少年SCP団Tale下書き くなど

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レポート: S2046-3より抜粋

 今でも己の目を信じられない、と言うより信じたくない時が度々訪れる。勿論これは、エージェントとしての適性を問われる弱音だと自覚している。
 だが私が音を上げようとも、私より遥かに年下の子供達は無謀にも異常存在に立ち向かって行くのだ。大の大人がうちひしがれているのをその目にして、尚。
 私はとうに退役した身であるが、あの子らは今も異常存在を追っているのであろう。時に阻まれ、絶え間無く押し戻されながら。
 少年SCP団。
 君達はきっと幾重にも代を重ねてどこまでも続く。せめてその絆が途絶える事のない様、祈るのみである。

 『██小学校の旧校舎には怪異が出る』

 陳腐な定型文に煽られるほど、我々少年SCP団は弱くない。しかし知的好奇心を満たす為、調査に乗り出す理由を探していた。それが『怪異が出る』などと言うありふれた噂だった。
 件の旧校舎は新校舎の裏手に放棄されており、老朽化に伴う解体工事の計画が進められている。かつてこの学校が分校であった時代の遺産だった。容赦の無い風化と大人達に遅れを取れば、調査の機会は永遠に失われる事が危惧された。
 少年SCP団を構成する赤井翔太、近川まなぶ、若林大和は放課後の空き教室に集合した。「危険なのでくれぐれも近づかないように」と担任教師から釘を刺されたばかりである。

「今日集まってもらったのは、他でもない旧校舎の調査に関して意見交換をしたかったんだ。知ってると思うけど、もう人の手が入り始めてる。早急に決行を決めないと逃しちゃう」
「それに関しては同意見だが、侵入する隙はあるのか? ショータ」
 ショータと呼ばれた半袖短パンの少年、赤井翔太はやや大袈裟に頷く。
「それを考えるのがチックン」
「ふざけんなよ」
 チックン、もとい近川まなぶは眼鏡の奥で赤井を睨んだ。
「チックンだけで作戦立案するのは難しいから、ショータが偵察して持ち帰った情報を元にチックンが計画を立てればいいんじゃないかな」
 3人の中でもがっしりとした体躯の少年、若林大和が2人を宥める。
「ショータは小柄で足も早いから偵察向きだし、チックンは膨大な情報から必要な物だけを取捨選択して作戦を立てられるでしょ?」
「おいポッポ、誰がチビだって?」
「長所だと思ったから褒めたんだけどなあ」
「それで? ポッポは何をするんだ」
 ポッポの渾名で親しまれる若林少年は、笑みを浮かべて言った。
「俺は潤滑油」
「「潤滑油」」

 じわじわと照る日射しに目を眩ませ、赤井少年は帽子を目深に被る。しかし悲しいかな、地面からの反射光に対抗する術を持ち合わせていなかった。すっかり溶けてしまった水筒の氷を懐かしく思いながら、残った麦茶を飲み干す。
 赤井少年は旧校舎近くの茂みに身を隠し、作業員が立ち去るのを待っていた。どうやら足場を組む前に現場の視察に訪れたらしい。工事を始めるのは少し先だろうと言う、近川少年の読みが外れてしまった。
 辛うじて残っていた旧校舎の見取り図を元に、近川少年の叩き出した侵入経路を脳内で反芻しながら好機を伺う。新校舎と旧校舎は渡り廊下で繋がっておりそこを通るのが最短ルートなのだが、難攻不落な硬い施錠がかけられており、何より人目につきやすい。その為近川少年は崩れた箇所からの侵入作戦を立案した。
 その時リーダー格の男が作業員に声をかけ、一斉に人が捌けた。赤井少年はそれを見逃さず、素早く駆けた。崩れた壁材の隙間に小柄な体躯を滑り込ませ、かつて生徒を迎えていた玄関に侵入する。そこにあった筈の下駄箱などは既に撤去されており、閑散とした室内は埃が舞っていた。
 侵入した隙間はポッポと称される若林少年が入るには極端に狭く、しかし痩せぎすの近川少年にも厳しそうである。扉の鍵を開けておこうか、と赤井少年は建付けの悪い引戸の錆びた鍵を躊躇いなく壊した。
 『怪異が出る』と言ったが、一体全体それがどう言う物であるかを、赤井少年含め少年SCP団は知らなかった。今頃近川や若林が情報収集をしているだろうが、思えば、ただ怪異が出ると言うだけで調査に踏み込んだのは迂闊だった。例えば学校の怪談だとか、都市伝説などに共通する情報があれば対処も出来ると言うものだが、それが得体の知れない新種であれば、なお好奇心を誘われる。
 旧校舎は木造の二階建てである為、探索に時間は要さなかった。それでも頂点に君臨していた太陽が、地平線に傾く程度には時間が経っていた。誰彼時に慌てた赤井少年は直ぐ様退散し、家の電話機から近川少年に連絡を入れる。

