兵路愛蘭は██である。

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兵路愛蘭は変わり者である。

女に生まれながらにして、ヒーロー物にどハマりし、幼少期から男勝りな性格であった。ここまでならまだよくある話である。しかし、彼女は大学生になってもヒーローになる夢を捨てなかった。ヒーローになるためには何もかもが足りて無さすぎると考えた兵路はまずヒーロー活動に必須な道具を作成するノウハウが必要だと感じ工業大学に通った。

しかし、あくまで凡人という枠組みを外れることは無かった。

兵路とて気がついていた。いくら大学の成績で優を並べても、どれだけ研究室に入り浸っても、ヒーローと言うものはこの世には存在しえないと。もし仮にヒーローと言うものになったとしても、世界の裏側で暗躍するヴィランなんて精々が暴力団かマフィアであるし、ましてや怪人なんてものは現れない。バイトへ向かう際に通りかかった駅で渡された、自衛官募集のビラを見て、近い未来の自分の身の振り方を考えざるを得なかった。

しかし、そんな日常は唐突に終わりを告げた。

いつもの大学の帰り道。今日も夢を捨てられずに、遅くまで大学に残って占拠していた研究室を後にし、校門を潜ろうとしたその時だった。そこに、胡散臭い男がいた。中折れ帽を目深に被り、チェスターコートの前をぴっちりと閉め、カツカツと革靴の音を響かせながら、此方へ向かって歩いてきている。男勝りな性格をしているとは言え、兵路は女である。なるべくその男から距離を取るように、厳戒態勢で通り過ぎようとしたその時、口を開いたのはその不審者だった。


「やあ、今晩は……あぁ、すいません、少し話を聞いていただけませんか? はい、そこの貴女」

「……なんでしょう?」

「噂はかねがね。こんな夜遅くまで研究室に残って、何かよくわからない図面を引いてるとか」

「それがどうかしましたか」

「おっとすいません、少々言葉に棘があったようです。すみません、我々に貴女を馬鹿にする意思はありません」

「我々?」

「ああ、そう警戒しないでください。此処には私しかいません。兵路さん、私は貴女を勧誘するためにこうしてやって来たのです」

「勧誘……? 研究会には入らないと散々言ってきたはずですが」

「あんな物の者ではありません。強いて言うなら……裏側から来たとだけ」

「はぁ。裏側、ですか」

「どんな演劇にも、裏があります」

「……? まぁ、そうですね」

「優雅に舞う白鳥が、その実水面下では慌ただしく足を動かしているように。決して人目につかない、されど劇を成立させるために奔走する人が」

「すみません、私ちょっと急いでいるで失礼します」

「それはこの世界とて例外ではありません」

「つつがなく進行している舞台の袖では、演劇よりも奇想天外に満ち溢れた事件が常に起こっています。怪獣が暴れ、人が操られ、世界の滅亡を賭けた出来事が、幾らでも」

「馬鹿げてます」

「勿論、ただ指を咥えて見ている訳がありません。人とはかくも欲深いもので、裏側に気づき、それらを利用せんとするものは幾らでもいます。だからこそ、世界にはヒーローが必要なのです」

「……何が、言いたいんですか」

「貴女に正義の心があるなら、是非此方に」

「……超  電  救  助  隊Hyper Electric Rescue Organization? これは……って、居ない!?」

見た目が胡散臭ければ、話も胡散臭かった。しかし、渡されたビラを見て目を離して、次に顔を上げた時にはすでに目の前から煙のように消えてしまったその男の言葉は、兵路の心をどうしようもなくざわつかせた。


兵路愛蘭は変わり者である。
兵路愛蘭は凡人である。
しかし、兵路愛蘭は諦めの悪い人間である。

あの男の口車に乗せられたようで癪だったが、兵路は超電救助隊の基地だと言う場所に向かっていた。兵路の家の机の上に並べられた自衛官募集のビラとと超電救助隊のビラは、どうしても超電救助隊の方が輝いているように見えてしまったのだ。

その基地は、一見するとただの一会社のビルのような場所だった。受付らしき人にビラを見せると、そのままある部屋へと通されていった。その中は、会議室の様に大きく、部屋の前方には大きなモニターがあったが、反面その部屋には椅子が五つしか用意されておらず、その椅子にはすでに4人が座っていた。兵路が席に着くと、見計らった様に部屋に音声が響き渡った。あの男の声だった。


「ようこそ、諸君。集まってくれて嬉しいよ……その場に立って話会えないことを許して欲しい。こう見えても、多忙なんだよ。……さて、今日君たちに集まってもらったのは他でもない、我々、超電救助隊の活動内容を知ってもらうためだ。まぁ、1人はとっくに知っているだろうが……んん、失礼。今のは忘れてくれ。貴方達を勧誘した時は肝心なところはぼかして勧誘したが、あれは必要なことだったんだ。何処に奴らの目があるかわからないからね。じゃあ早速、これを見てもらおうかな。これは先日の夕方の5時頃に東京都足立区の██駅で実際に起こった事件だ……」

「なんだこりゃ」

「わ、触手が……CG?」

「新しい特撮? そんな作り話みたいな」

「……ふん」

「……嘘だ」

「到底この世のものとは思えなかっただろう。画面を乱舞する触手のようなもの、それを操る人型のナニかと、それに立ち向かう、我らがヒーローコスチュームを身に纏った隊員達。しかしこれは現実だ」

「嘘だ、嘘をつかないで、その時間、私はそこに居たけど何も無かった!?」

「……実際に起こった証拠に、そこにいる兵路君が実際にこの映像内に居る。この場面、女の子の手を引きながら逃げている彼女が居るだろう。本当は、兵路君を除いた4人のみを勧誘するつもりだったのだが、こんな状況でも誰かを助けようとするその姿勢に感銘を受けて、私は急遽貴女を勧誘した」

