2000

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冬のイエローストーンは、雪が積もり銀色に染まる。その光景は、勤務当初から、あるいはそれより前からから変わらない美しさを誇っていた。ヴェールが破れ人類が変わっていく中でも変わらない、大自然の強さを象徴するようだな、なんて。パークレンジャーステーションの窓から銀世界をぼんやりと見つめ、そんなことを思う。

  もっとも、この大自然の地下に秘匿されているのは自然とは程遠いものなのだが。クリアランス4/2000を持つ彼は、そんな皮肉を鼻で笑って立ち上がった。立ち上がったとは言え、彼に特段やることはない。彼の仕事はこのパークレンジャーステーションに滞在し、何かあったときに連絡することだけ。秘匿されたこの場所に「何かあった」場合は大抵人員配置が見直される。彼は毎日異常無しを上に報告するだけだ。財団所属だが、パークレンジャーとしての仕事の方が多いんじゃないか?自分の服装もパークレンジャーのものだ。「実は財団職員です」なんて観光客に言った所で、オッサンの戯言だと思われるに違いない。

ここでやれる暇潰しなんて、コーヒーを淹れることくらいだ。そのせいでここに勤務してから、コーヒーを淹れる腕が友人に自慢できるほど上手くなってしまった。ここに常備してあるコーヒーメーカーを手早く使いコーヒーを淹れる。財団職員辞めたら喫茶店でも開くかな、なんて思いつつ。ぼんやりとドリップを眺める。出来上がったそれをコーヒーカップに注いでいると、入口から足音が聞こえた。

「失礼します」

おっと。コーヒーカップを待ったまま入口に向き直る。ここに来るのは大抵、観光客か財団職員だ。後者だった場合上司であるため、呑気にコーヒーを飲んでいる場合ではない。入口に立っていたのはキャリーケースを片手に持った見覚えの無い顔の男。まだこの時点では観光客か財団職員かわからない、彼は当たり障りない返答を選んだ。

「ようこそ、イエローストーン国立公園へ。御用件はなんで……チクショウが」

どちらもハズレだったとは。ポケットから拳銃を取り出してこちらに向けた男を見て罵る。イエローストーン狙いのテロか?アレの存在を知ってここを狙ったのか?というかテロ組織がモッコモコの上着なんて着るんじゃねえよ。いろいろ言いたいことはあるが、まずは腰の拳銃に手を伸ばす  遅すぎた。

銃声。重いものが倒れる音、地面に落ちて割れるカップ、近づいてくる足音。そこで、彼の意識は途切れた。


2026/1/10、イエローストーン国立公園内の宿泊施設に人が殺到していた。真冬は厳しい気候のためにシーズンオフ、普段なら100を超える部屋が満室になることなどまずあり得ない。北アメリカやアフリカを中心に各国から纏まりなくに来ているため、団体客というわけでも無さそうだ。

満員になってからも、まだまだ人は来る。ホテルのフロントまで来て宿泊を希望し、満室と告げられて渋々ホテルを後にする人が先程から続出していた。ついさっきも、スペインから来た5人組が「他のホテルが満室だから来たのに」なんて文句を言って去っていった。イエローストーン近辺の宿泊施設はどこもかしこもこんな状況なのだろう。

「すみません、本日は満室でして……」

フロント係の彼女は、今日だけで何回この謝罪を口にしたかも覚えていない。1つだけ覚えているのは、今日は観光するには最悪の吹雪が吹いている、ということだ。ますます深まるこの客足の謎、彼女は耐えきれず"お客様"達に直接聞いてみた。

「明日、何かあるんですか?」

"お客様"は、無邪気に笑って答えた。

「明日になればわかるよ!」

数人に聞いたが、全員が同じ答え。疑問は解決されなかったので、疲れていた彼女はそれ以上考えるのをやめた。どうせネット上かどこかでイエローストーンブームでも起こったのだろうと結論付けて、心を無にして謝罪を繰り返す仕事を再開する。そろそろフロント業務を交代する頃だ、それまでの辛抱だ、と。

彼女は気付かない。"お客様"達は、次元路が構築され、運搬が遥かに楽になったこの時代にしては随分と大きな荷物を持っていることに。彼女は知らない。先日あるコミュニティでイエローストーンへ集合する動きが呼びかけられたことを。彼女は聞こえない。"お客様"達が度々口にする、異常性保持者への差別的な言葉が。


彼女は気付かない、今日の朝から、角の生えた外見の同僚の姿が見えないことに。彼女のフロント業務を変わる予定なのは、その同僚だということに。


冬の大阪。雪こそ降らないが、温帯に住む日本人にとっては、外に出れば確かな寒さを感じる時期だ。

パラテクノロジーの普及により、急速に姿と高さを変えた街並み。それを、10倍の高さになった通天閣の展望台から見下ろす。こんなのが大阪なものか。進歩だと偽って過去を蔑ろにした結果が、東京の惨劇じゃあないのか。汚い夜景に無性に腹が立ち、同志たちから送られた連絡を見直した。それに書かれている時刻まで、あと1時間。こんな嫌気が差す風景も、あと1時間で変わる。そこまでの辛抱だ。

