鵺怪文書

享保の初め、増上寺の法会にて、祐天和尚の語りけるを留むなり。
いずれの御時にか知らず。千万の人々の住まる珠敷の京に、すぐれていまめきたる方々の邸、甍を競いて軒を連ねし内に、落ち果てむとせし朝顔の露にもに似て、長き築地もあばれたる邸一つありけり。
いづこの御方の邸にか、とて人々問ひ交わすに、先の斎宮の御所にて、去りぬ幾年に、つまなる按察大納言殿共々儚くなり給ひにければ、うしろみなき姫君一人にて、かくのごとくうつろひ給ふ。
斎宮の御娘なれば、斎の姫君と人々呼び奉る。
斎宮の御父君なる帝、世の人亭子院と呼び奉りしを、去年崩じ給ひ、今の帝、御母君の異にせし御方にておはしますれば、顧みる御方無く、とぶらふ者もさらになし。
姫君も、いづれの御方に逢はむ、とも思はれ給はず、尼そぎの丈にだに御髪を伸ばせ給はず、初冠か、髪上げもせぬめざし髪の童の短き様にまで落とし給ふ。
また御髪の様も、御年に似合はず、富士の嶺の白雪の如くに真白におはし、人皆あやしと見奉る。
白き御髪には合はぬ事、とて同じく白き眉をば抜き給はず、歯黒めなどし給はざるもまた故となりにけり。
かかりしかども、その御有様、いと清らにて世にたぐひなき程にておはしまし、また様々の遊び、才なども殊にかしこくおはします。さうと知られ給へば、いづれの公卿も、詩歌にて風雅を凝らし給ひ、前栽の花も雪白しとなりぬべき。

斎の姫君、つとめて起き給ひ、御衣など召されけるに、世の数多あり侍りし姫君の、袿など数多重ねて、襲の色、幾枚重ねむなど相競ひ、唐衣のうつくしげなるを求む、心得ぬこととて、いやしの者共の衣なる、小袖をば紅葉を下に、上には墨を重ね給ひ、緋袴をだに召されず。ただ斎宮の召し給ひける白の唐衣をなむ、父母の恩を忘る事なく、後世をとぶらふとて、召されける。
帝、如何にあらむといへど、孫の姫君とて、詔下され給ふに、内舎人をば守りに付かしめ内に舎一つ賜はす、とて仰せ給ふに、姫君、母君、先斎宮なりつつ、人臣にあふ。これ罪せらるの例なむあり侍る、とて辞し給ひけり。
未だ邸にて、とぶらひとまねびにのみ嗜みけり。
弥生十七日。桜の花も咲きにけり。位持つ御方々はかはらずあへてとぶらひ給ふ事なし。
けふは童共の来るや、菓子など持てとて姫君、さぶらふ女房に仰す。
邸は京の南、民草の住処にありければ、あたりの民草百姓の者ども、いとめづらしの姫君や、とて折々にくだものなど奉り、童などは、御前の孫廂などにさぶらひて、物語、手習などしつつ、時に鞠や雛など賜ふ。
弥生のあたたけき日なれば、つとめてより童共の声響きしを聞き給ひて、けふもまた何人か来むと思し、女房らを呼び給ひて、菓子など用意して、童共を待ち給ふ。

されど、けふは声こそすれど、一人だに来ず。あやしう思し召めされ、何事かありけむと思ひ給ひし折、御前に参りさぶらふ者あり。
光遠とて召す。声は聞ゆとも、童共の姿だに見えず。何事ぞとて問ひ給ふに応えて曰く、中宮の桜見物の行啓に、雲客上達部あまた随ひ給ふに、人々ものめづらしく一目だに見奉らむとて、大路に罷り出で侍る。
げにと思す。然らばとて菓子など下げ、けふは何人も尋ぬ事なからむ、いとつれづれなりと仰すに、君に随ひて見奉らむと光遠たはぶれに申す。
姫君、汝乳母子なれば殊にゆるす、二度とはゆめゆるさじ、八十島かけて漕ぎ出だせむとてうち笑み給ふ。
しばしありて、女房共、市女笠、装束など支度して、姫君に着させ奉る。
光遠共に出づ。うつろひ給ひてより久しければ、女房、随身共に去る者多く、女房、雑仕女はなほ幾人か残れるも、随身下男は光遠の他に無し。外向きの用、全て光遠のなすところなり。
故に付き随ひ給ふも光遠のみなりけり。直垂にて、姫君をば、大路へ具し奉る。
大路は民草にて溢れければ、童共に頼みて波をば抜け給ひ、最前へ出で給ふ。
中宮に随ひし上人、公卿など、御車いとはなやかなりて、随身、車副あまた随へて行き給ふ。
姫君、后腹の姫宮の御娘なれば、世異なれば己は女王にて栄華の日々を過ごしつるか、はたまた川の流れにとらはれて、泡沫の如く消えはてぬかとて御心あはれに思す。