「チックンチックン」
「何で夕方まで粘らなかった」
「危険を省みず偵察行って来た仲間に対して開口一番それ?」
「何で逢魔時になるまで待たなかった」
 近川少年は捲し立てるような口調で言う。逢魔時、と言う聞きなれない単語に首を傾げた。
「おうまがとき?」
「夕方は昼と夜の境、両方が混ざりあって境界線が曖昧になる時間だ。あの世とこの世の境界も緩くなるから、妖怪なんかが出やすい時間とされる」
「……つまりエンカウント率アップ?」
「そう言う事だ。侵入した以外に収穫はないんだろう?」
「うん。取りあえず2人が入れるように入口の鍵は壊したけど」
「…………まあ重畳かな。あとは実地調査だ。明日いつもの空き教室に集合。ポッポには僕が連絡を入れておくから。それから、夜間家に親がいない日を探せ」
「親がいない日?」
「そうだ。本当に怪異や幽霊がいるなら、夜間調査は必須。その為に抜け出せる日を探せ。じゃあな」
 通話口の奥に楽しげな声が響く。チックンも楽しんでるじゃないか。
 じゃあまた明日と電話を切る。

 勤務先の小学校は、最近旧校舎に怪異が出るとかで児童達が噂している。花子さん等の学校怪談の類いかと思えば、そうではないらしい。
 ごく最近何処からともなく発生した話で、極め付きはその怪異が何者であるかも分かっていないらしい。ただ『怪異が出現する』だけ。何だそれは、と酷く拍子抜けした。危害を加えるでも、子供を拐うでも、何かを要求するでもなく、ただそこに出現するだけの怪異。その姿形も性質も、児童からはっきりとした証言が得られなかった。完全に行き詰まりである。
 生徒名簿を繰り、話を聞いた児童にピンをつける。この子も駄目、あの子も特に無し、あいつはまだ聞いていない。噂の発生から一週間が経過した今、残されたのは3人のみとなった。
 赤井翔太近川まなぶ若林大和
 少年SCP団の名を掲げ活動し、異常存在を追う少年達。そして私の監視対象でもある。私は財団から派遣されたエージェントだ。任務は県立██小学校で件の3人と少年SCP団の活動を記録、報告する事だった。私に与えられた役職は少年3人が在籍するクラスの学級担任である。
 セキュリティクリアランスはこの任務の為に、一時的に上げられており資料の閲覧やアクセス権限を付与されている。配属された当初は、児童の監視に重要な事なのかと疑問符を浮かべたが、今となっては有り難く活用させてもらっていた。
 あの少年達は何の因果か、異常存在に惹きつけられているのだ。西に怪談噺があれば駆けつけ、東に都市伝説があれば飛んでいく、と言う風に。惹き付けられ、引き当ててしまうのだ。それに対応するには知識が足りない。例えばそれが未収容のオブジェクトだったとすれば、事前情報があるだけでも取れる対応が違う。その為に休日は情報室に入り浸る生活が続いていた。
 しかし明日の休日はそうもいかなそうだった。
 宿直を任命されたのである。
 原因は件の怪異。それを好奇心に負けて一目見ようと放課後学校に乗り込もうとする児童の抑制だと言う。確かに大人が常駐しているとなれば、多くの児童は侵入を諦めるだろう。だが恐らく、あの3人はきっと侵入を試みる。そして怪異に接近する。その怪異が異常存在でった場合に備え、対応するのが私の職務だ。

