Tale下書き 世界の変え方

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「運命の出会いねぇ!?」

「声デカすぎ、ボリューム下げろって」

「俺もな〜運命が導いてくれたらな〜!?」

とある居酒屋の一角。もうすぐでラストオーダーという時間帯に若い男が2人。テーブル上に積み上げられた枝豆の殻と数十本の串、そして遠慮が具現化したような、合計しても片手で数えられるほどの軟骨の唐揚げとフライドポテトを残し、酒をまるで水の様に煽りながら不貞腐れていた。

「今日の合コンも最悪だったし……やっぱ運命の出会いとか眉唾やろ〜!?」

「ほら、決定論ってあるやろ。お前には運命がないって言う運命や」

「そんな運命俺の手で捻じ曲げれたらな〜!」

「お前の手で捻じ曲げられることも運命には織り込み済みですって」

「……はぁ、あ〜やだやだ、運命とか言う陳腐な言葉で自分を諦めそうになってる自分がもう嫌。イヤイヤイヤイヤ!」

「運命って最初に考えついたやつ最強よな」

「数字の0みたいなね?」

「こう、スッと受け入れられない? ラプラスの悪魔やっけ、あの未来を計算できるみたいな悪魔」

「俺も何も考えずに適当に生きてたらそのラプラスの悪魔に捕捉されることもなくなる……?」

「お前の何も考えてないような行動も過去の出来事から基づいてって考えたら推測されそうよな〜、完璧な乱数はないって言うし、多分ルーレットとかで行動決めても読まれる説ある」

「……そう考えたら並行世界とかも無いんやろうな、この世。並行世界の俺は魔法学術都市に通って現代社会で秀才だと崇め奉られてる世界線とか」

「ねぇに決まってんだろ」

「あ〜あ、あー……あ、お前終電まだ行ける?」

「ん、あ〜……せやな、そろそろ帰ろかな」

「お前ちょっとは残ってくれよ」

「いや、実は明日結構しんどい」

「え〜……じゃあ俺ちょいトイレ行ってくるわ」

「うぃ」

そう言って、名残惜しそうに1人の男が席を立つ。残された男は前髪をかきあげるように顔に手を当てた後、机に突っ伏し、その後すぐに寝息を立て始めた……。




1995年初夏、乾いたとある日だった。街の外れにある店で、季節外れのコートを身に纏った男が商品棚の前で突っ立っていた。店員がもしや万引きかと胡乱げな目をやる程その場にいた男がふと商品棚から目を逸らすと、技術者の様な服を着た男がこちらにやって来るのが見えた。

すっと道を譲る様に半歩商品棚へ近づくコートの男。技術者服の男がすれ違ったその時、コートの男は技術者服の男に、囁く。

「この店の向かい、1番奥の席だ」

そのまま何事もなかったかの様に通り過ぎる技術者服の男。コートの男は、技術者服の男が店を出るのを見計らって、タバコをレジへと持っていく。会計をさっさと済ませ、お釣りだけを受け取り、レシートを突き出してくる店員の手を無視して外へ出た。向かうのはもちろん向かいにある居酒屋の様な場所だ。

店に入り、案内しようとする店員を手で制しながら、コートの男は奥の席へと向かう。そこにはやはり、技術者服の男がいた。

「わざわざ、すまないね技術者エンジニア
「あなたが呼び出すほどです。急用ですか? 司祭プリースト
「あぁ」

そう言って、司祭と呼ばれたコート服の男は技術者の対面に座り、目だけで周りを見渡した後、テーブルナプキンを手に取り、それをいじりながら話を始めた。

「例の計画だが、この間の通話を傍受されていたことがわかった」
「本当ですか」
「不幸中の幸いか、具体的な決行日は奴らにはわかっていない。だが、間違いなく、奴らが計画の邪魔をしてくるはずだ」
「……具体的には?」
「少し、期日を早める。そちらに回している人員を何人かと……君も動いて貰ってもいいか」
「わかりました。それで例のシステムが手に入るのなら」
「そう言ってくれると助かるな」