にはかに人々さわぐに、あれぞ中宮の御車にて侍り。
人々、御車に随ふ御方々のうちに、殊に清げなる者侍りとてののしりさわぐ。
曰く、あれなるは左の大臣、堀川の関白の太郎君、白梅の大将ぞや。
白梅の大将、いと清げにおはし、光大将、または照新大将とも聞ゆ、とて光遠、姫君につつめき奉る。
大将白馬に乗りて御車を導き奉り給ふ。御様いとなまめかしうて、世の人々羨み奉るもげにとや思す。
姫君も、あな艶極まりぬ御方なり。かの齢にて大将に成り給ふ、只人にはよもあらじ。如何なる姫君をばつまにかなさるべき、と思し、稀なる御有様をば見つめ給ふ。
さるべきにやありけむ。大将、御車共々姫君のおもてに渡らせ給ひし時、一陣のつむじ風吹き荒びて、市女笠をば飛び去りぬ。御髪、かんばせもあらはになり給ひて、大将いたくおどろき給ひつつ、姫君をなむ見つめ給ふ。
光遠、とて姫君背後へ隠れ給ふ。直垂の袖をひかへ給ひて、怖ぢ恐れ給ふ。
ちいさき御体いたく震え給ひて、光遠、疾く戻らむ、疾く、疾くと仰す事、いみじう心苦しき御気色なり。
光遠、いとかたはらいたしと思ひつつ、姫君の手を引き奉り、邸へ戻らせ奉る。
人々、あれぞ斎の姫君の御姿ぞや、聞こえし事に偽り無く、まことに清らにおはし、たぐひなき御有様なりとて、扱ひ奉る。

白梅の大将、姫君の御姿にいたく驚き給ひ、乳母子の忠常召して、あれなるはいづこの姫君ぞや。市井の女にはよもあらじ、いづれ名のある御方の御娘なるべし、と仰す。
忠常応へ奉りて曰く、あの姫君は先の斎宮の御娘にて、斎の姫君と聞え侍り。御父君はもとは二世の王なるを、人臣に下り給ひて、大納言に按察使かけ給ひしを、共々若くして儚くなり給ふなり。
大将、げにとや思す。つつめき給ひて曰く、御幸なりぬ後、物ととのへよ。歌などそへて奉らむ。
姫君帰り給ひて、装束を解き給て後、御帳の奥に引き篭もり、臥して泣き給ふ。
光遠、いと無碍なる事をばし奉る。まことに咎ありけむ。罪し給へ、とて申すに、姫君、もとより汝が咎にあらず。されど、斯くの如き辱、忍ぶるに堪へ難きものなり。暫しおもてより去れ、とて応へ給ふ。
罷り出づ。姫君臥して、打ち泣き給ひて後、しばし眠り給ひけり。
君、起き給へ、とて女房の申しけるを聞きて、起き給ふ。
日は既に傾きて、夕暮れ時なれば、灯台など女房共持て来たり。
光遠、いづら。こなたへ、とて召す。されど、光遠姿だに見えず。
あやしと思し、姫君、御帳より出て、邸の乾の方に渡らせ給ふ。
ふるきは侍所とて、随身家人数多さぶらひし所なり。

光遠、とて姫君侍所に入り給ふ。光遠いたく驚きて、何事かありけむ、急の事に侍りしか、とて問ひさわぐを、姫君留め給ひて曰く、こなたへ召さむとしけれど、姿だに見えず。いづらとて尋ねけるに、とて打ち笑み給ふ。
恥入て、あなうたての事に侍る、と思ひてただ黙するばかりなり。
姫君、夕餉時なれば、またおもてに来よ。世の事共など語らむ。京辺りなれば、知らぬ事も多かるべき、とて光遠が手を引き、戻り給ふ。

夕餉にて、例の如くに、光遠を召して共にものし給ふ。うつろひ給ひて久しき程に、夕餉もまた省き給ふ。飯の他には民草と変はる所なく、青菜、干魚などを召す。
知るところなど鄙なる所にありけるも、あへて物など重く取らせ給はず、わづかに取らせ給ふ物も皆女房などに賜はす。とぶらひにあへて清らを尽くす故無し、とて仰す。
姫君、白梅の大将なる人、如何に、とて問ひ給ふ。応へて曰く、左の大臣の太郎君にて、世にたぐひなくなまめかしうおはし、復賢くもおはします。大臣、御母君、かしづき給ふ事斜めならずおはし、齢も若き内に大将に権中納言かけ給ひて、皆羨み奉りて侍る。
父主は二世の王なるも、きはむる官は大納言なれば、とてあはれがり給ふ。
なれば、いと恋もまた多かるべき、とて問ひ給ふに、然り、とて応えて曰く、一京皆噂し奉るに、前坊の后の御息所、帥宮の大君など、数多聞え侍るなり。
源氏の君の如くなり、と思す。いづれの姫君をばつまに立て給ふべし、とてうち笑み給ふ。