「辻村せんせーさようなら!」
「はいさようなら。また明日ね」
 辻村、と言う偽名を呼ぶ児童に笑顔を向ける。小学校教師として潜入するにあたって名付けられた偽名。それを露とも知らない児童は、まるで虚像に話している様ではないか。それはそれとして、担当クラスの児童を見送ればすぐに宿直室で準備を済ませなければならない。懐中電灯の電池、緊急の連絡先、仕込みカメラ、音声レコーダー、その他諸々。
 上衣のポケットや懐に詰めるだけ詰めて、窓の外が朱に染まるまで待った。
 宿直室は存外居心地がいい。電気が通っていれば水道もある。湯も沸かせるし、食料を持ち込めば籠城だって可能にする。簡易的な箪笥に棚、机に座椅子、加えて最低限の寝具まで、一通りの家具も揃っていた。昔、子供の頃に憧れた秘密基地とはこんなものだった気がする。
 机に向かい定期報告を纏めていると、掛け時計が午後5時を鳴らした。上衣を羽織り、懐中電灯片手に安寧の宿直室を出る。

 無事校舎の潜入に成功した少年達は、遠くに鳴る時報を待っていた。下校したと見せ掛けて校舎裏に潜み、先日開いた経路から旧校舎に侵入し、教室に待機している。赤井少年は待ちきれない様子でそわそわと、近川少年は持ち込んだ端末で情報収集を、そして若林少年は、今日課せられたばかりの宿題をこなしていた。
 時報が午後5時を告げると同時に3人は顔を上げる。窓には所々板が打ち付けられており、隙から射す橙が直線的な模様を床に描き出している。遠方で烏が啼いた。
 近川少年が調査の末に手に入れた怪異の正体。それは『七不思議の8番目』であった。旧校舎には学校設立当時より七不思議が蔓延っていた。花子さんや紫鏡、肖像画に人体模型等々。当時世間の子どもを騒がせ、知的好奇心や探求心をくすぐったものが、この学校にもあった。現代ではとうに廃れたものばかりであるが、今回、それの8番目が現れ再び騒ぎになっている。
「では聞こう」
 厳かに、しかしふざける様な声で近川少年は言う。
「8番目に遭遇するには、一般的にどうすればいいとされている?」
 演技めいた仕草で指を振る近川少年に2人は苦笑した。はい、と若林少年が大きな手を挙げる。
「全ての七不思議を網羅する事です。チックン先生」
「ポッポに10点」
「やったあ」
 そこで一通りふざけて気が済んだのか、近川少年は口調を変えて話を続ける。
「今回の調査目標は、まず旧校舎の七不思議を全て回収する事。その次に8番目だ」
 赤井少年が首を傾げた。
「はいチックン先生。本題は8番目なのに七不思議の方が優先なんですか?」
「うーん……まあ正直言って、七不思議を全回収しても8番目が必ず現れるとは限らない。それが居なくとも、七不思議だけでも回収出来れば記事に纏められるから、収穫は十分。8番目は副産物程度に考えてた方がいいと思うんだ」
 赤井少年は近川少年の説明を飲みきれていない様で、うんうんと唸る。
「取りあえず七不思議を探せばいいんだね?」
「要点はそうだが、いちいち歩いて回るのは面倒くさい。ならどうする?」
 近川少年の問いに、赤井少年は完全に降参してしまった。その隣で若林少年も首を傾げている。それに満足いった様な笑みを浮かべ、近川少年は意気揚々として更に言葉を紡いだ。
「ずばり、こっくりさんだ」
 こっくりさん? と2人は復唱する。
「自らの足で探すのは面倒、なら知っている者に聞けばいい」
 言いつつ、近川少年はどこに用意していたのか、一枚の製図用紙と10円玉を取り出す。製図用紙には細い字で簡素な鳥居の絵と五十音表、応答の語が書かれてあった。若林少年が口を開く。
「こっくりさんは謂わば降霊術でしょ? それに失敗した時のリスクが大きいとも言われるし」
 赤井少年が叫んだ。
「ポッポ、俺達はそんなのに怯えてるんじゃ真相解明出来ないじゃん!」
「そうだぞポッポ。リスクはあれど、それ以上に得られる情報は大きい。やる価値はある」
 10分程の押し問答の末、2対1で劣勢のポッポが押し負けるかたちでギロンは幕を下ろす。赤井少年は完全に乗り気で、きっと近川少年が寝返っても意見を変えないだろうと判断した。提案者の近川少年も、無駄に責任感のあるものだから、変える事はないだろう。不安定な机に紙を広げ、10円玉の狭い直径の中に3人の指を乗せた。

