蜥蜴 -Lacerta-

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おい、そこのお前。少しだけ俺の話を聞いていかないか?

なんだよ良いじゃねえか。どうせ「業務上精神に異常をきたしたエージェント」のたわごとなんだ。通りがかったついでに、ちょっと暇つぶししていけよ。相づちを打てとまでは言わねえからさ。

その気になってくれたか、ありがとよ。

財団っていう職場は奇天烈なものと多くふれあう機会がある、これはお前も同意するところだよな?生きた彫刻や死なない爬虫類、身体に海を湛えた青年だったり存在しないイナゴだったりなんかはまさに"常識ではあり得ない"奴らだ。財団ではそうしたあり得ない奴らが"間違いなく存在する"という、ある種異常な常識が成り立っている。今更お前、無差別に人を殺すだけの人形なんかと出会っても興味を惹かれるか?自然と慣れてくるんだよ、異常というものに。

だが、俺があの日見たものは、そんな異常な常識すら逸するものだった。


最初の切っ掛けは些細なものだった、空だ。俺はあるSCiPの収容業務に駆り出された……詳しくは覚えていないが、確か口からビームを吐けるデカいクマだとか、そんなようだった気がする。無事に収容が終わりふと俺が空を見上げると、一面の曇天の中に、ポッカリと穴を開けたように青空がのぞいていた。ちょうどその穴がクマの出現した地点の真上だったものだから、俺は同僚に「あそこからあのクマが投げ落とされたんじゃ無いか」なんて冗談めかして言ってみたんだ。だが同僚は不思議そうな顔で俺を見つめるだけだったから、急に気恥ずかしくなってそれ以降は空の穴について話題には出さなかった。

今になって考えてみると、アイツには穴自体が見えていなかった……いや、認識できていなかったんだろうな。

例のクマを収容してからすぐ、俺はまたおかしなことに気がついた。クマがぶち込まれた財団施設、まあ俺がもともと勤務していた収容エリアなんだが、その所属職員リストに、俺が見たこともない名前が載っていた。もちろん広い財団のことだから、俺だって全員と顔見知りというわけじゃない。だが、そいつが例のクマを担当する主任研究員だったことがおかしかった。クマを移送する際に俺はその施設にちゃんとクマのオブジェクトに対応できる人員が居るかチェックした。そして該当職員リストをチェックする時に、そいつの名前だけは一度も挙がってきていなかった。

人事ファイルによれば、そいつは「10年以上も前からこの施設に勤務」していて「生物学系アノマリー研究において優秀な業績」を残し、「理事会から直々に表彰を受けた」こともあるそうで、俺が名前くらいは知っているであろう素晴らしい人物、いや、知っていないとおかしいくらいの有名職員だった……その記述が本当ならば。

例によって、俺は同僚に何気ないふりを装ってそいつのことを尋ねてみた。同僚はまた不思議そうな顔をして、人事ファイルと大筋が変わらない説明をし始めた。普段の仕事ぶり、口癖、食堂でいつも頼むランチ……そいつについての話が、細部に至るまでリアリティを持った人間として語られていった。つい1日前までは存在しなかったはずのそいつが。それだけでも気味が悪いだろうが、何より俺をゾッとさせたのは、俺とそいつが旧知の仲として扱われていたことだ。したこともない会話の、しかし俺ならそう言うだろうというセリフが、かつてあったそいつとの一幕として自然に語られるのは、何とも言いがたい体験だった。

その他の職員に聞いても、大体同じ答えが返ってきた。当然次に疑うのは、異常によって施設全体が影響されている可能性だよな?だがミームや認識災害の類は検出されず、現実改変で俺以外全員の記憶が捏造されたということも無く、そいつと、そいつについての経歴は間違いなく非異常だった。……俺はこれ以降、何か違和感を覚えても口を閉ざすことにした。おかしいのは俺の頭の方で、もともと世界はこうだったのだと。そうしていれば、少なくとも今まで通り過ごすことは出来た。そいつ自身も、実際に会ってみると確かに気のいい奴だったしな。知らない思い出を前提に会話が進むのには困ったが。

だが3番目に起こった出来事が、俺に見て見ぬ振りを赦さなかった。

ある日、何の前触れも無く、施設の天井が消えさった。俺があっけにとられて上を見上げると、雲にポッカリと、いつかの曇天とおなじような穴が空いていた。

そしてその穴から、巨大な手が現れた。

その手は赤ん坊のそれのように丸っこくふっくらとして、血色の良い肌につやつやとした産毛が薄く生えていた。手は俺の目の前に居た同僚をつまみ上げ、そのまま空へ連れ去った。余りに異常な出来事だったが、鼻先に残った微かな乳の匂いが、その手が単なる幻覚では無いことを主張していた。手は次々に施設の設備や職員を空の向こうに持ち去っては、また降りてくることを繰り返していた。そして職員たちは自分たちに起こっていることを全く認識しておらず、優秀なアイツも、他の職員と談笑を続けながら空へと吸い込まれていった。

俺が半狂乱で施設から逃げ出し、そのまま数キロは走った先で、息を切らしながら後ろを振り返ると、すでに収容エリアは存在していなかった。比喩で無く、もとからそこはずっと更地だったかのように、一片の存在も残さず施設は消滅していた。俺はもちろん、すぐに近隣の財団サイトに駆け込んで今回の事態を説明した……そして、あの不思議そうな顔と共に「そんな施設は記録上存在しない」と返された。

まずは精神鑑定、そして様々な機械やテストに掛けられた後、俺に下された診断は「過労による神経衰弱」だった。何しろ俺の主張することは何一つとして根拠も証拠も無かったが、俺はただ見たままを語っているだけだからだ。世界の真実はどうやら俺だけにしか認識できなかった。俺にあてがわれたはずのカウンセラーが、あの手によって唐突に俺の目の前に放り込まれた時だって、誰もそれを異常だとは指摘しなかったからだ。

手は唐突に空を割って現れては、SCiPやら財団職員やらを投げ込み、また別のものを持ち去っていった。俺にはそれが、例えば箱庭造りのように、お気に入りのおもちゃを配置して遊んでいるように見えた。ああ、バカみたいだ。俺たち財団は世界を守るために活動していたんじゃない。収容されるためだけに作られた哀れなSCiPを、予定調和のマッチポンプで退治するだけのヒーロー役を任されただけ。ただあの手によって上演される茶番劇の主役を務める操り人形に過ぎないんだ。


それで俺が体験したものはこれで終わり。付き合ってくれてありがとうよ。

ああ、これで終わり。俺が喚こうが、お前が俺の話を信じようが、もう無駄だ。手遅れなんだ。

ここ一週間、今までひっきりなしに動いていたあの手が一度も現れていない。

これが意味することは1つだ。

あの手は、この世界俺たちに飽きてしまった。

お前の言うとおり、確かにそれは良いことなのかもしれない。だが、本当にこれで全て解決するのか?あの手は、俺たちの世界をただ引っかき回しているだけだったのか?あの手はもっと根源的な……この世界を正しく動かすために必要だったものなんじゃないか?

持ち主によって開かれないおもちゃ箱は、埃が積もっていくだけなんじゃないか?

俺はそれが怖い。

もっと俺たちを見てくれ!もっと遊んでくれ!まだお前の知らないものが此処には沢山あるはずだ!

頼む、箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

箱を閉じないでくれ!

俺たちを忘れないで


そして、天蓋はパタリと閉じられた。

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