。URA-5502から発生した煙は太陽光に晒されることで速やかに異常性を失います。

URA-5502から発生した煙を吸入した生物は反ミーム性を付与されます。反ミーム性の強度および持続時間は吸入した煙の量に比例して指数関数的に強化/延長されます。残存している実験データによると、煙に満たされた部屋で30分過ごしたDクラス職員(以下、対象)は1年後に同室で死体となって発見されました。死体の分析によって得られた情報は対象が発見直前まで生存していたことを示しています。これは煙によって付与された反ミーム性が持続している限り、被影響者は不死性またはそれに類似した異常性質を獲得する可能性があることを示唆しています。

URA-5502は当初25本が回収されサイト-81MCで保管されていました。実験で10本が消費され、残り15本の内8本が報告書作成中の2029年5月29日時点で保管場所から喪失しています。捜索が継続中です。

現在の状況: 終了済/調査中

概要: サイト-81NNから発信された異常事態発生の報を近隣のサイトが受信する。近隣サイトは支援要請に備えて臨時機動部隊を編成、状況報告を受けつつ待機する。17:00の時点で近隣サイトの対応職員たちは臨時機動部隊が編成されていることに疑問を抱き、他の近隣サイトで何らかの異常事態が発生していないか確認を行う。異常事態が確認されなかったため臨時機動部隊が解散される。

7日後の08:30に定期連絡が無いことを不審に思った「Bull's-eye.aic」によってサイト-81NNへの調査が提案される。提案は承認され調査に向かった機動部隊はサイト-81NNが封鎖され内部に煙が充満していることを報告する。司令部は部隊にドローンでの走査を指示する。ドローンによって得られた情報はサイト全体封鎖システムが正常に機能していることを示している。ドローンによる探査が続行されるも、生存者は発見されない。スプリンクラーの配管内で煙を発生させているURA-5502がドローンによって発見され、煙の発生源として速やかな消火が命じられる。ドローンのペイロードでは不十分なため、防護装備と消火器が機動部隊に支給された。内部に突入した機動部隊によって首尾よくURA-5502は消火され、サイト管理官室を確保した部隊員たちは管理システムを操作してサイト全体の換気を実行する。サイト内のURA-5502は全て回収された。留意点としてURA-5502は自動発火装置と共に置かれていた。

サイト全域の生存者探索が行われるものの、生存者は発見されなかった。しかし、廃棄物保管庫で1つの遺体が発見される。持ち物から遺体はサイト-81NN勤務のレベル2エージェント 池野 幸平(いけの こうへい)であることが判明する。遺体のそばから血痕の付着した馬用の蹄鉄が回収される。部屋の出入り口は馬の通行が不可能なサイズであることや遺体に残っていた91ヶ所の殴打痕から被害者は未知の人物又はアノマリーによって撲殺された可能性が高いとされている。特筆すべき点として遺体の左手薬指には何らかの指輪を嵌めていた痕跡が見られる。

サイト内の殆どの職員が反ミーム性を付与されている可能性があるため、記憶補強薬を用いた調査が予定されている。

サイト-81██/未詳事案調査室

「こちらがエージェント・池野の人事ファイルと関係者リストになります」

「ありがとう」

甘味屋が最初に調べ始めたのは唯一死体となって発見された池野周りの情報だった。

(氏名……池野 幸平、経歴に不審な点無し、同僚からの評価……面倒見が良い印象が強め、問題点……酔うと喋り上戸になる。それほど尖った欠点があるって訳でもなさそうだな。諜報任務には付けないだろうが、その分アノマリー相手に何度も対峙してるからか対処能力は高め、あと気になるのは……1年程前に結婚してるな。相手は幽谷陽菜か、一応こっちも確認しておくとしよう)

甘味屋は池野の人事ファイルを脇へどけると関係者リストから幽谷陽菜の人事ファイルを取り出した。

(氏名……幽谷陽菜、結婚しても名字はそのまま、財団なら珍しくもないか。経歴は……おいおい、随分と厄介な目に遭ったんだな。任務中に反ミームアノマリーの襲撃によって死亡、幽霊として復活後はサイトに帰還するも、霊魂の半分を補食された影響で反ミーム性を帯びていた。そのため、霊的実体であり反ミームに耐性を有する彼岸評価員を除いた全ての職員に知覚されず……最終的には池野が反ミームアノマリーを討伐した結果、霊魂が回復して反ミーム性は取り除かれた、か)