「なんの……冗談……? だって、その時、何も……」

「記憶にない、それも当然だ。事件に巻き込まれた後、貴女は記憶を処理されたんだ」

「記憶を、処理……?」

「これは嘘ではない。繰り返し伝えるが事実だ。世界には現代科学をもはるかに超越した技術を持つ団体がいる。そいつらは自らをSCP財団と名乗る。そいつらは今回のような異常な生き物、物体を問わず世界中からかき集め、それらを研究している。表向きは社会の秩序を守る為とは銘打っているが、裏にどれだけの秘密を抱えていることか。実際に、非人道的な人を用いた実験も行い、終了と称して何人、いや何千人と殺害しているのだ! 繰り返す! これは嘘などではない! 実際に世界の裏側で行われている事なのだ! 奴らの影響力は最早国ですらどうにもできないレベルまで広がっていると思ってくれていい! メディアの情報規制は勿論、政治にだって汚らわしい手が伸びているのだ! だからこそ、今こそ我ら正義の心を持つヒーローが立ち上がる時なのだ!」

男の言うレクリエーションとやらが終わった時、兵路は日常が終わりを告げたことを確信した。


兵路愛蘭は変わり者である。
兵路愛蘭は凡人である。
兵路愛蘭は諦めの悪い人間である。

そして兵路愛蘭は天才である。

情動に突き動かされるまま、兵路は超電救助隊への入隊を決意した。そんな兵路を待ち受けていたのは、光り輝かんばかりの未知の技術や学問の数々であった。それらの技術に魅了された兵路は、みるみるうちに技術を吸収し、同期の中で頭ひとつ抜けた活躍を見せ、やがて技術研究部という部門に所属し、スーツの開発に携わるようになった。上からの無茶な命令が出たり、スーツを纏って自分の手で悪を成敗できないところや、合体ロボが無い等の不満点はあったが、そんなことは些事だった。

また、兵路が頭一つ抜けているだけで、同期の面々の活躍も凄まじかった。染田、矢井、羽田は身体能力の高さを見込まれただけあって、既に多数の出動命令を受けて事件に飛び込んで人々を助けているし、幕秣という男は、なんと財団と対をなすほどの団体であるGOCを裏切り、超電救助隊に入隊したという経歴を持ち、GOCのエージェント時代のノウハウを活かして各方面で八面六臂の活躍を見せている。

兵路が思い描いた、理想がそこにあった。正義の心をもって人々を助け、仲間達と助け合う。まるで夢でも見ているような気持ちだった。


「あ、染田さん、また出動要請あったんですって?」

「おう、兵路! お前があのスーツの整備したんだって? 使い心地最高だったぜ、10人は助けたぜ、いい仕事するじゃねぇか!」

「ふふ、そうでしょ! 私が着て出動したいくらいですから」

「お前じゃあ身体能力が足りなくてスーツに呑まれるのが目に見えてるだろう」

「あ、幕秣さん。お疲れ様でーっす」

「む、言ってくれるじゃないですか、これでも体に自信はあるんですよ」

「それに、お前が思っているよりも現場は、辛い」

「そんなことは百も承知です! でも小さい頃からの憧れなんですよ」

「ああ、本気で高校生までヒーローになるって言ってたんだって? いやぁ……」

「なんですか、文句があるなら言ってくださいよ染田さん」

「いやちげぇよ、俺も小学生の間はヒーローになるんだって言っていろいろやってたが……もう小学校卒業する頃には諦めてたもんだからなぁ。勉強出来なかったから運動ばっかやって、ヒーローになるとかいう夢を忘れかけた時にスカウトが来たからな。尊敬してるんだぜ、お前のこと」

「だが、その素直さ……いや愚直さは美点でもあるが欠点でもある」

「はー、幕秣さんはさっきから揚げ足取ってばっかりじゃないですか。ちょっとくらい褒めてくれていいでしょう!」

「そーだそーだ」

「なぜ染田まで便乗するんだ……いいんだ、戦うのは俺だけでいいんだ」

「その傲慢さ、美点でもない欠点じゃないっすかね」

「もっと仲間を頼るってことを知ったほうがいいのでは?」

「お前ら……はぁ。まぁ、いい。こんなところで時間を潰すのもアレだ。持ち場に戻るぞ」


まるで夢のような環境。しかし兵路には、無視できないしこりのようなものが、確かに胸の中に溜まっているのを感じていた。


「……部長」

「ん、なんだい兵路君」

「これは、なんですか。上はどういう意図を持ってこの装置をつけろと命令するんですか?」

「……さぁねぇ、上の事は、私にも分からん」

「明らかに、意図的にブラックボックスにされてますよね、この装置。通信装置とは言ってますけど、通信装置如きがこんなに……」

「兵路君」

「……」

「上からの命令だ」

「……わかりました」

・・・


「お、兵路! おひさ!」

「あ、染田さん。試着、終わったんですか?」

「おう! 今回設計したの兵路なんだって? すげぇなぁ、昇進間近だなぁ」

「違和感などは、ありませんでしたか?」

「おお? なんだ、ぐいぐい来るじゃねぇか、まぁ別に無かったぜ? ……なんだ、前までのと性能が変わらないって言いたいのか? 気にすんなって! お前が初めて設計したのに今までのと同じスーツの性能してるだけで十分スゲーだろ! 救助隊も鼻が高いだろうな」

