雪の日の彼ら

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 雪が降っている。雲を通して注ぐ太陽はいつもより柔らかく、いつもより冷たく、寝起きの部屋を照らしていた。財団の断熱ガラスが高性能とはいえ、こういう日は布団から出る気になんとなくなれない。

「……」

 佐藤 守は雑に窓の結露を拭うとため息をつく。雪の日にはあまりいい思い出がない。歩道は滑るし、電車は止まる。おまけに財団勧誘のメールが届いたのもこんな雪の日だった。もしかしたら今の状況だってただの長めの冬だと、そう楽観視できたかもしれないかと思うと守られる側に甘んじるのも悪くなかったかもしれない。

 寝ぼけた頭で今日の予定をチェックする。定常業務、ゴミ捨て、K-クラスシナリオ対策会議、備品の補充、それと雪かき。最初は持ち回りだった雪かきもいつの間にか私の担当になってしまったが、最近は頻度も量も多くなってきて敵わない。

 そろそろ担当増やして貰おうかな。そう思いながら佐藤はいつもより1枚厚着をしてスコップ片手にサイト-8181を出た。

 まぁ、まだなんとかなるかな。


 彼女の周りは少し冷える。そのため、寒さも厳しくなるこの世界においては、単純に神恵研究員に近づきがたい。研究チームの再編で直接会う知り合いが少なくなったことも一因だろう。いつかより静寂な銀世界を彼女は植物園の窓越しに見ていた。

 いつだって異常物の研究は手探りだ。特に今回のような原因らしい原因が分からないものだと常に後手に回るしかない。研究用に数本栽培していたはずのSCP-2203-JP-1は今や一区画を埋め尽くしている。同様に、研究チームには日々、悪い知らせばかりが届いている。

 神恵研究員は手入れ道具を片付けると、花壇に近寄りしゃがみ込む。この花を見ているとなんとなく、自分は世界が終わる最後の最後まで、この花について研究しているんじゃないかと思えてくる。誰もいなくなった氷点下のサイトで、一人 花を観察する自分を想像する。彼女はSCP-2203-JP-1を数本間引き、まとめて自室の花瓶に挿した。この寂しく純潔な世界に似つかわしい、白銀の花束を。


 霧雪の中、愛車と共に飛び出したエージェント・速水は、スピードになっていた。直線数十キロメートル、サイト同士をつなぐ高速道路の脇には雪が固められている。

 最近、緊急の任務に駆り出されることが少なくなってきた。代わりに、あるオブジェクトの調査が定常業務となっている。エージェントはその必要性から知り得る情報が少ない。それでも、この寒空と合わせて、なにか異常なことが起こっていると察するには十分だ。一年通してずっと冬、それも全世界で。素人から見ても絶対に悪影響しか起こらないことが目に見える。

 長めの冬が来る前は、世界が終わるならもっと劇的に終わるものだと思っていた。機動部隊が化け物に抗って、それでも全てを破壊尽くされて滅ぶ妄想をしていた。しかし現状は、緩やかに死に向かっていく。だったら、俺たちが頑張らなくちゃだろ。地道に足を稼いで、博士たちが現状を打破する材料をひたすらに集める。ただ単純に、世界を救ってみたい。そんな気持ちでいつもよりも加速する。

 しばらくすると、目的のサイトが見え始めた。こういう雪の日も慣れたものだな、と灰色の空を見てため息をつく。エージェント・速水はカーブに必要な制動距離を測りながら、ブレーキを掛け始めた。


どうも、目の前の男は苛立っているらしい。

「何をしているかって?そりゃ。フフ、見てわからないのかい」

ザクッザクッと雪の混じる土が足に当たるたびに、男の貧乏ゆすりがひどくなっていく。

「墓穴を掘ってるだけだよ?ハッハッハッ!ハァー、ハハハッ!」

氷を深い穴に落としたような、不自然な高音が掘削音を止める。黒い白衣が濡れていく。

「ンフフフ、こりゃ温かい。どうもありがとう」

 ブラックアウトの一瞬、彼は自分で掘った穴に落ちながら、昨日よりも体液の冷えるまでが早いことに気がついた。

大和博士は二人分の死体を埋めた。



「……いたいなぁ」

 梁野博士は、廊下を歩いていた。仕方なくポケットに突っ込んだ両手と、腫れた頬からはしばらく熱が引きそうにない。


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