そういうと、司祭はくしゃくしゃになったテーブルナプキンを渡してきた。技術者は、一瞬の困惑の後、そのナプキンにわずかに血が付着していることに気がついた。

「粗方の計画は記しておいた。この計画に我々の運命がかかっていることを、ゆめ忘れないように」
「……はい。十分に」

司祭は、満足気に一つ頷くと、席を立った。

「……畜ッ生!」

技術者が大声で怒鳴り散らす。1996年、計画の実行日である。

例の装置を奪取するため、プロメテウス・ニューロンズビルに突入したのはいいものの、装置が所定の場所に無いというハプニングを受け、部隊が散り散りになって捜索を開始した後だった。明らかに物理法則を無視して飛来した銃弾が、技術者の左肩を貫いた。技術者にとって、命は惜しく無い。自らの信ずる教義に殉じれるのであれば本望だ。しかし、彼は今だけは死ぬわけに行かなかった。というのも、装置が研究の為に一時的に別の階に保管されているという情報を部屋の中にいる社員から偶然技術者は聞いてしまったのである。その情報を共有しようと通信装置に右手を伸ばした瞬間だった。武装した社員に見つかってしまい、通信装置に伸ばした手諸共に銃で吹き飛ばされ、なんとか廊下の角を曲がって待ち伏せようと左手で銃を構え、ついさっきそれすらも使い物にならなくされてしまったのだ。

死ねない。なんとしても計画を遂行せねば。その一心で技術者はなんとかその場を離れようとするが、とうとう銃弾は、当たり前の如く物理法則を無視して、防弾ベストなんて最初からなかったかの如く、技術者の心臓を貫いた。

「げはッ……!」

口から血を吐きながら、倒れ込む。身につけていた装備が地面と衝突し、部品を散らしながらあたりに飛び散る。そして技術者は、地面に倒れ込んだ目の前に、あの司祭の血で計画が書かれたテーブルナプキンを見た。

「情報を……! 残さねば……!」

元は通信装置のアンテナ部だったであろう、丁度ボールペンほどの長さに折れた棒を口で拾い上げ、顔の上下だけで、刻みつけるようになんとか己が流れる血で情報を書き留めていく。後は、この紙が血で濡れ、読めなくならないようにするだけだ。その思考を最後に、技術者は意識を手放した。

「……居たぞ! ……おい、技術者……!」
「駄目だ、もう完全に事切れてる」
「倒れ込んだにしては変な姿勢な気がするが」
「俺たちも余裕が無い、技術者の装備をいくつか剥ぎ取って、死体はここに置いていく」
「まて、技術者の下から血濡れの紙が……」
「……なんだ、この血濡れの紙は?」
「知らん。行くぞ、虱潰しに探すしか無いんだ……!」
「……あぁ」

何人かは後ろ髪を引かれるような声を出しながら、その場を離れた。怒声と銃声は、夜更けまで続いたが、新たにビルに人員が突入した後、ついぞ彼らが帰ることはなかった。

ここに計画は失敗したのである。




1995年初夏、乾いたとある日だった。街の外れにある店で、季節外れのコートを身に纏った男が商品棚の前で突っ立っていた。店員がもしや万引きかと胡乱げな目をやる程その場にいた男がふと商品棚から目を逸らすと、技術者の様な服を着た男がこちらにやって来るのが見えた。

すっと道を譲る様に半歩商品棚へ近づくコートの男。技術者服の男がすれ違ったその時、コートの男は技術者服の男に、囁く。

「この店の向かい、1番奥の席だ」

そのまま何事もなかったかの様に通り過ぎる技術者服の男。コートの男は、技術者服の男が店を出るのを見計らって、タバコをレジへと持っていく。会計をさっさと済ませ、お釣りを受け取り、レシートを突き出してくる店員の手から、奪い取るようにして胸ポケットに突っ込み、外へ出た。向かうのはもちろん向かいにある居酒屋の様な場所だ。

店に入り、案内しようとする店員を手で制しながら、コートの男は奥の席へと向かう。そこにはやはり、技術者服の男がいた。

「わざわざ、すまないね技術者」
「あなたが呼び出すほどです。急用ですか? 司祭」
「あぁ」

そう言って、司祭と呼ばれたコート服の男は技術者の対面に座り、目だけで周りを見渡した後、思い出したように胸ポケットからさっきのレシートを手に取り、それをいじりながら話を始めた。

「例の計画だが、この間の通話を傍受されていたことがわかった」
「本当ですか」
「不幸中の幸いか、具体的な決行日は奴らにはわかっていない。だが、間違いなく、奴らが計画の邪魔をしてくるはずだ」
「……具体的には?」
「少し、期日を早める。そちらに回している人員を何人かと……君も動いて貰ってもいいか」
「わかりました。それで例のシステムが手に入るのなら」
「そう言ってくれると助かるな」