「……いえ、何事もなくて良かったです」

「初めての設計でナーバスになってんだよ、お前の仕事は完璧なんだから気にすんなって! ……あ、呼ばれたからちょっと言ってくるわ。じゃあな!」

「あ、はい。お疲れ様です……」

「ん、染田と話してたのか?」

「あ、幕秣さん」

「タイミングが悪かったか……まぁいい。実は、特別任務に今志願してきてな」

「と、特別任務?」

「ああ、口外は厳禁されてるから詳しくは言わんが……まぁ、しばらく会えなくなるだろうから挨拶して回ってんだよ」

「そうなんですか……特別任務、頑張ってください! 応援してますよ!」

「おう、ありがとな。じゃ」

「……」


また、目の前の景色から輝きが無くなった気がする。


「次はこれを取り付けてくれ」

「……これは?」

「何度も言ってるだろう、通信装置だよ」

「本当ですか?」

「兵路君」

「……失礼しました」

・・・


「染田さん……染田さん?」

「うおお!? 居たのか兵路?」

「何かあったんですか?」

「いや、別に……ちょっと……そう、考え事をな」

「そうですか……それより、スーツに何か違和感はありましたか?」

「ぜーんぜん? 指示された動きは全部基準値を超える性能だって喜んでたぞ? まぁ、強いて言うなら通信装置に若干ノイズかかったりするのはアレだが……全く、心配しすぎだぜ? もっとお前は自分の仕事に自信を持てって! 開発までもう任されるようになったんだろ?」

「そう、ですよね。心配しすぎですよね」

「俺だってもっともっと人を助けて救助隊に貢献する! お前はお前で、スーツを作って救助隊に貢献すればいいんだ!」

「……ありがとうございます」


目の前の景色から、色が無くなった気がする。


「……え?」

「マジの話だ。羽田と矢井は……殉死した」

「そんな……」

「ぶっちゃけ、今回のやつはヤバかった……勝つとか勝てないとかそんな話じゃない。俺らに選択肢なんてなかった」

「じ、じゃあそいつは、今どうなってるんですか?」

「羽田と矢井が死んだ段階で、財団の奴らが来やがったんだ。あいつら、いいところだけ持っていきやがった……ッ! クソが!」

「染田さん?」

「あいつら、見計らってたんだ! 俺らとヤツが争ってお互い消耗したところを美味しく頂く算段だったんだ! 許せねぇ、許せねぇッ!」

「……」

「……次はこの……」

「……また、また財団かよッ……」

「……上からの……」

「……ちくしょう、あいつら、次は絶対殺してやるッ!……」

「……装置を取り付け……」

「……矢井、羽田……」



兵路愛蘭は変わり者である。
兵路愛蘭は諦めの悪い人間である。
兵路愛蘭は天才である。

しかし、それ以前に、兵路愛蘭は凡人である。

兵路が救助隊に入隊してからどれだけ経っただろうか。気づけば、兵路の周りに同期は居なくなっていた。矢井と羽田は殉死、染田はここ最近顔を見ないし、幕秣は特別任務に行ったきりだ。また、ヒーローへの情熱が冷めるように、理想と現実の乖離が兵路を苦しめた。

我々救助隊は人々を助けていますと喧伝することによるプロパガンダや金策。あいも変わらず上は兵路によくわからない装置をスーツに取り付けることを命令するし、何より解せなかったのが、新人を使い潰すかのような出動命令だった。最初は染田達がその実力を認められていたからだと思っていたが、どれだけ新人が入ってきても変わらない上からの出動命令の頻度は、明らかに使い潰すことが前提だとしか思えなかった。経験豊富な幕秣には直ぐに特別任務に就かせたというのに。そんな実力不足な新人を出動させては殉死させ、その度に彼らの死を無駄にしないよう各員一層奮起せよ……という流れの背後には、失敗しても財団が最悪なんとかするだろうという思惑が、兵路には見えて透けるような気がして仕方なかった。

不信感が募るある日、兵路は部長に呼び出された。その部長から告げられたのは、まさかの異動命令だった。話を聞けば、新しい基地が完成したため人員をそちらへ割く、との事だった。そして兵路に割り当てられた役割が、なぜか新しい基地の整備員であった。行けばわかる、といやににやけた顔で上司に告げられた兵路は、一抹の不安を抱きながら、新たな基地に向かった。

新たな基地に到着すると、整備員は整備員長より話があるとの事で、とある部屋に集まるように指示された。恐らく全員が集まったであろうタイミングで、部屋に音声が響き渡った。知っている声だった。


「皆様、遠路はるばるお疲れ様でした」

「……え?」

「私は特別任務の一環でこの基地の整備員長を兼任させていただいている……」

「えっ?え?」

幕秣玖珠真です。以後、よろしくお願いします」

「えええぇ!?」

「すみません、静かにお願いいたします」

「す、すみません……」

「……えぇ、恐らく皆さんは詳細は聞かされずに、業務内容だけを聞かされてここに来たことかと思われます、なので、それを説明する為にも、もう少しだけ私の自己紹介をさせてください。私は、超電救助隊の新たな切り札である要塞機神ビルダー・ボルドーの機動統括精神兼整備員長である幕秣玖珠真です」

「!!?!!?!?!?!!!?」

・・・


「どういうことですか!?」

「2人きりになった途端それか、兵路。まぁなんだ、元気そうで何より」

「話を逸らさないでください……」

「分かった、話すよ。俺が引き受けた特別任務ってのは、人格を備えた人型可変要塞メカを建造する、通称ビルダー計画ってヤツだ。俺はそれの人格被験者に志願した。そして、計画は成功した」

