ここにはCDがない

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 新宿地下通路、地上への道は絶たれて数日。蛍光灯が点滅する空間。歪み切った空間。誰もが隣人を信じず、今日の飯と寝床を追い求める空間。

 喧騒と狂乱の中、ブティックの中で音を確かめる。チューニングは耳頼り、ギターは年季の入った安物、アンプは粗大ゴミ直前。それでも。寒色系の婦人服を蹴飛ばして空いたスペースに機材を並べ、マイクを握った。

「初めまして、Dawn Break Breakと言います! ちょーっとしたトラブルでボーカル以外いませんが、聴いてってください!」

「一曲目、"何故人は太陽を求めるのか"!」

 ゲインとボリュームを思いっきり上げる。音質なんて知るか。耳栓をして、イントロのリフを掻き鳴らす。音圧で狭い部屋を吹き飛ばしてやる勢いで。

 息を吸う。本当ならベースとドラムがついてきてくれるところだが、いないのだから仕方がない。いや、むしろ。彼らがこの地下に閉じ込められなくてよかったと安心する。彼らの音は、俺の脳の内で鳴ってくれればそれでいい。

 マネキンの手をスタンドマイク代わりに、俺はこの地下で初のストリートライブを決行した。

  これは東京事変と呼ばれる大災害により地上とプロへの道が絶たれた、あるインディーズバンドのボーカルの物語。

 または……地下東京の新宿で最初に作られた互助組織の物語。黎明期に生まれ、黎明期に解散した、小さな、小さな「ファンクラブ」の話。


 新宿地下街の駐車場。広い空間に、歓声が反響する。総員でも三桁には届かないくらいの人数。それでも、この地下では大規模だ。

「……噂には聴いてたが、やっぱりすげえな"DBB"」

「音楽の力ってのはなかなかどうして、馬鹿にできないな。こんだけの人数が協力し合えるのは、間違いなく彼が歌い続けるからだ」

 その観客たちが一心に見つめるのは、十代の若者一人。"Dawn Break Breakのユウ"と名乗るそのアマチュアミュージシャンが、この空間の中心だった。

 そして、それを後方から見つめる俺等。若者をぼんやりと見ている相棒を小突く。

「……で、どうする?」

「あ?」

「俺たち西新宿駅はもう限界だぞ」

 俺らは新宿駅の住人ではない。近くの西新宿駅から、新宿の資源を……潤沢な資源を求めてやってきた、言ってしまえば招かれざる客人だ。

 新宿の住人は"オオウツロ"と呼ぶ大穴が、この新宿にはある。そこはこの地下東京で数少ない、空が見える場所。時空が歪んでいるのか、家電から鉄骨まで様々なものが降ってくる。ここの住人はその大穴に服屋の服などから作った網を貼り、資源を確保している。そして俺たちの狙いはその資源だったのだが。

「ここまで纏まってると予定してた強盗は無理そうだな」

「ああ、個々人からの追い剥ぎならできるだろうが、それじゃあ俺等全員には行き渡らねえ」

 溜息。蝙蝠の肉から虫まで食って命を繋いでいたが、それもそろそろ限界で、隣人同士でモノの奪い合いを繰り返す惨状。それと、目の前の光景を比べたら。怒りより先に憂鬱になる。

 ライブはラストソング。プロほど上手くはないが、その熱量はこの絶望感漂う地下東京では希望として定義できる、それは、たしかに部外者の俺たちにもわかることだった。

 ……ああ。そうか。つまり簡単なことじゃないか。

「わかったぞ、相棒」

「何?」

「ここにはCDがない」


 俺はただ歌うだけだ。いや、歌うだけしかできない。同じ説明を、来た奴に繰り返す。「こう言ってほしい」「ここを融通してほしい」「ここに来てほしい」、そんなものに従ってしまえば、ここの人達はまた争い合ってしまうことは、一介のバンドマン志望だった俺にもわかる。

