tale 心の救い方(仮題)

teruteru_5teruteru_5さん主催一文一会コンテストにエントリー予定です。
『心というものはガラス細工なのさ』を使用しました。

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現代社会はストレス社会である。伸び続ける労働時間、増える一方の仕事量、将来の不安、その他諸々……社会がそうなのだ。財団も例外ではない。いつの間にか標語のように広まっていた『財団職員は心を殺している』という言葉は、財団の現状をよく表しているだろう。
人の死に心を痛め、激務に磨り潰され、責任の重みに膝を屈する。そんな"普通"の私が心を殺さざるを得なくなったのは、何ら不思議なことではない。

さて。何日か前、私は記憶処理を施されたらしい。すっぽり抜けた数日分の記憶と、書いた覚えのない日記がそれを示している。
最初に心配するのがその数日間に引き受けたかもしれない仕事のことだったあたり、私も相当財団に染まっているのだろう。だが実のところ、記憶処理自体は珍しいことでもないので、正直どうでもいい。不快ではあるが、それだけだ。問題は、記憶処理を受けた後からある、何かについて悩んでいるような不快感と焦りだ。すっかり慣れてしまった抑鬱とはまた違うそれは、現在進行形で旋盤のように私の余裕を削り取っている。処方されていた薬を飲んでも改善される兆候が無かったので、遂に藁と違って頼れるカウンセリング室を訪れることにした。

  というわけなんです」
「なるほどねえ。それで全部?」
「はい」

ここに来た経緯を説明すると、先生はわざとらしく頷いて見せた。もっと早くに来ればよかったのに、という小言が耳に刺さる。
先生というのはサイト-81██に勤務するカウンセラーである。抑鬱の傾向が確認されてからは定期カウンセリングを受けているので、付き合いは結構長い。先生と呼んでいるのは、最初に会ったときにそう頼まれたからだ。正確に言えば"命令された"だが……まあ、どうでもいい話だ。

「やっぱり君もか」
「もしかして、他にも居るんですか?」

小さなつぶやきに対する質問に、先生が再度頷いた。希望を見つけて徐々に浮上していく私の心を他所に、さらに話は続く。
なんでも、高ストレス状態の人に記憶処理を施して、ストレスの原因を忘れさせたとき、その人にはストレスだけが残るらしい。多少の"弱い"ストレスならば簡単に忘れられるのに、ある一定ライン  当然数値化はできていない  を超えると忘れられなくなるのだとか。

「まあ、君の場合は抑鬱もあったし、何も不思議じゃないな」
「はい? ちょっと待ってください。抑鬱"も"? あの、それは  
「脂っこいハンバーガーを食べたところなんだ。見逃して」

君のためにも、とまで言われると、追及する気も失せてしまう。よく見ると隈が浮かんでいるし、先生も疲れているのだろう。
漠然とした気まずさを隠すように質問を変え、今度はストレスだけが残る理由を聞いてみる。

「雑に纏めれば、記憶処理が万能じゃなかったってこと」
「万能ではない……ああ、今までは確認されていなかった欠点が?」

数秒間考え込んだが、今度は口が滑らずに動いたようだ。化学的・数学的アプローチが困難なため、仮説の域を出ないものがほとんどらしく、今から話すのも仮説に過ぎない、と断って、先生は話し始めた。

「記憶は感情や感覚……ここでいうのは原始的な、ヒトなら誰でも持ち合わせてるようなものだね。そういうものが分離している、というのが最有力なんだ」
「原始的……ええと、喜怒哀楽とか?」
「そう。あとは苦痛とか快楽とか、恐怖とか。ほら、赤ちゃんも不快感を覚えると泣くでしょ」
「ああ、なるほど。でも、感情と記憶の独立、でしたっけ? 少し繋がりが見えないような……」

言っていることは分かるが、いまいち現実の経験や意識とリンクしない。先生もこの反応は予想していたようで、更に説明が続く。

「ほら、赤ちゃんとかって、何も知らないのに泣くだろう? こういうのは経験、つまり記憶に依らないから……」
「あー、あ、なるほど……。でも、どうしてストレスだけ? "よくわからないけど気分が良い"、みたいなのもあるのでは?」
「ああ、それは  

所謂"プラス"の感情で確認されていない理由は、そもそもそういう人は態々報告なんてしない、ということらしい。そして、難しい話などはよくわからなかったが、ストレスが引き起こす不安障害、そのうち特に漠然とした不安感を引き起こすもの  全般性不安障害と言ったか  が、記憶処理を貫通するというのが現在最有力の説だということも理解する。疑問が無いわけではないが、流石に全てを質問するのは主に時間の関係で憚られた。
情報の反芻が終わったタイミングで、見計らったかのように先生が再び口を開く。

「治療はできるけど、どうする?」

それは、ずっと期待していた言葉だった。考える間もなく頷き、詳細を聞いてみる。よくよく考えると順序が逆だが、先生なら大丈夫だろう。

「偽の記憶で不安感に根拠を与え、それを偽の記憶ごと消去する。簡単だろう?」
「それはまた手間のかかる……」

その分復帰したら無理せずキリキリ働け、というありがたいお言葉に首肯を返し、処置に関する同意書にサインする。ボールペンと同意書を先生に渡すと、代わりにA5判の紙  記憶処理の申請書が出てきた。よく読んでみると、偽の記憶の内容まで丁寧に指定されている。話しながらペンを走らせていたのは、これだったのだろう。

「じゃ、処理室まで行ってこれを提出するように。また明日おいで」
「はい、ありがとうございました」

明日には忘れてるだろうけど、と付け加え、先生が笑う。話は合うタイプだが、笑いの趣味は合わないらしい。それでもつられて口元が緩むのを自覚し、大分精神的な余裕ができたことに気づく。
手元に残された紙切れの重みは、新幹線の切符と同じくらいに感じた。




「今日までありがとうございました」
「お疲れ様。真面目なのは良いことだけど、休むのも大事だからな」

"定期カウンセリング"がようやく終わった。感謝の言葉を残して弾むような足取りで出て行った職員を見送る。
実験的に採用された、記憶処理の不具合の解消方法。まだ効率化できる点は多いが、データが増えたのは素直に喜ばしいことである。記憶処理薬の改良なども進んでいるし、実用化も遠くないかもしれない。あるいは、感情すらも洗い流すようになる方が早いだろうか。

疾うに忘れたと思っていた罪悪感を、溜息とともに吐き出す。人を騙すのはどのような理由であれいい気はしない。

財団職員は心を殺している。財団に殺されている。
だが、それでも良いだろう。ガラス細工の心など、苦しいだけなのだから。


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