既に大殿籠る。光遠、御帳の御前にさぶらひて、孫廂に直りて弓など持て辺りを伺ふ。
門の前には帝の遣はせ給ふ随身幾人か有り、宿直の役をば果たしけり。
一度は随身の仰せ辞し奉り給ふも、光遠一人なれば、まことに心許なき事とて、帝特に宣旨下され給ひて、夜半の間のみ、とて随身幾人か差し下され給ふ。
姫君、やかましき事、と思すも、光遠、女房共は頼もしげなりとて、門前、侍所にさぶらふ事のみ許し給ひて、光遠には御帳の前にさぶらふべしとて仰せけり。
夜も更けて、草木だに起きずと云ふ頃光遠が前の庭の透垣にかげあり。
誰か、と弓とり矢をかつがへて問ふに、逃げ去りぬ。門に居たる随身共に、怪しき者あり侍り。何処へ、と問ふに、あの者は追うべきにあらず、とて応ふ。如何に、と問へば応へて曰く、彼の者、白梅の大将の手の者なり。
大将の如何なる思し召しか、と光遠いぶかるも、ひとまずは捨て置かむ、とて帰る。
つとめて姫君起き給ふ。起き給ひて、けづり髪、御手水などまゐりて、例の事共せむ、とて行ふ。
法華経櫃より取り給ひて、ただ大納言殿、斎宮の後世を念じ、供養し奉り給ふ。
事済みて、朝餉召し、けふは童など来む、とて菓子、鞠などまうけ給ふ。
しばしありて、童など門より入り来たりて、御前の孫廂などにてあそびけるを、こなたに鞠、石などあり。つかへ、とて童共に賜わす。男共は庭にてあそびけるに、女童などは雛、はたまた物語などしてあそびけり。
姫君、けふはいかなるものをば語らむ、とて櫃より物語ども取り出だし給ひて、童共に聞かせ給ふ。源氏の五十余巻、あさうづ、とほぎみ、在中将、うつほなどのほか、三宝絵、霊異記など数多の物語集めしものもありけり。
いづれの物語の姫君になりまほし、など童共語りけるを、いとほしきものなり、とて御覧ず。

うつほの事など物語し給ひしに、邸の門前に荷を載せたる車止まりて、者共入る。
こはなぞ、とて問ひ給ふに、光遠応へて曰く、白梅の大将が手の方々にて、君に衣など奉らむとて数多持て参りたり。長門殿の指図にて、物など運び入れて侍り。
にはかにせはしくなりにけり。荷をあらため、櫃など御前に運び奉り、見せ奉る。
深き紅の綾絹、白地に紋入れ、金泥散らしたる小袿、他にも平絹なども数多ありて、いづれもおぼろげならねば、皆驚く事斜めならず。
されど姫君嘆き給ひて曰く、此は禁色なり。ゆへに賜はす事もままならぬものなり、いとわびし。
光遠、君が御父君は二世の王にて大納言、御母君は后腹の斎宮にておはします。古来姫は父が位に随ひて禁色許され給ふ。また君は亭子院の孫にておはしまし、うへも色を聴るされ給ひぬ。何故に斯様に嘆かれ給はんやと問ひ奉る。
応へ給ひて曰く、父主の人臣に降り給ふは母主にあふ前の事にて、下り給ひし斎王の人臣に逢ふは罪せらるの例なむありける。知らずしもあらじ、今はただ、と歌に詠まれけり。亭子院、いとゆるがせなる御方にておはしまし、罪せ給はざりしかども、その子なるわれがなどてか禁色など着る。
着るも叶はず、さりとて賜はす事もままならぬ物にて、まことに惜しきものかや。
されば、如何なることわりにて、とて長門に問ひ給ひけり。
ここに文侍り、とて見せ奉るに、御気色曇り給ふ。
いかに侍り、とて長門問ひ奉るに、懸想の文なり。これに歌詠み給へり、と応へ給ふ。
皆いと驚きて、文見奉るに、

 真昼にも 咲きぬと見えし 夕顔の
       寄りてこそ見ん いま一度に

とて大将殿詠み給ひけり。京辺りならば、夕顔の君になぞらへ給ひしか。
此度の衣など数多賜はしけるも、とて女房共いたく喜びて、姫君に祝言数多聞こえ伝ひけり。
されど、姫君笑みだに浮かべ給はず、御気色も曇り給ふままなれば、光遠心得て曰く、まづはかへり事など。皆しばし御前より罷り出で侍るに、とて申す。
姫君、光遠の他は出づべし。禁色のほか、平絹などは女房、雑色の女に賜はす故、皆でと仰す。
いとありがたき事に侍る、とて皆罷り出づ。一人光遠のみ残れるに、汝、いかに、とて文見せ給ふ。
いかにとは、と問ひ返し給ふに、われは如何にかへり事せむ、汝は白梅の大将を如何に思はんや、とて仰す。
光遠、迷ひつつ応へて曰く、堀川の関白殿の太郎君にて、妹君数多女御とて入内し給へり。またなまめかしう、類ひなき御有様にて、如何なる栄華富貴も思ふままにて、女房など皆喜び奉る事なむ斜めならず侍る。良き御気色のかへり事を。
姫君、いとわびしげに、光遠、汝も斯様の事をば申すかや。汝も、われが富貴栄華を求むと思ふとはと仰す。
光遠、さらば如何にや、と申すを留め給ひて曰く、われ思ふに大将、蝶を愛づるもそのもとが毛虫なるを知らず、花のはなやかなるを見るもその後の長き冬を思はざるなり。世の楽をこそよく知り給ふも、苦は知り給はず。苦を知らぬ御方、いかでか一人の姫のみをば愛しみ給ふ。
光遠、臣は、ただ君の幸ひのみを願ひ奉るに、と申すに、応へ給ひて曰く、わがみと汝の他にこの上何をか望まんや、とてうつくしげにうち笑み給ひける。
如何に応へ奉らむ、と思ひけるうちに、姫君墨など持て来たりて、かへり事とて歌詠み給ひけり。

