黄昏の微睡み

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 6月10日。私は各サイト管理者による遠隔会議に出席していた。議題は昨今日本国内において急速にその影響力を拡大しているある組織についての議論である。その組織は「エマニュエル・ゴールドベルクの組織」と呼称され「LRT同盟」とも通称される。当該組織について日本支部において早急に議論するよう、日本支部理事会から通達があったのだ。
「まず、このエマニュエル・ゴールドベルクというのはどのような人物なのか?」
「"獅子"殿のお話によれば元O5評議会メンバーだったとか。」
「で、そのゴールドベルクというのは『普通の』人間なのかね?」
「『普通』ならば簡単に処理できるでしょうが。」
遠隔会議に出席した40名ほどのサイト管理者はめいめい自身の意見を述べ、議論していた。だが、依然として会議には危機感が欠けていた。それも当然である。日本支部の理事はもちろん、サイト管理者の過半数は「普通」の人間ではない。私は例外に属する人種なのだが。ともかく結論としては「各サイト内でゴールドベルク派の職員がいないか精査する。」、「諜報担当の機動部隊に情報収集を強化させる」等の月並みな結論を出して散会と相なった。だが、この中にあって最も聡明で、最も非力な者達はエマニュエル・ゴールドベルクという名前に言い知れぬ危機感を覚えていたであろう。
 6月13日。「その日」は意外に早くやってきた。その日、私は理事会への報告書作成を終えてサイトの中央司令室にいた。
「何か異常はあるかい?」
私が問うと、
「ありません!司令。」
と溌剌とした回答が返ってくる。私はそれに心から安心したものだった。どうやら今日も何事もなく終わりそうだ。そう思いながら3杯目の紅茶を口に含んだ瞬間、異変は起きた。
 突如、けたたましいアラーム音が司令室を包んだ。異常を知らせる赤いランプが激しく点灯し、司令室のスクリーンの各所には真っ赤なサインが点滅した。
「セクター『白百合』で異常発生!正体不明の武装集団の侵入を確認!」
「セクター『海佐知』で異常発生!外壁が人為的な攻撃により破損!収容中の生物オブジェクト脱走の恐れあり!」
「至急隔壁を遮断!駐留機動部隊にスクランブル要請を出すんだ!」
たちまちのうちに司令室は悲鳴に近い報告と怒号に近い指示が交錯する騒乱の坩堝に叩き込まれた。かろうじて一定の秩序は保たれていたがそれは少し触れただけで容易に崩壊してしまうようなものだった。兎も角、この状況で私ができることは限られている。
「小沢君!理事会宛てに次の電文を暗号化して送信してくれ。『敵襲来ス。組織的軍隊。至急救援求ム』。」
「了解。復唱します。『敵襲来ス。組織的軍隊。至急救援求ム。』送信を完了しました。」
「宜しい。永瀬君、駐留機動部隊司令の水戸部君を呼び出してくれ。」
「はい。水戸部司令。スクリーンに出します。」
永瀬が機器を操作すると、10秒と経たないうちに白髪混じりの老将の姿がスクリーンに映し出された。
「水戸部君。私のサイト管理者権限により機動部隊え-23『凱風快晴』に対してレベル4迄の武器使用許可を出す。今より、戦術核弾頭を除くあらゆる武器の使用を許可する。収容棟から脱走したオブジェクトは極力再収容可能な状態で沈黙させてくれ。敵勢力の兵士の"完全な無力化"も許可する。」
「了解しました。管理者殿。」
水戸部は経験豊富な財団の将軍に相応しく冷静に敬礼し、通信を切った。
ひとまず、緊急対応プロトコルの第一段階は完遂された。あとは、状況の変化を待つより他にない。
1時間ほどして機動部隊から通信が入った。
「こちら『凱風快晴』第一支隊。正体不明の武装集団とセクター『白百合』で交戦中。敵は自動小銃と手榴弾で応戦していますが、確実に後退を続けています。おそらく2時間後には駆逐できる、というのが水戸部司令の見解です。」
「了解。引き続き任務を遂行してくれ。但し、セクター『白百合』では生物系オブジェクトも多数収容している為最大限注意を払ってくれ。」
「こちら『凱風快晴』第二支隊。セクター『海佐知』から脱走した生物オブジェクトは全て沈黙。再収容可能な状態です。」
「宜しい。予備収容施設への移送準備を。」
如何やら順調なようだ。混乱していた司令室も落ち着きを取り戻し、楽観的な雰囲気が漂い始めた。だが、まだ我々は最終楽章を演奏し終えた訳ではなかったのだった。

 突如、警報装置が作動し今まで以上の見られなかった南側での異常を知らせた。
「司令!サイト南西部より極めて大規模な武装集団の侵入を確認!サテライト・アイより推定…1,000人を超えます!」
「馬鹿な!それだけの規模の部隊が監視にも引っかからずに移動できるわけがない!」
「何らかの異常性オブジェクトを使用していると考えられます!ですが、この規模は…」
「GOCか、カオス・インサージェンシーか…まさか?」
絶句した補佐官の疑問符の後に続く名前は即座に諒解された。しかし、誰も口にはしなかった。あまりにも突飛だったからではない。あまりにも突然であったからだ。「彼ら」の存在を知らされたのはここに2、3日の間のことに過ぎず、皆、まだその実在を信じ切れていなかったのだ。
「水戸部司令より緊急電です!」
スクリーンに映し出されたのは疲労困憊し所々に血を滲ませた包帯をした老将の姿だった。
「管理者殿。セクター『白百合』方面に敵の増援が出現した。南東の敵と合わせれば、我々の規模を優に超える。最早、勝利の目は無くなった。後我々にできるのは遅滞戦闘で時間を稼ぐくらいだが、それも後どのくらい持つか…」
悔しさを噛みしめながら老将は言った。私にできたのはただ考え込むだけだった。

