待ち人来ず(仮題)

それは、入口だった。
なんの入口なのかはわからない。その建物は駅にも見えたし、城にも見えた。荘厳な雰囲気を持っているようにも見えたし、全てを包み込み許してくれるような優しさを持っているようにも見えた。そこへ人が絶えず入っていく。ある者は笑い、ある者は泣き、怒っている者も居れば、ただ俯くばかりの者もいる。人々の流れは絶えない。ただその中で一人、入口の脇で立ち止まっている男がいた。ただ無表情に、何か、誰かを待つように。その男は人々の群れを眺めていた。








ブライトは入口の脇で人の群れを眺めていた。


知らない顔、知らない顔、知らない顔、知らない顔。


絶えることのない人の流れをぼうっと見つめていた。


知らない顔、知らない顔、知らない顔、知らない顔。


もうどれくらいの間こうしていたかわからない。


知らない顔、知らない顔、知らない顔、知らない顔。


ただ、ブライトはここで人を待っていた。


知らない顔、知らない顔、知っている顔、知らない顔。

途端にブライトは飛び上がって、たった今発見した、知っている顔を目で追いかけた。目で追いかけたあとは顔で追い、首で追い、体で追い、足で追った。見知った顔の持ち主の肩を乱暴とも言える力でぐいと掴む。久方ぶりの手の感触をブライトは感じていた。
その男は、白衣を纏うことを嫌っていた。その代わりにカメラと光学、そしてたった一人の息子を愛していた。
やあ、コンドラキ。君にしちゃあ随分早かったんじゃないか? ブライトはそう軽口を叩こうとして、あまり通る声を出せなかった。なんせここで人を待つ間、ずっと喋っていなかったのだ。思っていたよりも喉が渇いていたらしい。声にならなかった音が空気をでたらめに震わせた。だから代わりに思いっきり肩を掴んだのだ。
「うおぁ、なんだ!? ……なんでお前がここに?」
ブライトに肩を掴まれた男は、勢いよく振り返った。そして、心底不思議そうに目の前のブライトを見つめた。どういう訳でこの人はここにいるんだ? 目がそう語っている。
「私がここにいるのはそんなに意外か?」
この状況を面白がるようにブライトが訊ねる。今度はちゃんと声が出せたようだった。いつの間にか強い力で肩を掴んでいた手は離れていて、コンドラキは痛みの残る肩を揉みながらいま一度改めてブライトを頭のてっぺんからつま先までしげしげと眺めた。よく知っている相手なのに、なんだか知らない人を見ているような、そんな気がした。まあ、何度も身体は変わっていたが、そういう話ではなく。そのままずいぶん長いことブライトを眺め、そしてコンドラキはようやく合点がいった。
「……ああ、なるほど。意外でもないな。むしろブライトは居ないとおかしいだろ。お前はこの先には行かないのか?」
さっきまで掴まれていた肩の感触は、少し前のことなのにもう思い出すことができない。
「いや、私はここで人と待ちあわせてるんでね」
「ふうん。そいつが誰だかは知らんが、まあ、そのうち来るだろ」
じゃあ俺は先に行ってるぜ。そう言い残すと、破天荒なことで知られたその男、コンドラキは至って普通に建物の入口をくぐっていった。
後に残ったブライトは、あの無骨な肩の感触を何度も思い返してはその建物を眺めていた。
「さて、彼が来るまでにどれくらいかかるかな」