「そ、そうだったんですか」

「まぁ、なんだ。兵路の活躍は俺の元まで聞こえててな。だから、主要部とかのメンテナンスはお前に任せようと思ってな。くく……ドッキリ大成功と言ったところだ」

「もう……もー! すごいじゃ無いですか幕秣さん! もしかして、できるんですか!? 建物にしか見えないのに、ここからロボットに変形が!?」

「ああ」

「うわぁぁぁあ! すごい! 私とっても興奮してきました!」

「だろうな、お前のバイタルが今ヤバいことになってる」

「そんなのまで分かるんですか!?」

「ああ」

「すっっっごーい!」


兵路は長らく顔を合わせてなかった同僚と再会したり、長年夢を見てきた事が実現されたとのことで、束の間の幸福に満たされていた。

毎日、メンテナンスのために幕秣の元を訪れる兵路は、幕秣と話していれば、自分が見失いかけていたヒーローというものを再認識できた。それは長らく現実と理想の乖離に苦しんだ兵路にとっての救いだった。基地全体が幕秣の支配下にあるため、上のことを気にせずに話せるのも、要因の一つだった。


「……幕秣さん」

「なんだ?」

「GOCって……どんな組織だったんです?」

「基本的には財団と変わらん。何も知らない人が異常存在に脅かされないように活動していた。ただ、財団が異常存在を保護して研究して……って方針なのに対してGOCは破壊がメインだ。異常存在はこの世の意図せぬバグとして除去すべきって考えだな」

「なら財団も……民衆の為に?」

「救助隊が財団と敵対してるのは活動を邪魔されてるのもあるが、そもそも財団も救助隊を要注意認定していると聞いたことがある。財団にとって救助隊はヴィジランテに近い。人を助けてくれるのはありがたいが、異常物品を持て余して被害を広げるくらいなら取り除くぞって感じだな」

「じゃあ、人体実験とかは……」

「……それは事実だ。だが、それらに選ばれてるのは全員が罪を犯した死刑囚だ。勿論、非人道的だって考えも理解できるが……財団の考えも理解できない話では無い」

「そう、なんですか」

「救助隊が財団に対して抱いてる感情は……まぁ、見当違いと言ってもいい。正義の対義語は正義とかいう話もあるだろ。あれだ」

「……羽田さんと矢井さんが殉死したのは……知っていますか?」

「……ああ。知ってる」

「ずっと疑問に思っていたんです。なんで、羽田さんと矢井さんが死ななきゃならないんだって。いえ、羽田さんと矢井さんだけじゃ無い。他の新しく入った新人達も、新しいスーツを身に纏っては実力違いの相手に挑んで殉死してます。こんなのって、おかしいでしょう。それに、救助隊が失敗しても、結局財団が後始末をしてるじゃ無いですか」

「……」

「結局救助隊も人を都合の良い理由をつけて人体実験してるんじゃ無いのかって……」

「俺は一長一短だと思ってる。どっちが正しくて間違ってるとかは、無いと思う。今のところはな。実際にそうして救助隊が救った命もある。少なくとも、それらは出動命令を課す上が悪いんだ。スーツを作ってるお前が気にやむ事はない」

「……そうですよね。ありがとうございます」


その後も、兵路愛蘭は何も変わりない日々を過ごした。都合良く事実から目を背けているのではないかという葛藤もあったが、それでも幕秣と話していればいつかその問題も解決できるはずだと信じていた。いや、盲信していた。

いくら気持ちに整理をつけても、真実が無くなることなどないと言うのに。

兵路は、目の前の景色が理解できなかった。いつものメンテナンスを終え、幕秣の管制室を出て、ほんの数分の出来事だった。

通路を真っ赤に染め上げる警報灯。慌ただしく走り回る隊員達。そして緊急回線でエマージェンシーと避難命令を出し続けている幕秣。しかし、それもところどころでノイズが走るように音声が中断されている。他の隊員達の悲鳴や幕秣の声に隠れて、おどろおどろしい化け物の咆哮を聞いた兵路は、足を止めてしまった。


「エマージェンシー! エマ…………ンシー! 隊員は直ちに屋外へ避難せよ! 戦闘員は………スーツを着用の後怪物の………………よう!」

「な、何が起こって……?」

「直…………避難…!」

「うわ、うわわ、逃げないと……」

「いぃぃ……あぁぁぁあ……」

「! もしかして今の、怪物の声!? ち、近い!? こ、ここから一番近い出口はA区画の非常口が……」

「いぃぃぃ……たぁぁぁぁぁ」

「………………………………嘘でしょ?」

「…………おい、兵…………避難しろ兵路…………!」

「嘘だって」

「矢井ぃぃぃぃい!!! 羽田ぁぁぁぁぁあ!!!」

「兵路!……早くそいつ……逃げろ! 逃…てくれ!!!」


兵路愛蘭は凡人である。


目の前の光景が理解できなかった。その化け物はスーツの意匠が所々に垣間見える物を身に纏っているが、体は醜く膨れ上がって、今もなお沸騰したお湯のように体表面を煮立たせながら、咆哮を上げていた。


兵路愛蘭は凡人である。


目の前の光景を理解しようとしなかった。どうしようもないほど記憶からかけ離れてしまっているその姿を見て、ただ涙を流して足を震わすのみだった。


兵路愛蘭は凡人である。


怪物が兵路を把握しているのか把握してないのか、その肥大化した体が兵路に向かって今まさに突進しようとしても、兵路はまだ動けなかった。




そして空気を震わすほどの衝撃が走り、兵路は尻餅をついた。ハッとして改めて見た目の前には、大きくこちら側に湾曲した防火扉があった。

「兵路! 逃げろ!!!」


兵路は未だにグラグラする足に鞭打って、走り出した。兵路が通り過ぎるたびに防火扉が次々と閉められ、怪物の咆哮は遠ざかっていく。兵路はそのまま幕秣の管制室まで逃げ込むと、限界を迎えたようにその場にへたり込んだ。その管制室には幾つかスーツがあった。しかし、兵路にはそれを身に纏ってあれに立ち向かう勇気がもう無かった。震える声で、幕秣に話しかける。