 いづくにか 芦のしげれる かりやにも
        咲きぬと聞きし はなの夕顔

これを、とて光遠にあづけ給ふ。罷り出でむとするに、姫君留め給ひて、櫃より深き紅の綾絹一つ、紺の平絹など取り出だし給ひて、光遠に賜わす。斯様な美しものを、とて辞さむとするに、日頃のはたらきに、と仰せけり。

光遠出でて、京の北を指して行きけり。二条の方に出にければ、大将が邸ありて、何処より、とてものしけるに、門開きて車出て来にけり。
大八葉の車なれば、あれこそ大将が車なり、とて光遠、しばし待ち給へかし。臣、白梅の大将に申さむ事あり侍れば、しばしと留め奉る。
あやしの者ぞ、とて先駆、車副などさわぐに、光遠、夕顔の君よりかへり事侍り。此処にて奉らむと申すに、大将御簾揚げ給ひて、汝覚えあり、御幸の折に斎の姫君のそばにさぶらひしか、と仰せけり。これにかへり事侍り、とて奉るにまこと大儀なり、もの賜はさむ、とてくだもの、肴など包みて、酒と共に賜はしけり。
大将、かへり事読み給ひて、をかしげにうち笑み給ひ、光遠に問ひ給ひて曰く、姫君は物語など好み給ひにか。応へ奉りて曰く、殊に好み給ふ。物語、唐土の書、経など数多揃へ給ひけり。
げに、と思す。次に文奉る折には、櫃に物語、書など取り入れて奉らむ。と思して、光遠下がりて後、かくと仰せ給ふ。
光遠かへりぬ。大儀、とてむかへ給ふに、大将よりくだもの、肴酒と共に賜はり侍り、と物ども夕餉に添へて奉る。肴のうちに、焼鮎ありければ、塩をして召す。
未だ鮎には早きに、とて仰すに、げに、若鮎なれども、かやうに早きは稀なり、とて酒なども奉る。酒も南都の諸白なれば、かくまでも名品の類を揃へ給ふ、とて驚き給ふ。
棄つるも惜しき事なれば、とて共に召されけり。
まもなく、賀茂の御禊の祭りなれば、など光遠と語らひ給ひ、をさをさ召さざる酒なども召され、うれしげなる御有様こそ、いとかなしげにおはしましけり。
姫君、酒など召して、いささか酔ひ給ひて、光遠に寄り掛かり給ひて、そのまま眠り給ふ。
御帳の奥に運び奉らばや、とて立たむとするも、己にかいつきて眠り給ふ御有様、いとらうたげなりと見奉り、引きて罷り出づもあしき事とて、其れながら自らも座して眠りけり。

二の巻にあるべし

二の巻
しばしありて、白梅の大将、斎の姫君に物語、書など数多取り入れたる櫃をば奉り給ひけり。
いづれも未だ姫君の知らざるものなれば、殊に喜び給ひて、白梅の大将に謝せん、と文引き結び給ひてかへり事し給ひけり。
日毎に文など相交わし給ひければ、日過ぐる程に一京皆うわさし合ひ、かの大将、京辺りの邸の姫君になむ思ひ懸け給ひ、文など参らし給ひける。
姫君の邸は左京の辺り、民草数多住みし処になどと皆さわぐに、大将の通ひ給ひし処の姫君、皆安からず思す。
殊に帥宮が大君、御母君は右大臣殿の御娘にて、こよなう思い上がり給ひし方なれば、安からず思しなりて、大将にののしり、二度となものし給ひそとなむ仰せける。
されど大将、聞き給はで、朝に夕に姫君を思ひ給ひて、他の方々の邸にも通ひ給はず、忍びし恋も色に出でにければ、人々あさましと思ひ奉る。
大君、斎の姫君なるいやしの女なり、とてにくみ給ふ事斜めならずおはしまして、光遠、大君の事など聞きて、いとむくつけき姫君なり、とて恐れけり。
時すぎて、卯月の頃になりぬ。賀茂斎王が御母君おもく悩み給ひしを、つひに儚くなりにければ、斎王下がり給ひけり。
次なる斎王、姫宮の内から卜定せられければ、卯月の酉の日に祭りをばせむ、とて詔下され給ひけるに、祭りの勅使の役目をば、白梅の大将にとの御気色なれば、人々今一度かの御姿を見奉らむとてさわぎけり。

