SCP-XXXX-JP "シェルター"

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アイテム番号: SCP-XXXX-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 現在までにSCP-XXXX-JPの影響範囲と推定されている領域(以下SCP-XXXX-JP領域と呼称)を含む1620㎡の土地は、南クリル/千島南西暫定自治区1に拠点を持つSakhalin Communication Providersの所有地として買収され、同社のサーバー施設を偽装した合同特設サイト97-JP/RUとして、財団日本支部及びロシア支部の共同管理下に置かれます。

SCP-XXXX-JP実体はフィールド実験の際に懸念される通信障害を低減するため木造のプレハブによる"封鎖棟"によって秘匿されます。SCP-XXXX-JP領域の外側に存在する外周道路より領域側は有刺鉄線によって隔離され、動体センサー及び赤外線監視カメラ、巡回警備員によって第三者によるSCP-XXXX-JP領域への侵入を阻止します。侵入を試みた人物は直ちに拘束し、その目的・意図について尋問されなくてはなりません。

非活性化中のSCP-XXXX-JP領域に研究目的で侵入する際は、参加者全員がレベルB個人用防護装備2と守衛室と接続されたリアルタイム通信機材を着用する必要があり、フィールド班は最低でも専門職2名及びサイト97-JP/RU規定の武装を携行した保安職員2名の4名体制で実施し、必要に応じて2名単位を1単位として人員を追加してフィールド班を編成します。フィールド実験中は最低でも2名の研究職による管制班を守衛室に配置し、実験終了までフィールド班の活動を監視すると共に必要な支援を随時提供できる状態を維持します。SCP-XXXX領域内への滞在時間は60分以内に留められなくてはならず、60分を超えて滞在した人物は財団職員であるか否かを問わず救助の対象とはなりません。

SCP-XXXX-JPの存在する地域の地政学的リスクから、収容の確立及び維持には日本国、ロシア連邦及びそれらの同盟国に所属する政府機関3による支援及び介入は認められていません。

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非活性状態のSCP-XXXX-JP


説明: SCP-XXXX-JPは異常な生体工学的プロセスによって生成されたと思われる有機構造体です。SCP-XXXXは1944年、択捉島に駐留していた大日本帝国陸軍第89師団混成第4旅団作業隊による土木作業中に発見され、当時同国政府と協力関係にあった超常事物収容機関であった蒐集院によって確保されました。1945年には同地がソ連軍による侵攻の脅威に晒されていると判断され、本土への移送が試みられましたが、運搬に使用される船舶が航行中にソ連軍潜水艦によって撃沈された事、その直後に占守島へのソ連軍部隊の上陸が開始された事によって頓挫し、第89師団の武装解除に伴ってそれ以降はソ連側の手に渡ったと考えられています。

冷戦期は財団ソビエト支部南クリル諸島監督局による管理の元、"P"部局によって解析と兵器化が試みられていたと考えられており、冷戦終結後、それらの成果を直接的に示す資料のうち残存していた一部のみが財団ロシア支部を通じて一部が日本支部に提供されましたが、SCP-XXXX-JPは日本・ロシア間の領土問題を抱え、かつロシア政府の実効支配下にある地域に存在していた事から、少なくとも1990年代後半までは冷戦期に続き財団ロシア支部の管理下にありました。

但し、SCP-XXXX-JPが成立した文化的或いは歴史的背景にアイヌ文化が関与していた事4は蒐集院の収容下に入った時点で既に明らかになっていた関係から、日本支部との共同研究の対象として扱われており、イルクーツク協定5を根拠とした日露共同統治に移行した後は日本支部及びロシア支部南クリル諸島監督局の共同収容事案として取り扱われています。

財団の収容下に移行した時点で"P"部局による管理時の記録の多くが改竄或いは破棄されており、特に非敵対的接触に対するSCP-XXXX-JPの反応が不明であった事から、収容プロトコルの確立を目的として第1次~第5次フィールド実験(RPV6による)が実施されました。また、その後財団日本支部の意向によってオブジェクトクラス見直しが要求された事7により、ヒトによる相互作用を主眼に置いた第6次~第8次及び第11次フィールド実験が実施されました。それらの結果が現行の収容プロトコルにフィードバックされています。