アノマリーの無許可討伐は同様の被害を負っていた職員たちの回復で帳消しになったらしい。その代わり、昇格や昇給もなかったようだ。

(この際ついでだ、彼岸評価員についても見ておくとしよう。氏名……彼岸蓮華、経歴……エージェント・幽谷の下で研修を受け、フィールドエージェントして勤務していた。幽谷の死後に自殺。ふうむ、ただの先輩後輩って感じの仲じゃなさそうだな。えーっと、死後に霊的実体として出現、なるほどさっきの資料に霊的実体として記述されてたのはこういう事情か。霊的実体への変化後はフィールドエージェントから職員評価員として再配置された、と)

目に映る情報を記憶領域に放り込み、関連付けで全体像を描き出す。アノマリーから製造・販売元のGoIを追っている時のような気分だった。だが、衝撃的な情報で思考が中断される。

(彼岸評価員、現在のステータス……行方不明!?最終ステータスはサイト-81MC……ん?)

甘味屋が何かに気付きかけた瞬間、端末に通知が入り思考が中断された。

[サイト-81NNへの調査に送り込まれたDクラスが10分後に帰還予定、インタビュー担当職員は準備を開始してください]

サイト-81██/インタビュー室

「なるほど、じゃあお前が見たのは霊的実体1体だけだったと。そういうわけだな?」

エージェント・甘味屋は偉丈夫な背丈に不釣り合いなほど細い両手を腰にあて、パイプ椅子に座るDクラスの方へ顔を近づけた。夕陽が差し込む部屋は空調が機能していてもじっとりと湿った空気に満たされている。

「ああ、他には誰も居なかった。誓って本当さ」

落ち着いた様子で答えるDクラスの発言から嘘を吐いているようには感じられず、彼は自分の椅子に座りなおして考えを纏めることにした。煙草を取り出しかけた甘味屋は腕を止める──今は仮にもインタビュー中なのだ。渋々と言った様子で喫煙を諦めた彼は代わりに腕を組んで目をつむることにした。汗が首筋を伝う感覚が気持ち悪い。

(証言におかしなところは無し、嘘発見器も反応無し、自白剤は……使わなくても良いだろう、隠す動機が無い。発見したのは霊的実体1体のみ、職員は発見できず……ダメだ、手詰まりの気がする)

調査員として選ばれたDクラスはサイト-81NNと一切の関わりが無く、素行も良好だった。暴政を革命では無く選挙への出馬によって変えようとするほどの理性も持ち合わせていた。もっとも、彼の国の統治者は彼の予想していたよりもはるかに愚かであった──対抗馬となりそうな彼を冤罪で処刑しようとする程度には。

「わかった。これ以上聞けることも無さそうだし、この辺りで切り上げよう。インタビューを終了す……」

姿勢を解いて椅子から立ち上がった甘味屋の宣言を遮るようにDクラスが声を上げる。

「ちょっと待ってくれ!1つ思い出したことがあるんだ」

「話してくれ」

エージェント・甘味屋は立ち上がったまま続きを促す。

「なんか、調査中に至る所で嘆くような声が聞こえたんだ。それも、1つじゃなくて何百人もの人間が同時に喚いてるかのような有様で。ただどれも一瞬で途切れたから話すかどうか判断が遅れてね。すまなかった」

「……そうか、ありがとう。今度こそインタビューを終了する」

エージェント・甘味屋は背を向けて部屋を去っていった。

サイト-81██地下5階/霊的実体収容コンテナ/コミュニケーションユニット

「お待ちしてましたよ。甘味屋さん」

サイト-81██の地下、安定した地盤を持つ土地だった故に大規模な地下への拡張を果たしたそこには、様々な特殊性を要するアノマリーの管理施設が備えられていた。それらの1つである霊的存在収容区画に向かった甘味屋を出迎えたのは、中肉中背で若い頃の面影を感じる整った顔立ちの壮年男性だった。

