萌ちゃん

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「墨屋先生、弱い」

財団就職以来の付き合いになる少女が不満げに窓越しの僕を睨んだ。

「勝てたら嬉しいんじゃないかい?萌ちゃん。それに先生は手加減もしてないよ」

「弱すぎてつまんないんだもん」

彼女はむくれて僕に背を向けると、好きなキャラクターを可愛がり始めたようだった。精神的に厳しい状況にある彼女だが、カウンセリングの効果もあってゲームをしている間は楽しそうである。

僕が弱いというのはキャラクターを育てて対戦するゲームでのことだ。

彼女の収容が始まった当時は甥が夢中で僕にその話をしてきていたこともあって、彼女との対戦での勝率は8割といったところだったが、昼間仕事に追われる僕と自由な時間にずっとゲームをしてきた彼女の差は21年でだいぶ開いてしまっていた。もうハンデをもらうか互いに制限されたルールで戦うかしないと勝つことはできない。ただ、もしこのゲームが対戦型アクションゲームであれば「弱すぎてつまらない」ともう5年は早く言われてしまっていただろう。

「それで、食堂にゲーム機持ち込んでキャラの育成をしてる訳ですね」

月見うどんを早々に空けてお盆ごと端によけ、腰のポーチからゲーム機を取り出した僕に、正面の晴明博士は焼き鮭定食をつつきながら言った。

「や。やっぱり失礼でしたよね。」

僕がポーチにゲーム機をしまうのを、晴明博士はお構いなく、と言って止めた。

「それが今墨屋博士ができる最善なら、私は止めませんよ」

「医学、薬学的アプローチは専門のチームに任せるしかありませんから、本当に、今できるのはこれだけなんですよね…」

「この前の定期カウンセリングでも彼女、墨屋先生が弱くなってる、ってぼやいてましたね。萌さんが強くなったんだ、って伝えておきましたけど」

「この前、って金曜じゃないですかぁ」

「カウンセリング前の雑談のことでしたし、報告するのもなんか申し訳なかったんですけど、すみません」

ゲーム機をテーブルに置き、顔を覆う。

「」

メインではないが、サポートで入っているいくつかのプロジェクトだってある。ゲームに割ける時間は決して多くないのだ。

「もっとゲームが強い人を探せばいいんじゃないでしょうか…?」

「あ、それ」

頭上の声に振り返ると、空の丼を載せたおぼんを持ったエージェント・赤羽が僕の手元の画面をのぞき込んでいた。

「ここんとこずっとCMやってるやつですよね?財団権限って発売日前に買ったりもできるんですか?」

「いや、それは新作ですね。これは去年のものですよ」

「墨屋博士ってゲームやってるイメージあんまり無かったですね。」

「まあそうかもしれないね。オブジェクトの安定収容に必要で。」

「ところで赤羽君、君は若い職員の事結構知ってるんじゃないか?このゲームが強い職員を探してるんだが」

「ゲームについてはそこまで詳しくないので強さとかはよく分からないですけど…博士、うちの上司が暇してる時に似たやつやってた気がするな」

「昼前はだいたい仕事もはけて新しいのも来ないから空いてると思いますよ」


「それで、奇跡的に最適解を引いた訳ですか」

晴明博士はバインダーに挟んだ私の人事情報のプリントと私とを視界に並べて見た。

「」

「」

予め読んできた報告書の内容とさっき受けた注意事項を反芻する。収容は2000年。当時9歳、それから毎年繰り返して、現在9歳。昨年4月、初めての事案が発生。それからサイクルに乱れが生じているため突発的な病状の悪化、発火の恐れあり  だから私の事を「最適解」と呼んだのだ。
改めて心を落ち着け、ドアを開ける。そこには、私と同じ時間を生きてきた、私よりずっと幼い少女が青緑の病院服を着て、ベッドに手をついて立っていた。