こっくりさん、こっくりさん。おいでください。

 ざわ、と体の芯を炙る様な寒さに襲われる。数瞬の不快感は体に刻み付けられ、曖昧模糊とした悪寒の原因に苛立ちを覚えた。凪いだ湖面に小石を投げ込む様な、小さいが確かな違和感。本能が警鐘を鳴らしている。
 烏の声に混ざって、僅かな悲鳴が耳に届いた。考えるより早く足が動いていた。兎にも角にも、悲鳴の主の安否を確かめねばならない。私が誰よりも早く、日常に潜伏した異常性を察知し、解決しなければならないのに。
 声は旧校舎から響いた。出入口の施錠を確認したのは3日前である。舌打ちを1つして走った。

 旧校舎の玄関は鍵が壊されていた。恐らく金槌か何か、軽くて子どもでも扱える鈍器で破壊されている。室内に踏み込むと、最初に感じた悪寒が身体中を駆け巡った。生理的な涙が零れる。親指でそれを拭い、パニックを起こして乱れた呼吸を整えた。生徒玄関から先に進むが、窓は板が打ち付けられており、外の光が一切入って来ず暗い。早速懐中電灯を灯し、歩を進める。板の隙間から射し込んだ赤い光が直線的な模様を描いていた。
 暫く進むと進行方向から足音が近づいて来た。音から推測するに数は3つ。どれも軽く、子供の様だ。
「誰だ!」
 仮に不審者だった場合に備え、威嚇を兼ねて鋭く声を上げる。すると足音はそこでピタリと止んだ。そこに居るのだろうが、生憎暗くて全く見えない。懐中電灯も照らせる距離は高が知れてる。
「せんせい?」
 ぽつり、と溢す様に1人が言った。
「辻村先生?」
「誰だ。うちの児童なのか?」
 問うと、わっ、と子どもが3人こちらに走り寄って来る。
「辻村先生! 俺! ショータだよショータ!」
「先生、近川です! 僕もいます!」
「はい! 若林でーす!」
 赤井が口に出すと後ろの2人も声を出した。侵入したのはこの3人だけだろうか。確認を取ると、3人共首を縦に振る。
「俺達3人だけだよ。先生こそ何でここにいんの?」
「宿直やってたら旧校舎の方から悲鳴が聞こえたから駆けつけたんだよ」
「悲鳴なんてなかったけど?」
 旧校舎から新校舎まで届く程の声が聞こえなかっただと? 証言が本当ならば悪戯と言う線は消える。しかし幻聴と言うにははっきりしていた。思案していると、不意に近川が、あ、と短く声を溢した。
「どうした」
「携帯が、ネットに接続出来ない」
「何で携帯持ち込んでるんだよ……」
「いや論点はそこじゃなくて! ここって普通に繋がる場所なんですよ先生。それが今、全く接続出来ないのはおかしいなって」
 苦笑しながら己の携帯端末を見やると、確かに外部との接続が遮断されている。財団から支給された通信機も使えない。上衣を羽織り直す振りをして、録音機の電源を入れた。
「そう言えば聞き忘れた。お前ら何で帰ってないんだ? 帰れって言ったよなあ。それに危険な旧校舎に侵入してるんだよ」
「調査の為です!」
「お前は言うと思ったよ赤井……」
「出来心です」
「若林、なんて?」
「こっくりさんやってました」
「近川はあとで携帯没収して親御さんに連絡するからな。……待て、こっくりさんまでやってたのかお前ら」
 そこで赤井が思い出したように口を開く。
「あっ! そうだ先生、ちょっとこっち来て! さっきから何かおかしいんだよ」
 そう言って私の腕を掴み、奥の教室へと走り出した。この暗闇でよくぞと思う程早かった。連れられた先は角部屋になっている教室。ここは比較的損傷や老朽化がなく、窓は板が打たれていなかったが、外は黒洞々たる闇が広がるばかりだった。
 教室の中央に古い机があり、そこに製図用紙が放置されていた。赤井はそれを指差して私の袖を引っ張り、あれ、あれ、としきりに呟いている。
