残された手段

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"筐体計画”開始から、37日。折り返し地点は過ぎ、各要注意団体に筐体を要請し、筐体の設計も出来た。概ね、滞りなく進んでいる。だがそれでも「足りない」。O5-13は冷静に敗北の予兆を感じ取っていた。

人手が足りない、速度が足りない、時間が足りない。全員がやれるだけやっている、打てるだけの手を打っている。これ以上削れる所はないほどに無駄を削った。正常性維持をGOCに任せるなんて、本来なら考えられないこともした。それでも、このままでは届かない。

筐体計画を嗅ぎつけた敵対組織の反発も、各地で激化している。筐体計画への否定は内外から聞こえる。それでも、これしかなかったのだから仕方がないと思っていた。

……今までは。

俺は間違ったのか?そんな疑問が、頭から離れなくなっていた。通路を歩く足取りは重く、体を縛る責任は多い。だが、それでも進むしかない。O5評議会に提言して通した、何度目か分からない「最終手段」はその決意表明だ。

さて、その決意を押し通す時が来た。面会希望者の待つ部屋の扉を、呼吸を整えてから開ける。開いた先にいた女性は、こちらを見て一礼をした。サーティーンは礼を返してから、椅子に腰掛ける。

「事務次長様が直々に面会を希望してくださるとはね。光栄だよ」

机を挟んで、サーティーンは彼女と対峙する。お互いに直接会って話をしたことはない。そんなことは本来あり得ないほどの人間だ。

「受けていただけたことを感謝します」

世界オカルト連合事務次長"Veena"は無表情で短く返し、言葉をそのまま続けた。

「単刀直入に言います。先程送られた"筐体計画"についての提言。あれを取り消してください」

「……それは、却下するということか?」

鋭い台詞、だがサーティーンは動じない。受け止めたまま、その言葉の裏を取る。

「違うな。却下するならGOC全体の代表として連絡を取れば良いだけだし、そうでなくとも君はGOC代表として連絡してくるはずだろう。その発言は君のスタンドプレーだろう?」

ヴィーナの眉が動く。

「半分は不正解です。連合からこの面会の許可は降りています。我々はまだ答えを決めかねている」

「そちらの決定を待っている暇はもうないんだ。このままでは尽日に間に合わない、だからこそ俺は提言したんだ。
正常性維持の放棄。それが簡単な決断ではないのは分かってはいる」

ヴェールを捲る。今まで重ねた努力を全て放り投げるに等しい行為。サーティーンが提言したのは、それだ。O5評議会を通す時にも反発の声は大きかった。だが、最後には反対者無しで通ったのだ。何故か?そう、それは  

「だが、現状ヴェールを留めておく利点が薄いんだよ」

  理屈は、どうしようもなく正しいからだ。

「そんなことは、無いのでは」

言いかけた彼女を手で制して続ける。

「確かに、ヴェールが捲れた時の混乱は大きいだろう。だが、このまま残り1月留め続けるというのは現実的じゃない。ここまでの1ヶ月でどれだけ消耗した?考えてみろ」

ヴィーナは平静を装い、返答した。

「確かに我々の損耗は大きいです、しかしだからこそこれ以上の消耗を生むヴェール崩壊は防ぐべきだと考えますが」

サーティーンはその質問の答えを持っていた。O5評議会でも同じことが問題にされていた、討議されていた。だが、結論は出た。

「"筐体計画"に反発する奴らは、民間からその姿を隠すことを辞めた。世界が終わるなら関係ないなんて思ったからだろうな。今、俺らはその尻拭いと鎮圧までしてるんだ。壊れた神の教会の協力が得られたことでヴェールの維持こそ出来ているが、本来は筐体の作成にもっと彼等の力も借りられるんだ。ヴェールの崩壊はこれらの問題を解決できる」

ヴィーナは返答しない。サーティーンは畳みかけるように口を開いた。

「ヴェール崩壊後は民間の企業からも人を募ることができる。異常に精通していない技術者でも作れるものはいくらでもある。人手はかなり増えるだろう」

ヴィーナは、それでもまだ納得出来ず、否定のために言葉を紡ぐ。

「ですが、今まで積み重ねて来た正常性維持の意味はどうなるんです?ヴェール崩壊後の世界など予想もつかない、不慮の事態が起きる可能性もあります」

サーティーンは、全てを諦めた笑みと据わった目で答えた。

「不慮の事態が起きても、ある程度の犠牲は許容できる。あと27日耐え切れればそれでいい。大事なのは今のままじゃどうにもならないってことだ」

笑みを消して、サーティーンは付け足すように小声で呟く。

「この決断に満足できるやつなんていない。それでも、人類の保護者なら決断するべきだ」

呟きのあとは、無言だった。

イレブンの時と同じだ。サーティーンは自嘲する。俺はどうやら、矢面に立って嫌われるのが得意らしい。ため息を吐いて、顔をヴィーナの方へ向ける。

「私がもしもカオス・インサージェンシーの構成員だったら」彼女は言う。「感情に任せて、あなたの首を今すぐ折る所なんですがね」

財団のトップ、O5-13は、彼女のつまらない冗談に声を出して笑った。

「出来るといいな?こう見えて、俺はフィールドエージェント上がりで武術の達人だったりするかもしれないぞ?」

世界オカルト連合事務次長"Veena"は、彼に苦笑いを返した。その後、席を立つ。

「まだ、納得は出来ていません。ですが、私は仕事は早い方と自負しています。今から1時間もせず、ヴェール崩壊後の手順を纏めて連絡します」

「ああ……そうか。よろしく頼む」

その会話を最後に扉は開かれ、彼女は護衛と共に去っていった。

それを見てから、サーティーンは部屋の時計に目をやる。8:00。今日中には世界をひっくり返すことができそうだ。それが喜ばしいとは微塵も思わないが、それでも進むしかない。

俺が間違っているのかもしれない。その不安はまだ拭えない。だが、もう揺れている時間も余裕もない。椅子に腰掛けて目を閉じる。GOCからの返答まで、休息を取ることにした。

眠る前に浮かぶイメージは、全てが荒野に変わり果てた地球。これが予知夢だとしたら、まあ。

随分、縁起がいいことだ。


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  1. portal:5526847 (09 Aug 2019 13:25)
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