SCP-XXXX-JPに対する侵襲的サンプル採取は後述するSCP-XXXX-JPの性質上困難であり、葉緑素を含む点を除けば漿液に類似した物質が分泌される点、及び超音波断面測定からSCP-XXXX-JPは高度に自己組織化した有機構造物である事が推測されるに留まっています。表皮の一部に根毛に似た痕跡器官を有している事から維管束植物を起源とする事が示唆されていますが、表面は樹皮に相似の組織に加えて歯質を含む球状の外殻を備えています。表面の一部には北海道異体文字及び原始的なサーキック伝統文字に相似した未知の様式の象形文字による記述が刻印されており、財団の文化人類学者によればそれらは黙示録的な終末論及び救済を題材にしている可能性が指摘されています。SCP-XXXX-JP周辺の植物相は、紗那沼から連続する非異常性のSalix pseudopentandra8群落の一部に含まれていますが、SCP-XXXX-JP領域内に於いては後述するSCP-XXXX-JPによる影響を受けています。

SCP-XXXX-JPはSCP-XXXX-JP領域に不特定の人物(以下、被験者)が接近した際に活性化し(以下、SCP-XXXX-JPイベントAと呼称)、被験者を誘引・捕縛する特性を持ちます。現時点で対象はヒトが中心ではあるものの、ある事例に於いては被験者が連れていた飼犬と共に捕縛されました。SCP-XXXX-JP活性化イベントに際し、SCP-XXXX-JPは被験者の理解できる言語による発話を行います。その内容は概ね救援を求めるもの、或いは被験者の安全確保を勧誘の形式で訴えるものであり、これは外部記録装置によって記録されています。被験者がSCP-XXXX-JP領域に侵入した後、被験者は自発的にSCP-XXXX-JPとの接触を試みます。その後、SCP-XXXX-JPは被験者を外見上著しく変形しながら数秒間のうちに"吸収"されます。

SCP-XXXX-JPが被験者に対して相互作用を試みる間、SCP-XXXX-JP領域周辺ではヒト(或いは同種の構造知性体)の認知機能に作用するある種のベクター(SCP-XXXX-JP-V)の発生が確認されていますが、SCP-XXXX-JPが被験者の捕縛を終え休眠状態に移行する過程で非物質化する為、SCP-XXXX-JP-Vのサンプル回収は成功していません。SCP-XXXX-JP-Vは標準的なレベルB個人用防護装備によってその影響を抑止する事が可能ですが、長時間の曝露に関してはその限りではありません。被験者は単独或いは非監視下の集団であるケースが大半を占めており、1944年以降、少なくとも蒐集院のエージェント4名、財団のエージェント/研究者5名、実験に用いられたDクラス3名、及び未確認ながらソ連軍が択捉島に上陸した時点で島に残っていた第89師団の兵員と複数の島民を含む265名がSCP-XXXX-JPの犠牲となっています。第6次フィールド実験に於いてDクラス職員がSCP-XXXX-JPに捕獲されて以降、音声分析によって当該Dクラス職員と一致する発声がSCP-XXXX-JP活性化イベントに於いて複数回確認されています。

SCP-XXXX-JPは、不定期に"覚醒"イベント(以下、SCP-XXXX-JPイベントBと呼称)を生じます。SCP-XXXX-JPイベントBはSCP-XXXX-JPイベントAから少なくとも20日以上が経過した後に発生します。SCP-XXXX-JPイベントBは日没後、SCP-XXXX-JP領域内の植生が発光する事を兆しとして最大で8時間ほど継続します。その間、SCP-XXXX-JP実体の周辺から幻像実体が出現し、それらは複数の人型を形成します。時間の経過と共に輪郭は明瞭となり、最終的には霊的発光を伴う人型幻像実体(SCP-XXXX-JP-1)の集団となります。SCP-XXXX-JP-1の各実体は個々に異なる行動を取りますが、外部からの観測に拠る限り、全てのSCP-XXXX-JP-1実体は寛いでいるように見えます。SCP-XXXX-JPイベントBの最中、SCP-XXXX-JPは不活性化時或いはSCP-XXXX-JPイベントA時と異なり、SCP-XXXX-JP領域内に侵入した全ての被験者に対して一切干渉せず、SCP-XXXX-JP-Vの生成も確認されていません。この事実が確認された後、SCP-XXXX-JP-1実体へのインタビューを目的としてDクラス職員を起用した実験が実施されました。