そういうと、司祭はくしゃくしゃになったレシートを渡してきた。技術者は、一瞬の困惑ののち、そのレシートにわずかに血が付着していることに気がついた。

「粗方の計画は記しておいた。この計画に我々の運命がかかっていることを、ゆめ忘れないように」
「……はい。十分に」

司祭は、満足気に一つ頷くと、席を立った。

「……畜ッ生!」

技術者が大声で怒鳴り散らす。1996年、計画の実行日である。

例の装置を奪取するため、プロメテウス・ニューロンズビルに突入したのはいいものの、装置が所定の場所に無いというハプニングを受け、部隊が散り散りになって捜索を開始した後だった。明らかに物理法則を無視して飛来した銃弾が、技術者の左肩を貫いた。技術者にとって、命は惜しく無い。自らの信ずる教義に殉じれるのであれば本望だ。しかし、彼は今だけは死ぬわけに行かなかった。というのも、技術者は装置が研究の為に一時的に別の階に保管されているという情報を部屋の中にいる社員から偶然聞いてしまったのである。その情報を共有しようと通信装置に右手を伸ばした瞬間だった。武装した社員に見つかってしまい、通信装置に伸ばした手諸共に銃で吹き飛ばされ、なんとか廊下の角を曲がって待ち伏せようと左手で銃を構え、ついさっきそれすらも使い物にならなくされてしまったのだ。

死ねない。なんとしても計画を遂行せねば。その一心で技術者はなんとかその場を離れようとするが、とうとう銃弾は、当たり前の如く物理法則を無視して、防弾ベストなんて最初からなかったかの如く、技術者の心臓を貫いた。

「げはッ……!」

口から血を吐きながら、倒れ込む。身につけていた装備が地面と衝突し、部品を散らしながらあたりに飛び散る。そして技術者は、地面に倒れ込んだ目の前に、あの司祭の血で計画が書かれたレシートを見た。

「情報を……! 残さねば……!」

元は通信装置のアンテナ部だったであろう、丁度ボールペンほどの長さに折れた棒を口で拾い上げ、顔の上下だけで、刻みつけるように、なんとか情報を書き留めていく。後は、この紙が血で濡れ、読めなくならないようにするだけだ。その思考を最後に、技術者は意識を手放した。

「……居たぞ! ……おい、技術者……!」
「駄目だ、もう完全に息切れてる」
「倒れ込んだにしては変な姿勢な気がするが」
「俺たちも余裕が無い、技術者の装備をいくつか剥ぎ取って、死体はここに置いていく」
「まて、技術者の下から血濡れの紙が……」
「……なんだ、この血濡れの紙は?」
「知らん。行くぞ、虱潰しに探すしか無いんだ……!」
「……待て」
「なんだ?」
「若干……ポールペンか? そんなので書かれたような線が見える」
「何?」
「技術者のこの倒れ方、この紙を庇ってるようにも見える」
「おい、破らないように血を取り除け」
「服で血を吸い取ろう」
「見えてきたか……?」
「これは……レシートか?」
「明らかにその上から付け足したような線だな、間違いなく技術者からのメッセージだろう」
「ガタガタだが……おそらくFIIIIIII I II」
「……フロアか、7階の1,2……712号室か?」
「いや、途中で力尽きたかもしれん、7階の部屋の12の数字以上の数字を持つ部屋を虱潰しだ!」

そうして、彼らはその場を離れた。怒声と銃声は、日付が変わるまで続いたが、新たにビルに人員が突入した頃には、すでにビルに火が放たれ、彼らが撤退した後だった。

計画は成功したのである。





「うっ!? ぐ、うぅ……」

頭に唐突に痛みが飛来する。あまりの痛さに視界がブラックアウトしてよろめいた時、何かを踏みつけて派手に転倒する。

こんな年になって転ぶなんてな。そんな軽口を叩こうにも口が痺れたように動かない。

聞き慣れた声とけたたましい何かを聞きながら俺が見たのは、暗くなった視界を真っ白に照らす何かだった。




その男は、品性とはかけ離れた食事をしていた。まるで自分の死期を悟り、生き急ぐように。左手に握られているナイフは手持ち無沙汰に空中を彷徨っており、右手のフォークで目の前の皿に盛られてる食べ物を突き刺しては口に運んでいる。

