拝啓、いにしえより

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拝啓、いにしえより

 古生物の研究において、化石というのは最も信憑性のある資料であると思うだろうか。実際は違うようだ。すでに、私がこの道に選んでから██世紀近く立っているが、化石から探った場合の痕跡というのは、すべて見当違いな袋小路で途絶えてしまっているのだ。

 そんな中で、私は当時の人間が大笑いするような"馬鹿げた"手法を用いて研究を続けてきた。

 畢竟、ダーウィンが『進化論』を出版した際にも、メンデルが遺伝の法則を発見した際にも、他にも数多くの偉人が、私のような境遇に置かれながらも、認められることとなった筈である。


 教壇に立って前にした研究者たちに向き合ったときには、いつもこのようなことを問うている。

「研究者として大成して多くの立派な研究をしたいと志したとき、そのとき何が大切であると思うか」

 と。

 その答えを集約してみると、そのほとんどは努力(Struggles)や才能(Capability)もしくは学位(Ph. D.)である。

 こういう答えを聞いたとき、この老獪じみた年寄りはわざとらしく嗤ってみせるのである。

 彼らはきっと自尊心を傷つけられたはずで、内心怒りに狂い、おのおのの鍵付き日記にそれを殴り書るか、あるいは宴会の席での酒肴として消化してしまうだろう。何人かを除いては。

 この例外的な若者達は、講習生の大半を眠りにいざなうような難解な講座が終わった後、健全な同級生がするような活動には目もくれない。

そして私の地下███階資料保管庫附係員室を尋ねてくるのだ。(そもそもはじめから、私が質問者はここにくるようにと宣言しているからであるが)


 私の部屋は狭い。

 財団の研究員が所有できるものとしては一回り大きなクルミ材のデスクには、たくさんの資料箱がホコリを被ったまま並べられており、その中でも辛うじて自らの空間を確保しているオリエント風のインク壺も、長らく役目が来ないまま劣化した油膜が張っている。

 デスクの三方を囲む大きな本棚には、背表紙が読めないほど劣化してしまった棚の主が高さ不揃いで所狭しと並べられている。

 デスクの前には、古い長椅子とそれに対応したテーブルが三セットある。これらは、来客のための貴重な空間である。

 上記した以外の場所はといえば、参照するために取り寄せた、あるいは参照し終えてお役御免となった、資料箱や書籍、その他多くのガラクタが所狭しと放置されている。

 そのため、机を往来できるように、コーヒーの空き箱が足の踏み場として配置されていて、これは助手のマイクが、旅行でカナザワに位置する寺院の日本風庭園のようにしたのだという。

 また、これは与太話になってしまうが、名もなきオブジェクト(一八六〇年代で潰れてしまったウィーン某所にあるカフェハウス名物であった、二ターラーのウィンナー・コーヒー1が飲み放題である)をサイト管理官の許可でドアのそばに設置していて、夜更しや来客時に重宝している。


 話が逸れてしまったが、自身の経験より、優れた研究者というのは初めから二つの素質が備わっていなければならないということを知っていた。すなわち話をよく聴くことと、孤立することである。

 既にそれらを心得ている若者は、ここをひそかに訪ね、そして私に研究の素晴らしいアイデアを求めてアドバイスを乞うのである。上唇にクリームのひげを拵えながら。

 研究者の心得を三時間ばかりかけて熱弁し終えると、私はそうそうに彼らを追い出して昼寝にいそしむ。たいていの研究は夜中に行うからである。

 老人の一日のルーティンなどを聞きたい物好きはあまりいないだろうから本題に移らせてもらう。

 私は、おおよそ一世紀と半世紀前に、痕跡生物学において、とても重大な発見をしたのである。それこそ現存するすべての生物種の起源とも言えるものである。

 私は、当時の研究グループ、今の財団を構成しているイギリス王立協会系の異常団体に付属した研究所に新設されたばっかりのオーストラリア支部の新考古学層序学2研究所に配属された。

 この部門は土いじりと揶揄されるような、大変不名誉な扱いを受けるぐらいには、有名であった。

 所長のパトリックは、そんな研究員を叱咤激励しようとレクリエーション兼歓迎会としてオーストラリア西部の地層調査を指示した。

 メンバーたちは史料整理や面白半分で渡される学問的価値の皆無な石の調査、レポートの執筆などの椅子仕事にちょうど飽きていたので、半ば投げやりに賛同した。

 我々は一週間かけて、大陸西部の様々な地層を調べてまわった。

そして最終日、グレート・サンディ砂漠の真ん中(今ではパラバードゥー3町がある地点)での酒盛りがついに解散し、各人テントへ潜ったときに事件は起こった。

 テントの中まで寒さが容赦なく侵入してくる頃、真隣のテントから、私が小さい頃からずっと家族ぐるみでの付き合いが続く、盟友で同僚のジョーが顔面蒼白で駆け込んできたのであった。