時に大将、内に参り給ひし折、梨壺の春宮が下に参り給ひて、祭りの事共など話し給ひけり。
春宮、大将より歳若くおはしますも、殊に才などかしこくおはします。竜顔の相、出で入りなどの御有様もゐややかにておはしまし、皆流石春宮かやと見奉る。
春宮、大将に問ひ下され給ひて曰く、京の民草、内裏の月客、雲上人など皆汝が事うわさす。曰く左京の辺りに通う所あり侍りしとかや。いやしの者なりと云ふ者ありけり。如何にや。
大将啓し給ひて曰く、かの斎の姫君は亭子院の孫、御母君は先の斎宮にて、今の帝の妹御におはしましけり。御父君も王氏を出でて源氏になり給ひける方ならば、いやしきには非ず侍り。
春宮笑み給ひて、されど大君はいかに思ふらむ。帥宮は帝の弟なれど、大君のむくつけきを長く嘆き給ふぞ、と仰せける。大将応へ給はず。
時に、とて春宮問ひ下され給ひて曰く、その姫君、如何なる君ぞ。知る限り申せ。
大将啓し給ひて曰く、世の常なる姫君とは異なる姫君なり。御髪は富士の高嶺の如くに白くおはすも、尼削ぎにだに伸ばせ給はず、童のめざし髪程に落とし給ひけり。白き眉も抜き給はで、歯黒めなどもし給はず。かくの如くおはしますれど、にくさげに非ず、かんばせ、姿もいと清らにて類ひなき程にておはしませば、文など奉るに、かへり事などもいと賢くなし給ひければ、事毎に。
春宮をかしげに笑ひ給ひて、かくの如き姫君のありしとは、信じ難し。一度会ひまほしかや、とて仰せ給ふに、大将もわれも今一度、とて笑ひ給ふ。

姫君、卯月になりぬ、とて衣替などし給ひけり。衣は変はらねど、物などはと皆様々に取り替へけり。
姫君は変はらず、小袖に白の唐衣着給ひけるに、女房などは袿などの色を変へて着けり。あるじよりもはなやかなり、とて姫君うち笑み給ふに、皆はぢいりて、一言だに申す事あたはざりけり。
姫君は光遠、童共と物語などし給ひつるに、女房共はかはらけなど整へけり。
大将、姫君に書など奉るほか、女房共にも文、衣など送り給ひて、取次をば頼み給ひけり。
元より女房共、皆喜ばしく思ひければ、盛に姫君に申せど、良き御気色あらざりけり。
大将奉り給ふ文、
 たかきより 見ゆる京の 珠敷も
        石とかはらじ 君ならずして
とあるにかへり事し給ひて、
 まことにて ただ一つなる 珠ならば
        いかで拾はむ 君ひとりのみ
とて仰せけるに、大将、女房共あなけけしき姫君なり、と思しけり。
かかるやうにある故に、女房共、かならずやこの君をば、と念じて様々の取次をなむし奉りける。
幾度となく申せども、姫君は逢ふ、とは仰せざりけり。されど、この上は如何にせむ、とて女房共、大将とはかりて何事か語らひけるを知り給ひけるも、あへて留め給はず、笛、琴など遊ばし給ひけり。
つひに来にけり。姫君、光遠を召して、酒など購うて来よ。と仰せけるに、めづらしき事なり、と思ひつつも、命ならばとて一献購ひけり。
酒持てかへりけり。御前にさぶらふに、姫君また仰せけるに、今夜は宿直にはあらずや。とて問ひ給ひけるに、宿直にはあらざり侍り。なれど、仰せならば、と申しけり。
ありがたし。今夜は隣の部屋に。故はいづれ話すほどに、と仰せけるに、光遠受けにけり。

夜になりぬ。日頃は既に大殿籠りし時なれど、し給はず、笛、琴など整へて、かはらけ、酒の満たしたる瓶子なども揃へて、何者かを待ち給ふ様子なりけり。
夜半の月に雲かかりし頃、つひに待つ人来たりけり。
白梅の大将、網代車にやつし給ひ、邸の門より入りて、御前の庭より孫廂に上がり給ひけり。
御簾の内より、一人待つ夜はいかに久しき、と姫君仰せけるに、大将笑み給ひて、君に奉る桜を探して、と仰せけり。
なれば明日よりは花桜折る大将と名乗り給へ、と笑ひ給ひて、庭の桜を指し給けり。
いとありがたき事に侍れど、母斎宮の植え給ひし桜のあり侍れば、と仰せけるに、大将、散るまぎはと云へど、いみじう優に咲きける桜を見給ひて、いとあはれに感じ給ひて、やはりこの姫君は、と思ひ新たにし給ひけり。
大将、姫君に申し給ひて曰く、聞き侍るに、日頃は御簾をあげ給ひて、童共と物語などし給ひけるとか。何故にけふは。
応へ奉り給ひて曰く、鬼と女とは、人に見えぬぞよきと聞き侍り。
大将笑ひ給ひ、姫君が手をひかへて、御簾より内に入り給ひて、されどけふは今一度会ふまではかへるまじと思ひて参りたり。何卒、と仰せけり。
あなうたての事に侍り。かやうになめげなる振る舞いをばし給ひけるとは、とて引き放ち、扇にて面隠し給ひけるに、大将、一目だに見せ給はざるか。かくのごとき御気色ならば、いかでかけふは語り給ふか。われ来むと知り給ひながら、かかるあたりはあやしう侍りとて仰せけり。
応へ給ひて、けふはただ女房共の数多もの賜はりし事に謝し奉らむと思ふ故なり。此方に酒など整へて参らせむと思ひしに、かやうになめげなる振る舞いし給ひけり。あまつさへ御幸の事が思ひ出づるに、いさみも既に散りにけり。
大将、許したまへ。思ひの忍ぶ事あたはざる故なれば、とて今一度はたと手を引きて、扇取り給ひ、つひに本意の如く、姫君が姿をば見給ひけり。
隣の間にありける光遠、何事かあらむ、とて刀持ちて出むとするに、姫君、
 雁も落ち 魚も沈みぬと 云ふめれど
       流れ往ぬると 誰か知るらむ
と詠み給ひけるに、大将打ち驚き給ひて、離し給ひけり。うかがひける光遠も、出づには及ばずとて、刀置きけり。