やがてナイフとフォークをテーブルに叩きつけるようにして置いたその男は、コップに注がれた水を一気飲みし、若干口や喉に残っていた食べかすを胃へと流し込むと、ほうっと一息ついて、今更のごとく落ち着き始めた。

男は怖気付いたのである。今日の作戦を前にして、唐突に恐怖が込み上げた。もう怖いと思うことはないだろうと思っていた男にとって、それはそれ以上ない恐怖であった。

新聞社には私の考えと共に犯行声明を出した。友人には絶縁状を出した。そうだ。もう何も恐れる必要はないのだ。我らの大望の礎となるのであれば、それは本望。すぅっと、流し込まれた水の冷ややかさが脳に染みるように、思考が明瞭になる。

今更ながら、自分に相応しくない店だと思う。高々とした天井にはシャンデリアが取り付けられており、店の中央に置かれている蓄音機からは名前も知らない、キンキンとした曲が流れている。前までであったら、このような店には興味すらも抱かなかったものだが。それほどまでに恐怖に狂ったかと自嘲する。男はガタリと席を立つと、銃が仕込んである杖を手に、会計へと向かった。

会計では、人が何やら機械の前で立っていた。レジスターと言うものらしい。これも西洋の発明品かと思いながら、普段であれば2週間分の食費であったであろう金を財布から取り出し、店を出ようとしたその時だった。

「お客様」

びくりと肩が跳ねた。後ろを向くと、先程会計をしていた従業員が何かを手に持って呼び止めている。

「レシートはよろしかったでしょうか?」

なんだそれはと聞き返すと、従業員はここで食事をした会計の明細書だと言う。掛け売りでもあるまいに、そんなものを渡す必要があるのだろうか? 西洋の考えは理解できない。

男は要らないと一言言い、そのまま店を出た。

今日、対象……大正天皇は第四十八通常議会の開院式に参加するために御料車に乗ってここ、虎の門の道路を通過する。街は大正天皇を一眼見ようとこの道路の道幅いっぱいに押し寄せるだろう。その中の一人に紛れ、この仕込み銃をもって狙撃する。

難関があるとすれば、この銃が確実に当たる範囲まで近づくことができるかだ。天皇の近くには護衛が固まっているから、護衛隊とかち合わないように三十三尺手前程で飛び出す。そこから最低でも十尺は詰めなければいけない。十六尺も詰められれば御の字、十尺まで行けば天皇は目と鼻の先、外しようもないだろう。だが、あまり欲張りすぎて撃つ前に取り押さえられてはどうしようもない。チャンスは一度……必ず仕留める。

いよいよその時が来た。

角を曲がって護衛隊の先頭がアメリカ屋の前に差し掛かった。やがて遠くに御料車から民衆に手を振っている大正天皇が見える。

すぅっと手足から体温が引くのがよく分かる。頭は異様に冷静で、なのに視界はぱあっと白く御料車に乗る目標以外が視界に映っていない。

そのまま俺は駆け出した。手に持った仕込み銃を抜きながら。後ろから一陣の追い風がひゅおうと吹いた。

二十三尺を切った。なのに、御料車に乗る天皇が異様に遠く感じる。ダメだ、こんなところから撃って当たるはずがない。もっと近づかなければ!

一度構えかけた銃を下ろそうとしたその時だった。

唐突に興奮で狭まっていた視界がひらけた。

気づけば、視界の端に護衛隊の屈強そうな男がこちらに対して襲いかかってきていた。

……死ぬ!

なんということか、ここにきて俺はまた怖気付いてしまった。口から悲鳴が溢れると同時に、仕込み銃のトリガーを思いっきり何度も引き絞った。

パンパンと、乾いた音が鳴り、時間が止まった。

止まった時間の中で俺が見たのは、とっくに全弾撃ち切った後に、今更ながら御料車の座席の間に包まり込もうとする大正天皇だった。

失敗した!

動き出した時間で俺が感じたのは、周囲から感じる敵意だった。

腹の底から悲鳴が漏れた。

怖い、怖い怖い! やめろ! 俺は正義の味方だぞ! 俺は成すべきことをしただけだ!