SCP-XXXX-JPは攻撃に対して敵対反応を見せます。SCP-XXXX-JPが発見された当時、第4旅団作業隊はSCP-XXXX-JPの存在を認識しておらず、SCP-XXXX-JPが存在していた洞窟を爆破しました。一連の作業とそのフィードバックはSCP-XXXX-JPによって対する加害行為と認識されたようです。生存者は"SCP-XXXX-JPの周囲から複数の太い枝、若しくは鋭い棘状の器官が生じ、それによって彼らを刺し殺そうとした"という趣旨の証言を残しています。GRU"P"部局の資料に依れば、SCP-XXXX-JPに対する斧や鶴嘴を用いた解体の試行に対して同様の反応を見せ、SCP-XXXX-JP領域外からの自動火器を用いた射撃に対しては"複数の攻撃的な実体の出現"、"多数の高速飛翔体を連続して射出"といった記録が残されています。第11回フィールド実験に於いてはSCP-XXXX-JP-1とは異なる外見的特徴を持った未知の実体(SCP-XXXX-JP-2)が複数出現し、職員に対する致死的な攻撃を行った事が観察されています。

後に実施されたフィールド実験に於いて、SCP-XXXX-JPの敵対反応はSCP-XXXX-JP自体への攻撃以外にも以下の行為がトリガーとなる事が示されました。

  • SCP-XXXX-JPイベントAの妨害
  • SCP-XXXX-JP-1実体に対する加害
  • SCP-XXXX-JP-1実体と被験者による対話の妨害


敵対反応の強度はトリガーとなる行為のそれに概ね比例している点、及び脅威が収束した後は直ちに沈静化する事から、SCP-XXXX-JPは攻撃の脅威度を識別・評価する能力を有していると推測されています。SCP-XXXX-JP及びSCP-XXXX-JP-2による攻撃反応の範囲が不明である点から、オブジェクトクラスは現行のまま保留とされています。

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”P”部局による敵対行動に移行中のSCP-XXXX-JP実体を描いたスケッチ














第6次フィールド実験の結果により、SCP-XXXX-JP-1が対話可能な知性を有している事、またSCP-XXXX-JPイベントで"吸収"された被験者の自己同一性を反映している可能性が示唆されました。これらの仮説を立証すると共にSCP-XXXX-JPの目的、存在理由を正確に把握するため、第7次フィールド実験が計画されました。

第7次フィールド実験の結果は、SCP-XXXX-JP-1実体が過去にSCP-XXXX-JPイベントAの被験者となった人物の自己同一性を反映しているとの仮説を立証すると共に、SCP-XXXX-JPイベントAがSCP-XXXX-JPによる単純な狩猟・捕食行動ではない事が示されました。明らかに生還したDクラス職員は自身の意志に基づいてSCP-XXXX-JPとの接触を希望していました。

第8次フィールド実験は第7次フィールド実験から生還したDクラス職員を被験者として実施され、その目的はSCP-XXXX-JPイベントAを強制的に中断させる事で被験者の経験する肉体的変容の経過を観察する目的で実施されました。実験の目的を遂行するために被験者に向かって発砲した保安要員は"P"部局の記録に相似する手段によって殺害されました。被験者は致命部位を含む複数箇所に9㎜パラベラム弾を受けながらも、通常のSCP-XXXX-JPイベントAと同様の経過を辿ってSCP-XXXX-JPに"吸収"されました。

正規職員の死亡、及び志願者の不足を鑑みて第9次/第10次フィールド実験は双方向性音声通信機能を搭載したRPVを用いて実施されましたが、SCP-XXXX-JP及びSCP-XXXX-JP-1実体との対話は失敗に終わりました。







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    前書: インシデントXXXX-N29の経過はその後、内部監査室による危機管理の教材として採用されました。インシデントXXXX-N29に直接言及された箇所に関しては再発防止策の一環として報告書に添付されています。なお、内部監査室の任務特性上、進行役の詳細は伏せられています。



    [前略]