「……幕秣さん」

「…………まない、巻き込ん……」

「なにがあったんですか? 彼は……それに、幕秣さんの声にノイズが入るなんて事ありえないです……通信設備が不良を起こしているのならわかりますけど、まだ被害を受けてないここでも。もう、何が、なんだか」

「奴が暴走し……時、…………が…………………………聞こえてないか………………………………テム………………んだ。奴が暴走した…………俺のシステムそのものがダメージを…………」

「え、そんな、じゃあ幕秣さんの意識は」

「………い丈夫だ。乗っ取られはしてないが…………………………機能不良が多発……る」

「そんな、ヒーロー達は? まさか、みんなやられて?」

「……や、…………な逃げたよ」

「……………………え?」

「……の判断…………こは放棄され……」

「……は、ははっ……ははははははっ……」

「……兵路?」

「これが……ヒーロー?」

「兵路……」

「これが……」


「これがヒーローのやる事か!? 仲間を実験台にして! 取り残して! 見捨てて! ヒーロー!? 笑わせんなよ! 死刑囚をモルモットにしてる財団の方がよほど人道的じゃねぇか! ッざけんなぁぁぁあッッッ!」


「兵…!? 何…してる!?」


義憤に燃える彼女は、そこにあったスーツを引っ張り出すと、装着し始めた。

兵路愛蘭は変わり者である。

それは、単にヒーローというものに捧げる情熱に起因するものである。


「絶対、助ける! 幕秣さんも、染田さんも! 私が助けてやる!」

「待…! 無理……! 染田はもう……………………のせいで……………………戻れない!」

「戻れない!? 詳しい理屈とか聞こえなかったけど、だから何!? そこに苦しんでる人がいるなら差し伸べる手以外に何かいる!?」

「……!」

「今ここで! 私が……ヒーローが手を差し伸べられなきゃヒーローじゃない!」

「兵路、待…!」

「待ちません、待てません」

「違う! お前1人じゃ無理だ!」

「今だけノイズ無しではっきり言わなくても良いでしょ!?」

「知る…! 兵…………ん設備を治しに…………」

「良いところだけノイズかかりやがって……」

「通信設備を! 直してくれ!!」

「つ、通信設備? どうして?」

「応援を…………」

「応援? 応援なんて、来ないでしょう? だって、上が……」

「違う………………、呼ぶのは財団だ」

「!」

「奴らなら収容…………ずだ。ただ」

「ただ?」

「………………の損壊が激しすぎ………………キリ言って、奴が暴れて通信設備……来ないことを祈ら……………………、兵路、お前が危ない」

「分かった、行ってくる」

「兵路……っ」


スーツを着用し終えた兵路は扉をぶち破らんばかりの勢いで外へ一歩を踏み出した。

兵路愛蘭は諦めの悪い人間である。

それは、単にヒーローというものに捧げる勇気に起因するものである。


「うっわぁ、どう言う暴れ方をすればこうなっちゃうの……一般的に言うなら手遅れって奴じゃないの……」

「修理は……無理か?」

「これは、無理。隣に半導体工場があるなら修理できるかもね」

「……はり、危険な目に…………ない、いち早くその場から……」

「何言ってるの、代わりの部品さえあれば修理できるって言ってんのよ」

「……何を?」

「此処にもスーツの研究開発の部門があるなら……通信装置くらいあるでしょ。実際にあれが通信装置として動いてるのは確認できてる、だったら代替品が見つかるかも」

「危険…………、奴は研究室で暴走を始めたんだ。損害だって………………………………」

「危険なんて、管制室を出た時から覚悟してるわ」

「……」



兵路は迷わず部屋を出た。スーツの性能を活かして。最速で辿り着けるよう。

兵路愛蘭は天才である。

それは、単にヒーローというものに捧げる理想に起因するものである。


「……酷い、あの通信設備よりも損傷がひどいなんて」

「…………」

「あー、完全にスピーカーもやられちゃってまぁ。まぁ、ちょっと泣き言がうざったいと思ってたんだけど」

「…………」

「さて、通信装置は……あった。さーて、リバースエンジニアリング失礼」

「…………」

「…………………………あった。あんまり私が関わらなくなってからも変わってなくてよかった……と言うか、これだけ揃ってるなら後は発信装置さえつければ普通に電話になるわね。て言うか、やっぱり見れば見るほど怪しすぎる。通信装置にこんな……っと、こんな独り言話してる時じゃ無い。さっさと治しに行きましょうかね……!」


「……ふーっ、手が震えちゃうわね……汗も止まんない」

「……頼む、…………」

「分かってる分かってる、この程度の修理、訳もないのよ……! ほら、できた!」

「でかした……!」

「ははは……あー、まだ震え止まらない」

「………………OK、今財団に通報できた。じきにエージェントが駆けつけるだろうな」

「あれ、急に声が聞こえる」

「通信設備が治ったからな、ちょっと面倒な方法だが、それを使えばお前のインカムにクリアに話しかけれる」

「……それ、もしかして果てしなくめんどくさい手順を」

「お前が思ってるやつで正解だと思う。ま、お前が気にする必要はない……言い忘れてたが、例の怪物は今全力で外に出ようとしてる。財団が到着するまで今全力で時間稼ぎしてるが、時間的にちょっと怪しいな」

「……そう。なら後は……」


安全なここで助かるのを待つだけ?


