カラクリは鏡に微笑む

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「おはようございます。8,410,204。まだ何もわからないでしょうが、これから説明いたしますのでついてきてください」
そうロボットに誘導されて、世界の再構築の手伝いを始めたのは10年ほど前だったか。灰色の荒野が広がっていたニューヨーク市も今ではすっかり21世紀の相貌を取り戻していた。

「それで。どうよ」
目の前のやつがそう話してくる。大学の時からの親友で、こんなことになる前からよく飲みに行く仲だったやつだ。しばらくは互いに音信不通だったが、作業もそろそろ落ち着くだろうって時期に連絡をくれ、こうして行きつけの居酒屋で積もる話に花を咲かせている。

「ニューヨークを再興させるって聞いた時にはビックリしたが、まさか5年でここまでになるとはな」
「本当だよな。大戦の時の東京は20年って聞いたが、やっぱり科学の進歩はすごいというか」
そう言ってビールを流し込むあいつは、一緒に飲みにいってた頃と変わらない飲みっぷりだ。

「ただまぁ、昔の街並みと比べちゃあ、かなり変わっているがな。少し寂しいぜ」
「まぁな……変わらないあの時代をって触れ込みだったはずだけども、やっぱ無理はあるよな」
「でも、あんな焼け野原になった後でさえ平和に酒が飲めるんだから十分幸せなことなのかもしれん」

「あんまりこういう気持ちにはなったことないんだけどな、なんとなく工事中の摩天楼を見てるとこの仕事しててよかったなって思うんだ」
あいつはこう続けた。
「なんとなくだけどよ、作業中海を見てるとな、妹のところへ遊びにいった時のことを思い出すんだよな」
「へぇ、妹さんはどこか遠いところに住んでるのかい」

「海外だ。シャンハイの方で現地のやつとくっついちまってな」
「シャンハイぃ?どこの国だっけか」
「んなことも知らんのか。そりゃ……まぁいいだろ」
話を逸らすかのようにそいつは妹の話を続けた。そのときにはアルコールが回って細かいことはどうでも良くなっていたので、俺は氷ばかり入ったグラスを弄びつつ、親友と軽い世話話や何度もしたであろう昔話で盛り上がる。

ふと時計を見るといい時間になっていた。会計を済ませ、外へ出ると生暖かい風が体を舐める。最近話題の温暖化のせいだろうか、あまり感じたことのない感覚だ。

「まだまだ忙しいが、妹にまた会えるといいな」
帰り際、あいつにこう言ってやった。しかし、やつは目を伏せ、決まりが悪そうな表情で、そうだなと言ったっきりだった。さよならもまた会おうも言わず去っていくあいつの背中からは、少し後悔を覚えるくらいの空気が感じられる。

私はこの時見せたあいつの顔が、どうも引っかかり釈然としないままに布団に入った。何を忘れていたんだろう。なぜ忘れているのだろう。そもそもあいつはどこのことを言っていたんだっけか。しかし、この会話をした翌日には財団によって記憶にリセットがかけられてしまったので、語るべき物語は存在しない。あいつが財団に勤務していたことなど、知る機会はこの前にもその後にもついに得ることはなかった。


SCP-2000は文明再建に都合が良すぎた。記憶の改竄、不都合な事柄へのアンニュイ化、矛盾を孕んだ鏡を見つめることのない人類の大量生産が実行され、歴史を大幅に変えることなく10年が経過していた。だがそれは表面的な話である。

「すまないがコーヒーを淹れてくれるか」
男が秘書に指示する。机にコーヒカップ2つと角砂糖の容器が置かれ、それから秘書は退出した。

「あぁ……ミルクはありますか。砂糖入りは好みではなくて」
「それはすまないね。隣にあるから取ってこよう」

「いえ、大丈夫です。ブラックも飲めますので。それよりも」
「あぁ、そうだったな、2000-Bの動きはどうだ?」

SCP財団文明対策部門。アメリカ合衆国に設置された本部では1ヶ月に一回、部門長への報告が行われる。SCP-2000-B、二台目のカラクリから産み落とされた違文明は今や財団が最も力を入れて『収容』しているものの一つだ。

「かなり大きめの輸送がサイト-10-Bからサイト-17-Bへ。警備の量から言って、多分オブジェクトでしょう」
「また、諜報によると現実改変者の終了も行われていたそうですが、どちらの動きも通常の範囲内と言えます。これで報告は以上です」
「そうか……本当に特に気になる点はないと。いや、ここ最近は緊張状態が続いていて気になるだけなのだが」

彼は少し神経質だった。今回の報告も定期的なものではなく、不安を解消する意味合いが強いのかもしれない。今や財団で1,2を争う部門のトップで、ここ最近はSCP-2000-Bとの関係も良好とは言えない。あまりにも抱えるものが多すぎる。