    皆さんはインシデントXXXX-N29の記録を見てどう思ったでしょうか。もし"誰の責任を追及すべきか"、或いは"誰が無能であったか"が真っ先に頭に浮かんだのであれば、残念ながらあなたは職責ある立場としては相応しくない、という事になります。故意や怠慢によって引き起こされたのでない限り、事故は個人や組織そのものに起因するのではなく、運用上の仕組みに欠陥がある事を示しています。

    今まで財団は多くの超常事物に遭遇してきました。我々はその収容方法を確立し、それを維持する為に苦心してきたはずです。そしてまた、我々はそれらが破られた原因の多くが、収容事案の脅威以外の理由で発生していた事を知っています。

    私は倫理委員会内部監査室に所属する者として得られた教訓をあなた方にフィードバックする使命を負っています。

    それでは、実際に私が事故原因の究明に携わったインシデントXXXX-N29を事例として、時系列順に発生した事象を一つ一つ見ていきましょう。まず最も致命的と思われるエラーから紹介します。これは、人的資源管理の失敗を示すものです。

    インシデントレポートにも明記されている通り、実験の初期段階、nPDNの操作を担当していた助手を務める███研究員はその起動に失敗しました。しかも複数回に亘って。これ自体はインシデントの発生原因ではありませんが、第11回フィールド実験を完遂できなくなる恐れがあったのも事実です。このミスによって実験を指導する██主任は███研究員に対する不信を募らせました。結果として彼は███研究員に対して"無能"と決めつけ、彼を叱責し、その上でnPDNの操作を███研究員から換わろうとしました。指導役は実験全体を俯瞰し、必要な判断を行う役割を負っていますが、この時点でその役割を果たすべき人物が不在になったと同時に、相互の円滑なコミュニケーションが成立しなくなりました。更に██主任は失われた時間を取り戻す為、本来行われるべきクロスチェックを省きました。結果としてセットすべき機能の幾つかが見落され、nPDNはテストモードで起動されました。nPDNが実験途中でシャットダウンした理由はこれです。

    nPDNを含むユーザーインタフェースにも問題がありました。nPDNはテストモードで起動する際、ヘッドセットに音声でそれを伝えます。これは元々の製品には無い機能で、財団本部の技術部門によってカスタマイズされた事によって実装されました。それ自体は改悪ではありません。██主任も███研究員も共に同種の機材の取り扱い経験がありましたが、この独自改造品を実践環境で使用するのは初めてでした。これは見落としが発生した可能性の一つであり、もしかしたら███研究員が数度に亘って起動に失敗した理由かもしれません。

    ユーザーインターフェース上の問題は他にも見出す事が出来ます。SCP-XXXX-JP領域内に立ち入る職員に貸与されるヘッドセットは、端末内蔵のGPSと連動してSCP-XXXX-JP領域内の滞在時間に応じた自動警告が流れる仕組みとなっています。ですが、██主任はその時、ヘッドセットの音量を最低に絞っていました。明確な理由は不明ですが、可能性を推測する事は出来ます。

    実験プロトコル上、指導役は警告音声の通達を1分間隔で設定するよう規定されています。彼はそれを煩わしく感じたのでしょう。事実、我々の事情聴取に対し、彼が指導役を務めた幾つかの実験に同行したある研究員は、彼にヘッドセットの音量調節をどうやればいいのか質問された事があると答えました。そしてまた、██主任はnPDNの操作を代わった際、███研究員にカウントを設定するよう指示する事もしませんでした。結果、滞在時間を正確に把握している人間は現場には存在しなくなります。

    更に、インシデントそのものの帰結には直接影響はしなかったものの、nPDNの起動後チェックリストにも不備があります。抜粋資料、1-4をご覧ください。"ディスプレイの「threshold」項目に表示される数値が適正値である事を確認する"とありますね。チェックリストは誰もが目で見て分かるものにすべきです。定量的な指標が指定されているのであれば、"適正値"という曖昧な語を用いる訳ではありません。具体的な指示が必要でした。