展望台を見回し、同志たちに目を向ける。緊張しているもの、興奮を抑え切れていないもの、平静を保つもの。全員、今日初めて会った。だがその思いは同じ。頷いて、ただ連絡を待つ。

同志はこの通天閣以外にも散らばっている。大阪の街全体に。日本だけではない。例えばスペイン、マドリードの街では同志たちが自分たちと同じように待機しているだろう。他の国でも、当然同志たちは待っている。ポーランドで、ブラジルで。全世界の同志たちは待っている。アメリカ、イエローストーン国立公園で起こるであろうその瞬間を。

変革の時  否。回帰の時は、すぐそこまで来ている。


吹雪の山奥、1つ、小さなくしゃみの音が響く。そのあと、寒さへの苛立ちで舌打ちを挟む。延々とドローンを飛ばして周りを探索している男。ドローンを見る財団職員の姿がカメラに映った。見つかった、不味い。ドローンをすぐさま何処か別の山奥に墜落させる。その後、心底ウンザリしたという口調で、男は通信機に話しかけた。

「それで」一息。「今どのくらい進んでる?」

僅かなノイズの後、意外なほどすぐ返答が帰って来た。

「ああ、夏鳥の奴らは昨日、順調にイエローストーンに集まった。計画通り、あと数分で上から突入命令が出る筈だ」

「OK、それならいい」

どうやら凍傷は免れそうだ。カオス・インサージェンシーの戦闘服はもう少し防寒に力を入れてくれても良いと思うのだが。先程までは暖かい上着を着ていたが、突入時にまでアレを着ているわけにもいかない。とりあえず、突入準備を始めるとするか。額のゴーグルを下ろし、装備の確認を始める。

「それより、そっちの準備は出来てるんだろうな。突入時に待ち伏せされていたら目も当てられないことになるぞ」

「あーはいはい、出来てるよ。監視カメラと財団職員の位置は確認済。NP爆弾も手元にある。夏鳥の奴らが突入したら設置を始める」

大体、パラテクノロジーが闊歩するこの時代に、NP爆弾以外の基本装備が機関銃?旧時代が過ぎるだろう。ターゲットの異常な現実改変・アノマリー耐性を考えれば仕方ないことであるのだが、どうしても面倒くさい。旧時代を謳歌する夏鳥たちならこれも楽しんだのだろうか。だとしたら今すぐ変わってあげたいのだが。

マンハッタンから25年、カオス・インサージェンシーも在り方を変えた。組織は一枚岩ではなく、複数の派閥に分かれている。男のような、現状の財団が気に入らない派閥。カオス・インサージェンシーの世界的地位を向上させようとする派閥。そして、夏鳥思想に共鳴しヴェール崩壊前へ回帰しようとする派閥。今回の件は夏鳥派閥の意向が強く出た形だ。とはいえ、他派閥も今回の計画に対して不満は無いのだが。

背中に爆弾を背負い直す。突入まであと数分、吹雪で視界がイマイチだ。強くなっている気もする。この程度で計画に支障はないだろうが、寒いから早くしてくれ。男の不満はそれだけだった。



秘匿していたものが破られ、世界は変わった。そんな中でも財団の理念、『確保、収容、保護』は消えていない。世界を保護するために、まだ確保、収容するべきものはある。ヴェールが捲られようと、その手に隠されているものはある。

だがそれも、今日までの話だ。


開幕の号砲は、イエローストーン国立公園で放たれた。その日、近隣住民は長らく忘れていた「地震のような揺れ」を感じたという。彼らがその揺れの後見たものは……大自然の山々に、不自然に空いた大穴だった。

同時刻、大阪。パラテクノロジーによる発展を遂げた街、その象徴たる巨大な通天閣。それが、中程で折れた。設計の不備、あるいは災害?否。同じように次々と高層ビル群が崩れ落ちていくそれは。折れた場所の、切断面のような不自然な歪み方は、明らかに計画された"テロ"を表していた。

同時刻、バルセロナ。獣人国家となったスペイン、カワウソが歩く街並み。その地面が、吹き飛ぶ。宙を舞うカワウソ、逃げ惑う住民の悲鳴。機関銃の音。彼らは明らかに、獣人だけを狙って撃っていた。


2026/1/11。人類史上最も大規模な"同時多発テロ"。この事件の行く末を、人類はまだ知らない。代わりにこの時誰もが知ったのは、この事件の元凶。各地で破壊を巻き起こした集団は、全ての場所でこう名乗ったからだ。

「我々は『夏鳥思想連盟』。世界を正常へと回帰させる者」

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