 机に近寄ってみると、製図用紙にやや拙い字でこっくりさんの様式に沿って書かれている様で、五十音表の上を10円玉が滑らかに滑っていた。確かにこれは畏怖の対象だろう。先程から赤井が私の背後から動く気配がない。
 しかしよく観察すると、10円玉は規則性を持って移動していた。『く』、『な』、『と』、そして濁点の順に紙の上を滑っている。これらを並べると『くなど』となるが、何かしらのメッセージである可能性は高い。
 くなど? と溢したのを聞いていたのか、近川が口を挟んだ。
「くなどって、くなどの神の事ですか?」
「くなどのかみ?」
 聞きなれない単語に首を傾げる。
「来るに普通のな、処刑の処って書いてくなど。来ちゃいけない場所を指す語なんですけど、くなどの神はそこと現世の境界線を守る神様です」
 成る程、と頷き、若い世代の知識量に感嘆した。
 来な処。来てはならない場所。そこに私達が引き込まれたトリガーは、恐らくこっくりさんの召喚だろう。こっくりさんと呼称される降霊術によって霊を召喚する事によって引き起こされた時空間異常。発生範囲は広大で、少なくとも二階建て校舎を包み込む程度。
 仮にここが現実世界でないとすれば、の話だ。『怪異が出る』と言う、情報がただそれだけだったのは、この異空間に幽閉されて生還した誰かが居なかったからからだろうか。兎も角ここを脱出しなければならない。それも子供を3人守りながら。
「外には出られないの?」
 素朴な疑問が若林から飛び出す。
「先生が外から入って来たなら、玄関は開いてるよね」
「少なくとも私が入った時は、ね。ああそう言えば玄関の鍵も壊されてたけど、お前らだろ」
「違いますう」
「目泳いでるぞ」

 監視対象の3人を背後に隠して、玄関へ向かう。窓や板の隙間からはもう僅かな光も入って来ない。懐中電灯で足下だけでも照らして歩を進めた。

 結果として、玄関も窓も外に繋がる何もかもが閉ざされていた。物理的にではなく、不可視の力が干渉しているかの様だ。教室の窓の外に広がっていた、黒洞々たる闇は接触不可能で、手を伸ばしても空を切るだけだった。他にも調べてみたが全滅である。
 1つ息を吐くと、若林に飴玉を薦められる。
「いります?」
「いや、私は要らないから君がとっておきなね」
 丁重に断ると、若林は飴を口に放り込んだ。落胆を隠せないまま、他に行く宛もないので先の教室に戻る。中央の机では、未だに10円玉が反復運動を続けていた。それが指し示している限り、ここはまだ『来な処』の様だ。
 ふ、と思い出す。
「そう言えばお前ら、何でわざわざこんな場所でこっくりさんなんかやってたんだ?」
 こっくりさんをやるだけなら、場所に制約はない筈だ。
 赤井が答える。
「あのね、調査してた怪異の正体は『8番目の七不思議』だったの。でも七不思議を訪ねて回るのがめんどくかったから、こっくりさんして正体を聞いちゃおうって話になった!」
 それに近川が補足した。
「ショータの言う通りです。問題は実行した時、最初は誰かが無理やり動かしている感じがあったんです。それで、収穫がないなら諦めて七不思議を探しに行こうかと思って片付けを始めたら……」
 近川はその時の恐怖を思い出したのか、少しだけ唇を噛んで堪えている様だった。
「10円玉が勝手に動き出して、今に至ります」
「ポッポ、ありがとう」
 子供に植え付けられた恐怖を引き出す真似をしたのは不味かったが、情報は得られたのでよしとする。10円玉が動いているなら、今ここにこっくりさんは居る筈だ。そして何かを伝えようともがいている。
 それなら、と足が一人でに動いていた。背後から、先生、と短く呼び止める声が聞こえた。