その男は、いつも自身の昇進が却下されることについて不満を抱えていた。それと同時に、大量の書類事務も抱えていた。どちらかを手放せば、彼はもう少し幸せになれたかもしれないが、その男は手放すことを嫌った。
「……はぁ」
男はブライトを見るなり大きくため息をついた。その息は比喩ではなく、本当に真冬の風のように冷えていたが、男もブライトもそれを気にはしなかった。
「アイスバーグ、上司に会って早々ため息だなんて! そんなんだからいつまで経っても昇進ができないんだぞ」
「別にもう昇進のことはどうでも、いや、よくはないが……」
アイスバーグと呼ばれた男はもごもごと言葉尻を濁した。アイスバーグはどうにもブライトが苦手だった。なんせこの男は何処にでもやってきては全てを引っ掻き回していく。今もこうして、誰かに会うつもりは微塵もなかったこの場所にまで居るじゃないか。今度はいったい何を引っ掻き回そうっていうんだ? また大きなため息をつき、アイスバーグは話題を変える。
「……ともかく、どうしてここに?」
「それは、私がここにいる理由の話かい? それともアイスバーグが?」
自身がここに来た理由は言われなくとも分かりきっている事だ。わざわざ聞いたりなどしない。そう伝えようとするも、ブライトは如何にも長そうな話を始める。
「いや、いや。もういい。やっぱりなんでもない! それじゃあ、もう行くから……」
そう言ってアイスバーグは立ち去ろうとする。しかしブライトはどういう訳かその前に立ち塞がった。アイスバーグは一瞬の当惑の後、あからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「まあまあ、そんな遠慮しないで! もうちょっと話をしようじゃないか。ほら、私と君との間には積もる話もあるだろう?」
「ひとつもないと思うが」
どうにかこの場を後にしたいというのに、ブライトはそれでも立ち塞がってくる。一体なんなんだ。そんなに関わり合いはなかっただろうに、何をそんなに話したいことがあるのだろう? アイスバーグはこの男への苛立ちに自身の体温が上がったような気さえした。
「わかったわかった! そんな怖い顔するなよ! これだけ訊かせてくれ。……ギアーズの事なんだが」
その名前を聞いて熱くなっていた頭が一気に冷えた。それは、自身の最も敬愛する上司の名だった。
「ギアーズは、まだここへは来ないのか? 見かけてないと思うんだ」
「……彼は……あの人は、やることがまだ沢山残ってるんだ。僕のそれよりも、もっと多くのことがな。だから、来るのはまだ先だろうと思う」
さぁもういいだろう、行かせてくれ。そう言ってアイスバーグはこんどこそ建物の入口へと行ってしまった。敬愛する上司が居ないことへの寂しさや、ひとり置いてきてしまった後悔を、その-7℃の背中に背負って。








その男は、ふさふさの体毛でその存在を主張していたから、ブライトは一目見て彼とすぐにわかった。その男もまた、ブライトを見てすぐに側まで駆け寄った。
「やぁケイン、思ってたよりは到着が早かったね。いや、犬にしては遅かったのか?」
ゴールデンレトリバーの姿をした男は、ブライトに頭を撫でさせながらそれに答えた。
「さあ? ボクにもよくわからないんだ。でもまあ、想定よりは遅かったよ」
犬なりに表情豊かな彼はおどけたように笑う。それに呼応するようにブライトも冗談めかして会話を続けていく。
「今までケインの他に犬っぽいのは見かけなかったな。ここが動物禁制だったらどうする?」
「どうするも何も、入れないとかなり困るな。まあ、もし本当にそうだったら、君と一緒にここに居ることにでもするよ」
終始楽しげな二人だったが会話もそこそこにケインは行ってしまった。どうやらこの建物は犬の姿でも入れるようで、ケインが再びブライトのもとへと戻ってくることは終ぞなかった。そこまで予想済みのブライトはただ、もう少しあの手触りの良い頭を撫でておけばよかったと後悔していた。なんせここには動物は来ない。人間しか来ないのだから。








「おいクレフ、君にしちゃ、ちょっと来るのが早過ぎないか?」
「そうか? 私は予定ピッタリだと思ったんだがな」
クレフと呼ばれた男はいつものようにウクレレをかき鳴らす。煩わしくてしかたないと何度も苦情を言われたそれは、今はただ素晴らしい楽器としてここに在った。鼻の下に付けたシナモンロールも今はなんだか気にならない。今は、というよりは、此処では、だろうか。
「お前のことだからもっと寄り道して来るもんだと思ってたよ」
「まあ、ちょっとばかし急かされてな」
「クレフを急かす奴なんか居るのか? そいつは命知らずだな」
「もう私も年寄りだからな。世代は変わるんだよ。それを一番知ってるのはブライト、お前だと思ってたんだけどな?」
「…………"私"は知らない。知ってるとすれば"あっちの私"だろ」
「あぁ、なるほど。違いないな」


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