「あなたがわたしと遊んでくれる先生?髪の長いお兄さん。」

どうやら墨屋博士は職員を皆「先生」で通すつもりらしい。幼い声の「お兄さん」の響きに、私の顔は自然と苦笑いを作る。

「お姉さんなんだけどね。まあ、どっちでもおんなじだよ。」

「そうだね。お名前は?」

水鐘みずかね朱里しゅり。名字の読みは萌ちゃんと同じ。漢字は違うけどね」

「朱里先生、うん。今日はよろしくね。」

一緒にベッドに腰掛け、ゲーム機の電源を入れる。お互いの画面が見えないように、角度をつけて向かい合うように座った。あの子はとても強いんだ、と墨屋博士に脅されて真面目に組んだパーティにカーソルを合わせる。

「今は病気がどうなるか分からない、って墨屋先生、部屋に入ってこないの。だから、朱里先生は久しぶりのお客さん。」

少女は私の顔を見上げ、楽しそうに、少しだけ寂しさのある笑顔で言った。

「そっか、さみしかった?」

「…別に、部屋に入ってこないだけで対戦はしてくれたから。」

少し迷って、私はいつも使うパーティを選んだ。
ただ彼女を楽しませるのではなくて、私も楽しみたかったから。



画面に12匹のキャラクターが並ぶ。右半分は朱里先生の、左半分はわたしのパーティ。相手の6匹を見て、有利に戦える3匹を選ぶ、これまではずっと墨屋先生と繰り返してきたこと。朱里先生のパーティはよく考えられていてバランスが良い。2匹はわたしも使っている、使いやすくて強いキャラクターだ。
その中に1匹、先生の枠の左上に、場違いに見えるキャラクターがいた。丸っこくてかわいい、マスコットみたいなキャラクター。強さじゃなくて可愛さで人気になるような、そんなキャラクター。強くなった後の姿は強くて、わたしも使ってみたことはあった。だけど、この子は対戦には向かないはず。朱里先生はお茶目なのか、それかパーティの6匹目が決まらなかったのか、まさか使いはしないだろうと、そう思うことにしてわたしはいつもの3匹を選んだ。



対戦が始まる。
窓を隔てて遠く見える小さな画面をもどかしく思いながら僕は試合の進行を見ていた。
どちらが勝つかなんてことは頭に無かった。ただ、どちらかが一方的にならず、いい塩梅で勝敗が着地するように、それだけ願っていた。
先に1匹倒したのは水鐘博士。
しかし負けじと萌ちゃんが2匹目で博士のキャラを2匹続けて倒す。
水鐘博士は試合開始からほとんどずっと保ち続けた笑みを崩さず、最後の1匹を選択したようだった。
そこで繰り出された3匹目に、僕は驚きと、わずかに不安を覚えた。



息が止まる。びっくりしてわたしの時間が止まった。視線の先では、さっき画面の中央上にちょこんと置かれていたキャラクターがかわいい顔で揺れていた。画面から目が離せない。朱里先生の顔が見れない。
落ち着こう、目をつぶって、息を吸って、吐く。目を開ける。さあ、どうしよう。何をしてくるかさっぱり分からない。とりあえず、攻撃するのは危ない気がした。どの攻撃を選んでも間違いなく倒せるだろうけど、道具を使って一撃耐えて反撃してくるのかもしれない。


「あー、やっぱり負けちゃったか。…やっぱり、怒るかな、萌ちゃん。」

彼女は私の選択を手加減だと解釈しなかったか、今更不安になって、私は困り顔で誤魔化しながら聞いた。

「ううん、あの子、とっても強かった。」

ニコニコと、ただそれだけの無邪気な表情で彼女は笑った。次の瞬間には、あっ、と楽しいこと、素敵なことを思いついた顔を作ってからゲーム機を素早く操作し、開いた画面を私の前に突き出す。

「ねぇ、わたし、この子が好きなんだけど、この子も強くなる?」

「うんうん、この子ならね…」

それから、私はしばし彼女と歓談した。彼女が好きなキャラクターを活かすギミック、お互いの好きなキャラクター、これまでのシリーズと来月発売の新作について。そんな中で、彼女は私の顔を真っ直ぐに見て、嬉しそうに言った。

「ね、もしも朱里先生が同じクラスだったら、きっといい友達になってたよね。」

「…そうだね」

私には目を細めて同意するしかできなかった。

「きっと、良い友達になってたよ。」

ふふふ、と笑った彼女は満足げな顔を再び手元のゲーム機に向けた。

予定の2時間はあっという間に過ぎて、


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