 こっくりさん、こっくりさん。質問に答えてください。

 指を静かに10円玉に乗せる。するとぴたりと静止した。息を飲み、私はそのまま質問する。
「…………ここに、生きている人間はいますか」
 まず他に巻き込まれた人間が居るかどうかだ。居たならば探しだして保護すべきである。それにしてもこんな10円玉にすがるなど、夢にも見なかった。ましてや財団エージェントが。
 しかし10円玉は期待に沿ってはくれず、停止した場所に留まり沈黙を続ける。自分が勝手に期待した罰だ。紙ごと処分しようと手をかけた瞬間、指先が僅かに浮き上がる感覚があった。
 10円玉が滑らかに紙の上を滑り出す。
 『ひ』『と』『り』
 確かにそう示した。私達の他に誰かが巻き込まれている。救出が先なのだろうが、情報が足りない。返答に感動しつつも、質問を続ける。
「その人は近くにいますか」
『はい』
 良かった。付近に居るなら探索の手間は省けそうだ。その後移動しなければの話だが。
「脱出経路はどこにありますか」
『よ』『つ』『し』『゛』
 よつし゛、四辻。校舎内に四辻なんてあったか?
「んー……あっ。あった! ありますよ先生!」
「本当か!?」
 呟いたのが聞こえていたのか、近川が画像を表示させた携帯端末を手に話す。
「はい、ここって新校舎に続く渡り廊下がありますよね。そこに階段と廊下が続いてて、四辻みたいな構造になってるんですよ」
 拡大された画像は、旧校舎の見取り図の様だった。校舎2階から伸びる渡り廊下と、それを横切る廊下、廊下を挟んで階段。成る程確かに四辻になっている。
「四辻って確か……昔から何かの境目として扱われてたよね?」
 ふと思い出した様に若林が口にした。
「そうなのか」
「うん。えーっと、村の入口や境目にあって、魔除けとかの意味があったんだって」
 私は続けて質問する。
「ここに敵意を持っている存在はいますか」
『はい』
 いっそ残酷な程明快な答えに、背筋に嫌な汗が流れる。子供3人と、付近に居るであろう生存者、そして私の5人を守りながら、四辻を探して脱出出来るだろうか? 最悪私は殉職しても構わない。せめて私以外の人間は生きて返す。
 ふと、10円玉が振動する。かたかたと小刻みに震えるそれは、次第に暴れだして最後には私の手を離れて紙の上を走る。
 『は』『い』『こ』『゛』。
 はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛はいこ゛。
 再び狂った様に動き出す10円玉は小刻みに震えだし、ひびが入り、遂には割れて飛び散ってしまった。破片が頬を掠めて朱線が走る。破片は四方八方に飛び散った。後ろに控えていた3人を確認すると、掠り傷1つ無く安心した。
 それにしても10円玉の挙動が気になる。背後と示していたが、真逆あの時何者かに背後を取られていたのだろうか。そして後ろには子供3人を待機させていた。これは物事に気を取られて周囲を視界に入れなかった私の責任である。
 散った10円玉の破片を回収し、こっくりさんを行った紙に包んで懐に入れる。後で適切な処分をするつもりだ。
 懐中電灯の電源を入れる。旧校舎に残されている人間を探しつつ、件の四辻へ向かう事にした。そこへは遠回りをしながら校舎を一周する。
 歩いている間にも少年達は慣れてきたのか、私の前を行った。周囲を照らしている明かりは私の懐中電灯だけなのだが、3人は気にもせず暗闇を進んで行く。暗くないのかと訊くと、一様に平気だと答える。怖くないのか問うと、夜の冒険にわくわくしていると返ってくる。子供の順応能力に目を見張った。寧ろ、時折笑ってすらいる。