 司令室を絶望感が支配し始めた頃、突然私の脳裏にある考えが「降りてきた」。それは、私の脳裏に非常な整合性と説得力を持って展開されその時の私には1番の解決策に思えた。
「水戸部君。管理者として命令する。予備施設に向かった一個支隊を含む全ての戦力で、研究棟の職員を護衛しつつ敵軍の一番浅いところを突破せよ。ここから先は戦術核弾頭を含む全ての兵器の使用を許可する。」
「何ですと?」
「最早このサイト施設群の失陥は避けられない。ならば極力人命とオブジェクトの保護を優先するまでだ。君は直ちにさっきの命令を伝達するんだ。」
「…わかりました。」
次に私は研究者達のトップを呼び出した。
「主任研究員の乱童寺博士を。」
「了解しました。」
そしてスクリーンに現れたのはまだ20代ほどに見える若い男の研究者だった。
「乱童寺博士。君は研究棟に収容されているSafe級オブジェクトとサンプルを持って機動部隊共に脱出してくれ。それからデバイスやコンピューターの研究データはバックアップデータベースへの保存を確認してからオールデリートしてくれ。」
「了解。」
それだけ短く答えると、乱童寺はスクリーンから消えた。その後私は本部棟に勤務する職員に向けて放送を行った。
「本部棟で職務を遂行している勇敢なる職員諸君。こちらは中央司令室だ。今から指示することをよく聞いてもらいたい。既に敵はこの本部棟まで後わずかな距離まで進撃している。最早このサイトの失陥は免れないところまで来てしまった。故に私はサイト管理者の権限を持って750緊急プロトコル第三段階の執行を命令する。繰り返す、直ちに750緊急プロトコル第三段階を執行し、しかるのちに非常用シェルター地下通路から脱出せよ。」
最後に私は通信官の小沢に対して、
「直ちに財団機動部隊え-13『よだかの星』の出動を要請してくれ。もうこうなったら連中ごとこのサイトを焼き尽くす。対生物オブジェクト用に強化された特殊収容棟を除く全ての地上建造物を攻撃的処理する。」
と命令した。小沢は蒼白になりながらも最終手段を示す暗号「サクラサクラ」と「ヨダカノホシ」を送信した。

 もうこれでやるべきことは全てやった。私は強い疲労を感じ、椅子にもたれかかった。後は、地下司令室から伸びる地下壕を通って脱出するだけである。だが、私にはサイトの最期を見届ける義務があった。私は私以外のすべての職員に即時の脱出を命令した。そして、その瞬間敵の攻撃により発電センターが破壊され、電源供給が一時的に停止した。即座に予備電源に切り替わったが、この事はサイトの終わりが近い事を嫌が応にも我々に示していた。私は脱出を急がせた。司令室の人間が全て脱出したのを確認すると、最後に私はスクリーンを確認した。味方の戦力集団を示す水色のアイコンは脱出作戦が順調であることを示していた。私は満足して自分も脱出するために地下壕の入り口へ急いだ。だが、行き着く前に私の身体は激しい揺れで吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。それと同時に四重の隔壁と自律防御戦闘システムを突破して「敵軍」が司令室に突入してきた。私の意識が途切れる前に最後に捉えたのは逆三角形に「L」、「R」、「T」の3文字をあしらったエンブレムであった。

 

 次に私が目を覚ましたのは薄暗い部屋の中だった。私は椅子に座っている。ここは何処だろうか?そう思って周りを見回そうとすると、私の耳元で誰かが囁いた。
「久しぶりだね。█████君。」
本名を呼ばれた私はギョッとして声の方に向き直った。しかしそこには誰もおらず、代わりに反対側から、
「君のお陰で随分と作戦が捗ったよ。心から感謝する。そして、君の活躍は私達が進めている計画の第一の成功だ。本当に素晴らしい。まさに勲章ものだ。」
優しく、それでいて有無を言わさず私の心の奥に染み通る声は私に全てを思い出させた。ー私が命じられた事も、深層に植え込まれた命令も、自分自身を騙していた事も
「君が機動部隊に突破作戦を命令した時、私は作戦の成功を確信したよ。事実、作戦は大成功だった。君のサイトに収容されていたものは全て我々の手に落ちた。全く君の働きは素晴らしい。私が深層に刷り込んだ命令を見事にこなしたばかりではなく、自らをも騙して、全く無意識のうちに、或いは錯覚のうちに、正確に実行してくれるとはね。」
最早、私は何も言わなかった。全てを思い出した以上無益な事だったし、何よりこの声に対して言葉を返すという発想自体が私の頭には浮かばなかった。
「ずっと黙っているが、まさか本当に忘れてしまったのではないだろう?さあ、言ってごらん。君ならわかるはずだ。私が誰なのか?答えてくれ。」
問いかけに、私は答えた。ただ一つの、絶対的な答えを。
「はい、我らが総帥。エマニュエル・ゴールドベルク…。」


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