Agt.甘味屋

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Agt.甘味屋は椅子に座ると目の前の机の上に足を放り出し、思い切り背もたれに寄りかかった。けっして安物ではない黒革の椅子がギシギシと悲鳴を上げる。彼は身長180cmを超える恵まれた体格を持つのだが、それが何時も良い方向に作用するとは限らない。しばらくすると部屋の扉が開き、白衣の女性が入室する。彼女は虹というには少々濁った瞳を細め、机の上に足を投げ出している不届き者を見つめる。

「またそんな恰好をして……見つけたのが私で良かったですね」

「お前の自室でもなけりゃこんなことはしない」

「そうですか……まあ良いでしょう。呼び出した理由を説明します」

甘味屋は姿勢を変えずに煙草を咥えるとライターを取り出し火を点ける。彼が煙を吐き出すのを見届けると、白衣の女性──天宮麗花は口を開いた。

「あなたには新人教育をやってもらいます」

その言葉を聞いた途端に甘味屋は大声で笑いだした。空いている方の手で口を押さえているが、声を抑えるには気休め程度の効果しかない。

「俺に、新人教育だと、寝言はよしてくれよ。

「本気で言っています。それに、あなた拒否出来ないでしょう?財団の命令は絶対。私と同じ穴の貉なんですから」

「相変わらず性根が腐ってるな。俺はアンタみたいな組織の歯車じゃない、同じ記憶を持ってるくせに、こんな体に押し込めやがったお前たちを絶対に許さない」

「それをやったのは私ではありませんよ。今回は短期任務です。私たちがずうっと昔からやっている、いわゆる「正式な人員が到着するまでの代理」ってやつですよ。それと、同じことを言わせる気ですか?どうせあなたは財団に逆らえない」

「……」

実際、彼は精神的にも物理的にも財団に逆らうことは出来なかった。財団の指示に逆らえば彼の首に付けられている金属製の輪から薬が体内に流れ込み、即座に昏倒することとなる。流し込む量を少し増やせば二度と起きることは無い。そして、彼は財団から離反したとしても幸せに生きることは出来ないだろうと解っていた。自覚してしまっていた。乖離した思考と価値観の軋轢は、どこへ行こうとも彼の心を蝕み狂わせる。

「解った、どこへ行けばいい」

「その言葉を待っていましたよ。ですが、彼はここに居ます」

天宮が扉を開くとそこには甘味屋より一回りほど背の低いスーツ姿の男がいた。

「今回Agt.甘味屋さんの下に異動となりました、黒山 透です。よ、よろしくお願いします!」


「か、甘味屋さん。大丈夫ですかね……」

「……どうした?」

オブジェクト発見の報を受け、海沿いの街道を走る車の中で、甘味屋は運転席の隣に座り、窓から噴き出していく煙草の煙を眺めながら、出来る限り優しめな口調で答える。

「俺……オブジェクトの初期収容なんて、は、初めてで」

「嘘だな」

「えっ」

「お前のことは何から何まで調べてある。オブジェクト初期収容経験5回、確かに多くは無いが、ずぶの素人ってわけでもない。どうして嘘を言った?」

「解りました……お話します。実は……」

簡潔に言えば、彼は自分のミスが原因で先輩の指導教官を失うことになり、そのショックで収容技能をまともに使えなくなったらしい。カウンセリングにより多少は改善したものの、失われた技能を取り戻すことは困難なようだ。

「それでもう一度学びなおしというわけか、カウンセリングに通いながら」

「はい、症状が緩和して技能を取り戻し次第そのまま現場に復帰せよということで……黙っててすみません」

甘味屋は心底どうでも良いと思ったが、ここでそれを言うべきではないことは明白であるし、当たり障りのない、中身の無い甘言を吐くことにした。

「大丈夫だ、お前は必ず復帰できる。これまで何人お前みたいなやつを現場に戻してきたと思ってるんだ」

答えは0人。そもそもこんな任務を与えられたのは初である。

「ありがとうございます!俺も、出来る限り……こんなこと言う資格は無いかもしれないけど、先輩の分も頑張ります」

「その意気だ」

窓の外に顔を向けた甘味屋はため息を吐くが、エンジンの唸り声によってそれはかき消された。


初期収容手順確立という任務を終え、帰路につく2人のエージェントを乗せて車は走る。深夜ということもあり、道は空いていて精々大きめのトラックを数台見かけるくらいであった。

「甘味屋さん、今回も上手くいきましたね。殆ど任せっきりですみません」

「いやいや、黒山もよくやってくれたよ」

元々の素質が良かったのか、カウンセリングの成果か、黒山は甘味屋の予想を超える速さで技能を身に付けつつあった──取り戻しつつという方が正しいのかもしれない。

(細々した枝葉末節の殆どを俺がやったのは間違いないが、収容の要部分を考えたのは黒山だ。もう俺よりもオブジェクトの理解と対処法の構築は上手いじゃねえか、これが才能ってやつか?)