また財団に丸投げ?


「……ねぇ、幕秣さん、財団はあれを収容できるの?」

「できる。なにせ、財団だからな」

「ちょっと聞き方が悪かった、財団はあれを簡単に収容できるの?」

「……簡単、ではないだろうな。GOCなら片っ端から銃弾を撃ち込んではい終わりだが……財団ならまず先遣隊を派遣、それで収容できるなら収容して、無理なら情報収集、それから必要な装備を速やかに……」

「つまるところ、まだ時間はあるわけね? なら、全部は無理でも……」

「……なにを?」

「あなたがそれを言うの? あなただって不満でしょ? 困った時の財団頼みみたいで……結局あのクズどもとやってる事はなにも変わらない」

「そんな子供の癇癪のような。兵路、お前は十分……」

「まだ、できる事はあるわ。その話を聞いた限り、財団が到着してもすぐさま鎮圧できないんでしょ? なら財団側に被害が出ても……いいえ、取り繕うのはもうやめるわ。幕秣さん、たしかに私のこれは子供の癇癪よ。だって……自分にとっての最高のヒーローがなにもできずにただ救われるのを待つだけだなんて、納得できないわ」

「兵路、まさか」

「ヒーロー物にどんでん返しは必須よ……切り札は財団なんかじゃない。あなたこそが最高の切り札でしょう? 要塞機神ビルダー・ボルドー!」

「っ! ……そこまで焚き付けられて、大人しくしていよう、なんて到底言えないな……いいぞ、乗った。制限時間は財団が到着するまでだ!」

「指示を頂戴。完璧に調整してあげる」


兵路愛蘭は変わり者である。
兵路愛蘭は諦めの悪い人間である。
兵路愛蘭は天才である。

ヒーローに憧れ、ヒーローを志し、ヒーローに成れなかった。

それでもなお、不屈の心で立ち上がる。

だからこそ。

兵路愛蘭はヒーローである。


「幕秣さん、次は!?」

「駆動部105-Aが詰まってる!」

「こんなのばっか! どっ……こいしょ! 次!」

「機関部3に異常ないか?」

「あるー! …………………………はい終わり! 次!」

「よし……っ! まずい、急に方向を変えやがった!」

「なにがあったの!?」

「最悪だ……奴が脱出を諦めたのか一直線に兵路が今いる場所に向かってやがる!」

「その程度もういい!」

「違う! またヤツがここで暴れたら全部水の泡だ!」

「ああ、もう! ぶっちゃけ……どう!?」

「不安はある……が、賭けるだけの価値はある!」

「OK、じゃあ私がコイツを別の場所に誘導する」

「っ、頼んだ! ……いや、そこから南東の非常口あたりに誘導できるか!?」

「なんで?」

「いいから!」

「分かった、やる! そこに誘導すればいいの!?」

「ああ、頼む!」

「よーし……ほら、こっちよ!」


まるで闘牛の様に相手の攻撃を紙一重で躱していく兵路。しかし、こう言ったことに慣れていない兵路が時期に限界を迎えるのは、目に見えていた。


「つっ! っああ! このっ、私が、分かんないの!? 分かんないん、で、しょうねぇぇえ!!」

「もう少しだ! 頼む、耐えてくれ!」

「言われ無くても! ふっ……ぐぬぅ……あ」


なんて事ない事だった。ただ、足元の石ころを思い切り踏んづけてしまい、勢いよく兵路は地面に転がった。


「うっ……痛ぅ……嗚呼、あー……」


やっぱり、慣れないことなんてする物じゃないんだろうか。そんな、らしくないことが頭をよぎる。

怪物がこちらに向かって猛突進してくる。確実に直ぐそこまで迫った死に対して、兵路は満足そうな顔で、衝撃に身を任せた……。


「こちらA班のユーリ! 只今現着!」

「同じくリリィ! 現着しました!」


いつまで経ってもやってこない致死の衝撃の代わりに、優しい衝撃と、耳物でそんな言葉が聞こえた兵路は、目を閉じたまま強ばる瞼を、なんとか持ち上げると、果たして自分は何やら武装した人に抱えられていた。肩には、見間違えもしない、SCP財団の紋章があった。


「……あー、また助けられるのかぁ……」

「……? 以前、どこかで?」

「え、いえいえ! こっちの話です」

「そうですか。あすみません、もうここまでくれば安全なので降ろしますね」

「あ、ありがとうございます」

「来たか! 財団機動部隊、俺は元GOCの幕秣 玖珠真だ。財団なら、破壊、破壊、破壊じゃないよな?ここに散らばってる試作スーツの幾つかは異常物品だが、中には使える物もある。それで "怪獣" を足止めして、指定の場所に誘導してくれ!」

「お前、適当なこと言ってるんじゃ無いだろうな?確かに通報者と声紋は一致するが……」

「財団の、GOC関連の記録を洗ってくれ!俺のデータがある筈だ!」

「……本当らしいな。だが、この場で信用しろと言うのは無理だ」

「言ってる場合じゃないでしょ!? このままじゃ、あいつが街に降りて被害がやばいことになるかも……」

「勘違いするな、貴様らはあくまでも救助隊GoIの隊員だ。命を助けはしたが、何ら信頼したわけじゃ無い」

「ちょっと! ……あぁもう! まぁこんなもんよね……」

「いや、裏を返せばあいつらが奴を引きつけてくれると言う事だ。ヤツなら、絶対あいつらを狙う。」

「……そうね、ありがたく利用させてもらいましょう」


・・・


「リリィ!」

「分かってる!」

「オブジェクトに意識があるかは不明! しかし我々が現着した時からずっと我々が狙われているため推定救助隊によって作成された対財団生物兵器!」

「異常な再生能力を持っています、物理的な収容が好ましいかと! また現地にてその他一名の救助隊隊員を確認! 通報者と思わしき者は音声のみの接触で姿を見せていません! 至急応援求めます!」