「今日はよろしくお願いします。空亡博士」

挨拶と握手を交わした甘味屋は空亡に連れられて区画内を進む。

「収容した霊的実体はどんな様子でしょうか?」

これからインタビューする相手について知っておくに越したことは無い。

「それがですね……霊的実体ではあるんですが……」

奇妙なほど及び腰な博士の口調に疑問を抱く──その答えは程なく示されることになった。

「……確保した霊的実体が人事ファイルに登録された職員だった?」

あまりに予想外の出来事に甘味屋はオウム返ししてしまった。

「はい、間違いありません」

甘味屋と空亡は収容されている霊的存在と対話を行う為のエリア──コミュニケーションユニットへ歩みを進めていた。

コミュニケーションユニットは強化プラスチックのような質感の円柱型ユニットだった。円は半分に区切られており、片側には椅子と机(外装と内壁の間には対霊的存在収容装置の複合ユニット)、片側には机と各種記録装置──ビデオレコーダーから紙と筆記用具まで──が設置されている。

「さあ、こちらです。取り急ぎ彼女の人事ファイルと関連資料を取り寄せておきましたので、インタビュー前に目を通しておくと色々やりやすいでしょう。読み終わったら端末から対象側の入場を許可してください」

空亡は携えていたタブレット端末を甘味屋に渡し、ユニットから退出しようとする。

「解りました。ありがとうございます」

甘味屋の謝辞に軽いお辞儀を返して空亡はユニットを退出した。人事ファイルに用はないので関連資料に目を通し始める。

10分後、資料の把握を済ませた甘味屋は端末を操作する。短いブザー音の後、向かい側の扉がスライドして青白いローブに身を包んだ女性がゆったりとした足取りで入室した。

「こんにちわ、それともこんばんわかしら?ここからでは空が見えないの」

インタビュー対象──彼岸 蓮華は片手を頬に添えて微笑んでいた。

「こんばんわ、ですよ。彼岸さん」

甘味屋は出来る限り穏やかな表情と声音を取り繕って返答する。

「そうだったのね。甘味屋さん、ということは天宮さんの指示かしら?」

「まあ、そんなところです。その話は置いておいて。あなたの知っていることを聞かせていただきたい」

話題が嫌な方向に移りそうだったことと会話のリードを握られそうだと感じた甘味屋はやや強引に軌道を修正する。

「そうですねぇ、わたしの知っていること。あまり多くは無いわ、それでも良いかしら?」

「ええ、構いません。今は少しでも情報が必要です」

記録装置を起動し、自らの手にペンを握らせる。


「……というわけで、いつも通り陽菜ちゃんと一緒に作業をしていたら急に火災警報が鳴って、その後スプリンクラーから大量の煙が出てきて大混乱になったの」

彼岸の証言から得られた情報は本当に極わずかでしかなかった。普段通り勤務していたら急に火災警報が鳴り、スプリンクラーから水では無く煙が噴出し、それ以降はサイト内で陽菜と一緒にいたという。

「なるほど、事件前に不審な動きをしていた人物やアノマリーは見ませんでしたか?」

彼岸は首を左右に振る。動きに合わせて頭頂部の独立した一房の毛がぴょこぴょこと揺れた。甘味屋はその光景に既視感を覚える。

「いいえ待って……そういえば不自然な事はあったわ」

ペンを握る手に自然と力が籠る。

「少し長くなるけど、良いかしら」

「構いません」

事態を解決する糸口を掴めるかもしれない、その可能性があるならば長話に付き合うのも嫌では無かった。甘味屋はいつの間にか自分でも思っているよりも遥かに深くこの事案にのめり込んでいたのかもしれない。

「幽谷陽菜という女性をご存知かしら?」


幽谷陽菜は誰からも頼られ尊敬される優しく強いお姉さんでした。彼女はある日、目に見えず耳に聞こえず肌で感じ取れない怪物に襲われ、貪り食われてしまいました。

最期に「もう一度、一緒に働いていたみんなと会いたい」彼女の願いは神様に聞き届けられました。彼女は幽霊として現世に留まることを許されたのです。

幽霊の体で仲間たちの元へと戻った彼女は、しかし誰にも気付かれることはありませんでした。彼女は怪物によってその肉のみならず魂までも貪られ、存在を奪われてしまったのです。存在を失った彼女は誰の目にも留まりませんでした──ただ一人を除いて。

彼岸蓮華は幽谷陽菜の同僚であり、彼女を強く慕っていました。真面目で抱え込むところのあった彼女は、自分が一緒に行けなかったせいで幽谷が死んだと思い込んで気を病み、自らその命を断ちました。