    さて、話を戻します。██主任がnPDNの操作を代わった時点で、███研究員は██主任の役割を代行すべきでした。人数も時間も機材も限られている状況に於いて、それらを最大限に有効活用しなくてはなりません。少なくとも███研究員はそれを理解していたようです。彼は██主任に指示を仰ぎました。██主任は"俺が指示する事以外は何にも触れるな、何もするな"と苛立ちを隠す事なく極めて高圧的に応じました。結果、彼は何も言えなくなります。見ていた他の保安要員も同様です。この場を彼一人が支配する状況となったのです。これはつまり、例え██主任がミスを犯したとしても誰も指摘できない状況になったという事です。そして、事実として彼はSCP-XXXX-JPに生じた未知の変化に気づくのが遅れ、それを███研究員に指摘されても直ちにそれを聞き入れようとはしませんでした。

    特にこの国に於いては上位者に対して意見具申を躊躇う文化が蔓延していますから、余計にこういった傾向は強くなりがちです。

    トレーニング症候群という言葉を聞いたことがありますか?訓練で人が死ぬことは、まあ0とは言いませんが滅多にありません。彼はSCP-XXXX-JPを対象としたフィールドテストの全てに指導官として参加しており、SCP-XXXX-JPの取り扱いについては随一の経験者です。更に、彼はSCP-XXXX-JPの取り扱いに於ける指導教官の立場にあり、新規配属者は彼の下で実際の実験環境に限りなく近づけた内容のシミュレーションによって訓練されます。収容プロトコルの基礎やフィールド実験のマニュアルを作成したのも彼です。

    訓練では、基本的に全ての経過が指導教官の思惑通り進行します。そして、その立場にある人間はしばしば、全ての事象が自分の想定下にあると錯覚しがちです。これは彼特有の性向によるものではなく、誰にでも起き得ることです。

    それでは、██主任にインシデント発生の責任を負わせるべきでしょうか。ここで皆さんには資本主義のお話をしましょう。

    彼は実験の前、1週間以上に亘っての退勤時間が0時を過ぎており、一か月以上の間、終日休暇を取得する事が出来ませんでした。これはインシデントレポートには記載されていない一つの隠された事実です。彼がそこまでの激務を強いられた理由の一つは、SCP-XXXX-JPの収容プロトコル確立の期限が迫っていた事です。

    一般的に執行部は振る舞いを予測できない"Euclid”級オブジェクトが"Euclid"のままであり続ける事を望みません。収容時点で暫定的に"Euclid"に指定された収容事案は、研究が進み、その振る舞いがある程度予測可能な範囲に留まった時点で"Safe"に再指定されるか、少なくとも収容プロトコルの効率化が実装されなければ必要とされる予算は増える一方だからです。単に現状を維持すればよい、というものではない訳です。更に、彼らはそれらの収容プロトコルが確立され、"Safe"に再割り当てされた際に、それまで注ぎ込んだ資産の多くが無駄になる事も知っています。従って、サイト管理者にとっては速やかな収容プロトコルの確立、或いは効率化の促進こそが至上命題であり、Euclid級オブジェクトの収容担当者は上層部からの無言の重圧に晒され続ける事になります。彼が休暇を削ってまでタスクを過度に詰め込まざるを得なかった理由はこれらの複合的な要素にあると考えて差し支えないでしょう。

    一方、███研究員である███研究員はサイトに配属されてまだ3か月の新人です。今度は彼の行動に焦点を充ててみましょう。彼は前述の通り、数度の取るに足らないミスを繰り返しました。それは彼が初めて実際の実験手順に携わる事への緊張が原因だったかもしれませんし、前に述べた通り使用する機材の取り扱いに不慣れだったせいかもしれません。しかし、インシデントレポートには書かれていない別の事実があります。彼は第11次実験当日の早朝まで飲酒していました。酒気帯びの状態で勤務を開始するのは、確かに望ましい態度とは言えないでしょう。

    彼がそのような行動をとった理由は、SCP-XXXX-JPにアサインされた事への重圧が原因だったかもしれませんし、もしかしたら██主任や他の職員との人間関係に悩みを抱えていたのかもしれません。そしてまた、彼が不眠症に悩まされていたという証言があり、配属後のカウンセリングでは鬱病の傾向があるとの診断を受けていたとの記録もあります。だからといって彼の勤務態度が正当化されるとは思いませんが、追求すべき点はそこではありません。