「革命万歳!」

幾度となく同胞と斉唱し、勇気づけられていた言葉を発しても、恐怖が去ることはなかった。

必死に足を回す。しかしその場を離れることも叶わず、すれ違いかけた民衆の1人に殴られてバランスを崩し、倒れ込む。

荒く息を吐きながら天を見上げるとそこには、俺を覆い隠さんばかりの悪意があった。

「やめ……!」

命乞いの言葉を遮られるように殴られ、蹴られ、やがて俺は警官隊と揉める民衆を見ながら意識を手放した。




その男は、品性とはかけ離れた食事をしていた。まるで自分の死期を悟り、生き急ぐように。左手に握られているナイフは手持ち無沙汰に空中を彷徨っており、右手のフォークで目の前の皿に盛られてる食べ物を突き刺しては口に運んでいる。

やがてナイフとフォークをテーブルに叩きつけるようにして置いたその男は、コップに注がれた水を一気飲みし、若干口や喉に残っていた食べかすを胃へと流し込むと、ほうっと一息ついて、今更のごとく落ち着き始めた。

男は怖気付いたのである。今日の作戦を前にして、唐突に恐怖が込み上げた。もう怖いと思うことはないだろうと思っていた男にとって、それはそれ以上ない恐怖であった。

新聞社には私の考えと共に犯行声明を出した。友人には絶縁状を出した。そうだ。もう何も恐れる必要はないのだ。我らの大望の礎となるのであれば、それは本望。すぅっと、流し込まれた水の冷ややかさが脳に染みるように、思考が明瞭になる。

今更ながら、自分に相応しくない店だと思う。高々とした天井にはシャンデリアが取り付けられており、店の中央に置かれている蓄音機からは名前も知らない、キンキンとした曲が流れている。前までであったら、このような店には興味すらも抱かなかったものだが。それほどまでに恐怖に狂ったかと自嘲する。男はガタリと席を立つと、銃が仕込んである杖を手に、会計へと向かった。

会計では、人が何やら機械の前で立っていた。レジスターと言うものらしい。これも西洋の発明品かと思いながら、普段であれば二週間分の食費であったであろう金を財布から取り出し、店を出ようとしたその時だった。

「お客様」

びくりと肩が跳ねた。後ろを向くと、先程会計をしていた従業員が何かを手に持って呼び止めている。

レシートはよろしかったでしょうか?

なんだそれはと聞き返すと、従業員はここで食事をした会計の明細書だと言う。掛け売りでもあるまいに、そんなものを渡す必要があるのだろうか? 西洋の考えは理解できない。


ただ、これが最後の晩餐であるかもしれないと考えると、感慨深い物があるせっかくだし、何を食ったか味も覚えてなかったが、せめて名前だけでも覚えてやろうか。

そうしてレシートとやらを貰って店を出る。ただ、どうにも食ったものと名前が結び付かず、結局大した価値も無かったと胸の内側へと仕舞い込んだ。

今日、対象……大正天皇は第四十八通常議会の開院式に参加するために御料車に乗ってここ、虎の門の道路を通過する。街は大正天皇を一眼見ようとこの道路の道幅いっぱいに押し寄せるだろう。その中の一人に紛れ、この仕込み銃をもって狙撃する。

難関があるとすれば、この銃が確実に当たる範囲まで近づくことができるかだ。天皇の近くには護衛が固まっているから、護衛隊とかち合わないように三十三尺三寸手前程で飛び出す。そこから最低でも十尺は詰めなければいけない。十六尺六寸も詰められれば御の字、十尺まで行けば天皇は目と鼻の先、外しようもないだろう。だが、あまり欲張りすぎて撃つ前に取り押さえられてはどうしようもない。チャンスは一度……必ず仕留める。

いよいよその時が来た。

角を曲がって護衛隊の先頭がアメリカ屋の前に差し掛かった。やがて遠くに御料車から民衆に手を振っている大正天皇が見える。

すぅっと手足から体温が引くのがよく分かる。頭は異様に冷静で、なのに視界はぱあっと白く御料車に乗る目標以外が視界に映っていない。

そのまま俺は駆け出した。手に持った仕込み銃を抜きながら。後ろから一陣の追い風がひゅおうと吹いた。自分から何かが零れ落ちて、それが風に乗って飛んでゆく。何だと思えば、アレはレシートか。

ふと、脳裏に先ほど食べた、自分には一生縁がなかったであろう料理達を思い出す。

馬鹿か、こんなことを考えている場合ではないであろうに。小さくかぶりを振って思考を吹き飛ばす。改めて前を見ると、天皇の護衛隊が異変を察知して俺を対処しようとしているところだった。