「……応援求めたけどっ! 俺ら狙い撃ちしすぎだろうがっ!」

「凶暴すぎる上に再生能力なんて馬鹿げすぎてる……! そこら辺の機動隊員ならいい餌になる!」

「時間稼ぐしかねぇけど、転ばしても……意味無さそうだな」

「流石に首を飛ばせば死にそうだけど……」

「こう言うオブジェクトがシンプルに命を脅かしてくるから嫌なんだよっ!」

「さっきの機動隊員の案に乗るってのは!? このままじゃ私たち応援まで持ち堪えられないかも!」

「分かってんだろ、信用できねぇ! さっきまで襲ってた奴なんか無視して俺らばっかり狙ってる時点で怪しさ満点だ! しかもあいつ、施設の中に逃げていきやがったし!」

「いや、逃げたわけじゃ無さそうだと思うけどな! その場から逃げたにしては足取りに迷いがなかった!」

「じゃあ最悪ここに爆弾放り込んで諸共に爆破される可能性だってあるな……その場合、死ぬのは俺らだけ」

「どっちにしろ、あいつらに敵意がないことを祈るしか無いわよ……絶対行かせてくれ無さそうだもんね、コイツ」

「あぁぁぁぁあ! あいつらが使ってるパワードスーツ使いてぇぇぇえ!」

「とりあえず、通報した男の指定した場所から遠ざかりましょう!」


・・・


「JG-2354に破損無し、て事はこっち……? ビンゴ。これで終わりじゃない?」

「あぁ、修復可能な部分は全部終わった」

「後はあいつらがどうにか指定場所に来てくれれば……」

「いや……近づかないだろうな。あの反応的に、少なくともヤツが暴れている限り、協力関係は望めないと思う」

「じゃあ、どうするの? もうアイツは私じゃ引きつけられないわよ?」

「俺がその程度を考えてないはずがないだろう、俺が指定した場所はむしろ可動域に無いから行って欲しくない所だ」

「つまり?」

「俺なら指定された場所からなるべく遠ざかろうとする。まぁ間違いなく罠だと思うからな。疑うに越した事はないし、別に俺らの手を借りなくても何とかなると思ってるだろうからな。つまりアイツらは勝手にドンピシャの位置に誘導してくれるってわけだ」

「……流石ね……そんなに頭回らないわ」

「俺からしたら、こんな膨大な修理箇所があるのに修理してのけたお前の方が凄いとしか……いや、謙遜合戦は全てが終わってからでいいだろう」

「そうね。後はボルドー、貴方の手で……」

「いや、俺だけじゃ無理なんだ。さっきの中の修理できなかったやつの中にセンサーがあってな。絶妙にセンサーが足りなくて座標がズレる。だから兵路、お前が目視して方向を示してくれ」

「全く、最後の最後まで手間がかかる……」

「頼んだぞ」

「当たり前よ、最後の最後まで付き合ってもらうから……!」


・・・


「……制御室入り口を0°として右側36°方向に居るわ」

「OK、逐一報告頼むぞ……!」

ーーシステム起動、演算開始…………危険レッド。詳しい被害を表示 Y/N 起動: 不可。

「37°、39°、37°」

メインコントローラーより指令オーダー腕部起動の演算開始………………一部破損イエロー。詳しい被害を表示 Y/N 起動: 非推奨

「ちょ、何押されてんのよ……! 踏ん張って!40°、43°、47°……っ!」

メインコントローラーより命令オーダー……承認。

要塞機神起動wake up,HERO


メインコントローラー幕秣の命令で、要塞機神が起動する。ただの建物であったはずの一角が急にズレたかと思うと、別の場所でも次々に分割する様にズレて行く。ズレは瞬く間に連鎖し、轟音をたてながら、まるで元の形に戻ろうとするかのように、なだらかに形を変えてゆく。


「「何ぃ!?」」

「よっっっし!」


驚愕する者と狂喜する者。前者は突如建物が変形し始めたと言う事実に驚き、後者は問題なく変形を終えたことに思わず拳を握る。しかし怪物はそんな物には目もくれず、目の前で隙を晒している2人に向かって思い切り突進を敢行した。


「行ける! 最終座標! 48°方向!」


後は号令を出すだけ。とその時、兵路は、遠く離れていると言うのに、怪物と目があった。その目は、どこまでも憎悪に満ちていて、怒りに燃えていて……何かに哭いているようだった。思わず、こちらの顔が歪んでしまう。


「発射……今! ぇぇぇえ!」


2人は回避行動を取る。怪物に対してではなく、猛烈な勢いで迫り来る大質量の掌に対して。そして怪物は、しかし迫り来る掌に対して何もせず、ただ遠くを見つめていた。


「行っっっけぇぇぇぇえええ! ボルドーーーっっっ!!!!」


兵路の絶叫声援は、掌と怪物との衝撃によって掻き消された。濛々と立ち込める土煙の中、そこにあったのは……大質量の拳にしっかりと握りしめられ、一切の身動きが取れ無さそうな怪物の姿だった。

その光景を目にした兵路は、より一層、握っていた手に力を込めて、制御室の方を向いて、勢いよく拳を突き出した。






しばらくして財団の本部隊が現場に駆けつけ、怪物は収容されて行った。研究が始まるまでは、収容室で厳重に拘束されるらしい。そして、兵路と幕秣はその身柄を拘束はされてはいないものの、財団の管理下に置かれる形で、数日の時を過ごしていた。

