愚行から始まる一週間

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事件から7日後 サイト-8142
あるエージェントの自室


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故 天王寺博士

天王寺博士が死んだ。

あるエージェントの耳にそんな話が漏れ聞こえてきたのは、食堂で昼食をとっているときのことだった。

財団職員の業務は常に死と隣り合わせで、このエージェントだって同僚の訃報などはもはや耳慣れている。しかしその噂話が、やけにエージェントの頭の片隅に残り続けているのは、ひとえに"天王寺"という名前があまりにも広く知られていたからだろう。

[天王寺博士の逸話など]

それでも彼は死んだ。

エージェントは自室のベッドにドサリと寝転がり、天井を見上げた。何かを見つめるというほどでも無かった。ただ思案の続きに耽るため、ぼんやりと何かを見ていたかった。

もちろん、天王寺博士は不死身の異常存在ではなく、ただの財団研究員の一人であった。人間である以上、死は誰にも平等に訪れる。例えそれがどれだけ有名な職員であっても。どれだけ奇行を振りまき、周囲を困惑させた男であっても。天王寺 響であっても。なら、一介の無名なエージェントに過ぎない自分は?

そこまで考えて、彼はゆっくりとまぶたを閉じる。いずれにせよ、天王寺博士は死に、自分は未だここに居る。ならば、残された者に出来ることは  

そのエージェントは、静かに彼の冥福を祈った。


事件から6日後 サイト-8179
併設購買部

「いや天王寺博士は死んでねえよ」

「え、マジスか木場さん」

少し暗い話を振ったつもりだったエージェント・速水は、思わず素っ頓狂な声を上げた。

「マジもマジ、大マジよ。なんでも収容中の事故で休職中ってだけらしいぞ。詳しくは聞いてねえが、大して命に別状はないんだそうだ」

木場購買長は、速水のバイクを手早く整備しながら

「はあー、なるほど。大ケガじゃなければ良いッスね」

「そりゃ全くその通りだな。まああの博士がへマこいて寝込んでるとこなんて想像できねえ」

「そッスねぇ、よく考えたらあの天王寺博士が死ぬなんてありえないッスよ。うっかり騙されました」

「よりによってあの日本支部の怪人がなぁ!」

木場は笑い声を上げる。

「にしてもどこで死んだなんて話になったのやら」

「"人の噂は倍の速さで"とか言いますよね」


事件から5日後 サイト-81██
研究室

[なんか収容中の事故らしい。治療に当たったスタッフは転勤願を出したそうだ]


事件から4日後 サイト-81██
研究室

平成██年度財団人事部二九八九一報
20██年██月██日

サイト-8181,財団医療部門医務室
西園寺 眞子
人事部
吹上 真

辞令




貴殿を20██年██月██日をもってサイト-8181、財団医療部門医務室付き医師の任を解き、同日、サイト-81██財団医療部門医務室付き医師に任命する。

今後とも職務に専念され、その能力を如何なく発揮し、財団の発展に寄与されることを期待しております。

以上



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確保、収容、保護

事件から3日後 サイト-81██
研究室

[転勤願を精査している職員、講習会にちょっと触れる「確かに、こりゃひどい」]


事件から2日後 サイト-8181
研究室ポスト

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20██年██月██日

財団管理部門
サイト-8181内報部

No.207976
文責: 磯日井 春也




臨時講習会開催のお知らせ

 先日サイト内で発生した収容業務中事故を受けて、職員の皆様が業務に対して一層の注意を払い、安全に活動を行うための手助けとして、臨時の講習会を開催することと決定致しました。正しい知識を身につけ、収容業務中事故の可能性を減らしましょう。皆様ふるってご参加下さい。


 1.開催日時

  • 20██年██月██日(███) 午後0:30~1:00

 2.開催場所

  • サイト-8181、南棟5階第2講堂

 3.プログラム

  • 神山博士による特別講義:標準的液体収容容器の適切な使用法について
  • 医療部門作成ビデオ: 「もしあなた特殊な治療法を受ける必要がある場合、何をするべきか。」