ぞわりと恐怖が背中を舐める。

しかし、先ほど飛んでいったレシートが護衛隊の屈強そうな男に向かって飛んでいき、なんと思い切り顔に向かって張り付いたではないか! そんな滑稽な事があるか。思わず笑いそうになる。……思えば笑うどころか、面白いという感情を、ここしばらく抱いた事がなかった気がする。

嗚呼、面白い。こんな好機を逃してなるものか。

レシートに取り憑かれた男がレシートを祓う頃には、俺はその男の真隣の十九……いや十八尺まで詰められていた。微妙な距離だが、今なら。

「革命万歳!」

すっとトリガーを引き、パンと、乾いた音がなる。

果たしてその銃弾は、驚きに顔を染めている大正天皇の眉間を貫いた。

やった。

周囲の時間が止まる。俺は一人、ただ達成感に打ちひしがれていた。

俺はやった、やったんだ!

歓喜が全身を支配する。もうやがて周囲も現実を受け入れて俺に対して報復をするだろう。だが、もうそんなことはどうでもいい。俺は、もう……

そこまで考えて、やけに周囲の空気が重く感じた。民衆の敵意じゃない、悪意じゃない。

違和感を確かめるために周りを見ようとするが、体が動かない。なんだ、何が起こっている?

今視界に映っている人全ての人が動いていない。何だそれは、まるで、本当に時が止まってしまったような……。

否、動くものがあった。眉間を撃ち抜かれた大正天皇が、足から崩れかけている……。そして膝が地に付かんとしたその時だった。

突如天皇が光り輝いたかと思うと、その光は全てを埋め尽くして行き……最後に俺が見たものは、まさしく神子……いや、神へと成り果てた大正天皇だった。



「……なぁ!」

「え、何?」

「お前……この短期間で寝ることある?」

「いや……あー、悪い、寝たというかほとんど気失ってた……」

「まぁええわ、早よ会計しようや」

「おん」

そう言って、男はよろよろと赤子の様に据わらない首を手で固定する様に抑えながら会計へと向かう。

「ありがとうございました、お会計2740円です」

「あ、お前なんぼある?」

「俺は普通に1370ちょうどあるけど」

「あ〜、無いねんなめんどくさい、俺3000円出すから1370ちょうだい」

「ああ、ええよ」

「すいません、3240でお願いします」

そう言って男はトレーの上にお金を置き、店員に差し出す。

「お預かりいたします、3240円からお預かりさせていただきます。お釣りが500円のお返しでございます。レシートはよろしかったですか?」

「大丈夫です」

「かしこまりました。ありがとうございました」

レジの店員がそういうと、店内からちらほらとありゃっした〜という声が響く。その声を残して2人は外へ出た。

「……そう言えばお前さぁ、さっき机で寝てた時死ぬ程魘されてたけど」

「え、そうなん?」

「おぅ、めっちゃ唸ってた。気分そんな悪いん?」

「あ〜、いや、なんか……あんまり覚えてないけど悪夢見てたからちゃうかな、俺がどうしようもないところで世界が滅びるみたいな、そんな夢何個か見たな」

「怖。何個も? 普通一個やろ」

「それな」

「世界が滅びるって、隕石とか?」

「あ〜確か……」

そこまで行って、男は何かを思い出したかの様に先程まで会計をしていたレジへとふと目線を向ける。もう1人の男が吊られて目線をその方向へ向けるが、いまいち向けた意図を掴めず、問いかける。

「何、忘れ物?」

「いや……なんか後もう一つ夢見た気するな……」

「……どういう?」

「確か……」

と、思いを馳せようとしたその瞬間。

「うっ!? ぐ、うぅ……」

頭に唐突に痛みが飛来する。あまりの痛さに視界がブラックアウトしてよろめく。なんとか一歩踏ん張ったが、そのまま体勢を崩しかけた時、隣から一瞬の衝撃と聞き慣れた声がかけられる。

「おい、大丈夫かお前」

「あ……あぁ、こんな年になって転びそうになるとはな」

「飲み過ぎや。肩貸したろか」

「いや、いい。もうだいぶマシや」

「ぬかせ」

「いや、マジマジ。ありがとう」

「ええよ」

そうして男は2人、けたたましい大型トラックのクラクションを後ろに聞きながら、夜の雑踏に消えていった。


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