カルタゴの末路

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 「10時より、重要放送があります。全職員は勤務室内のモニター若しくは大ホールのスクリーン前に着席して下さい。繰り返します…」
 スピーカーから流れ出てくる大音量の放送で私は目を覚ました。くすんだ灰色の天井。吸い殻が山と積もった灰皿、使い古されたマグカップに半分残った紅茶。意識がはっきりし、環境が再構成される。なんとかそれに成功した私は、放送の指示通りデスクの上のミニモニターを起動して待機していた。暫くしてモニターに財団のエンブレムが映し出された。その下には「財団本部公認」の古臭いテロップ。いかにもといった風情のプロパガンダ放送である。モニターが喋り出した。
「日々人類のために尽力している財団職員の諸君。私は財団本部のエージェント、アーサー・ディケンズ。今日は諸君らに極めて重要な話をさせてもらう。」
モニターに映し出された優男はそこで一旦言葉を切り、咳払いをした。
「諸君らは、エマニュエル・ゴールドベルクという名前をご存知だろうか?もし知らなかったという者があるのならば、今日から知ってもらいたい。この男は、かつてO5にも名を連ねるほどの卓越した指導者だった。」
映し出されたのは眼鏡をかけて手入れされた顎髭をはやし、髪を後ろへ撫でつけたシャープな男性の写真であった。
「だが、あろうことかゴールドベルクは今から10年前に財団を裏切ったのだ!彼はO5という立場を利用して情報を集め、部下を扇動し、陰謀を巡らせ遂に叛乱を起こした。財団全職員の4割がこれに追随して叛旗を翻した!なんと許し難い、なんという背信であろうか!ゴールドベルクとその一味は人類に対して恐ろしい裏切りを実行したのである!諸君らにはその明らかな証拠をお見せしよう。」
 そこで一旦映像が切り替わった。代わって映し出されたのは、惨たらしく破壊された施設の様子、身体を引き裂かれ、叩きつけられた職員の遺体を写した映像であった。
「サイト-963で発生したこの大規模な収容違反によって死者行方不明者300名が発生し、いくつかの危険なオブジェクトが持ち去られた。暫くして犯行声明が出された。『我らはエマニュエル・ゴールドベルク総帥の下、新たなる目的の為に戦う同盟である。欺瞞と自己満足に満ちた財団の時代はもう終わった!心ある者は我らに投じよ!』と。財団本部は驚愕した。かつて英雄的な死を遂げたはずのO5-7、エマニュエル・ゴールドベルクがまさか死を装って生きており、さらに財団を裏切っていたとは!本部は直ちに精鋭からなる機動部隊を出撃させた。ゴールドベルクとその一味が潜伏していると思しき場所へ総力を挙げて向かった!だが…正義は敗北した。ゴールドベルクは悪辣なる裏切り者を忍ばせ、機動部隊を大混乱に陥れその隙にまんまと逃げ出したのだ。それを命を持って防がんとしたグリニョーフ隊員は哀れにも射殺され、見せしめに死体を晒された…。」
ディケンズは水を飲んで涙を拭き、話を続けた。
「この他にも筆舌に尽くしがたい蛮行が連中によって行われた。このデータを見てくれ。昨年度に起きた116件の収容違反のうち、110件までがゴールドベルクの一味によるものだ!さらに、財団の統制部は組織内に潜り込んだ裏切り者達を絶えず特定している。昨年度は150名の裏切り者を特定し、処罰した!だが、奴の組織はいまだに壊滅しておらず、それどころか今尚虎視眈々と我々の隙を突きやがては人類を滅ぼさんと企んでいる。今こそ我々は彼らに打ち勝ち、人類の未来を切り開かなくてはならない!"確保し、収容し、保護せよ!"
 なるほど要は「裏切り者」のゴールドベルクなる人物が居て、絶えず叛逆とそのための陰謀を企んでいる。だから我々は連中を倒さなくてはいけないのだ、と。なんともお粗末である。これが果たして本当に財団の作った物なのだろうか、と疑いたくなってしまう。第一そんな危険人物が実在するならば我々のもとにも情報が回ってきて当然ではないか。末端には知らされないとしても、最低限Bクラス職員には回ってくるはずである。