    確かに、彼は健康上の問題を抱えていましたのかもしれませんし、未知のオブジェクトに対する実験に従事する立場として自身の体調を管理していなかった事は問題です。ですが、"実験に参加する者は、実験の〇〇時間以内にアルコールを摂取しない事"と明示的に禁じられておらず、またそのようなコンディションの者を勤務させない為の仕組みが無かった以上、組織として彼を咎める事はできません。そしてまた、彼自身はインシデントに直接繋がる致命的なミスを起こした訳ではないという事実があります。

    次に、同行した2名の保安要員についてです。インシデント記録にもある通り、██主任がnPDN起動時のクロスチェックを実行しようとしなかった時、██主任に対してチェックリストの読み上げを進言しています。ですが、それは前述の通り無視されました。本来であればこの時点で保安要員は彼の行動を是正するべきでしたが、それもまた為されませんでした。では、彼らが悪いのでしょうか。

    では、この二人がこのインシデントを引き起こした原因だったのでしょうか。確かに現場に於ける人的資産管理の失敗という致命的な問題の主要登場人物ではありますが、少なくとも何もしなかった訳ではありません。

    誤解されがちですが、我々内部監査室は特定の誰か、或いは部門に対して責任を追及する事を目的にしているわけではありません。我々は事故の原因調査の為に存在します。そこに"良い""悪い"という価値観は存在しません。考えてもみてください、もしあなたが何かしらの責任を負う立場にあり、そこで発生した事故に対して責任を追及され、結果として降格或いは解雇など、何かしらのペナルティを与えられる事が分かっていたとして、あなたは事故の当事者として自分のミスを正しく証言する自信がありますか?

    ヒューマンエラーが生じたとき、個人の責任を追及し、それを理由に処罰するのは大変に愚かしい事です。それは本来の事故原因を覆い隠してしまいます。一つ付け加えるとするならば、内部監査室のメンバーのうち何名かは実際に自分が携わった収容事案に於いて事故の当事者となった経験があります。必要なのは原因の追究であって、責任の所在の追究ではないという事です。

    話を戻します。保安要員はnPDNの動作後、手順に沿ってSCP-XXXX-JPの保管されている建物から退出しました。そして施設内でnPDNが意図せず動作を停止し、██主任と███研究員がその再起動を行っている間、保安要員は未知の敵対的実体による攻撃を確認し、屋内の2名に無線で警告を発すると共に、許可に基づいて交戦を開始しました。既にこの時点でインシデントは発生しており、この後に彼らがどのような行動をとったとしても、事態の収束に至る経緯は大きくは変わらなかったと思われますが、もう一つここには不確定要素が含まれています。保安要員のうち1名が使用した拳銃がサイト██の標準的な保安用拳銃として指定されている9㎜オート、ベレッタ社製92FSヴァーテック或いはそれの後継機種ではなく、私物のスプリングフィールド社製45オートのカスタム品を使用していた事です。

    45口径弾は9㎜弾に比較して、木材や壁材といった所謂"セミハード・ターゲット"に対しては、特に浅い角度で着弾した場合に跳弾を生じず、より高い貫通力を発揮する傾向があります。もちろんこれは弾種や材質によっても大きく異なる為、一概にそうとは言えませんが、結果として、発射された弾丸のうち幾つかが"封鎖棟"の壁面を貫通し、屋内から脱出しようとする███研究員の大腿部に命中して彼の行動能力を奪いました。保安要員は彼を担いで脱出を試みましたが、残念ながらそれに失敗した事はインシデントレポートに記載されている通りです。

    この1911の使い手は責められるべきでしょうか。残念ながらそれも違います。サイト██の保安部門に於いて、標準支給品を使用しなければならないという規定は無かったからです。彼は弾薬もホルスターも、ベルトや弾倉入れといった個人携行装具一式を全て私物で賄っていたようです。彼は2000$以上を費やしたそれを異動の折に手放すのは惜しかったのでしょう。そしてまた、彼の高価な愛銃を持ち込む事は自体は千島南西暫定自治区での活動に関する限り日本の法律に照らし合わせても違法ではなく、サイト██の服務規程にも違反していません。ですが、異なる装備が用いられた事で異なる結果が導き出されたのもまた事実なのです。


    [中略]