 4.備考

  • 持ち物不要
  • 軽食(カツサンドとコーヒー)付き
  • この講義には、日本支部理事会通告に基づく受講義務が発生します。何らかの都合により参加が困難な場合は、財団管理部門にご連絡をお願いします。
以上




事件から1日後 サイト-81██
研究室

[天王寺博士へのカウンセリング記録 物理的ダメージより精神的ダメージが大きい]


事件から42分後 サイト-8181
医務室

財団、それはこの世で最も地獄に近い場所。至る所に死の可能性が転がるこの組織において、財団医療部門は治療し、癒し、持ちうる全ての手段を用いて救命する。ときどき、それらはヒポクラテスの誓いを破る必要さえある。それでも、この財団を本当の地獄と化させないために、医療部門は職務を全うし続けるのだ。

今夜もまた、サイト医務室のベルが鳴り響く  


西園寺医師| 2:30
はい、こちらサイト-8181医務室です

エージェント・カナヘビ| 2:30
もしもし、西園寺チャン?
ボクやけど

西園寺医師| 2:30
どうなされましたか
カナヘビさん
正直眠いのですが

エージェント・カナヘビ| 2:30
そんなツンケンせんといてや
実はな、天王寺の坊が大怪我したそうなんよ

西園寺医師| 2:31
えっ、
天王寺博士が
場所はどこですか

エージェント・カナヘビ| 2:31
自室や
助け呼べない言うてたから
ボクの方から連絡してん

西園寺医師| 2:32
わかりました、今すぐ向かいます
用意をしている間
症状や経緯などを出来るだけ教えて下さい

エージェント・カナヘビ| 2:32
あー
もの凄く痛がっとるね
ちょっとでも動かすと痛いらしい
窒息死するかもしらん

西園寺医師| 2:32
なるほど
気管に何か詰まっているか
刺さっているのでしょうか

エージェント・カナヘビ| 2:33
そうやね
いや、どちらかと言うと
自分の方が詰まってもうた感じや

西園寺医師| 2:33
どういうことですか

エージェント・カナヘビ| 2:34
ほら、米国の方で大きな事件あったやろ
あれや
収容容器に身体の一部が巻き込まれてしもたヤツ
あれと同じような具合や
なんや実験中にそうなったみたい

西園寺医師| 2:34
頭が巻き込まれてしまったということでしょうか

エージェント・カナヘビ| 2:35
まあ
そう言えなくもないわ

西園寺医師| 2:36
了解です
収容容器の分解となると
技師が必要になるかもしれませんね

エージェント・カナヘビ| 2:36
そやね
出来るだけ大勢でたのむわ
早く助けたってえな

西園寺医師| 2:36
任せて下さい
ご友人は必ずお助けします

支度を終えた西園寺と共に、サイト-8181救急救命斑が出動する。深夜も煌々と輝く電灯が、天王寺博士の私室へと駆ける彼らの影を廊下にくっきりと映しだしていた。


事件から26分後 サイト-81██
サイト管理官執務室

「はァい、もしもし……」

非常識にも真夜中に鳴り出した財団内線電話の受話器を、エージェント・カナヘビは、自身の水槽に取り付けられらたロボットアームで器用につかみ取った。

カナヘビは身体がニホンカナヘビ(Takydromus tachydromoides)な財団職員である。ニホンカナヘビがそうであるように、カナヘビも昼行性であり、夜は基本寝ている。つまりは叩き起こされて非常に不機嫌だ。いみじくもサイト管理官へ間違い電話を掛けてきたのだったら、頬ッつらを張り飛ばすかクビを刎ね飛ばしてやろうと思いながらカナヘビが電話を取ると、聞こえてきたのは非常になじみのある声だった。

「なんや、天王寺博士達磨小僧やないの」


現在 サイト-81██
天王寺博士の自室

「あかんわこれ……」

天王寺響は、困り果てた様子で己の股間を眺めた。そこには、どうやっても抜けない2Lサイズのペットボトルが嵌まっていた。

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