しかし、もう一度幽谷に会いたいという強い想いを根源に彼女は幽霊として現世に留まりました。しかし、生前の性格そのままだった幽谷とは違い、彼女の性格は真逆とも言えるほど変わってしまいました。真面目で責任感の強い人物として知られていた彼女が、捉えどころの無く欲望に忠実な存在になったことに動揺した者も多くいました。

誰にも気付かれず、自分で打てる手を全て尽くし、途方に暮れていた幽谷に気付いたのは彼岸でした。幽霊の持つ反ミームへの耐性、それが彼女たちを結びつけることになったのです。幽谷から事情を聞いた彼岸は必死に同僚達や上司に訴え、何とかして幽谷が皆に認識される方法を探しました。

彼女が見つけられたのは「幽谷の認識を回復させるには怪物から魂を奪い返すしかない」という、ただ1つの絶望的な結論でした。その時にはもう、彼女自身の気力も尽き欠け、このままでも良いのではないのかという思いが頭をちらついていました。それでも、自らが掴んだ事実を何人かの同僚に伝えました。

それからしばらくして、1人のエージェントが「正当防衛」と称して財団に無許可で1体の未発見アノマリーを始末しました。エージェントは名を池野幸平と言います。同僚たちの証言は彼が積極的にアノマリーを破壊したがっていたことを示唆していました。それでも、何人もの財団職員の魂を解放したことで彼の処分は帳消しとなりました。幽谷陽菜はその中の1人でした。

池野幸平は以前から幽谷陽菜への好意を抱いていました。彼女が死んでからは合理的に別の女性へ好意を向ける程度のものでしたが、彼の中では幽谷陽菜は「惜しい女だった」と記憶されていました。そんな時、彼は同僚からある情報を得ました──曰く、狂った女性職員が幽谷陽菜は幽霊として存在していると喚いている、と。

話を聞いた池野は鼻で笑いましたが、頭の片隅に留めておくことにしました──名前や所属を変えて酒の席で話すために。それからしばらくして、件の女性職員が解決策を見つけたという話をまたしても同僚から聞いた彼は、冗談半分でその怪物の破壊を試してみることにしました。仮に成功すれば幽谷をモノにできるかもしれない、失敗したとしても複数で行けば死ぬことは無い上に、アノマリー確保で点数稼ぎが出来ると考えて。

結果として、記憶補強薬を始めとした各種装備を固めた池野の部隊はアノマリーを一方的に始末しました。反ミーム性の肉食獣は確かに脅威でしたが、その隠蔽能力は見抜かれ、魂を食らう牙も噛みつかれなければどうということはありませんでした。

魂を食らう不可視の怪物を打倒し、結果的に処分を免れた池野は存在を取り戻した幽谷陽菜へ猛アタックを掛けました。そこまで熱心に告白してくる相手が居なかったことや自らを救ってくれた相手からの告白ということで、幽谷はそれを受け入れました。1年後、恋人たちはお互いの薬指に指輪を嵌めました。

