ようこそサイト-81××「水無月」へ

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 7月の蒸し暑い夜のことである。私は仕事を終えて、サイト本部棟1階の食堂、「黒猫亭」で夕食兼仕事終わりの1杯を楽しんでいた。
「あらあら、由利﨑さん。いつもお疲れ様です。」
そう言って愛想良く私にお通しを持ってきてくれるのは、「黒猫亭」で働いている職員の金子さんである。食堂の事務員とは言え、私よりも年上の彼女にはいまだに頭が上がらない。何故なら、私にとって彼女が作る食事は仕事の活力に不可欠だからだ。
「それじゃあ、このサバの味噌煮定食を1つ。それから生ビール。間違っても『財団ビール』だけはやめてくれよ。」
「はーい。承知しました。」
そう言って彼女は厨房に消えた。暫くして、厨房から料理をしているらしき音が聞こえてくる。独身の私にとって、誰かに料理を作って貰うことは此処を除いてほとんどない。全く、素晴らしいことじゃないか。誰かの愛情がこもった料理を食べさせてもらえる、しかもビールのおまけ付きだ。かつて財団謹製のビールを食堂で出して収容違反を起こしかけたとはいえ、私は素直に金子さんに感謝している。
 暫く待っていると、金子さんがビールと定食を持って戻って来た。
「はい、生ビールとサバの味噌煮定食です。」
「ありがとうございます。」
私はお礼を言って、ビールを一口飲む。ちゃんとした口当たり、どうやら財団製のビールでは無さそうだ。財団製のビールは飲んだ瞬間、味蕾が溶解するのですぐ分かる。新人職員がしょっちゅう、医務室に溢れていた頃を思い出して私は涙ぐんだ。そして箸を持って、サバの味噌煮定食を食べる。魚の身と白米がよく合って美味い。やはりちゃんとした食事は良い物だとつくづく感じる。最近日本支部全体で流行っている謎のサプリメントー原料はSCP-×××-JPーなんかよりも遥かに良い、私は心の底からそう思った。正直、私のサイトの研究員で、あれを平然と口にし、2時間後に恐ろしきメタモルフォーゼを遂げた馬鹿を見た時は、2日ほど肉魚が喉を通らなかった。やはり人間たる物、人間の食べ物を口にせねばなるまい。
 食事を終えた私は、金子さんにお礼を言って席を立つ。金子さんが、いつもありがとうございます、と言って食事を片付ける。私は彼女が厨房に戻る前に席を立った。正直な話、彼女が食事の片付けをしている様子を見るのはあまり気分の良い話ではない。誰だって、目の前で女性が粘液状に変化して、皿を分解し程なくして新しい者を生成して並べる様子を見たくはないだろう?だから私は、彼女が皿を片付け始めてから、我慢できずに舌舐めずりする前に店を出ることにしている。
 食事を終えた私は、本部棟の見回りがてら居住棟へ歩いた。時間は23時、財団職員にとっては遅い時間とは言えないが、大体の人間は眠くなる時間である。私が本部棟の南階段を登って、2階へ上がった時突如異音が響いた。パキパキ、と何かを砕くような音が踊り場に響く。だが、私にはすぐに見当が付いた。
「乱童寺博士、馬鹿な真似はおよしなさい。」
私は溜息をついて異音の主に語りかけた。すると、
「バレちゃったか〜。」
そう言って、目の前の壁が粉末状に分解されたかと思うと、奥の銀色に光る粒子が前へと出て来て人間の形を取る。そして、壁の再構築が終了したのと同時に銀色の粒子が人間の姿に戻る。
「乱童寺博士。本部棟を生物に改造するだけでは飽き足らず、こんな悪戯までなさるとは。」
「いやあ、申し訳ないね由利﨑君。夏の夜にぼんやり歩いてるカモがいたからさ、ね?」
この"現在は"金髪碧眼のチャラ男風の男こそ、本サイトの主任研究員、乱童寺博士だ。以前まで乱童寺博士はサイト-8100に勤務する優秀な科学者だったが、問題行動のあまりの多さに日本支部理事会より、"懲罰的異動辞令"を下され、此処に飛ばされて来た。正直迎える側も同情があったのだろう、この博士に比較的自由な振る舞いを許した。だが、そいつはKeter級オブジェクトの収容スペースの扉を全開にするレベルの愚行だった、と3日後に気付いた。尤も、時既に遅くその時点でサイト本部棟は1匹の巨大な生物に改造され、乱童寺博士自身も大量のナノマシンで構成される、何がなんだかわからない存在へと変化していた。
「兎に角、博士には研究室に戻って貰いますよ。」
私はそう言って左手の指をパチンと鳴らす。すると、彼の足下が急速に溶解して彼を飲み込んだ。私は溜息をついて、さっきまで彼がいたところを踏んで居住棟へ続く廊下を歩いて行った。
 私は居住棟の地下3階、いわゆる「亀の甲羅」棟に部屋を持っている。地下3階から本部棟の中央指令室までは直接エスカレーター状の何かで連結されていて、毎朝5分ほどで出勤が可能である。私は居住棟のエレベーターに乗り、地下3階のボタンを押した。が、反応しない。仕方ない、と私は階段へ向かった。地下へと続く階段を降りた私は一応、と地下1階の様子を除く。