    このように、インシデントは偶然の産物ではありません。何らかの連鎖的な出来事の結果です。誰かに責任を押し付けるのは簡単な事ですが、それで事故の原因が取り除かれるわけではありません。肝心なのは全ての関係者の証言や物的証拠から真の原因、或いはそれを構成する様々な事象を一つ一つ解き明かし、それをより安全な取り扱い手順やワークフロー、マニュアルの類に落とし込む事です。そして、今回ご紹介した諸々のインシデントから我々は幾つもの教訓を得る事が出来ます。

    1点目は、既に再三述べている通り人的資産管理の徹底です。インシデントXXXX-N29は、まさにそれが失敗している典型的な一例と言えるでしょう。必要なのは適切な意思決定、状況認識、ストレス及び作業負荷管理、そしてそれらをチーム全体で維持する為のコミュニケーションです。もし誰かが現状AsIsあるべき形Tobeの不一致に気づいたのであれば、それを適切な手段で意思決定の責任者に伝えなくては、目前の問題は解決しません。

    2点目は、手順や既定、ユーザーインターフェース上の曖昧さを徹底的に排除する事です。規定されるべき事項は全て明確に、定量的に記述されるべきです。曖昧な判断基準に沿って実施された手順から導き出される結果の振れ幅は大きくなり、それが許容されるリスクを上回る事があり得る事は、本インシデントが示す通りです。些細な違いが結果を変化させるのです。これは機材の操作に関しても同じことが言えます。

    3点目は、全てのサイト管理官及び人事担当者は職員のコンディションに対して常に監視し、それを維持する事に全力を挙げるべきだという事です。心身の不調は直ちにヒューマンエラーの発生率を高めます。適切な人員を適切に配置し、勤務状況を把握し、収容事案に対して必要な人員を常時確保し続ける事でのみ、これは実現できます。

    4点目は、如何なるスケジュール上の遅滞或いはヒューマンエラーであろうと、その責任を特定の関係者に負わせるべきではないという事です。皆さんもプロトコルから逸脱した行動をとった職員が懲戒された事例を既に幾つもご存じなのではないでしょうか。ターゲットにされた職員は自身に過度な負担を強いてでもそれを取り戻そうとし、それが取り返しがつかなくなった場合はほぼ確実に責任追及を逃れるために自信に不利な証言を避け、それは真相解明の障害となります。

    最後に、我々の懸念を皆さんにお伝えしておきます。ご存じの通り、財団は世界中で数千にも及ぶ収容事案を抱えていますね。しかし、それに比してインシデントレポートの数が過少であると考えています。インシデント自体の発生数が少ないのであれば喜ばしい事ですが、如何に優れたワークフローであっても、それを設計し、運用するのは人間です。そして人間は必ず何かを見落すものであり、軽微なインシデントは日常的に発生していてもおかしくありません。それらが見逃され、或いは取るに足らない物として報告されていないのであれば、いずれそれらを原因としたより重大な事故が発生するでしょう。

    もう一つの懸念は、その数少ないインシデントレポートの粒度です。明らかに事故原因の追究に役立つ情報が不足しています。インシデント2533/C12の背景と真相を批評家たちCRITICSがSCiP-NET上の情報から明らかにした時、執行部の多くは憤りを覚え、或いは不安に駆られた結果、彼らが取った選択肢はイントラのセキュリティ強化予算の増額でした。我々は異なる感想を持ちました。あれこそが我々のしなくてはならなかった事であり、我々はそれを恥ずべきでした。"理由"とそれに繋がる証言や証拠はその場で起きたことだけではなく、関係者や機材のコンディションや背景、彼らが日常的に置かれている環境など、一見無関係に見えるありとあらゆる情報が必要です。それが足りない状況で、我々は誤った結論を導き出し、不要な犠牲とリスクを犯した上に根本原因へと至る証言を得る機会を永久に失いました。

    繰り返しますが、"誰が悪いか"などという下らない考えに囚われないで下さい。事故の発生原因を特定の個人或いは組織に求めるのは簡単ですし、それが原因で叱責され降格、或いは解雇された事例をあなた達は知っているのではないでしょうか。しかし、全てのインシデントは組織構造上の問題を浮き彫りにするものなのです。それを教訓として次に活かすことが出来るかどうかは、我々の3大任務の遂行そのものに関わります。

    我々の存在意義を維持するには、血で書かれたマニュアルを新しい血で洗い続けるしかないのです。


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