 いや、それは思い上がりかもしれない。俺の歌なんて関係なく、纏まっていた可能性もある。実際、俺のライブは聴かないが、生きていくために「ファンクラブ」に入った、なんてやつもいる。まあそれでも別にいい。纏まってくれてるなら万々歳。俺はただ考えすぎずに歌えばいい。

 朝飯、得体の知れない肉を食べる。地上に行けなくなって、かれこれ1月経ったらしい。流石にここまで地下暮らしが長くなると、俺たちも生きる術を学んでくる。どうやら駅には「駅を維持する」機能があるようで、それが電力は賄ってくれるし、筋肉質で気持ち悪い見た目に変わった電車を寄越しているようだ。

 電車の肉をそぎ落とし、野菜やらもやしやらを育て、大穴から降ってくる資源を拾っていけば、なんとか生きていけることはわかってきた。みんな、今後への不安は和らいでいるように見えた。


 だから、まあ。この結果は、油断していたからなのだろう。


 3日に1回のライブの終わり、アンコールが鳴り響く。俺は少ないオリジナル曲から、今日に一番合ったモノはどれか、考えて……その途中で、観客の最前列から、目の前に人が飛び出してきた。続けて受けるのは、頭を強かに打ったような衝撃。

「……あ?」

 目に血が入った。やや遅れて、額が切れていると気づいた。足元に目線を落とすとレンガが落ちている。大勢いるファン達はこちらを見ていたり、慌てて逃げ出した男を見ていたりした。

 その逃げた男が俺をレンガで殴ったのだということは、翌日人から聞いて知った。気を失ったわけではないが、少なくとも、俺はそこからどうやって自室に戻ったのか思い出せなかった。

……

 目が覚めると、見知った女性が覗き込んでいた。普段世話になっている人の一人だ。

「ユウさん、大丈夫ですか?」

「……ああ、うん。ありがとう、手当てしてくれて」

 額に触れ、なにか巻かれているのに気付いて、頭を下げる。彼女はゆっくり首を振ってくれた。

「すいません、予測しておくべきでした。私たち新宿の資源を狙って、ユウさんを狙う駅もあるって」

「じゃあ、あの人は……?」

「西新宿の住人でした」

 犯行は単純な仕組みだった。ファンに紛れ込んで、レンガを隠し持ち、最前列から飛び出して殴る。素人の筋力だったことで大事には至らなかったが、刃物だったらどうなっていたことか。遅れて、俺は自分の行なっていること、自分の立場に、怖さを覚える。

「それで、その人は……?」

 捕まったんだろうか、不安になって聞く。彼女は笑って答える。

「はい。西新宿に逃げ込んだので殺して、そのあと西新宿は滅ぼしました」

 ……は?

「いやいや、冗談きついぞ。滅びました、って、そんな簡単に……」

「資源も人員も私たちとは大きな差があります。ちょっと大勢で攻め込んで住処を破壊するだけで降伏しますよ」

 ぞ、と。先程、自分の身の危険を実感した時とは比べようもない恐怖に包まれる。俺が、ただ傷を負っただけで、人が死に、集団が滅びた。そんな、そんな重責が、ただ俺は歌ってただけで。

「とにかく、今日は休んでください」

 そう言って隣を離れる彼女を、俺はつい呼び止めた。

「あの」

「はい?」

「……いや、なんでもない」

 そうですか、と彼女は去った。ドアが閉まる。言えるわけがなかった。辞めたい、なんて。

 俺は、地下に閉じ込められてから、初めて泣いた。嗚咽と涙を布団に隠す。こんな時は曲の歌詞のように雨が降ってくれればいいのに、この暗い地下ではそれも叶わなかった。

……

 3日経って気が付いた。人前で歌うのが難しくなっていることに。全身が震えていたし、待ち望む歓声を聴くたびに吐き気が込み上げた。そして、本当に吐いた。

 体調不良ということで、その日はライブは中止になった。不安が広がっているのが、目に見えてわかった。その事実がまた重くのしかかり、吐いた。
 
 自室に引きこもって、今後を考えた。このまま歌い続けることは、少なくとも俺にはできない。だが、辞めると言ったところで受け入れられるだろうか? 失踪してしまうというのが一番いい気がするが、あの事件から常に護衛がいる。できない。