 近川に携帯端末を借り、旧校舎の見取り図を頼りに歩を進める。声を張り上げながら取り残された人間を探したが、ついぞ返事はなく、見付ける事も出来ないまま一周してしまった。
 あの時、どこにいるかまで聞いておけばよかったと、遅い後悔が込み上げる。確かに悲鳴が聞こえたし、生きている人間が居ると答えがあったのだ。居ない筈はないだろう。
「私が駆けつける前、本当に悲鳴を聞かなかったのか?」
 子供を疑うのも良心が痛むが、どうも辻褄が合わない気がしているのだ。
「疑うの?」
 赤井が真っ直ぐに私を見詰めて小首を傾げる。
「そうではないけどね。念のため」
「先生こそ何で悲鳴なんか聞こえたんですか?」
 すかさず近川が援護射撃をしてくる。
「旧校舎と新校舎は距離があるから、聞こえない筈なんだけど」
 最後に若林が畳み掛ける様に口撃を仕掛ける。そして3人はいずれも訝しげな表情を、幼さが残る顔に浮かべていた。
「まあ、先生も疑ってるつもりはないよ。それより折角ここまで来たんだ、君達は恐らくここから帰れる」
 辿り着いた四辻は、渡り廊下と1階へ続く階段、その間に横たわる廊下があり、階段の踊場に大きな鏡が壁にかけられている。鏡は古来より神聖な物として扱われてきた。異界の、それも四辻にある鏡となれば、現実世界への手掛かりになるかもしれない。
 こっくりさんの答えた脱出口とは正にこれだろう。
「私は人を探すから、君達は先に帰って──」
「なんで?」
「先生も早く帰りましょうよ」
「なんで聞こえもしない声を探そうとしてるんですか」
 痛い所を突かれる。確かにそうだが表向きでも教諭として、また財団エージェントとしても、取り残された人間があるなら救助する義務があるのだ。兎に角この子らだけでも帰そうと背中を押すが、頑として動こうとしない。
 なんで、と口々に叫ぶ3人を訝しく思うのは時間の問題だった。
「何でお前らはそう帰ろうとしないんだよ……」
「だって先生置いてけないもん!」
「それは分かる。だけど生きてる人間を帰すのが私の」
「生きてる人間なんて1人しかいないよ、先生」
 感情の一切を殺した声で、赤井が言う。
 赤井の丸っこい瞳には、黒洞々たる闇が広がるばかりであった。まずい、と脳が警鐘を鳴らす。心臓が直接締め付けられる様な圧迫感と浅い呼吸に喘いだ。
 対峙する3人の少年は口を横に引き、こちらをただじっと見詰める。それはまるで蛙を睨む蛇の様で。私は背を向けずに1歩後退る。背を向けたら終わりだと本能が告げていた。
 赤井が私に手を伸ばす。それを叩いて、踊場の鏡に走った。火蓋は切って落とされた。そこから魑魅魍魎が這い出し、少年だったものは黒い影となって私にどろどろとした手を伸ばす。
 ここで私が生還しなければ、誰が真実を伝える。
 大股で1歩、2歩3歩と鏡に向かって走り、最後に踏み切ると体を縮こまらせて鏡に体当たりした。衝突の感触はなく、静まり返った湖面に沈む様な、暗く重い液体に頭まで浸かる様な感覚に襲われる。

[記録: 20██/█/██]
事件当時発行された地方新聞より抜粋。

7月某日、██県立██小学校にて児童3名が旧校舎で意識を失った状態で発見された。第1発見者は学級担任の辻村氏であり、当日は宿直を任されていた。児童は校舎巡回中に発見したとの事。警察の調べによると事件性はなく、また辻村氏の関与も確認されなかった。発見された児童3名に怪我はありませんでした。


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