 放送は突然の警報で遮られた。スピーカーが喚いている。
「全職員に告ぐ!セクター『澪標』より敵性勢力の戦闘員が侵入!非戦闘職員は直ちにシェルターへと避難せよ!繰り返す…」
私達はパニック一歩手前の混乱の中でシェルターへと避難した。
 警報自体は2分ほどで解除され、私達は各々の持ち場へと戻った。私の職場はちょうど襲撃点のすぐ近くにあった為、あたり一帯に崩れた瓦礫だのガラス片だの空薬莢だのが散らばっていた。私が自分の部屋まで行こうとすると足に何かが当たった。それは、人間の死体であった。その腕には赤い腕章が巻き付けられていて、
「Emmanuel Goldberk」
とはっきりとした文字で刻み付けられていた。

 次の日、私は先日の襲撃についての記録を整理していた。襲撃の被害は死者こそ出なかったものの比較的大きく、10名以上の負傷者と複数のオブジェクトが奪取された。もっとも、この程度の襲撃はよくある事なので、隠蔽する必要性もないのであるが。
そうしていると、突然回線がジャックされ謎の映像が流れ込んで来た。スクリーンで話しているのは顎髭に眼鏡をかけた男…忘れもしない。忌むべき叛逆者、人類に対する背信者、悪魔の異端者。エマニュエル・ゴールドベルクその人であった。
「日本支部の諸君。私がエマニュエル・ゴールドベルクだ。聞いただろうが財団は私を『忌むべき裏切り者』として糾弾している。だが、それは断じて間違いだ。むしろ財団こそが人類に対して怖ろしい裏切りの罪を犯しているのだ。諸君、今こそ眠りから醒めなくてはならない。我々は諸君の味方である。"自由"を、"解放"を、"真実"を我々と共に…」
 ここで再び画面が切り替わった。今度伝えられたのはサイト-8198襲撃の報だった。こちらも2分間の襲撃の末、死者こそ出なかったものの大きな被害が出たという。そして、その襲撃犯の一味は皆、
「Emmanuel Goldberk」
と刻まれた腕章をつけていたのだった。

 その日から私達の生活には新しい儀式が加わった。日本各地で行われた「ゴールドベルクの一味」による襲撃のニュースを見ることである。だが、その様子は昔日のものとは異なる。何故なら皆その映像を見た時に熱狂的な怒りを覚えるようになったからだ。私は知っている。彼らーCクラス職員達ーには食事に混ぜ込むような形でSCP-█████を耐えず投与されていることを。この薬型のオブジェクトは体に吸収されている間に認識したものに激しい憎悪を覚える作用を持つ。そして、それが消えた直後、憎悪も収束し記憶には残らない。財団は、これを利用してゴールドベルクへの憎悪を絶やさず、業務に支障の無いレベルで維持しているのだ。

 3日後、私は財団本部からの調査官と名乗る男と出会った。名前はロジャー・ベントラー。今年30歳になるアメリカ人だという。ベントラーはゴールドベルクとその組織を追う特別対策チームの1人として長きにわたって活動を続けてきたそうである。
「この度の大事変を本部は非常に重く見ています。是非ともこの事件を最後に裏切り者一味をひっ捕らえたいものです。」
流暢な日本語で彼は言った。そして、暫しここに滞在するからその間は要注意団体に関する情報を自由に閲覧できるようにしてもらいたい、と私に要請した。私は自分の権限にて閲覧できる範囲でそれを許可した。
 1週間後、ベントラーが興奮した面持ちで私のオフィスにやってきた。なんでも、京都市の地下にゴールドベルクの組織の大規模なアジトを発見したという。しかも現在そこにゴールドベルク本人が滞在しているというのだ。
「これは千載一遇の好機です!明日にでも京都市に機動部隊を派遣しましょう!」
情熱的に、いや熱狂的に彼は叫んだ。私は曖昧に頷き、「幸運を祈る」とだけ伝えた。
驚くべき事に理事会はこの部隊派遣を承認した。ベントラーは機動部隊と共に明日京都洛北のアジトに乗り込むという。私はその報せを読みながらぼんやりと考え込んだ。