自分を易々と追い抜いてゆく後輩に驚く甘味屋であったが、それほど嫌な気はしなかった。最初は適当にあしらって後任の正式な引継ぎ相手に丸投げする予定だったのが、今では黒山が技能を取り戻すのが内心楽しみになっていた。

「甘味屋さん、ちょっと飛ばしても良いですか?今日はもう3件目ですし、甘味屋さんには早いとこ休んで欲しいんです」

「気ぃ使ってくれてありがとよ、法定速度破るんじゃねえぞ?」

「もちろんです、じゃあいきますよ!」

アクセルを踏み込むと、開け放たれている窓から入ってくる風の勢いが増す。心地の良い風に当たりながら、甘味屋はしっかりと前方を見据えて運転する黒山を見つめる。

(思ってたよりも面白いやつだな……)



黒革の椅子にゆったりと腰掛け、腰まで届く長髪を艶やかにくねらせながら、天宮麗花は濁った虹色の瞳を細める。彼女の耳にはイヤホンのようなものが嵌まっており、そこからは甘味屋と黒山の会話が流れていた。

「すっかり仲良くなっちゃって、お馬鹿さん。引き継ぎまでの一時的な関係に過ぎないというのに」

紡いだ言葉に反して、天宮は2人の進展を喜んでいた。しかし、その顔に浮かぶは悪魔のような笑みだった、いつか引き裂かれると解っている2人の──特に、もう1人の自分ともいうべき甘味屋の心情を想っているのかもしれない。


「甘味屋、他にあの新人と話した話題はあるか?」

「いいえ、先ほど話した内容で全てです」

「そうか、分かった。現時刻をもって引継ぎを完了する。ご苦労だった」

「了解しました。後はお願いします」

最初のオブジェクト初期収容任務から3ヵ月後、彼は天宮の自室に呼び出されていた。そこで待っていた男から通達されたのは、記憶処理によって新人の認識をすり替え、これまで過ごしてきた人物を甘味屋から正規の担当者であるエージェントへと改変することで、任務を引き継ぐという内容であった。

引継ぎ相手のエージェントが出ていくと、天宮は口を開いた。

「お疲れ様、甘味屋。ところで、あなた私とは違うんじゃなかったの?」

「どういうことだ。あの男が出ていくまでだんまり貫きやがって」

「いいの?あの男に手柄も、黒山も取られることになるけど」

「……最初からそういう任務だ」

それを聞いた天宮は口に手を当て、ケラケラと笑う。

「それじゃあ、あなたも結局私とおんなじじゃない。期待外れだったわね」

甘味屋は何も言い返せない。やせ我慢でも何でもなく、実際に黒山のことなどどうでも良いからだ。しかし、胸にぽっかりと灰色の穴が開いているような奇妙な感覚に襲われる。

「俺は……」

本当にそうだろうか?3ヵ月の間共に過ごしてきた相手、それも黒山のような熱心な教え子に彼は本当に何の未練も抱いてないのだろうか?それも、甘味屋にとって黒山はある意味では異性・・ですらある。

「やつのことなんてどうでもいい」

甘味屋は本心からそう思った。財団の記憶処理技術に掛かれば、芽生えかけていた特別な感情を消し去ることなど造作もないのである。もっとも、それをやったのは他ならぬ天宮なのだが。

「そうですか、それじゃあ次の任務です。今度は私とあなたで共に行動しなければならない場合もあるので、いつも通り義理の姉弟関係という体で通してくださいね」

天宮は普段同僚相手に向けている、営業スマイルとでもいうべき仮面をつけ、甘ったるい声で業務連絡を行う。同時に、数枚の書類を甘味屋に手渡した。

「解った、気になることがあれば連絡する」

「ええ、是非そうしてください」

甘味屋を見送ると、天宮は大きくため息を吐いた。

「何か変わるとか思えば、結局あいつも他のクローンどもと同じね」

「あなたは彼女たちと、彼らと、何が違うというの?」自分と同じながら、氷のように冷ややかな声が頭に響く。

「五月蠅いわね……そんなこと、私が一番よく解ってるわよ……一番ね」


「収容スペシャリスト及び初期収容任務担当エージェントの黒山 透です!よろしくお願いします!」

甘味屋が自室に──といっても、天宮に与えられているような立派なものではないのだが──帰る途中で彼は聞き覚えのある声の持ち主とすれ違う。振り返ろうとするも、思いとどまった。甘味屋は数歩歩いたところで、自らの頬に何かが伝っていることに気づく。拭き取った指は湿り、跡をなぞると瞳に辿り着いた。自室に戻り、扉を閉じた瞬間、甘味屋は泣いた。防音性に優れる壁と扉が慟哭を閉じ込める。

「何やってるんだろうなあ、おれ……あれ?私、だっけ?もう、どうでもいいや」


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