大将思ひ醒め給ひて、許し給へ、いとなめげなる事し侍りつるかな、と仰すに姫君、うち笑み給ひて、時にかやうの事は侍らむ。わが朋友も、むかし、をこなる事をばし侍りけり、と申し給ひけり。

いつの頃に、と問ひ給へるに、酒など参らせつつ、十か九つの頃に侍り。いづれわが振り分け髪も肩過ぎぬ、さればわれが上げ奉らむ、などと言ひ合ひて侍りけりと応へ給ひけり。
大将をかしげに笑み給ひて、時に、謝せむと仰せけるに、何をもってかせむと思すや。
光遠も気にかけてけり。姫君、応へ給はず、忽ちに笛取り給ひて、吹き始め給ひけり。
笛の音響きけるに、風吹きて、庭の桜吹き散らしてけり。さやけく月も照したりければ、大将いみじく感じ給ひて、側にありし琴引きて、自らも合はせて弾き給ひけり。
笛、琴ともにいみじくあはれに響きければ、光遠も忍ぶるあたはず、思はずなる涕こぼして、袖をしぼる事となりにけり。
曲果てぬれば、姫君申し給ひて曰く、うつろひてわづかの費もあり侍らず。あばれたる築地だに埋む事あたはざりければ。
大将応へ給ひて、やはり君は常なる姫君にはあらず。真白のめざし髪、その上眉抜き、歯黒めなどもし給はじ。されど、いと御有様はいと清らにて、才も振る舞いも、けたかく賢くおはします。身はやんごとなしと云へど、皆一様に変はる処無く、ただねたしとばかり仰せ給ふ。もてなしも、いたづらにはなやかなるを競ふに、君はただ散りぬ桜と月、笛を以て超へ給ひけり。
やはり、君に懸けし思ひの程を、忍ぶる事は叶わじ。何卒受け給へかし。
姫君、わづかに隣の間の戸を見給ひて、悔しげに笑み給ひて、応へ給ひて曰く、
許し給へ。君の思ひを受け奉るは叶はぬ事になむ侍る。われは身はいやしく、かくのごとき様に侍り。髪も眉も白く、皆あやしと見て、物の怪のつき給ひし姫君なり、とてひがごとを父主に申し、思い腐して侍り。
父主、母斎宮、亭子院も皆儚くなり給ひ、誰もわれをかへりみず、女房共もかく侍り。ただ一人の朋友の他は、われはこの世に何も携ふ者もあらじ。君のごとく、いとやむごとなき人にわれは打ち合はじ。若し君がわれをつまにし給はむと思し下さると雖も、思ひ上がり給へる方々、かならずやわれをにくみ給ひ、むげなる事かな、と君を言ひ破り給ひなむ。
願はくはわれを忘れ給へ。それこそ、君の幸ひならむ。
大将聞き給ひ、黙してたち給ふ。孫廂より庭に降り給ひて、今一度見返り給ひて仰せけるに、必ずや後朝の文奉る。われは君をゆめ忘れじ。賀茂の祭りにて。
門を出で給ひ、車のきしむ音響きけり。姫君、隣の間を見給ひて、光遠、此方へ、とて例の如く召されけり。

光遠参らざれば、姫君隣の間まで行き給ふに、うち泣きて辺りの事をもおぼろなれば、手を引きて出だし給ひけり。
それ、男なればかやうに泣きしははぢなるべき。とて頭を上げさせ給ひけり。
例の如く御前にさぶらはせ給ふ。まもなく大殿籠らむとて、衣などもしどけなき御有様にて、光遠と物語などし給ふ。
光遠問ひ奉りて曰く、御幸の折はいたく怖ぢ恐れ給ふに、何故に此度は。
応へ給ひて曰く、汝さぶらへばこそ。若し控へに汝あらざれば、会はむなどとはよゆめ思ふまじ。事あらば、何をも捨て置きてわがもとへ参りなむと信を致しぬればこそなり。
光遠、またもいみじく感じて、うち泣きて、臣は君が乳母子に侍り。生まれ出づる時より君の臣にて、またかくの如きありがたき信をば給はりて侍れば、肝脳地に塗るとも、君が恩顧に報い奉らむとて畏まりけり。
またも頭を上げさせ給ひ、汝あればこそわれもあり。汝なくして、われは誰と共に過ごすべき、とて笑ひ給ふ。
大殿籠らむ、として御帳台に入り給ふに、光遠問ひ奉りけり。曰く、白梅の大将を如何に思しけるか。応へ給ひて曰く、楽のみ知り給ふ人とは思はじ。いとやむごとなき故に、深く悩みわづらふ事もあり給ふ。されど、やはりわれは受くあたはじ。故は汝も知りける事なれば。
姫君目合わせ給ひけり。光遠、御前の庭に出て、一人散りぬ桜と月とを眺めて、もの思ひにうち沈みけり。