結婚後に池野はサイト-81NNに所属を移したのですが、その頃から視線を感じるようになりました。


「私の話は終わりです。如何でした?お役に立ちましたか?」

彼岸蓮華の話にはあまりにも不自然な点が多かった。まず──

「なぜあなたが池野の詳細な情報を知っているのですか?内保2でさえそこまでは掴んでいないはずです」

彼岸は微笑んで答える。

「何故って、彼がお話してくれたからに決まってるじゃないですか。お酒の席だと口が緩むタイプの方だったんですよ」

そうだとしてもおかしい点はある。そう例えば──

「"池野の部隊"とは何ですか、機動部隊の私物化は重大な規則違反ですよ。そんなもの内保が見つけたら黙っていません」

青白い幽霊は笑みを崩さずにピンク色の瞳を大きく見開いた。

「内部保安部門よりも前に、彼らに恨みを持つ人物がその存在を知ったらどうなるかしら、例えば、そう例え話なんだけど、酔った隊長自身の口から、とかね」

甘味屋は背筋に冷たいものが走るのを感じた。それを抑え込み、平静を装って、最後の疑問を口にする。そもそも──

「今の話がどうサイト-81NNの事案と関係しているんですか。そもそも、『不自然な事』が出てきませんでしたよ?」

彼岸蓮華の顔から笑みが消えた。

「ありましたよ。とてもおかしい道理の通ってない理不尽な事が。気付かなかったんですか?」

「彼岸さん、どうしました?何か気に障ることでも」

「ええ、ええ!おおいに気分を害しましたとも!何故解らないんですかぁ?本来彼女と結ばれるべきは誰だったのか!」

「彼岸さん落ち着いて下さい。今日のインタビューは」

甘味屋は机の裏側に設置されている緊急ボタンに手を当てる。力を込めて押し込もうとする直前に彼岸は告げた。

「サイト-81NNの事案は私が起こした。どうですぅ?続きを聞く気になりました~?」

ボタンから手を放しペンを握りなおす。

「……続けろ」

取り繕うのも限界だった。


「彼女を一番最初に見つけたのは誰ですか?彼女の為に一番働いたのは誰ですか?彼女を一番誠実に愛していたのは誰ですか?ぜんぶ私ですよぉ」

恍惚な表情で妄言を喚き散らす彼岸に対して、甘味屋は沈黙を貫いていた。こういう手合いは黙って語らせればすべて話す、その上で不明な点を聞いた方が効率が良いのは経験則で理解していた。

「なのにあの男は、急に現れて私から陽菜を奪ったんです。そんなことが許されるとでも思っているんですか?どう考えてもおかしいでしょう。だから私は攫われた陽菜センパイを救うと決めたんです」

かなり錯乱しているようだ……そもそもそういうのは当人同士の問題で、周りが何かする必要は無いのではないか──仲が良ければ末永く続くだろう、そうでなければ、自然と別れを切り出すだろう。別れを切り出せず、相談された時こそ、相手を助けるという考えに移るのが健全なのではないか、甘味屋はそう思っても口には出さなかった──反応など火を見るより明らかだ。

「最初からこんなことを起こすつもりは無かったんですよ。でも、あの男は陽菜を洗脳していました。わたしでは彼女の目を覚まさせることが出来ず、強硬手段に出るしかありませんでした。卑怯者め」

「……」

「実験の名目で発煙筒を持ち出し、自らに反ミーム性を付与する。財団だって暇じゃありません、あんなアノマラスに毛が生えたようなアノマリーのために割けるリソースは限られてるってことは知ってました。反ミーム性が解けるのとほとぼりが冷めるまでの時間を使って奴の部下共を反ミームを付与した上で始末したりぃ、物資をサイト-81NNに持ち込んで準備を進めました」

「もうお察しかもしれませんが、池野を殺したのは私です。自動発火装置が作動する前に、ほとんど人が立ち寄らない保管庫で殴り殺しました。あいつを陽菜センパイから引きはがせて本当に良かった!」

「あとはあなた方が来るまでずっと陽菜さんと一緒に居ましたよぉ。あの時間は本当に楽しかった!陽菜さんを認識できるのは私だけ!私を認識できるのも陽菜さんだけ!反ミームに耐性のある私達しかお互いを認識できない!ガスマスクで煙の吸入量を調整するのは大変でしたが、苦労を遥かに超える幸福感でしたよぉ」

満足そうに、偉業を成し遂げたかのような顔をしていた。吐き気がする。

「なぜわざわざ発見されるようにした?お前もガスを吸えばずっと一緒だったろうに」

「だって、わたしは陽菜ちゃんのためとはいえ、サイト1つ分の職員を無間地獄に落としたようなものですよ?お互いに認識することも出来ず、存在を示そうとしても7日間飲まず食わずで体は動かない、死ぬことも出来ない。反ミーム効果が切れるまで一体どれだけ掛かるんでしょうねぇ。報いを受ける必要があります」

狂人の言うことは理解できない。もしかすると、生前の真面目さがほんの少しだけ戻ったのかもしれない。

甘味屋は記録装置を止めて立ち上がる。

「そうか……細かいことは内保の奴らが根掘り葉掘り聞いてくれるだろうから、私はもう帰る、帰らせてくれ……」

振り返った甘味屋はユニットの出入り口で立ち止まった。

「最後に聞きたいことが1つだけある。なんで殺しに蹄鉄を使ったんだ?」

帰ってきた声は事も無げな様子だった。

「何故って、決まってますよぉ。『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』って言うじゃないですか」

甘味屋は今度こそ立ち止まらなかった。


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執筆者: p51
文字数: 10584
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最終更新: 04 Jul 2021 07:04
最終コメント: 17 Jun 2021 11:46 by p51

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