対話部門のオリエンテーション

 はい、時間になりましたのでオリエンテーションを始めます。皆さん着席は……してますね。いえ、別に着席しなきゃいけないという決まりもないので楽にしてください、朝ご飯食べ損ねた人は食べながら聞いてもいいですよ。

 ではオリエンテーションに入る前に簡単な自己紹介を。僕は那澤なごむ、対話部門所属のエージェントです。今回のオリエンテーションで説明役をやらせていただくことになりました、これから同僚になる皆さん、どうぞよろしくお願いします。

 ここに来る前に各々説明は受けていると思いますが、みなさんは「対話部門」のメンバーとして選抜されました。よってこれからは当部門に所属し業務をこなしてもらうことになります。このオリエンテーションは新人の皆さんに対話部門について知ってもらうことが目的です。まず最初に、対話部門が掲げる理念について話します。

 当部門の理念は、"財団内における心の正常性維持"です。財団に関わっている人間の精神を、普通の状態で維持するのが僕たちの仕事になります。

 この仕事がなかなかに難題であることは、カウンセラー、あるいは心理学者として財団の心理に関わってきた皆さんなら痛感していることでしょう。法則も道理もない存在と触れ続けることで精神に異常をきたすのは正常な反応であり、それを克服してしまえばそもそもその精神は正常とはいえず、歪な危うさを孕むこととなる。

 ただ精神的苦痛を和らげるだけが対話部門の仕事ではないのです。人が人のまま異常を収容する、この前提を維持することが僕たちのお仕事です。

 この理念の元、対話部門は主に"メンタルケア"を行う部門になっています。心身に問題のある収容対象、民間人、異常性保持職員、心的外傷を受けた職員、精神に作用する異常存在の影響を受けた人物。このような心療が必要な人へのカウンセリングが、対話部門の業務になります。

 ……最初に理念の話をしておいて申し訳ないのですが、実はカウンセリングという業務内容が先、理念ができたのはその後です。対話部門が設立された最も大きな理由は、カウンセリングによって年々増加する人的資源の"任務外消耗"  まあ要するに自殺とか精神疾患による退職を  未然に防ぐためです。

 "財団は冷酷だが残酷ではない"という言葉があります。この言葉の通り、財団の一部門である対話部門も時に冷酷な、通常のカウンセリングではまずありえない行為をすることになります。直すと都合の悪い心を直さない。自力で立ち上がると厄介な存在を僕らに依存させる。時には精神が壊れていく方向にすら誘導する。みなさんに真っ当な人の心があるなら、会話だけで人を殺すようなこの行為は辛いものでしょう。しかし、財団職員として必要な犠牲は許容しなければならない……と、台本には書いてあります。

 通常のカウンセリングではありえない行為は、なにも冷酷な側面だけではありません。その最たるものは、異常存在により精神に異常をきたした人間へのカウンセリングです。

 通常のカウンセリングでは、心には道理が通ります。心が「なぜこうなったのか?」に答えがあります。しかし異常存在相手ではこうはいきません。理由もなしにただ壊された精神をどう分析すると言うんですか?何が精神崩壊のトリガーになるかわからない、そもそも会話が本当に成立しているかもわからない。そんな状態の人間を対話だけで正常な状態へ引き戻すことが求められることだってあります。

 厄介なことに、対話部門に回ってくるような実体は、精神異常に頻繁に使われる記憶処理が効かなかったか使えないようなものばかり。そんな存在にどう対応すればいいのかの詳細は第二回のオリエンテーションで話すこととします。今言えるのは、そんな存在相手にも対話部門は対処法を編み出そうとしているということです。

 業務内容の次に、働く上で気をつけるべき注意事項についても話しておきます。ここまでお話した通り、対話部門は財団の最前線で心と向き合う部門です。全ての職員の精神的な支柱、とまでは行かずとも、立ち上がるために肩を貸す存在にはならなければいけません。そして、貸した肩にも確かに疲れは溜まります。

 現在財団で最も精神疾患による退職・異動が多い部門がどこだかわかりますか? ここ、対話部門です。他者の心を救うため、他者の心について思考することは時に自身の心にヒビを入れることに繋がります。そして、心について一定の理解がある我々だからこそ、そのヒビを大したものだと思わない。その結果、心が割れる。

 厄介なのは、心の救い方を知る人間の心は救いにくいことです。救い方を知っているのに心が折れたのなら、その時点で既に手遅れなことが多い。

 対話部門は対話部門だけを救えない。

 え? 心を病んでしまったらどうするか、ですか? こちらについては対処法はまだないので、病まないよう充分な休息を取り普通の生活を送れ、としか。

 ……おっと、そろそろ時間になりますので最後に話をまとめます。対話部門は財団職員へのメンタルケアを目的に設立され、"心の正常性維持"という理念の元、日夜心と格闘する部門です。その理念通り、僕たちは目の前の人の心を一人一人丁寧に、正常なところに押し留めておけばいい。

 うーん、でもそれだと……僕たちの"正常"は正しいと、誰が証明するんでしょう? 異常性の定義は物理法則からの逸脱やヒューム値など、いくつか基準があるものの。心は不定形で、そんな基準は作れません。僕たちの心が病み、狂ったら、財団職員の精神の正常性は一体どうやって測ればいいんですかね?

   ああ、ごめんなさい。今のは独り言みたいなものです、オリエンテーションは終わってますよ。各自朝ご飯を食べたり、休息を取ったり。そんなありふれた生活を、これからも維持しましょう。

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