地下東京下書き

 ここで命を拾いたいなら、それ以外の全てを捨てろ。


 生物というものは、まず第一目標に生きるを、第二目標に繁殖を持ってくる。その本能が現在の地下東京  地上を知らない若者と地上を知る大人が、日々を生きる世界を作り上げた。

 その生物の前提条件を考えると……たった今時刻表通りに線路を駆け抜ける、異形の肉が胎動する肉電車ミートレインを見る。といっても、それは止まらない限り肉眼では見れないし、"回送"のそれはこの駅で止まらない。

(こいつらは、生物ではないということになるよな)

 決まった時間に決まった駅に停車しそして走り去るのは、大江戸線の面影を残す鮮やかな赤色。そいつらから削ぎ落とされる肉は、俺たちの今日の、そして毎日の主食にもなる。だが、こいつらはたまに人を食う以外ろくに飯も食べやしない、どう湧いているのかすら大半の地下住民にはわからない、謎塗れの存在。

 そんな奴らの"巣"を荒らすことを、光が丘駅の住人はこの数十年繰り返していた、らしい。後から来た俺は、ここ5年のことしか知らない。

 東京の生活全てが崩落し、地下で生き流ようになってからを思い返すのはあまりにも長い記憶になる。それは体感的なものなのか、時空に歪みが起きているのか。半々といったところか。

 取り止めのない思考を取り止めて、手首を見る。持ち歩く振動で充電され動き続ける腕時計は、今通り過ぎたのが今日の終電ということをしっかり示していた。

「よし、それじゃあ今から木場車庫に向かう。今回も4人編成、異論はないな?」

 仲間四人が頷く。それを確認して、線路に降りる。終電から始発までは毎回時間があるので慌てない。荷物用のトロッコをレールに乗せて、慎重に歩みを進める。暗い線路上を全員が持つランプが照らしていく。

 歩き始めて数分、仲間の一人、今回の作戦で最年少のカブから声を掛けられる。

「シラスさん、ちょっと質問いい?」

 いいぞ、と返すと、カブは真面目な顔で、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始める。

「なんというか……さ。前回の車庫荒らしが、3日前じゃん。まだレールもガラスも十分ある」

 それは、と口を開こうとして手で制される。この青年は光が丘出身でもない自分をずいぶん買ってくれている、こんな言葉を続けた。

「いや、別に行くのをやめようって言ってるわけじゃない。ただ、シラスさんがそう言い出すなら、理由はあるんだろ? 教えてくれよ」

 ……なるほど、賢い。冴えた指摘に舌を巻く。たしかに、今回の車庫荒らしは例外的で、それには理由もある。しかし、カブを始めとした若い連中に無用な不安を抱かせる必要もない、と思って黙っていた。

 ちら、と。今回のメンバーで自分の次に年長のカラノを見る。彼は跳ねっ返りの激しい髪を掻いて、一つため息を吐いた。

「いいんじゃねえの? 説明しねーでもやもやして行くのもよくねえし」

 どの口が。カラノを睨む。そもそも、「その事」を若い奴等に伝えないように提案したのはこいつだ。しかしまあ、それを突っ込んでもしょうがない。

「昨日、新宿に行ってたジャンが帰ってきてな。あっちはすごい警戒態勢だったらしい。なんでも……東京駅が、丸の内線で攻勢に出たらしくてな」

 その発言にビク、と体を震わせたのはカブと同い年のリアだった。前髪で目を隠したその少女はこの地下東京では珍しいほとの怖がりだ。

「あ、あのっ。でも、東京と新宿の抗争なら、私たち光が丘に影響はないんじゃ」

「甘い」

 断言する、リアは下を向いてしまう。こういうときに言葉を選べないのは俺の悪いところだな、と思いながら、語気を和らげて話を続ける。

「これから車庫に向かう理由は2つある。1つ目は、俺たちは新宿に鉄を輸出して稼いでるから、抗争が始まって需要が増えた時に多めに持っておけばもっと稼げること。
2つ目は、うちが攻め込まれた時の対策だ」

「攻め込まれた時? さっきリアが言った通り、うちは東京-新宿間にはないのに?」

 カブは納得いかなそうに首を傾げる。その質問に答えたのはカラノだった。新宿に行ったことがある俺とカラノは、その危険も脅威もよくわかっていた。

「戦争するには物資がいる。物資が足りなくなったら奪えばいい。光が丘と取引するよりその方が手っ取り早い。そう思われる可能性はある、ってことだ」

「そういうこと。交戦になったときに優位を取れるように、今のうちに物資集めをやるってこと」

 そう話を締めくくり、腰に括っていた片手斧を握る。遠くから甲高く気分が悪くなる金属音が響き始めた。しかしまあ、今回ばかりはコレがプラスに働いたかも知れない。俺達の話にビビっていたカブとリアの二人も、この音でスイッチが入り、警戒態勢を取った。