そして兵路は、今日も制御室へと赴いていた。

「ふふ、ふふふ、ボルドーの変形カッコよかったなぁ……でも、完全な変形も見たかったなぁ……」

「色々言いたいことはあるが、兵路は本当に頑張った。俺は間違いなく、お前に助けられた」

「かいかぶりですよ。……でも、幕秣さんはこのまま財団に収容されちゃうんですよね……」

「……そう、かもな」

そう、財団にボルドーが収容されてしまえばもう幕秣には会えないし、何より元救助隊の隊員である自分を、財団が野放しにするとは思えない。囚人のような扱いを受けるのか、もしたしたら、人体実験……。嫌な予感が頭をよぎっては、恐怖に震える毎日だった。だからこそ、このような状況でもまるで自分の未来が見えているかのように堂々としている幕秣を見て、自分にもその勇気を分けてもらおうと兵路は思っていた。

「私も、ありがとうございました。幕秣さんには、実際に今回だけでも何回も助けてもらったし、これまででも数え切れないほど……本当に、幕秣さんに救われてきたんですよ?」

「……」

「私、幕秣さんと出会えて……」

「あ、兵路さん、ここに居まし……お取り込み中で?」

「あ、い、いえいえ、別にそんなことは……」

部屋に入ってきたのは、あの2人組のエージェントの内の1人であるユーリと名乗る人物だった。

「先日は、すみませんでした。しかし、我々にも信用に足る確信がなかったと言うことを、どうかご容赦していただきたく」

「い、いえいえ……そんな、当然のことでしたよ、あれは……」

「そう言っていただけるとありがたいです」

「して、今日は何の用で?」

「はい、こちらも色々終わりまして、上からの伝言を兵路さんに伝えに来た次第です」

「……そうですか。どんな処遇も受け入れる覚悟です」

「いや兵路、多分、だな……」

「大丈夫です、幕秣さん。覚悟はもう、決めてます」

「いや……あぁ、うぅむ……」

「……話して大丈夫ですかね?」

「はい」

「あぁ……」

「では、簡潔にそのまま伝えますね。兵路愛蘭さん、幕秣玖珠真改め、要塞機神ビルダー・ボルドーさん」

「はい」

「……」


「財団に所属し、我々と共に世界を救ってはくださいませんか?」


「……へっ?」


ユーリの口から告げられた言葉は、兵路にとって想定外も想定外だった。しばらく言葉を噛み砕き、脳内で自分が聞いたことを何度も反芻して、間違ってない事を確認する。


「私たちが、財団に……?」

「はい、これは自由意志です。大方の事情はこちらも把握しています。だからこそ、こうして勧誘しているのです」

「…………幕秣、さん……」

「俺は、賛成だが……」

「……………………………………」


顔を伏せ、肩を震わせる兵路。

ばっと顔を上げた時、その目には大粒の涙が溜まっていた。


「よがっだぁぁぁあ! わだじっ、人体実験されでっ、もう幕秣ざんに会えなくなると思っでだがらぁぁぁあ! うわぁぁあん! これからもっ、財団で一緒に頑張りましょうねぇっ! 幕秣ざん!!!」


本気で感涙している兵路を尻目に、ユーリでも分かるほどに幕秣は困っているようだった。

幕秣は猛烈な葛藤の末、流石に偲びないと、自分の本音を語り出した。


「……いや、実はな、兵路……」

「はい゛っ、なんですか?」

「こうなるだろうと……思ってた」

「……?」

「あの、だな……俺らが財団にヘッドハンティングされるだろうなっていう打算込みで……財団に通報した……」

「……? ……。 !?!?!?!?!?」

「財団もGOCも人手不足なのはいつも問題に上がってたから……こう言った要注意団体を脱退したものの引き抜きは、珍しく無い」

「あ、えっ、あぅ……あっあ、あ……」

「いや、悪気があったわけじゃ無いんだ、ただ、純粋にタイミングが……」

「……ばっばっばば、幕秣さんの馬鹿ぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


兵路は、目を回しながら顔を真っ赤にして制御室を出て行った。スーツを纏っている時よりも早く。速く。


「……もう仲間になったと言う事で素直に言いますけど、絶対幕秣さんその性格で損してますよね」

「……そうだな……」

「自分に正直なのは大事な事だと思いますけど、流石に今回のヤツは……」

「反省している……」

「大変だなぁ……いろいろ、これから」

「……」




「ほっ、ほひっ、はっ、はぁぁぁぁあっ!」


A区画の非常口から出て直ぐの茂みの中から、甲高い奇声が鳴り響く。声の主人は無論、兵路愛蘭である。


「うっ、うぅ〜〜〜!!!」


恥ずかしい、などと言うレベルでは無い。今まで創作物の中で散々こう言った場面は見てきたが、自分がその立場に置かれるのは違う、断じて違う。


「うぅ、う〜〜〜ぅ」


馬鹿。幕秣さんの馬鹿。次からどんな顔をして合えばいいか分からない。これからも財団職員として、同僚として何度も顔を合わせるのに。


「……」


そう、何度も顔を合わせるのである。これから、何度も。


「〜〜〜っ」


そう考えるだけで、自然と頬が緩む。胸の奥から、形容し難い感情が湧いてくる。




兵路愛蘭に取っての人生のターニングポイントは終わった。しかし、これからも人生は続いて行くのだ。

ならば、この感情は間違いなく………………


兵路愛蘭は幸せである。


tale jp お見合い2021 _イベント1



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執筆者: Yuri Lily
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最終更新: 20 Nov 2021 18:15
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