光遠、そのまま御前の床に臥して眠りければ、あけぼのに起きてけり。未だ姫君は御帳の内にて眠り給ひければ、庭に罷り出づ。
しばし庭を歩きし程に、あばれたる築地の隙間より、文引き結びたるを見つけけり。
後朝の文なり、と心得て持て参りけり。
つとめて姫君起き給ふに、文奉りけり。衣重ねで別れけるに、後朝とは如何に、とてうち笑み給ひつつ、文開き給ひけり。
 夏風に 散りぬ桜の 行く先を
     いづこと問はむ 君が笛の音
賀茂の祭りにて、とありけり。

三の巻にあるべし

時移りて、卯月の酉の日近づきぬ。御禊の日の夜半に白梅の大将文参らせ給ひけり。
賀茂の祭りには、いづこの時にそこそこを通らむ、など書き給ひけるに、女房共見奉らばやとさわぎけるに、つひに受くとてかへり事参らせ給ひけり。
皆諸共にとあらば、とて光遠久しく用ゐざりし網代車を牛飼い童と共に引きてけり。はなやかなるものは君が心に叶うまじ、とてものし奉りけり。
光遠が車を整へたる間、姫君は衣を如何にせむとて女房共と言ひ合はせ給ふ。
あの夜より、時を伺ひける女房共、つひにとて皆いたく喜びて、姫君の装ひも清げにせむとてののしりさわぎけり。
沈の箱に収めたる綾絹などを仕立て奉りて、小袖の上に単、小袿など着せ奉りければ、いとはなやかなる御有様にて、皆めづらしと見奉る。
姫君うるさがり給ひて、衣なども脱ぎ収めさせ給ひて、また童共と物語などし給ふ。
白梅の大将、姫君への思ひ新たにし給ふも、夜の事一京皆、つひに邸に通はれ給ひけりとてうわさしければ、いとあさましと思す。
されど、かく覚え給はざる方も侍り。

帥宮の大君、いと思ひ上がり給ふ方にて、此度の噂をば聞き給ひ、ことになむ憎み給ひける。
右大臣の御娘なる方を御母に持ち給ひ、帥宮は帝の弟の皇子にておはしませば、いみじくやんごとなき姫君なりとて、人々みなかしづき給ひけり。
御有様もいとめでたくおはしまし、才もかしこくおはしませど、ただ大将の思ひ懸け給ふ方々、皆ねたし、にくしと思ひ給ふ事こそ、まこと惜しむべき事なめり、とて人々思ひけり。
大君、京辺りに住みけると聞くいやしの女になむ通ひ給ふとは、いかなるひがごとぞや、とて大将にののしりさわぎ給ひける。
帥宮、大将に説かせ給ひて曰く、思ふ人のもとへ渡り給ふは世の常なれど、大君の事をばかへり見給へかし、何卒。大将、いとあさましう、わづらわしき事かなと思すも、いづれ祭りにてとて、三日今一度渡り給ひけり。
姫君の方は、大君の事いづこよりか聞けど、わろしとは思さざりければ、変はらぬ日を過ごし給ひけり。