 まず彼を落ち着かせてから事情を問うと、どうやら相部屋のチーフ・パトリックが用を足しにテントの外へ出た際に、ディンゴ4らしき生き物に襲われたのだという。

 当然、ディンゴなんているわけがないわけだが、ジョーはそもそもくだらない嘘を付いて人を困らせるような人間ではないし、チーフの不在は大事なので、すぐ行動を開始した。

 すぐさま、まるで待ってましたといわんばかりに黒光りする猟銃を携えて現場へ急ぐ。

 さて、飛び出したは良いが、月明かり以外にまともな光源が存在せず、暗かったために周囲の状況がよくわからなかった。

 しばらくおろおろしていると、背後から橙色の光を感じた。

 ジョーがデーヴィー灯5を取りに行ってくれていた。

 それから光源を振り回しながら歩き回り、数分か経ったときのことだろうか。

 ジョーが突如として飛び跳ねた。

 私はジョーの方を向き、彼が指をさすのに気づき、その方向に光を向けたときのことだった。

 私はとてもおぞましいものを目撃した。チーフ・パトリックの上体と左足先が転がっていたのである。ディンゴではないことは容易に想像できた。

 私は、とにかく日が出てすぐに車で帰宅を急ぐべきだと考え、キャンプサイトへ戻り馬を叩き起こして馬車を中心に厳戒態勢を敷きながら撤退すると連絡するようにジョーに伝えた。

 彼が走り去る足音がふと、止んだ。

 そしてなにかが地面をひたひたと這う音とひどい咀嚼音がする。

 デーヴィー灯でその方向を照らすと、犬ほどのなにかがいた。

 なにかの頭を照らすと、それはなくなってたジョーの首の付け根から胴体へと頭を突っ込む、何かだった。

 思わず叫ぶ。

 するとなにかはその顔を、ジョーだったものの鞘から取り出し、面倒くさそうにもたげた。

 一瞬だけ目があった。

 私は半ば狂乱して、しかし反射的に弾を三発、そのこめかみに撃ち込んだ。狙いは外れたが、二発は確かに、なにかの目と鼻に命中した。

 グリズリー・ベア6ですら、頭に命中すればとても生きられない銃だと会社から支給されたライフル銃であったから、その黒光りは伊達ではなかったようで、なにかの頭蓋とそれにくっついた肉片が飛び散って散乱し、私の顔一面に付着した。

 そして、なにかは腹を上にして痙攣していた。

 そこから先は、よく覚えていない。
 ジョーの妻サリーと幼い娘エリーに面会して、ディンゴの群れに勇敢に立ち向かい、仲間をかばって死したことの報告を聞いて、耐えきれずに涙していたことを除いて。
 気がつくとそこは愛しい研究所のデスクであったし、卓上には企業からの勲章が飾られていた。ジョーの顔写真もある。
 同僚に二人のことを尋ねると、私はずっと自己亡失状態であり、二人を喰ったのは何だったのか、とうわ言のように呟いていただけだったそうだ。
 一応、州警察が調べても、そこは過酷な砂漠であり、もはや痕跡は見つからなかったそうだ。
 ふと右を向くと、ボーイ・スカウトで貰ったジョーとおそろいであった帽子が、服掛けに掛かっている。

 ふとそれを手に取る。

 おもわず涙を流した。

 残念なことだ、と私は悔やみながら帽子を手に取ったとき、指になにかを感じた。ゴツゴツしていて、それでいて弾力があった。

 正体を確かめようと帽子を回す。

 帽子のベルトに挟まっていたのは、なんと乾燥した肉のようなものであった。

 何を思ったか、それをハサミで半分に切ってみる。新鮮な断面が見えた。おそらく、未だに死んでいないようであった。

 私は、よほど庭に捨てようと思ったが、なぜかそれが出来なかった。仇のすべてを捨て去ってしまっては、ジョーを無駄死にさせることになるのではないかと思えたからだ。この体験は事実なのであって、研究員として伝える必要があると思ったからだ。
 そこから先はレポートを書き綴るのに暇はなかった。
 あの場所で起こったことのすべてや、目撃したなにかのスケッチと肉片を、研究所の上層部とロンドンの王立協会に送った。
 数ヶ月の間が空き、私の功績は認められるに値するという手紙とともに、今のここへやってきた。
 とはいってもそれ以来、私にとってトラウマな体験を植え付けられた層序学に全く興味が湧くことはなく、半分の肉片を入れた試験管を常に白衣のポケットに入れて、史料を整理する仕事についた。