「相変わらず騒がしいな。」
そんな言葉が、口をついて出た。本サイト居住棟の地下1階には、どういう原理か東京の歌舞伎町とほぼ同じ面積の飲み屋街が広がっている。正直に言えば、私もこれを知った時には、あまりにも荒唐無稽だと笑うしかなかった。だが、現に飲み屋街は私の目の前に存在しているし、何ならサイトの職員達はしょっちゅう此処を利用している。此処で出される料理や酒は、食べ過ぎない分には体にとても良い。この飲み屋街に繰り出した職員は、翌日驚くべき活力を持って仕事をする。但し、警告されたにもかかわらず飲み過ぎた阿呆は、3つの頭と3対の翼を持つ、なんとも言えない存在になってサイトの上空を飛び回る事になる。まあ、基本的にそういう連中は管理棟のアノマリーの餌になるか、医務室の番場先生が投与する薬で元に戻るかのどちらかなのだが。
 私は階段を降りて地下2階の踊り場へ到着した。地下2階の踊り場は、度重なる灯りの設置にもかかわらず真っ暗なままである。まあ、こればっかりは仕方がない、と私は諦めている。何しろ、元々地下2階を利用できる者がいないのだから。地下2階に興味本位で立ち入った職員は2度と帰ってこなかったし、時折地下から不思議な音波が地上に向けて放たれることがある。サイト幹部層も"何かいる"事くらいは分かるものの、正直手出しのしようがないのでほっとかれているのが現状である。
 ようやく地下3階に到着した。私は自分の部屋に入って寛ぐ。唯一安心して本が読める部屋である。壁を人がすり抜けていくこともなければ、床から牙が生えてくる事も無い、安心できる空間である。私が布団を敷いて、眠ろうとしたその時部屋の緊急コール装置に通信が入った。
「由利﨑さん!大変です。すぐに指令室までいらして下さい!」
私は止むを得ず部屋を出て、指令室に通じるエスカレーター(みたいなもの)に飛び乗った。そして指令室の扉を開けて、管理者席に座る。
「由利﨑さん、大変です。管理棟丙-イよりアノマリーの急な活性化を確認しました。該当アノマリーは、仮オブジェクト番号3369、クラスはEuclidです。」
報告してくれるのは私の秘書官である真崎さんだ。このサイトでは数少ないまともな常識人の1人である。私は頷いて、サイト駐留の機動部隊本部を呼び出す。
「はい、こちら機動部隊本部。」
「サイト管理者の由利﨑だ。直ちに水戸部指令に繋いでもらおう。」
「少々お待ちを…。はい、繋がりました。お話しください。」
すると、スクリーンには壮年の軍人の顔が映った。機動部隊え-39「よだかの星」司令官の水戸部准将はが私の顔を見つめている。
「水戸部司令、緊急事態です。直ちに機動部隊を管理棟の丙-イまで派遣して下さい。案件は、収容されていた物品系アノマリー3369の活性化です。時間がありません、急いで下さい。」
彼は返事をしない。その代わり、彼の口の中に住んでいる"アイツ"が返事をした。
「うるせぇ馬鹿野郎のスカポンタン!俺がお前みたいなクソ野郎に使われてやる理由なんか…」
此処まで言って、"アイツ"は水戸部司令に舌ごと噛み切られた。水戸部司令の方は黙って敬礼する。彼の手腕と此処の機動部隊の練度なら問題ないだろう。
 深夜1時5分。水戸部司令から鎮静化の報告を受けた私ははあ、と息をついて席にもたれかかった。すると、
「お疲れ様です。」
そう言って真崎さんが、紅茶を持って来てくれた。
「ありがとう、真崎さん。」
そう言って私が彼女の方を振り向くと、
「あっ!」
と言って彼女が足を滑らせた。紅茶は彼女から見て後ろの方向にまっすぐ飛んで砕け、彼女の頭頂部の数センチ先を溶かした。
「…真崎さん。私は言ったはずだよ?間違っても財団製の物を人に出しちゃいけないって。」
「申し訳ございません!由利﨑さん!」
私は溜息をついた。仕事ができるのは評価するが、正直このサイトでは「ドジっ子属性」は冗談抜きで日本沈没に繋がるからやめて欲しいものだ。
 朝8時、定例報告の時間。サウンドオンリーで指令室に声が響く。
「おはよう、由利﨑理一君。相変わらず、夏だと言うのに革ベストを着ているのだな。既に昨日分のレポートは提出されている。他に何か、報告すべき事はあるかね?」
「アノマリーの覚醒が1件ありました。」
「ああ、その程度なら報告の必要は無い。他に何か?」
「いえ、ございません。」
「宜しい。それでは本日も、引き続き職務に励んでくれたまえ。」
そう言って通信は切れた。
 今日も始まるのだ。サイト-81××の、愉快な1日が。

 ー基本的に、この職場では「非日常」という言葉は存在しません
  ーサイト-81××「水無月」管理者 由利﨑理一 紹介パンフレットより

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