「さあ、行くぞ」

 カラノが腰の刀を抜く。レールを切断し研いだ物だ。この鉄の重さと鋭さがないと、この先に待つ奴らには到底太刀打ちできない。

 遠く、光が見える。レールの上を這うように進んでくる肉電車ミートレイン、ただし普通のものとは違う。倉庫近辺でしかまずお目にかかれない、1両編成の作業用車両。レールや工具を乗せた、絶好の獲物。

 ガッ、と。レールに引っ掛けた鎹と車輪がぶつかる、大きな衝突音。その後直ぐに鳴り響く、聴神経を削るような不快な金属音。減速した作業用車両が突っ込んでくる風切音。生身の人間とは比べようもない質量を実感として感じる。

 研ぎ澄まされた感覚が、肉電車ミートレインの肉が軋む音を捉える。その肉は見た目通り柔らかく、斧を振り抜くのは見た目より簡単な作業だ。続く左で触手を引っ掛け千切り取る、ここまでが俺の作業。カブとカラノが続けて刃を叩き込み、肉を抉り、引っ掻き、断ち切る。3人がかりでここまでしてようやく、中身の金属部が見える。それで最後に、リア。

 火薬の匂いを錯覚するほどの轟音。衝撃の余波に、思わず瞬きをする。目を開いたときには、そこに横転した列車があった。

「……やりました?」

 この結果をもたらした当の本人は、その手に握られた特大ハンマーの影に隠れ、自身なさげに電車を見ていた。

「あー、うん。大丈夫だと思う。物資集めようか」

 毎度のこととはいえ、その腕力には畏怖せざるを得ない。リアから遠ざかり、散らばったレールをトロッコに乗せていく。

 このメンバーで、俺が一番弱い。それは俺以外の全員がこの地下東京で生まれたからだ。幼少期から地下に適応するために生きている人間と、幼少期をのほほんと暮らした人間では当たり前に差が出る。関係を気付く前は、その差に怯えて眠れもしなかったことを思い出して、その頃よりはマシかな、と少し笑った。

「何笑ってんだシラス、手ぇ動かせよ」

「動かしてる。というか結構早めに見つかったな、整備用車」

 それを咎めたカラノに応えてから話を投げる。誤魔化されないぞ、なんて彼は言うが本当に手は動かしている。

「そうだな、でもまだ足りねえだろうし、せっかく来たんなら巣まで行きたいだろ」

「そうですね」

「……そう、ですね」

 カラノの言葉にカブとリアが同意する。もちろん俺も異論はないので、このまま巣まで進んでいく。

 曲がれば巣、というところまで来て、俺は違和感に足を止めた。

「……どうしました?」

 そう尋ねてくるリアに、俺は向き直って尋ね返す。

「巣って、こんなに火薬臭かったかな?」

 幻臭だと思っていたさっきのあれは、どうやら幻臭ではなかったらしい。明らかな硝煙の匂いが奥からする。

「火薬……?」

 リアは首を傾げて、そこで俺は遅れて思い出す。火薬は、この地下東京に天然では生まれない。だから、リアたち第二世代は知らない。かつて地上で銃を握った俺しか、その匂いを知らない。

 そんなものがそこにあるとしたら、それは  人工物に他ならない。

「ああ、そういうことか、しくじったなこれは……!」

「ど、どうしたんですかシラスさん」

 頭を抱える俺にカブが聞いてくる、他のメンバーも不思議そうにこちらを見ている。俺はその"しくじり"を説明する。

「俺たちは最初、終電が終わったなら新宿や東京の人間は光が丘に来れないと思ってた。だから終電後に物資調達に来た。ここまではいいよな」

「ああ」カラノが頷く。

「でも、それが間違いだったんだ。終電が止まるのは何も駅に限らない。巣まで……車庫まで、乗れる方法があるとしたら?」

「あ!」

「巣の方からする匂いを俺は知ってる。人工の、それも兵器の匂いだ。今からでも遅くない、引き返してみんなに知らせよう、多分今夜……クソ、このタイミングで!」

 引き返そうと振り返ったそこに蝙蝠の群れがいることに気がつく。この東京で歪に進化した生態系、もちろんこいつらも生き延びるために強さを手に入れ、凶暴になっている。倒すのにはそれなりに時間が必要だし、巣の近くで音は立てたくない。

 俺が迷っていると、カラノが手を挙げた。

「なあ、別に戻る必要無くねえか?」

「……どういう意味だ」

「結局巣にいる奴らとは戦うことになる、だろ? だったら光が丘に引き返すより奇襲した方がいい」

 ……盲点だった。それは、確かに一理ある。

「どうせ肉電車ミートレインに乗れる人数なんてたかが知れてるし、4人いれば十分勝機はあるだろ」

「僕もそう思います。戦えない光が丘の人を巻き込みたくないし」

 駅に家族のいるカブが賛成した。リアは縮こまって、か細く反対を示した。怖いから、と。俺は……首を縦に振った。確かに、作戦としてはその方が優秀だ。

「よし、じゃあいくぞ」

 

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