酉の日になりぬ。大将文奉り給ひければ、そこそこになむ通り給ふとて、指して車を出し給ふ。
一条大路には、未だ時いと早かれども、車数多並びて、桟敷などにも人多くありけり。
光遠難じつつ、車導きて、列などもよく見えし処に留めけり。
時近くなりて、内にて出立の事共ありと聞きければ、人さらに増えて、難波潟の葦の如くになりて、何処に誰あらむともえ覚えず。
まもなく通り給ふ、と云ふ時になむ、大路にいとはなやかなる車、数多者共連れて来にけり。
姫君は女房共々車の内にあれば見給はざりけり。されど、外にてさぶらふ光遠は、かの檳榔毛の御車、帥宮の大君なめり、と覚へて、姫君に、今は衣を中へ引き給へ、とてつつめき奉りけり。
大君が者共、数多にて、またいささか酔ひし者もありければ、やんごとなき事、数の多き事に任せ、民草追い散らし、時に強かに打ち調じにければ、皆声あげて逃げ散りけり。
姫君、声聞き給ひてあやしう思せど、如何に網代車とて、車にはかかる振る舞いをばゆめし給はざらむ、とて留まり給ふ。
者共、姫君が車の留めし処を見て、かなたこそ良き場所に侍り、とて来たりて曰く、かの御車は帥宮の大君にして、白梅の大将のつまなる御方におはします。けふは大将殿を御覧ぜむとて出で給ひければ、すみやかに退くべし。
光遠応へて曰く、あなすさまじき事に侍り。大君の如きやんごとなき御方、その者共の方々なむ、かくの如き振る舞いをばし給ひける。
この御車もまたやんごとなき人に侍れば、退くべしとの言はいとなめげにて、受く能はざる事に侍り。
大君が者共、酔ひければ、いみじく怒りて、いよいよ罵辱の詞を放ちければ、光遠怒りけるに、姫君、こは退かむ。返へさせむと仰せけるに、衣出だし給ひければ、者共の内に物知りたる者ありて白き衣見て、あれなるは斎の姫君なめり。大将殿をぞ、豪家には思ひきこゆらむ。さばかりにてはさな言わせそ、とてののしり騒ぎ、つひには石なども投げけり。
光遠怒りて、捨て置けとの仰せも聞かで、者共に近付きければ、者共取り込めて、さんざんに打ち凌じけり。如何に智勇他に勝れるといへども、多勢を頼みてひしひしと囲みければ、傷数多負ひて倒れてけり。
姫君、光遠の行く様を御覧じて、留めむと思すも女房共袖をひかえ奉りければ、遅うなりて、倒れ臥してたる後に車より出で給ふ。
光遠の倒れて、白き狩衣も紅となりけるを見給ひて、着給ひし小袿を脱ぎ給ひて、上にかけ給ひけり。
者共、大君、いと清らの姫君ぞや、とて言葉も無くあり給ひけるに、姫君、ただ者共を睨み給ひければ、おされて者共退きにけり。
けがれも恐れ給はで、光遠を背負ひ給ひて、車にかへり給ひければ、戻らむ、彼を車に乗せて、われは歩行にてかへらむとて、長き単などは脱ぎ給ひて、いつもの如く民草の小袖になり給ひて、童を呼びて車を出させ給ふ。

大将殿、斎王の君来ぬ、とて声数多あがりけるも聞かず、只かへらむと歩み給ひければ、つひにゆきずり給ひけり。
あれなるは、と思せど、姫君ただ一目大将殿を睨み給ひて、歩み去り給ひければ、何事かあらむ、あやしと思しけり。
されど、けふは勅使の御つとめなれば、問ふ事も叶はで、過ぎ給ひにけり。
時に、列の後ろなる処、春宮使の御前を姫君過ぎぬとし給ひけるに、御車より手さし出し給ひて、其方は斎の姫君なめり、何事かあるとは知らざるも、あさましき事なり。此方の車に、とて仰せけるに、いとありがたき仰せなれど、我はけがれにければ、今はかへらせ給へ、とて去り給ひけり。
車の内にて、京にかくも清らなる君の侍りしか。かの大将の思ひ懸けしもげにや、とて春宮思し給ひけり。

邸に戻り給ひて、光遠を降ろされければ、急ぎ支度させ給ひ、御帳台の側に寝かせ給ひて、朝夕側におはしましてけり。
薬師の持ち来る薬、布なども御自ら塗り、変へさせ給ひ、三日三晩大殿籠らで、唯ひたむきにし給ひければ、四日目の朝に気を取り戻しけり。
その後も食など共にし給ひて、動かぬ腕をいたはり給ひければ、光遠いたく感じて涕落つる事限りなし。

祭り果てて、大将邸にかへり給ひて、何事かありけむと思して、大君の側にさぶらひける者共に問ひ給ひて、大路の事知り給ひければ、をこなる事なりとて、目をいからかし給ひ、いとどいみじくののしり給ひけり。
かの君はあやしの者には在らずして、亭子院三世の御子、御母君の先斎宮は准三宮賜はり給ひて、上も真白の唐衣を許され給ひし御方ぞ。網代の車に乗らせ給ひておはしますを、豪家に思ひしとて思ひ腐しなむ、あなうたてのことなりける、といみじく怒り給ひて、つひに者共を放ちて門に居る事を許され給はざりければ、その思ひいと深きものなりけりと人々互ひに相話しけり。
大将、詫びて許されむとは思しざらましかど、ともかくもと、更にきららかなる絹など数多車に載せて奉らむとし給ひけるに、姫君固く門を閉し給ひて、大将殿とは斯くなりぬ宿世なめり、報ひなれば誰をもうらみ、許したとて詮なき事に侍ればとて通し給はざりけり。
大将いと悩み給ひて、つひに床に臥して、うちにも久しく参り給はざりければ、父大臣、春宮なども何事かありけむとて案じ給ふ。

大将放ち給ひし者共、われら何故に放たれむや、何をもつてか罪せらるや、と思ひけるに、かの怪しの姫なめり、大将殿を惑わし奉りけるなり、とていたく恨みて、光遠もろともに打ち懲らさむとて兵杖など持ちて語らひければ、忠常、こはあやうし、斎の姫君のわざわひあらば、臥して悩み給ひし君も立つ事よも叶ふまじ、されどかの君はもはや恩受け給はじ、かくなれば、とて輩、女房などとはかりて、者共の行かむとせし日の前の夜に車など立てて邸に行きけり。


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