 一晩考えて、1つ作戦を思いついた。これしかない。


 そして、あの事件から7日。俺は新宿駅のホームで、ライブを開いた。みんなの前に立つ感覚は随分と久しぶりのように思える。だが、実際は初めて、なのだろう。今まで俺は、本当の意味でファンを見ることはなかった。その、病的なまでに熱狂した眼を、俺に縋り付く眼を、見ることは。

「あー、えっと。Dawn Break Breakのボーカル、ユウです。まずは、待ってくれてありがとう」

 歓声。また震え出す体を抑えて、話を続ける。

「ありがとう。でも、さ。もう俺がこうやって歌うのは最後だと思う」

 静寂。広がって行く困惑に唾を呑んで、腹を括る。

「俺はDawn Break Breakのボーカル、ユウ。それだけなんだ。掛け値なしに見たら、知名度的にも上手さ的にも微妙なインディーズバンドの、ボーカル。今俺が経ってる場所にあるのは、そんな奴が抱えられる責任じゃない」

 だから、ファンクラブは解散でお願いします。そう、嘘偽りない言葉を伝えて。それから、ギターを弾く。音を確かめチューニングをしながら、話を続ける。

「あと、もし、全部解決して、地上に出れたら。その時は出来たら、Dawn Break Breakで検索してください。バンドとしての俺を、俺たちを聴いてください」

 みんな、黙ったままだ。だから、最後のステージで俺は笑って、マイクをスタンドに置く。

「それじゃ……新曲行きます。"また空の下で会いましょう"」

 ボリュームとゲインは最大。音質なんて二の次。イントロから歌う。結局俺は、最後にはこれに、歌に頼るしかない。

 歌詞に込めたのは、俺だった。歌うのが好きなだけ、ただそれだけの俺。重圧を吹き飛ばすことなんてできないと歌い、それへの謝罪を口にする。ロックかどうかと聞かれたらロックではないかもしれない。そもそも、エレキギターが一本では、バンドも名乗れない。この時ほど他のメンバーを願った時はない。

 けれど……ああ、やっぱり、歌うのは好きなんだと思う。たしかな高揚感を感じながら、ラスサビに入る直前、右手を掲げる。

 未来なんか知らないし、今もわからないことだらけ。頼りは昔聴いた音と、粗大ゴミ寸前のアンプだけ。

それでも今を乗り越えたら、もし今を乗り越えられたら。

  また、空の下で会いましょう」

そう、締めくくって。音を止める。深く礼をしたところで、拍手と、肉電車がやってくる音が聞こえた。

 何も言わずに、俺は肉電車に乗り込み、そいつは間髪入れずに発車する。みんな、驚いただろうか。その顔を見ることはできなかった。

 手元のエレキギターだけが、たしかな熱を帯びていた。


 それから? 新宿は何も変わらなかったよ。そいつがいなくなった後も普通に繁栄して、誰もが知ってる今の新宿駅になりました。長い年月の間に最初の頃の話なんて忘れて。いや、それか、そいつが離れたことで気付いたのかもな。実はあの曲、たいしたことなかったって。

 うん、まあ、そんな感じでこの話は終わり。え? もちろん。話を盛るのはオッサンの専売特許だからな。一から百まで嘘の可能性も考慮した方がいいぜ? 地下にはCDがないから、証拠もないし。

 ……話聞いてきたのはそっちだからな? と、そんなことはどうでもいい。リクエストは?

 え、今の話聞いといて"また空"じゃないの? まあいいけど……。じゃ、聴いてください。"太陽落ちて名を馳せず"。

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