tale ルーズヴェルトゲーム

気づけば私は捕手の構えで██と相対している。
 
はて、私はこんなところで何をしているのか。
そんな私の疑問は、腕に走った衝撃によってかき消された。おおそうだ、思い出した。ここは我々の甲子園か。それにしても些か暗いか?いや暗くない。見える。右翼手1の████の顔が、左翼手2の████の顔が、塚3に立ってる██の顔が。そしてあいつの恋女房4として虚勢を張って大きく構えている私が。
おお、随分と懐かしい。この夢を見るのも久しい。
ちらりと観客席を見ると、そこには果たして誰もいない。ああ、なんということだ。皆、軍事公用5ってしまったのか。それとも、我々の甲子園に価値などないとでも言うのか。

そんなことを考えていると、██が第二投をほって6くる。いい球だ。だが精彩が欠けている。
そのはずだ、準決勝を勝ち進んだらそのまま決勝戦に突き出されたのである。無理もない。でも██は未だ私の腕に最高の球を飛ばしてくる。

もういい、休め。誰か、██と交代しとくれ。

そう言えたら、どれほど良かったか。
我々は選士7である。死球は許されない。交代は許されない。敵性語8は許されない。甘んじて受け入れろ、くたばるまで戦い抜け、我らの祖国を守るのだ。

巫山戯ふざけるな。

何が。何が戦意向上のための大会だ。こんなものは野球ではない。我々は戦争の為のこんな野球をしに来たのではない。
お國の為と言って、若人わこうどの情熱を弄ぶ國がどこにある、野球に注いだ青春を踏みにじり、意気を奪いあげてまで戦争をするのか。

やめてやる。こんな試合、こちらから願い下げだ。
なぁ、██。もう球をほらなくていいんだ。
お前が一人で背負い込んで、肩をいわす9事ないんだ…。
だから…頼む…頼む…。
やめてくれ…。
そんな…そんな、楽しそうな顔をせんでくれ…。

気づけば、泣きそうな、いや泣き顔を晒しているのは私だけではないか。一塁も、二塁も、三塁も、遊撃も、右翼も中堅10も左翼も、打者ですら笑っている。
この一瞬一秒全てが愛おしいと言わんばかりに。
よく見れば、彼らの服装は野球用のそれではない。普通の服を着ている奴もいれば、学生服を着ている奴もいるし、襤褸ぼろ切れのような軍服を纏ってるだけのやつもいる。

お前は何処の、何時の空襲で死んだんだ。
お前は何処の國の、何戦線で散ったんだ。

ああ、ああ。この、涙は。私の涙は。義憤に燃えるものではなくて。私も、私も嬉しいのだ。彼らと、互いに昼夜を忘れて野球に没頭しあった戦友達と、夢の中であろうとも再び相見えて戦うことができて、嬉しいのだ。
今は何回だ。試合開始から何分、いや何時間経ってしまったのだ。
ああ、██の肩がもう限界だ。直線的な球すらほれてない。でも笑っている。██も、一塁も、二塁も三塁も遊撃も左翼も中堅も右翼も、打者も一塁走者も二塁走者も三塁走者も。
泥に汚れ、火薬が燻り、血に塗れていてもなお、白い歯を、口角を限界まで吊り上げて、笑っている。
私はもう泣き笑いだ。気づいてしまった。だから知っている。この後の展開を。

やめろ、とはもう言わない。

終わらないでくれ、とも言わない。

ただ、██の、最後の力を振り絞った、それでも私の元まで届かない、その投球に、私は。
 
 
「良しッ!」
 
 
その試合は延長11回まで続き、結果は7-8であった。
ある人は、点を取られたら取り返し、8-7で決着する試合こそがもっとも面白い試合だと記した。

その試合を、「ルーズヴェルトゲーム」と言う。
 

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