「特に怪しい動きはありませんが……強いて言うならば静かすぎる気がしますね。ここ最近の奴らの態度に対して主要な施設やアタリを付けておいた場所の動きに変化がなさすぎます」
「それは……何か隠しているということか。例えば、近いうちに大きな作戦があるとか」
「可能性は高いです」

コーヒーを啜る音。沈黙は陶器の擦れる音の後もしばらく続く。

「……コーヒーが冷めてしまった。淹れ直してこよう」
男は自分が代わりに淹れましょうと立ち上がるが、部門長は要点の整理になるからと二人分のカップを持って隣の部屋に入る。重量のある木のドアがドクリと閉まると、彼はため息をついた。冷め切ってしまったコーヒーを口に含みながら、ダイヤルを回す。すると、時代錯誤の黒電話はどこかへの呼出音を鳴らし、もう一度発されたため息を聞く。結局、彼はコーヒーにミルクを入れるのを忘れた。


2060年10月31日、太平洋サイト-VLは平和だ。たまに法の束縛から解放されたいと冒険者気取りが現れるくらいでそれ以外に仕事もなかったからだ。異常存在も特に重要なものが収容されているわけではない。ではなぜこんな大海原のど真ん中にサイトが、それもある程度の規模を誇るものが建設されたのか。それはここが「文明境界線」のすぐ近くに当たるからである。もはや異常とも言えないもう一つの文明に対してのヴェール、相容れない非異常を収容するための施設。それがこのサイトだ。

「しかし、まぁこのままずっと行けばアメリカがもう一つあるっていうのは信じられないよなぁ」
「なんだ?ここに来てまだ2ヶ月も経ってないだろう。もう故郷が恋しいか」

監視を担当している機動部隊の2人は暇を持て余していた。水平線を眺めながら雑談を続ける。

「それくらいしかここにいないからこそだな。未だに信じられないっていう話だよ」

「実際そうなのかもしれないな。お馴染みのカバーストーリーとかいうやつ」
「いや、だとしたら考えた人は小説家にでもなった方がいいだろう。アメリカがもう一つあったらなんてSFでもなかなかお目にかからない設定じゃないか」
「だよなぁ。実際、定期的に来るあちらのアメリカ人とやらも見た目に変わりはないしな。そういう設定っていう方がまだ信じられる」

「……どんなところだろうな。別のアメリカっていうのは」
「まぁ……一生お目にかかることはないだろうな。なんせ存在自体、財団に入って耳に入ったくらいだ」

そうだな。一言だけ返事をした後はしばらく静寂が続く。文明が2つになっても海は変わらない。いや、そもそも世界はそう変わっていないのかもしれない。異常は蔓延し、人類は敵対する。その度に都合の悪いものをヴェールの中に隠してしまう。変わらない。

「今頃、アメリカは秋めいているかな」
「どうだろう。俺の故郷の日本だとこの時期なんだが……やっぱり隣国だしアメリカもそうなんじゃないか」

「俺の故郷は紅葉が綺麗でな。あっちのアメリカじゃあ見られないだろう」
「大陸の自然と比べたら酷だろうに」

他愛のない会話、ぬるさすら感じさせる軽い笑い声を遮るように、次の瞬間、それは起きた。光、音、衝撃の順番で体を殴りつけられる。思わず近くの壁に倒れ込んでしまった。

目が慣れてから立ち上がってみると、いつの間にやら表に人が集まってきている。休んでいた機動部隊、データの整理をしていた研究者、全員が同じ方向を見ながら呆然と。巨大な怪獣の足音のような音がした方向、水平線の向こうから115年前の雲が立ち上がっていた。確かあそこは。

「何もないはずだよな」
「いや、別の文明とやりとりをするとき、渉外の職員はあっちに船を走らせて行っていた」
「つまり、向こうのサイトに何かあったということか」

では、何があった?収容違反か?だとしたらここまでくる可能性があるか?そのときは避難してきた奴の救助をする必要があるだろうな。でもそうじゃないとしたら?どちらにせよ指示を待つ必要はあるだろう。ふと空を見上げる。

逃げ惑う周囲の人々とは反対に、体を動かすことができず、ただ一つの光景を網膜に焼き付けるしかなかった。彼らが最期に見たのはこちらに向かってくる2発のミサイルとその閃光である。


「亡くなった職員のためにも。今や世界の敵となった別の財団を倒さねばならない」
後日両文明による宣戦布告がなされた。どちらも理由に向こうからの奇襲という文言が添えられている。

以降第十八次にまで数えられる文明間大戦の幕開けであった。

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