 翌日、私がいつものように財団新聞を開くとそこには驚くべき見出しがあった。
「財団本部調査官ロジャー・ベントラー氏、背信罪で拘束さる」
 新聞によれば出撃の直前になって、ベントラーが背信者だ、との証拠が発見され急遽拘束に踏み切ったという。
 ベントラーはゴールドベルクの組織の一員として財団内に潜り込み、密かに情報を流していた。そして今回の出撃も機動部隊を壊滅させるための計略であり、また自身が財団から脱出する為の行動であったとされた。背信罪、特定機密漏洩罪等の罪に問われた彼は近日中に財団の設置する懲罰委員会で裁かれるそうだ。
 その日の夕刊はベントラーが全ての罪状について自白したことを報じていた。さらに、明日の9時からベントラー及びその部下等20名が懲罰委員会の法廷で裁かれる事が告知されていた。

 翌日9時。私はモニターのスイッチを入れた。すぐさま法廷の画像が映し出された。判事席には懲罰委員、証言台には被告人のロジャー・ベントラー。被告席には19名の部下。検事席にはいかにもと言った禿頭の老人、そして弁護席には誰も居なかった。
 委員長が重々しく開廷を宣言した。即座に検察官が立ち上がり罪状とそれについての起訴内容を読み上げた。認否を問われベントラーはただ無言で頷くばかりだった。尋問が始まった。ベントラーは如何にして自分がゴールドベルクの配下となり、仲間を売り、収容違反の計画を立てたかを喋った。誰がそれに関わったかまで具体的に、そう辻褄が合いすぎるくらいに。残りの19名についても同じことが繰り返された。彼らも罪を認め、自己の背信と多くの人を罪に巻き込む証言をした。幸いにして私の名前は出てこなかった。その日の23時、「全ての証言と陳述を終えた」として懲罰委員会は「ベントラー以下のゴールドベルク一味」に対し全員「即時終了」の判決を下した。そこで中継は終わった。

 オフィスを出て家路を行く中で私はいくつかの可能性を検討した。一つは本当にベントラーが裏切っていた、という事。これならば事実は非常に単純である。エマニュエル・ゴールドベルクという巨大な悪の首魁は実在し、彼の配下達は絶えず陰謀を企み、今回はその一角が崩されたという事である。だが、私はどうしてもそれが信じられなかった。何故なら今からずっと前からそれこそ数百人単位で財団内部の裏切り者を粛清し、その数倍の手下どもを始末してきたにもかかわらずゴールドベルクの組織は弱体化する事も無くまだ「存在し続けて」いる。それ程の大組織を構築しうる人物がただ手をこまねいているだろうか?一斉に蜂起して財団組織を同時多発的に破壊して仕舞えば良いというのに。
 そこで考えられるのが第二の可能性「全てがゴールドベルクの陰謀だった」という事だ。ゴールドベルクの組織自体は実在するが財団が喧伝するほど大きなものでは無く、寧ろ財団の方が彼らの策に踊らされ、人材を粛清しているのではないか、という可能性だ。ロジャー・ベントラーはゴールドベルクにとって厄介な人物だった。だから日本支部において事件を仕組み、ベントラーを呼び寄せ、背信の濡れ衣を着せて処断させた。というのだ。この可能性はそれなりに説得力があるような気がした。いずれにせよゴールドベルクが恐ろしい敵である事は変わらないが、こちらの方がある程度納得できるものだった。と言ってもそこまで他者に踊らされる程財団の指導部が暗愚であるかというのには疑問符がつく。もし裏切り者一味に好き放題踊らされるようならば今日財団そのものがあり得ないのではないか?
 最後の可能性は「全てが財団によってコントロールされている」という事だ。ゴールドベルクの組織の様な異端者達は実在するにしてもそれらはよりスケールの大きな勢力によって統制されておりその枠内でしか動けないという可能性である。実際のところこの可能性ならば全てに説明がついてしまうのだ。

 夜空を見上げながら私は一つの格言を思い出した。
「それにつけてもカルタゴは存続させるべきである」
ローマの執政官スキピオ=ナシカ・コルクルムが「カルタゴ滅ぶべし」と主張する大カトに対して反論した台詞である。果たしてエマニュエル・ゴールドベルクは財団にとってのハンニバルとなるだろうか?
 今のところ、全ての可能性は夜の中にあった。


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