 ここまでは、きっかけであった。
 最初の大戦が始まる頃には、私はすっかり老いた老人で、膨大に増えてゆく史料についてもどういうわけか完璧に覚えてしまい、生き字引として時折、研究員がやってきては求める史料を提供する仕事にすっかり馴染んでいた。
 私の存在は、異常性があると気付かれることがないぐらいには忘れられていたし、史料を漁ってノートをまとめているだけでも十分に楽しかったので、特段寂しいとも思わなかった。
 ついに今の財団が成立したとき、私はとうに百を過ぎていたが死んでいなかったし、自分でも
 ある晩、異常性がある人物として再発見され、尋問のためにサイト███へと移送されることとなった。あの肉片も一緒に。
 ふと、私はそいつを見ようと試験管を数十年ぶりに取り出した。
 驚いたことに、ポケットから取り出したものは、先が半分ほど砕けてしまっていた、一般的な試験管であった。
 正直私は困惑した。間違いなく深刻な収容違反を起こしていた恐れがあったからだ。しかし、伝えることもしなかった。
 あれ以来、この生きた肉片は常に一緒にいて、きっとそれがいなくなってしまったならば、その間隙にすぐさま気付いたはずであったからだ。
 現場に到着した私は、すぐさま身体の一部を採取され、様々な分析にかけられていったようであった。
くまたクロス・テストの一環として、なにかとも対面した。
 クリケット・コートの半分7ほどの大きさのケージに押し込められたあいつは、特殊鋼の鎖を挟んで、見たこともない特殊装備を身にまとった十数名の機動部隊員に囲まれた私と、にらみ合う構図となった。
 私は数十年ぶりに感じる強烈な感情のうねりに耐え、ただ淡々と話した。
 「とにかく憎い。お前が無意味に喰い散らかしたジョーは二度とは帰ってこない、そのうち貴様に救済と厳罰としての死を与えてやる」とだけ呟いた。
 なにかもまた、返して、「俺も、とにかくお前が憎い。今ですら苦しいが、あのときの痛み、弱っていた自分にぶつけられた痛みほうがよほど苦しいかった。でも今、どれだけ許しを乞われたとしても、いまさら許す気はない。」
 その後、テスト中に与えられた様々な身体的なストレスも、私の身体はほとんどダメージを加えるに至らなかった。
 最後には終了されることは覚悟していたし、もちろん望んでいることでもあった。
 四十七日目、いつものように独房から機動部隊と数名の研究員に囲まれてエレヴェーターに乗り込んだが、驚いたことに、上昇していた。
 ついた先から長くない廊下を歩くと、そこはヘリ・ポートであった。
 私の期待は裏切られたのだ。
 サイト管理官より、私の今後のことが一言一句の漏れなく伝えられる。
 管理官の許可を得た上で二ヶ月足らずの同僚と抱擁を交わし、最後、もっとも私に興味を示していた研究員の一人である彼女はこのようなことを耳元で囁いた。なんとクロス・テストの際に、私となにかは、対話を試みろという命令を遂行せず、終始睨んでいただけであったのだという(帰還後、会話の内容は彼女にメールを送って伝えた)。
 その時以来、私は終生第二の人生を生物痕跡学の道に舵を切ることに決めた。
 DNA検査という技術が開発されたことをきっかけに私はあの肉片が硫酸槽8において適応能力をほぼ無効化できることや、私の全身の細胞に潜り込んだやつの細胞は、安定した共生関係にあるそうだということなど、さまざまな研究を進めた。
 二年後、例の研究員がこちらに配属されることとなった。彼女が着任した際、私は人生で一番驚く告白を受けることとなる。
なんと愛すべきジョーの曾孫にあたるエリーだそうだ。
 また彼女は続けて、私にこのようなことを告げた。
 なんと、私は本来であれば終了処分であったのを、オブジェクトの細胞は宿主の完全な制御下にあり、制御している宿主を終了した際のオブジェクトの動向が未知数であることや、史料保管庫の専属職員としても大変有用であることを根拠に、監視のもとで引き続き雇用することを提案したところ、█████の判断でそれが受理されたそうだ。
 結局、私は生かされてしまった。
 そして未だに私は、自分とあの古代竜の遺伝子を研究し続けている。第一世代はもうすっかり死んでしまったが、第二世代の弟子は誰もが研究熱心で感心するばかりである。またこの度、エリーを含めた第三世代の弟子も着任することになったことは嬉しいばかりである。

追記

 きっと、あのなにかを終了してみせる。
 私には制約がない。死ねないから。
 全ては、あの肉片の呪縛から逃れるため。
 もう一度貴方に逢うため。

敬具

知音 ██████████



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